愚者の旅路は続く
時間は進み、所変わってユグリ村。
精霊達の話の途中―――
「なんで、またその姿になってんの?」
「ほっとけバーロー」
俺は溜息混じりに、不機嫌に答えた。
なんで不機嫌なのかって? そら昨日、女性陣の肉布団プレスで気絶させられたからですよ!
なんで無事に戦いを終えたと思ったら、その後に凶悪なイベントが発生してんの!? おかしくない!? 絶対おかしいよね!?
危うく、改めて借りたロイド君の体を死なせてしまうところだったんですけど!?
起きたらロイド君家のベッドの上でしたよ!
カグが話の腰を折ってしまった精霊達に心の中でゴメンなさいしつつ、求められる説明する。
「俺が元の体に戻った時と同じだ。ロイド君が精霊王様の力を使って、俺の精神だけを“アッチ側”からサルベージしてくれたからだよ」
「じゃあリョータの体は?」
「アッチに放置してある。発芽した創世の種を何とかしねえと動かせねえし」
誰かがあの空間に侵入して、動かない俺の体を持って行く―――って可能性が無い訳じゃないが、そもそもあの空間に入る事が出来る奴なんて居ない。もし仮に入れたとしても、あの空間の支配権は俺の体に有るので、同等の―――創世の種クラスの力を持った奴でもない限り入った瞬間に消し飛ぶので、そこまで心配はしていない。
「どうやって体取り戻すの?」
「それは………これから考えます」
正直、どうすれば良いのかは今の所まったく分からん。だが、何か方法はある筈だ……多分…きっと。
俺の心の不安を読み取った精霊王が静かに頷く。
「私達の力が必要な時には声をかけなさい。貴方には大きな恩が出来てしまいましたからね? 出来る限りの協力はさせて貰います」
「はい、その時はお願いします」
少なくても、体に戻る時には精霊王の力を1度借りなければならないからな。協力してくれるってんなら、大いに使わせて貰う。
俺の言葉に、周りに居た四大精霊達も強く頷いて返してくれた。
「うむ、任せよ」
≪赤≫の大精霊が、燃え盛る拳を俺に向ける。
「ありがとさん。って、ああ…精霊王様、カグが話の腰折ってすんませんでした。続けて下さい」
「いいえ、もうこれ以上の話は良いでしょう」
え? 良いの?
なんか今後の世界について、むっさ大事な話ししてたんちゃうんか?
「私達精霊は、これより先の世界には、今まで通り深く干渉する事はありません。何十年後、世界から魔素が消えた後も、私達は世界から“視えざる存在”として生きて行きます」
「え? それで…良いんですか? もう魔神も、ジェネシスも居なくなったのに…」
「だからこそ、ですよ。私達精霊は、始まりの創世の種から生み出された言うなればこの世界を見守る守護者。……ですが、今回の事で良く分かりました。この世界に生きる者達は私達の力が無くても、己の力で自分達の生きる場所を守る力を持って居るのだと」
「だから…この世界から離れるんですか?」
「居なくなる訳ではありませんよ。人の手に余る事態となれば、力を貸しに現れます。必要以上に干渉せず、あくまで人の手に世界を委ねる…と言う事です」
「そッスか……」
精霊王は信じてくれたんだ。人の―――生物の持つ変化の可能性、進化の可能性に。その可能性が、世界をより良い方向に導いてくれると。
だから、自分達は舞台裏に引っ込んで裏方仕事に徹するって事か…。
四大精霊も精霊王の決定に文句はないらしく黙っている。
まあ、元々魔素のせいで精霊はこの世界に干渉したくても出来なかった訳だし、それが続いて行くってだけの話だ。悲しむ必要も、寂しがる必要も無い。
精霊は自然その物で、土に、水に、火に、風に、目に見えなくたってどこにだって居る。
「精霊王様達の期待を裏切らないように、俺達も頑張りますよ」
「ええ、そうして下さい」
子供を送り出す母親のように優しく微笑む。
精霊達が手を離せば、この世界から本当に超常な存在は居なくなる。本当の意味で、世界は独り立ちする事になるだろう。
魔素に当てられて、精霊王達が少し疲れたような顔をしたのでここらでお別れする。
カグは≪白≫の透明小僧に。パンドラは≪黒≫の岩石に。フィリスは≪青≫の水の女性に。それぞれ力を預けてくれていた精霊にお礼を言い、俺も≪赤≫と精霊王にお礼とお別れを言う。
「色々お世話になりました。2人の力がなかったら、ジェネシスとまともに戦えなかった」
「いいえ、全ては貴方が死力を尽くした結果です。お礼を言うのは私達の方です」
「王の言う通りだ。お前が居なければ≪無色≫を倒す事は叶わなかった。全ての精霊を代表し、礼を言わせて欲しい。そして、重ねて言う、もし精霊の力が必要な時には遠慮なく呼べ、すぐに駆けつける」
「はは、ありがとうさん」
最後に精霊王、続いて≪赤≫と握手をする。【炎熱無効】の無くなったロイド君の体では、≪赤≫の燃え盛る手はちょっと熱かったが…まあ、そこは黙って我慢した。
一方カグ達もそれぞれお別れを済ませ、≪白≫の大精霊と再戦の約束をしていたJ.R.を待って精霊達を見送った。
「さて…これからどうする?」
と、ガゼルが皆に訊く。
言われて気付く。
俺等にとっては“最終決戦”を終えた次の日な訳だが、それ以外の人間にとってはいつもの日常に過ぎない訳です。俺等が止まってても、他の所では業務が回っているって事で…。
まあ、つまり「俺達は働かんで良いのか?」って話だ。
ガゼルの問いに即座に反応したのは真希さんだった。
「私はとりあえず自国に戻る。クイーン級指定の依頼が来てたらこなすし、無かったら……まあ、今日は流石に疲れたからゆっくりするよ」
真希さんに続いてJ.R.も。
「そうだな俺もマジックと同じだ! 依頼が無かったら、久しぶりに師匠の所に挨拶にでも行って来るかな!」
「そうか。それなら俺も1度戻るか…、暫くは大きな事件も起きねえだろうし」
「それならついでだし私が転移魔法で送ってくよ」
「ありがたい!」「じゃあ、遠慮なく」
なんかあっと言う間に仕事熱心な3人が自国に戻る流れに…。
真希さんが転移魔法を唱え始める前に、コッチの話しとかねえと。
「ああ、ちょっと待って」
「なんだ?」「どうしたレッド!」「私と結婚する?」
それぞれの答えを一旦スルーして話し始める。
「ちょっと相談なんだけど―――」
* * *
「サミット?」
「ええ」
見かけは糞餓鬼のグランドマスターの問い掛けに頷く。
時刻はガゼル達と別れて1時間程。
あの後すぐにユグリ村を離れた俺達は、グラムシェルドのギルド本部を経由して統括本部に来た。
……いや、まあ、俺達っつうか、ここに来れるのはキング級冒険者の俺1人だけども。
「何それ?」
慣れた手付きでパイプに葉を詰めながら、興味深そうに訊いて来る。
「世界会議…えーっと、世界中の国の偉い人が集まって、世界規模での今後を話しあう事です」
「それはまた、壮大な企画だ」
魔法で小さな火種を作って詰めた葉を燃やす。タバコの臭いとは違う、若干甘みを感じる匂い。そこまで臭いに不快感はないが、部屋中が満たされると流石に若干「うげぇ…」と言う気分になる。
「で、そのサミットとやらを私の名義で開きたい…と」
「はい」
はい、と言う訳で遠路はるばるこんな場所まで来たのは、そう言うお願いの為な訳ですね。一応コッチの世界初の大きなイベントですので、主催者として中立を守れる、それでいて信用される人間の名前がどうしても必須。で、思い当たる人間がこのチビッ子1人しか居なかった訳ですな。
「だが解せないね? 私の勝手な評価だけど、君は国とか政治とか、そう言う物に首を突っ込みたがらない…いや、むしろ関わるのを嫌う人間だと思っていたんだが?」
まあ、そりゃあ当然ですよね。
普段の俺の行いを考えれば、「頭おかしくなったの?」とか思われても仕方無いわな…。
「実は、そうしなければならない事情がありまして」
「ふむ? 聞こうか」
そう言って美味そうに煙を吐く姿は、妙に風格がある。
威圧するような気配に当てられて、見かけはガキだが、ちゃんとそれ相応に時間を生きて来た相手だと言う事を改めて思い知る。
「話すと長いです」
「構わんよ。紅茶でも飲みながら話してくれ」
グランドマスターが俺に気を使って、執務机から移動してソファーに座ったので、遠慮せずに向かいに座る。
すると、最初から用意してあったようにティーセットを持った秘書っぽい人が入って来て、2人分の紅茶を用意して一言も発せず無言のまま出て行った。
「それで?」
話し始める。
長い長い話。
この世界の創世の話から、2つ目の創世の種が生まれ、それを危険と判断した精霊達が砕いた事、その砕かれた欠片達が精霊の力を奪って魔神となった事。その欠片の1つが、元の姿に戻ろうと亜人戦争を引き起こし、現代の混乱の裏側で紐を引いていた事。
この世界は1度滅びて居て、その1週目の世界から歴史を改竄する為に、こことは違う異世界人達が亜人戦争の時代にタイムスリップして来た事。
そして俺自身が異世界人であり、≪赤≫の魔神を宿していた事。更に、昨日魔神の意思たるジェネシスを滅ぼした事。
最後に、魔素がジェネシスによって世界に撒かれた物であり、いずれ失われて行くと言う事…。
かなり端折って話したのに、それでも話し終わったのは1時間以上経った後だった。
「……なるほど」
何度目か分からない葉の詰め替えを終えて、グランドマスターは小さく呟いた。
俺が話している間は、いくつか質問するくらいで、後はずっと黙って聞き手に回っていたが……うーん、どうだろう? 流石に荒唐無稽過ぎて信じて貰えんかなぁ…。
全部終わった今なら、包み隠さず全部話すのが礼儀だと思ったから全部話したんだけど……いっそ嘘で誤魔化した方が話が早かったかもしれない…。
だが、疑われていると思った俺の予想に反して…、
「そう言う事だったか」
グランドマスターは幼い納得顔で「うんうん」と頷いた。
「あれ? 信じて貰えました……?」
「ああ。……いやいや、そんな顔されると不安になるんだが…もしかして嘘だったのか?」
「いえ、全部本当の事ですけど、こんなすんなり信じて貰えるとは思ってなかったので…」
「私以外だったら、まあ信じなかっただろうね?」
楽しそうにフゥっと煙を吐いて苦笑する。
それにしても、「私以外だったら」ってどう言う意味だろうか?
「この建物だが、誰が造ったと思う?」
唐突な質問。
一瞬思考が混乱したが、なんとか平静に戻して答える。
「“歴史の改竄者”…ですか?」
「おそらく、ね。私も正解は知らないが、先程の君の話を聞いて『もしかしたら』と思ったんだ。と言うのも、この建物……いや、正確には建物では無くこれは船なんだ」
「船?」
「そう。信じられない話しかもしれないが、空の更に上には暗闇の世界が広がっていて、この船はその暗闇の世界に浮かべられて居るんだ」
……やっぱり、ここ宇宙船の中かよ…!
薄々予想していた事だったので驚きはそこまでではない。
“宇宙”の存在を認識出来ていないコッチの世界に、これだけの宇宙船を作れる訳も無く、当然造ったのは俺達の世界の人間。それに、この船酸素供給とか重力制御とか色々不自然に発展し過ぎてるんだよね。って事は、もうパンドラの製作者達以外に用意出来る人間が居ない。
「君の言う歴史の改竄者が現れたのが亜人戦争の真っただ中だったとすれば、この船が浮かべられたタイミングと重なるし、まあ間違いないだろう」
「あの……グランドマスターやここに居る人達は、どうしてこの船に?」
「ふむ…君にならもう話してもいいか…。この船に居るのは皆1つの種族―――亜人だ、勿論私もね?」
「あっ、やっぱり亜人の人だったんですね? その見かけで年上なのでずっと気になってたんですよ」
とは言え、亜人だと言われてもパッと見では人間との違いが判らない。多分、服の下に尻尾とか鱗が有るとか、そんな感じの種族なのかな…?
「うむ。私達の種族には1つの使命がある。その為にずっとここに居る」
「この船に…ですか?」
「そうだ。この船は『来るべき時に、優秀な者を集めて逃がす為』の物だと伝わっている」
「それって―――」
「創世の種による世界の創り変えへの回避策…と言う事だったのだろうね?」
なるほど、つまりこの宇宙船はノアの方舟だった訳ね…。
キング級冒険者だけが立入る事を許されるってのも、優秀な人間を生き残らせる為だって事なら、まあ納得。
……っつか、目的が創世の種の発芽から一部の人を逃がすだったのなら、完全にタイミング逃してない?
「私達種族の守って来たこの船の意味と、君の話は一致する。だから、君の話を私は信用すると言った。それに―――」
吐き出した煙越しに俺を見る。
そして、咥えていたパイプを見せて来る。
確か、相手の能力を見る事が出来る魔導具なんでしたっけ? まあ、俺やガゼルにはまたく通用しなかったけど。
「この魔具で、君の能力が事が視えるようになっている、と言うのも、信用する要因の一つかな?」
ああ、そっか。今の俺は≪赤≫が居ないから、勝手に能力鑑定を避けてくれるなんて便利な事はないのか…。
「とは言え、3つ程見抜けないスキルがあるのは気になるところだがね?」
それは多分【終炎】と【我は世界を否定する】と【神殺し】の3つだろう。
全部俺の創世の種から産み落とされたスキルだから、本来はこの世界に存在したらダメな能力だ。見抜けないのは間違いなくそのせいだろう。
「…それは気にしないで下さい。お互いの為に…」
「そうしよう。私も深く追求して良い事は何もなさそうだしね」
紅茶を飲んで一旦落ち着く。
「それで、世界会議に話を戻しますけど」
「ああ。君が突然そんな提案をした理由は理解したよ。問題なのは、“魔素がいずれ消失する”と言う事だろう?」
「はい、正しくそれです」
「魔素が無くなるのは、個人的にも冒険者ギルドの運営者としても、あんまり諸手をあげて喜べる話では無いんだがね…」
魔素が消えれば魔法が消えて、魔導具が使えなくなり、魔物が居なくなって冒険者は廃業。まあ、そりゃあグランドマスターにすれば笑えない話だろう。
「でも、魔素が無くなるのは確定事項です」
「分かってる。だからこそ、魔素が有る今のうちに各国の知識を持ちよって、無くなった時の対策をしなければならないって事だろう?」
「はい」
「なるほどなるほど……これは思ったより重い話が来たな。だが、のんびり構えてられるような話でもない…か」
数秒程、黙ってパイプを吸う。
迷っているのではない。だって、この世界のためを思うのなら答えは1つだから。
グランドマスターが考えているのは、もっと先の話だろう。
世界の今後。
冒険者ギルドの今後。
冒険者達の今後。
一族の今後。
それに、この宇宙船の事…。
この宇宙船への移動は転移魔法でのみ行っているっぽいから、魔法が無くなればこの船への出入りは、コッチの世界では不可能になる。流石に食料や水まで自給自足出来てる訳じゃねえだろうし、下の世界との繋がりが消えるのならば、この船は捨てざるを得ない。
色々考えているようだったが、やがて肺いっぱいの煙を吐き出すように、深く深く息を吐いて部屋を白くする。
「よし、分かった。各国に私名義の書状を出そう」
「ありがとうございます!」
「それで、出来ればキング級の君達2人の名前も一緒に並べたいんだが、構わないか?」
「え? はぁ、それで上手く行くなら」
「では、そうさせて貰うよ」
俺には良く分からんが、キング級ってのは世界規模で英雄視されている面がある。その2人が開催者の名前に並んでいれば、それぞれの国も無下には出来ず、対応を考えざるを得ない……みたいな、そんな感じの話しかな?
その後、グランドマスターと世界会議に向けての話を色々とした後、それまでにかかるであろう雑事を全部押しつけて船をあとにした。
* * *
まったく自覚のない宇宙旅行から舞い戻り、皆と合流して所変わって現在地はルナの家。
「そうか……全部終わったか」
ベッドで上体を起こすルナは、相変わらず元気とは言い難い。
それでも、昨日の戦いの顛末を聞かせると、幾分か顔色が良くなったように思える。
それに、顔の上面に浮かび上がる浸食の刻印が、前に見た時より大分薄くなっているような気がする……いや、気のせいじゃねえよな?
「うん。魔神に侵された水野の体と、創世の種は両方とも原初の火で間違いなく焼滅させたから、もう蘇って来る事はねえよ」
「ああ、それなら安心だ」
ふっ…と野に咲く花のような、小さく静かな笑顔。
コイツのナチュラルな笑顔って始めてみたかもしれんな…。
「お前には、どれだけ礼を言っても言いたりんな。本当にありがとう」
「いいよ、そんなん。俺は俺でやりたい事を好き勝手やってただけだし」
後ろでカグが「本当にね」と混ぜっ返していたがスルーした。
「そう言って貰えると助かる」
ルナの目がジッと俺を見る。そこで始めて「あれ?」となった。
「ルナ、お前もしかして、俺の事見えてるか?」
元々≪黒≫が離れて刻印が力を失った事で、光を感じる程度だった目が色を識別出来る程度には回復していた。だが、今のルナの目は俺の動きを視線が追っているように見えた。だから「あれ?」と違和感を感じたのだが…。
「ああ。と言っても、まだ像がぼやけて見えるがな? 明け方から急に調子が良くなったんだ。多分、魔神の大本をお前が倒したからだろう」
「そっか、そう言えばロイド君の体もそうだな…」
ロイド君の体も、浸食の刻印が全体的に薄くなった。心臓に届いていた刻印が左肩辺りまで後退しているし、左手も軽く動かす程度なら問題無い。まあ、まだ握力はコップを掴むのがやっとってところだけども。
「今朝は、本当に久しぶりに外を散歩したよ。自分の目で見る世界と言うのは…どうにも頼りなくて、遠くて……そして美しかった」
赤子のような無垢な瞳が窓の外の世界を見る。
ルナにとっては、魔神の力の使い過ぎて視力を失ってから、世界とは感知能力で視る物になっていたのだろう。
感知能力は、眼球での視界に比べて格段に広くて精度が高い。だけど、同時に味気ない物だ。気分的には画面越しの世界のような…そんな感じ。
「その調子なら、体が元通りになるのはすぐかもな?」
「お互いにな?」
「そりゃそーだ」
2人で笑う。
初めてルナと会った時には、こんな風に笑い話が出来る日が来るなんて想像もしてなかったな。
ソグラスでピンク頭に襲われて…「もうダメか!?」って思った時にルナが助けには行ってくれた。それが初対面だったっけ……。あの時は、ルナの強さが本物の化物かと思ったもんだけど、今や俺達は両方ともただの人だからな。
「体が良くなって来たのは良いけど、お前これからどーすんの? 前言ってたみたいに冒険者は引退か?」
「いや、グランドマスターに頼んで活動はしないが籍だけは残して貰おうと思う」
「え? そうなん? なんでまた…」
「実は、ちゃんと目が見えるようになったら、遺跡探索をしようと思ってな。そうなると、遺跡管理をしている冒険者ギルドに籍があるのは何かと便利だ。……まあ、クイーン級以上でなければ国を越えての移動は面倒になるがな?」
「遺跡探索? 何、金銀財宝を求めて?」
「そんな物は要らん、ただの知的好奇心だ」
そう言われて、そう言えばルナの両親が考古学者だった事を思い出す。
「もしかして両親の後を継いで、考古学者に?」
「そこまで大層な物じゃない。ただ、過去に生きた者達の証を、ちゃんと現在から未来へと繋いでいけたら……と思ってな」
なんだろうね? 同級生の具体的な将来の夢を聞いた時のような「コイツすげぇな…」という、尊敬と置いて行かれた感の入り混じる複雑な心境。
「そっか。まあ、お前なら上手くやれるんじゃん?」
「ああ、お前にそう言って貰えると安心出来るよ」
ルナは大丈夫そうだな。
もう魔神の影響は治りつつあるし、ルナ自身もその後の事を具体的に考えてるし。もっと落ち込んだり、鬱になったりしてたら対応を考えたけども……本当に要らない心配だったな。
だとすれば長居するのも迷惑かと思い、俺達はルナ宅をあとにした。
* * *
ルナの家を離れ、アステリアに戻って来た。
現在地はルディエに向かう街道。
ルディエに明弘さんと先代の≪赤≫の継承者への報告に行く道すがら、静かな森を横に見ながら、のんびりと散歩気分で皆と歩く。
「ねえ、リョータ? アンタはこれからどうするの?」
と、いきなりカグに訊かれた。
どうする…と言われましても…。
これからは、多分世界会議の事で色々忙しくなるしねえ。ガゼルや真希さんも、別れる前に話をしてあるから、今頃それに向けて何か行動始めてるだろうし。
まあ、でも俺の第一目的は、やっぱりこの体をロイド君に返す事だ。
いや、っつーかさ1回は返したのに……。もー、ロイド君さぁ……いや、アレですよ? 確かに助かりましたよ? こうして皆と話せてるのもロイド君がもう1度体を貸してくれたお陰ですよ? でもさぁ、君はもうちょっと自分の事を考えなさいよぉ! 今朝だってイリスに会うのむっさ気まずかったっちゅうの!
はぁ……とにかく、だ。
「ロイド君にこの体を返さんとあかんので、その方法を探す」
「でも、それってリョータの体を取り戻さないとじゃない?」
「そうですな」
「そうですなって……何か方法あるの?」
「だから、探すつってんじゃん」
俺の体をあの空間から引っ張り出す為の障害は2つ。
1つは、あの空間の出入りの方法が無い事。まあ、1度中に入れれば、原初の火で空間に穴を開けて出る事は可能だと思うが。
2つ目は、俺の体の中にある“創世の種”だ。コイツをなんとかしない限り、俺の体をあの空間から外に出す事が出来ない。まあ、アレをどうにかする可能性が無い訳じゃないんだが…。
俺が頭に思い浮かべた可能性を、パンドラの奴も同時に思い付いたようで、俺のお持った事をそのまま口にした。
「推測ですが、マスターに創世の種を与えたと言う、マスターが“もどき”と呼ぶ者ならば何とか出来るのではないでしょうか?」
「だな、俺もそれを考えてた」
俺と同じ…と言うのが嬉しいのか、若干パンドラがドヤッとした顔をする。そして、それを見て少しグヌヌするカグとフィリスと白雪。言いたかねーけど、何してんだコイツ等…。
「ただ、奴に頼るにしても問題がある」
フィリスがスッと手をあげる。
「じゃあ、フィリス」
「はい! “もどき”の場所へどうやって行くか、ですね?」
「大正解」
今度はフィリスがドヤッとする。パンドラと違って「フフンッ」鼻を鳴らして見せているが、どんだけだ。そこまで難しい問題じゃなかっただろう…。
フィリスに若干グヌヌな顔向けながらカグが冷静に意見を言う。
「でも、仮に行けたとしても素直に聞いてくれるとは限らなくない?」
「そん時はアレだ、ぶん殴る」
「肉体言語で解決するの!?」
「ってか、もう出会った瞬間にぶん殴る」
「問答無用なの!? せめて話聞けば!?」
「要らねえよ。もう全力で殴るわ、なんだったら【神殺し】発動してぶん殴るわ」
「どんだけヘイト溜まってんの…!?」
「とってもたくさん」
いや、だってそもそも、『種蒔く者』の名前の通り、創世の種蒔いて世界を創ってんのおそらくアイツじゃん? って事は、ジェネシスが生まれるキッカケである2つ目の創世の種も野郎の蒔いた物って事だ。
そして、それを退治する為の原初の火と、3つ目の創世の種を用意して、俺を討伐者に仕立て上げた。
もう、これ全部あの野郎のマッチポンプやんけッ!!!
「まあ、殴る為にはとにかく野郎の居る場所への行き方を考えねえとな」
「リョータ、目的変わってる」
いや、もう良いよ。とりあえず2,3発ぶん殴ってから考えるから。いや、やっぱ4,5発にしとこう。
あの野郎も腐っても全知全能の神様に近い存在だし、まあそんぐらい拳で撫でても死なんだろう……多分。
「そ、それはそうとさぁ…」
言いにくそうにカグが切り出す。
カグが足を止めたので、釣られて俺達も足を止める。
「何?」と訊き返すと、どこか顔が赤い…ような気がする。
「えーっと…言いたい事があって」
「だから何さ?」
他人にならいざ知らず、俺相手に何かを言い淀むとか……どんな事を言うつもりなのだろうか?
何を言うのか知らんが、とりあえず……なんだ、嫌な予感? っつか、変な予感? がするから、パンドラとフィリスと白雪にはちょっと離れていて貰う。3人共不服そうな、それでいて若干敵意のこもった目をカグに向けている気がしたが……まあ、多分気のせいだろう。
「本当は、さ…言うつもりなかったんだけど、リョータが……良ちゃんが居なくなって、言える時に言っとかないとって…」
「何を?」
何度か言おうとして、やっぱり言えず、口をパクパクさせて黙る。
緊張しているらしく、手を組んだり握ったりしているのが視界に入って……なんだか、妙に俺も落ち付かない。
あれ? いや、だってさ……これ……アレじゃん? なんか、アレっぽい雰囲気じゃない? ほら、夕暮れの屋上とか、教室とか、人の居ない公園とかで繰り広げられる…こ、こ、こ……うん、まあ、アレだよ、うん。
なんだか、カグの出す雰囲気に呑まれて顔が熱くなる。
「えっと、さ…。私ね、昔から良ちゃんの事―――」
「カグ…」
涙がこぼれそうな程潤んだカグの目が俺を見る。
自分でも判る程心臓がドキドキしている。
アカン…何がアカンって、心の準備が出来ていない。しかし、そんな事言える筈もなく、カグがその先を言葉にしようとする。俺達を幼馴染に戻れなくする1つの言葉。
「す―――」
しかし、カグの言葉は
「「「ああああああああッ!!」」」
離れていた3人の大声によって掻き消された。
ホッとすると同時に、心に石が落ちるような落胆が残る……。
大声をあげながら今までに見た事もないような速度で俺達の所に戻って来た3人。
まずフィリスが鬼でも捕まえるような形相でカグをガシッと掴んで黙らせ、同時に俺の肩に飛んで来た白雪が一生懸命これ以上カグの言葉を聞かないようにする為か、俺の右耳を押さえるのだが……片耳だけしか押さえてないからぶっちゃけ意味無い。
最後にパンドラが、まるで悪漢を前にして姫を護る騎士の様に俺とカグの間に割って入り、背中で俺を護る(?)。
「マスター、これ以上この女の言葉を聞いてはいけません」
「ちょっ、パンドラさん!?」
「そうですアーク様! これ以上聞けば、淫猥な世界に引きずり込まれてしまいます!!」「ですの!!」
「淫猥って! 私はサキュバスか何かなの!?」
「大差ないかと」
ウチのメイドは時々さらっと毒を吐く……。
「あるわよ!! 大差あるわよ!!」
「大体貴様が悪い! そう言うのは、アーク様が元の体に戻ってからと言ったではないか!!」
「はい。私もそう記憶しています」「ですの!!」
「ぇう……そ、それは…えっと…なんか、言えそうな……雰囲気で………今なら、ちゃんと言えるかなって…」
どうやらカグが何かの約束を破ったのは本当らしく、罪悪感からか最後の方がゴニョゴニョと何を言っているのか聞こえない。
「貴様はもう金輪際、アーク様と2人っきりになるのは禁止だ!」
「はい。私もその提案に賛成します」
「私もですの!!」
「ちょ、ちょっと! 白雪ちゃんまで!?」
その後も4人でギャーギャー言い合う。
そんな姿を見ていたら、なんか、もう、昨日の死闘が嘘みたいに思えて来た。いや、嘘じゃないんだけどさ。実際にあった事なのは間違いないんだが、そう言う話じゃなくて。
こうやってバカみたいに騒ぐ皆を見ると思うのだ。
ああ、俺は、こんな日常を護る為に戦ったんだ、って。
戦いが終わって半日以上が経過した今頃になって、体の奥底から喜びと嬉しさが湧きあがって来る。
楽しくて、幸せな気持ちが泡のように心の奥底から溢れて来る。
なんだ、俺だけじゃなくて“君”もそうなのか。
だから、笑った。
「はっはっはははははははは!」
1つの体に2つの心。
2人分の嬉しさと喜びを込めて、命一杯大声で笑った。
「あっははははははははは!!」
「リョータ?」「マスター?」「アーク様?」「父様?」
急に笑い出した俺に、皆が少し不安そうな顔をする。
だが、俺が涙が出る程楽しそうに笑うものだから、皆もつられて「ぷっ」と噴き出して笑いだした。
今更ながらに思う。
この世界の神様は、俺の事が嫌いなんじゃない。むしろ、俺の事を大事にしてくれているのかもしれない。
だって、そうじゃなきゃ、最後の一歩で都合良く助かったり、助けが入ったりする訳無い。
だって、そうじゃなきゃ――――
こんなに幸せな訳無い。
伝えたかった。
皆に伝えたかった、「俺はこんなに幸せです」と。
――― 拝啓、俺達を心配する両親を始めとした皆様へ
「うっし、行くか!」
「うん」「はい」「行きましょう」「ですの!」
皆と一緒に歩きだす。
これから先に何があるのか分からない。
何が起こるのか分からない。
それでも、これだけは言える。
俺には、大切に思える皆が居て、一緒に笑ってくれる仲間が居て、困っている時に助けてくれる味方が居て、帰るべき場所が有る。
大きな戦いが終わって世界は救われた。けど、そこで終わりじゃない。この先もずっと世界は続いていく。
俺達の旅も、1つ終わって、また次の旅が始まる。
だから、俺はこの先もずっと皆と一緒に、いつも通りの“日常”の中で生きて行く。
――― 俺達は、異世界で元気にやっています。
拝啓、他人様の体を借りていますが異世界で元気にやってます 〜終わり〜
これにて終了です。
2年の連載に付き合って下さった読者の皆様、本当にありがとうございました!