もう1度…
戦いが終わった、そのすぐ後―――
目を覚ますと、夜が明けていた。
キラキラと太陽の光が、ボロボロになった北の大地を照らし、星の煌めいていた暗い空が青く塗り替えれて…ああ、こりゃ綺麗だわぁ…。
……
………
…………
はいぃ?
これは、いったい、どーゆー事ですかな?
首を傾げてみるが、まったく答えが出なかった。
えーっと……? あれ? 俺、確かにひび割れの“内側”の世界に残りましたよねぇ? 世界護る為に、すんごぃ頑張って覚悟して、皆と若干感動的なお別れしましたよねぇ?
えー…あー……ちょっと待ってね? 誰に待ってって言ってるのか分かんないけども、ちょっと待ってね。
わし、アレやん? 寝たやん? なんで外で目が覚めてんの?
ってかさ? 今気付いたけど、この体俺のじゃなくない? これ、もしかしてロイド君の体じゃない?
視線の高さとか、左手の動かなさとかが妙にしっくりくるし。
ふむ……なるほど。
いや、なるほどじゃねーよ!? どう言う事だよ!?
『無事に戻って来られたようですね?』
あれ? もしかして精霊王様?
『もしかしなくても、そうですよ』
えー、あの…もしかして、またこの状態になってるのって、精霊王様が何かしたからですか?
『私の力によって行われた事ではありますが、実行したのは私ではなく、もう1人の貴方の意思ですよ』
もう1人の俺……ってロイド君!?
『ええ。貴方の精神は長くこの体に留まり続けたせいか、魂の繋がりがこの体にも出来ていました。ですから、もう1人の貴方が、その糸を辿って貴方の精神だけをこの世界に呼び戻した、と言う訳です』
マジすか…。え? じゃあ、俺の本当の体は?
『隔離世界にそのままになっている筈です』
ヤバ……くねえや別に。あの空間に置いとけば放置しといても死ぬ事ねえし。いやっ、でも体をあの場から取り出すのはどうすりゃ良いの!?
『そこまでは知りません。自分で考えて下さい』
なんで唐突に突き放し!?
精霊王様の力で、何か出来ないんですか!?
『出来ません。そもそも貴方の体には創世の種が発芽しているのでしょう? その力は私達精霊の及ぶところではありませんから』
…………え? マジで、自分で方法考えるしかない感じですか?
『ええ、マジで自分で考えるしかない感じです』
………何この凄い絶望感? どうしようもなくね?
『貴方1人で無理なら頼りなさい。貴方は独りではないのだから』
そうか…そうですね。俺には、皆が居るんだから、独りで勝手にテンパってるなんてバカバカしい。
精霊王が話は終わったとばかりに意識の奥底に沈んで行くのを感じながら、頼もしく、愛すべき仲間達を想う。
いつものように声をかければ、皆の事だから、きっと俺が戻って来た(精神だけだけど…)事を命一杯喜んでくれるだろう。もしかしたら、感極まって泣き出すのが居るかもしれない……まあ、白雪とカグ辺りは泣くだろう、うん。
こそばゆいような、気恥しいような気持ちで、空から視線を下ろして皆を探す。
居た。
探すまでも無く、すぐ目の前に居た。
いや…居たのは良いんですけども…。
「良ちゃん……やだ、やだよっ! お別れなんていやだよっ!!」「マスターが居ない今、私の存在意義は……どこに…?」「アーク様…待ちますから……ずっと、ずっと待ちますから、きっと帰って……来て…きっと!」「父様ぁああ…っく…ぁあッ!!」
ウチの女性陣が軒並み尋常じゃねえくらい泣いてるんですけど…!?
パンドラですら目から涙が落ちている。え? 何? お前そんな機能付いてたの? アイレンズ洗浄用の何かが漏れてるとか、そんなオチじゃないですよね?
いや…ってかさ?
むっさ気まずいんですけぉ……。
声かけずれぇえ!
いや、そりゃ、まあ、アレですよ? なんか感動的っぽいサヨナラなイベントした3分後に戻って来た俺も悪いですよ? 言うても俺の意思じゃないですけど…。
…え? どうすんのコレ? どんなテンションで話しかけりゃ良いのさ?
アカン、マジで分からん。誰か助けて!
そんな願いが通じたのかどうか知らないが、ボロボロと泣いていた白雪がピタッと泣き止んでパッと俺を見る。
「……父様?」
「「「「「えっ!?」」」」」
泣いていたカグ達だけでなく、カグ達が泣き止むまで見守る姿勢になっていたガゼルや真希さん、J.R.も俺を見る。
どうやら、白雪に俺の「困った困った」な思考が伝わって気付いたらしい。
まあ、アッチから気付いてくれたのは有難ぇ……いや、本当に。正直どうすりゃ良いのか本気で悩んでましたし。
「あー…はい。ただいま」
一応挨拶なので軽くお辞儀をする。
数秒の沈黙。皆がポカンとした顔のまま俺を見つめ、突然―――
「うわぁああああああああんッ!!!!」
まず白雪が泣きながら頬っぺにタックルをかますと同時に抱きついて来た。
小さな体に似合わぬ予想外の衝撃で若干頬と口内で歯が痛い。
「ぃったぁ!? お前、地味に攻撃力上がってない!?」
いつもならダメージなんて無い白雪のタックルで痛い思いをしているのは、白雪がいつも以上のスピードで突っ込んで来た事もだが、俺の…っつうかロイド君の体が≪赤≫の力を失って居る事も原因だな…。
俺の抗議を無視して、今までで1番の抱きつきで頬のしがみ付いて来る。「もう2度と離れ無い!」くらいの必死の抱きつき方だった。
「ぁあんっ、父様っ父様ぁ!!」
「はいはい、そんなに泣かんで宜しい。あんま泣くと脱水症状になっちまうぞ?」
指先で頭を撫でてやると、一層力を込めてギューっと抱きついて来る。
「本当に……リョータ、なの…?」
流れる涙を拭いもせず、カグが恐る恐る訊いて来る。
多分、白雪のあやし方を見て“俺”だと分かっているのだろうけど、聞かずにはいられないんだろう。……まあ、3分前に今生の別れっぽい事した相手ですしね…。
「ああ。つっても、相変わらず体は借り物だけどな」
冗談混じりに苦笑してみせると―――
「良ちゃんッ!!」
カグも抱きついて来た。
予想外の2つ目の衝撃に耐えられず地面に転ぶ。
尻が縦に割れる程痛い! …割れてんのは元々か。
「ぃってぇ!」
尻餅をついた俺に覆い被さるようにカグが両腕を首に回して抱きついて来た。
文句を言ってやろうかと思ったが、今まで以上に涙を溢れさせながら、白雪に負けず劣らず全力で俺を抱き締めるカグに強く言う事も出来やしない…。
「良ちゃん、良ちゃんっ! 良かった…良かったよぉ…また会えた!」
「大袈裟だっちゅうの」
言いながらカグの背中をポンポンっと叩く、
……とは言え、強ち大袈裟って訳でもないか。実際、体はあの場から動かせてない訳だし…ロイド君が助けてくれなきゃ、こうして皆と話す事も出来なかったしな。
「でも、まあ…、俺も会えて嬉しいよ」
「良ちゃん…」
若干苦しくなる程ギューっと抱きしめられる。
カグの体温と息使い…それに匂いが妙に心地よくて落ち付く。何のかんの言っても、付き合い長いからかなぁ? カグが近くに居るとやっぱ安心する。
カグを抱きしめ返そうとした瞬間―――
「アーク様!!」
フィリスがカグの後ろから抱きついて来た。
カグを受け止めているので精一杯だった俺は、フィリスのタックルを受け切れる筈もなく、吹っ飛ばされるように地面に沈む。
「ぇぼふぁッ!?」「ぁう!」
俺の上にカグ、カグの上にフィリスが乗っている体勢になった。
そしてちゃっかり危険を察知して、いつの間にか俺から離れている白雪……さっきまであんなにガッツリ抱きついてたのに……娘に親離れされたようでちょっと寂しいわ。
「アーク様ッ、御戻りになったのですね!!」
「…分かった。嬉しいのは分かったから下りて…いや、本当にマジで」
俺の抗議…っつか悲鳴を聞く耳持たず、間に挟まっているカグごと抱きしめて来るフィリス。
いや、まあ、女の子に抱きつかれるのは大変嬉しいですよ、俺も男ですし? でもさ、アレですよ? 時と場合があるじゃろがぃ!
本気でフィリスをどかしにかかろうと思った矢先、追撃が来た。
「合法的にショタ君に抱きつくチャンス!!」
ショタコンが更に乗っかって来やがった。
「ぐェ!」「んぎゅ…」「重い!」
俺が何かを言う前に、カグとフィリスが抗議の視線を上に居る真希に向ける。しかし、本人はそんな視線をサラリと受け流し、悪びれる様子も無く言う。
「いやー、合法的にショタに触れるとなったら行くでしょ当然」
「……合法ちゃうわ、さっさと下りろショタコン!」
否定してみたけど、一応感動の再会って事で事案にはならんから(?)合法かもしれない…。いや、だからと言って「じゃあどうぞ」とはまったくならんけども。
いや、っつか、マジでゲロるくらいにヤバい…! ロイド君の体がこんなしょうもない場面でえらい事になる!
流石にガゼルとJ.R.の男組は女の上に乗っかて来るような真似はしない…が、2人でニヤニヤ見てないでさっさと助け出して欲しい。
だが、最大の危険はすぐそこに迫っていた、何故なら―――
「マスター」
ウチの重量級なメイドが残っていたからだ。
ジリジリと距離を詰めて来るパンドラが何をしようとしているのかは考えるまでもない。先の4人のように俺に向かってダイブして来ようとしている。
パンドラの体重は約90kg。その重量がダイブして来たらどうなるか? ……多分、吐くな、内臓を。
「パンドラ、待って、本当に待って! 話せば分かるから本当に待って!」
「行きます」
「行くなーーーッ!!!」
結局来た。