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14-57 サヨナラの日

「最後の最後まで腹立つ野郎だぜ…」


 吐き捨てるように言って、原初の火を握り潰して消す。

 良太が何に腹を立てているかと言えば、あれだけ散々好き勝手に世界を引っかき回して置いて、勝手に納得して、勝手に死んでいった事だ。


「せめて、気持ち良くトドメ刺させろっつうの」


 お陰で、終わったと言う余韻も無い。喜びも湧いてこない。むしろ、勝手に死なれて困惑してしまっているくらいだ。

 良太としては、後悔したり、苦しんだり、嘆いたりしてボロ雑巾のようになって終わって欲しかった。

 良太にも気持ちを上手く言葉に出来なかったが、ただその終わり方に納得していない事だけは確かだ。

 …とは言え、終わりは終わりだ。ジェネシスに“この先”は無い。とどめのやり直しを要求したところで、誰がそれに答えてくれる訳も無い。

 この何も無い漆黒の空間が、ジェネシスにとっての行き止まり(デッドエンド)だったのだ。


「リョウターッ!!」「マスター」「アーク様っ!」「父様ぁっ!」


 ひび割れの外側から皆に声をかけられ、気持ちを切り替える為の深呼吸を1度する。

 良太自身に納得が行こうが行くまいが、世界の命運を決める戦いがここに終わった事は事実だ。受け入れて、黙って呑み込むしかない。

 仲間達の声に答えて手をあげて答える。


「おー」


 軽く返事をしてひび割れに近付いて行く。

 良太の無事な姿と声に、皆……特に女子達の安堵する。


「マスターご無事ですか?」

「ああ、この通り。調子が良いくらいだよ」


 ポケットに手を入れて歩きながら、軽い口調で答えを返す。


「ジェネシスはどうなったのですか?」

「今度こそ本当に死んだ。もう『実は生きてましたー』なんて展開も絶対にないよ」


 ひび割れの前に辿り着き、空間の隔たりを挟んで、ひび割れ越しに良太と仲間達が向き合う。


「では、本当に終わったのですね?」

「ああ。魔神の―――ジェネシスに関わる戦いはこれで本当に終わりだ」


 良太の言葉を聞いて、パンドラの後ろで聞き耳を立てていたフィリスと真希、白雪とかぐやが抱き合って喜び、ガゼルとアスラは嬉しさのあまりお互いを腹パンし合って、2人して悶絶していた。


「最後に何か話されて居たようですが、何を話していたのですか?」


 距離があったせいで聞こえて居なかったらしい。

 ジェネシスとの最後の会話を聞かれて居なかった事に、少しだけ安心した。しかし、それを表にだすような事はせず、平静のまま答える。


「いや、別に。最後にグチャグチャと恨み言を吐かれてた」


 パンドラに嘘を見抜かれないかと内心少し緊張した良太だったが、その心配は必要なかったようで「そうですか」と短く返されて終わった。


「マスター、用事が済んだのならばお早く御戻り下さい。そちらの空間との繋がりが切れかけているようです」


 パンドラの言う通り、暗闇の空間を創り出したジェネシスが消えた事で、その繋がりは消えつつあった。その証拠に、ひび割れは徐々に塞がり始めている。


「ああ、そうだな」


 良太もそれには気付いている。いや、空間の支配権を奪った良太がそれに気付かない訳が無かった。

 今、この瞬間に外に出なければ、ひび割れが閉じて繋がりが断たれ、隔離された暗闇の空間からの脱出はほぼ不可能となる。

 それも理解している。理解しているが、良太はまったく慌てず、そして―――その場から動こうとしなかった。


「……と言いたいんだが、俺はそっちの世界には戻らないよ」


 数秒の沈黙。

 戦いが終わり、喜びに沸いていた仲間達が一時停止を押されたように止まり、良太の言った意味を何度も頭の中で考える。

 しかし、言葉の意味なんて1つしかない。良太は「隔離される空間に残る」と言っているのだ。


「「「…え?」」」


 誰が問い返したのか誰も判らなかった。自分が言ったのか、他の誰が言ったのかすらも認識出来ない程全員が混乱していたからだ。

 最初に混乱から立ち直ったのは白雪を抱きしめていたかぐやだった。


「な、何言ってるのよ!」


 良太の言葉をを受け入れられなくて叫ぶ。そして、すでに少しだけ泣き始めていた。

 そんなかぐやをすまなそうに見つめながら、良太は落ち付いた声で説明する。


「俺の体の中で、創世の種が発芽しちまってる。このまま俺がそっちに戻ると、俺の意思に関係なく創世の種が世界の創り変えを始めちまうんだ」


 そう。それが、ジェネシスが良太に後を託した理由。

 ジェネシスにとって、“創世の種”の力が世界を創り変えてくれるのなら、そのトリガーを引くのは自分でも良太でも構わなかったのだ。


「―――だから、俺はそっちの世界には戻らない。いや、戻れない…かな」


 もし良太が戻れば、それこそジェネシスの思い通りの展開になってしまう。それはとても悔しい。…が、そう言う話ではないのだ。

 良太の中に在る世界は―――空っぽだ。

 ジェネシスを殺す為に存在した世界は、殺すべき相手を殺してしまった時点でその意味を失った。

 ジェネシスの種が世界を創り変えた場合は1週目と同じような結末となる。それにしたって、少なくても良太達の世界でパンドラが作られる程度に技術が発展するまでは誰かが生きていた。

 しかし……もし良太の中の創世の種で世界の改変を行った場合、恐らく世界には何も残らない。

 人も、植物も、海も、大地も、何も存在しない文字通りの“無”の世界になる。それは、実際に種を宿す良太の確信だった。

 だから、良太は絶対に戻れない。自分が戻れば、世界が滅ぶ事が判っているから。


「なんとか、する! 私達がなんとかするからッ!! だから…戻って来てよ良ちゃん…!」

「ありがとうカグ。けど、ダメだ…どうにもなんねーんだよ」


 良太だって戻りたくない訳が無い。

 皆の待って居る世界に戻りたい気持ちは大きい―――だが、それを押し殺す。押し殺さなければならない。そうしなければ、それこそ大切な人達を全て失う事になってしまう。

 話している間にもひび割れは消えて、少しずつ小さくなる。


「本当に……もう、ダメなの……?」

「うん」


 ポロポロと涙を流すかぐや。涙を拭うような余裕もなく、必死に良太を見つめる。「どうにかなる」と言って欲しい。本当は戻って来れるのだと言って欲しい。

 その視線を受け止めて、良太も必死だった。少しでも自分が躊躇いや後悔の雰囲気を見せたら、それこそかぐやはもっと泣く。

 だから、良太は必死に自分の心に蓋をする。

 本当は自分が泣きたい気持ちなのも、全部押し込めて「全部納得してますよ」と言う風に、あくまで、いつも通りに、あるべき姿で話すように努める。


「まあ、アレだ。ジェネシスの野郎をぶっ殺す事の引き換えだと思えば、安いもんだ」

「バカっ、良ちゃんの大馬鹿ッ!!!」

「!」

「安くない……全然安くないよぉ…」


 流石にかぐやの気持ちを考えて無い発言過ぎた…と心の中で反省する。


「アーク様…」


 フィリスは泣きそうな顔で言葉に迷う。

 もう時間が残り少ない。けど、何を言って良いのかが分からない。もしかしたらお別れを言うのが正しいのかもしれないが、それを口にすれば別れを受け入れてしまうと思ったからだ。


「父様……父様ぁ」


 白雪は、夢遊病者のようにフラフラと飛び“空間のひび割れ”と言う視えない壁にぺチンっとぶつかって止まる。

 泣きながら「寂しい」と思念を送り続ける白雪を撫でてやりたかったが、空間を隔てる壁がそれを許さない。もう、良太は“向こう側”の人間や物に触れる事を許されない。

 良太の代わりに、白雪を優しく手にとって慰めたのはガゼルだった。


「泣くな泣くな白雪ちゃん。アークの奴が困ってるぜ」

「……ですの」


 白雪をあやしながら、いつになく真剣な瞳が良太を見る。


「お前は、本当に大馬鹿野郎だな」

「返す言葉もねえ」


 良太の返答を聞いて、ガゼルの視線に少しだけ優しげに和らいで、その奥に少しだけ…ほんの少しだけ寂しさのような物が宿る。


「元ショタ君」


 真希が軽く手を振る。

 他の面々と違って、真希だけはさらっとお別れを言えそうな雰囲気だった。良太がショタではないから興味が無い―――のではなく、年上の“お姉さん”だから、良太の気持ちを汲んだのだ。

 自分達が必要以上に悲しむのは、良太を苦しませて悲しませる。そして、その覚悟を鈍らせると。だからこそ、真希は周りからは冷たいと思われるくらいの対応を心掛けた。

 良太には、そんな真希の気持ちが伝わった。素直に嬉しいと感じる。


「言おうと思ってたんですけど、“元ショタ”って男は全員元ショタじゃないですか?」

「チッチッチッ、ショタの語源通り、短パンの似合う可愛い男の子だけがショタ! それ以外は全て糞餓鬼!」

「…ブレないッスね…」

「ブレないわ。ここだけは、絶対に!」


 いつも通りな真希の姿が嬉しくて、楽しくて、良太は苦笑する。そして思う


(やっぱり、姉ちゃんみたいな人だな。まあ、本当の姉は居ないけどさ)


「レェェエエエエエッドオオオオオッ!!!!」


 突然、視えない壁にバンっと隻腕の男が張り付いた。


「うぉッ!? ビックリした、何してんの?」


 アスラだった。ノックするようにバンバンっと拳で視えない壁を何度も叩く。


「レッド、ずるいぞ! なんでレッドばっかりヒーローイベント満載なんだ!? 俺にも1つくらい譲ってくれよ!?」


 「譲れるもんなら譲りたいわボケェ!」と言う全力のセリフを、口から出るギリギリのところでなんとか呑み込んだ。


「とは言え、だレッド。ヒーローたる者、最後はちゃんと皆の所に帰って来なければならないんだぞ! 『ヒーローが居なくなる話は物悲しくて堪らん』と、師匠(せんせい)も言っていたしな!」


 良太は答えに迷って…結局何も言えず、少しだけ苦笑する事で返答とした。

 そういうしている間に、更にひび割れは小さくなり、大きな窓1つ分程度しか残っていない。

 残り時間が少ない事を良太が改めて意識しだした時、仲間達の後ろで静かに立って居たロイドに気付く。


「………」


 ロイドは何も言わなかった。

 ただ、黙って唇を強く噛み、感情も、言葉も、全部押し殺していた。

 良太としては、何も言わないでくれるのは有り難い事だ。良太にとってロイドの存在は異世界で暮らしている時の標だった。そのロイドに何か言われたら、決意が鈍ったり、蓋をしていた感情が我慢できなくて泣きだしてしまうかもしれない。


「嫌です」


 突然の声。

 誰の声だか一瞬判らない程、その声は普段の彼女とは違う声だった。


「パンドラ?」


 そう、先程の声はパンドラだった。

 いつもの無感情な声では無い。悲痛なのに、どこか怒っている様な、感情的な“人間”の声だった。


「嫌です」


 もう1度言った。


「何がだ?」

「マスターは言いました。『俺のそばに居ろ』と」


 アークが種蒔く者の元より帰って来た日、目を覚ましたパンドラと話した時の事だ。

 あの時パンドラは始めて機械のプログラムではなく、自分の意思でアークと共に居る事を選んだ。そしてその答えに対しアークは「だったら、俺のそばに居ろ」と返した。


「私にとって、マスターは全てです。だから―――だから、居なくなるなんて絶対に嫌です!」


 そんなパンドラの顔は、いつもの無表情ではない。

 大切な物が失われる事を恐れている顔だ。

 大事な人と別れる事を嘆いている女の顔だ。

 幸せが零れ落ちないように必死に抗おうとする人間の顔だ。

 パンドラのそんな姿に良太は―――安心した。今目の前に居るパンドラを見て、どこの誰が作り物の機械だと思うだろうか? 誰がどう見ても、美しいメイドでしかない。


(これなら、もう俺が居なくても大丈夫だな)


 皮肉にも良太との別れで、パンドラは更に一歩人間性を手に入れた。

 その人間性のせいで、良太との別れは大きな痛みを味わう事になるだろうが、今のパンドラの周りには皆が居る。だから、良太は安心して「お別れ」を言う事が出来た。


「ゴメンなパンドラ。その約束はここまでみたいだ」

「…嫌です。絶対に嫌です!」


 子供の様に髪を振り乱して首を横に振る。

 こんな時、時間をかけて説得するべきなのだろうが、今の良太にそんな時間は許されて居ない。

 パンドラも1度言い出したら頑固な上、今の駄々っ子モードでは納得させるのは無理だろう。だから、一方的に言うべき事だけ言っておく事にした。


「パンドラ」

「嫌です!」

「話聞いてくれ」

「………はい」

「お前が俺を大切に思ってくれるのは嬉しい。多分、そのせいで苦しい思いをする事になるだろうけど、それでも生きて欲しい。……まあ、これは俺の勝手な自己満足(エゴ)だけどさ」

「マスター……」

「ギリシャ神話のパンドラは、厄災の箱を届ける配達人(ポーター)だった。お前もさ、最初はトンデモねえ厄介な物を起こしちまったもんだと思ったけど……何があっても俺のそばに居てくれたお前は、間違いなく俺にとっての箱の底に残った一握りの希望その物だった。ありがとな」

「………」


 パンドラが無言のまま唇を噛んで顔を背ける。

 良太が居なくなる事を納得した訳ではない。だが、自分がその事実を受け入れる以外にないと言う事を理解したのだ。そうしなければ、良太を困らせるだけだ…と。


「フィリス」

「は、はい!」

「ゴメンな。例の事への返事、言えそうにねえや」

「いえ……待ちます!」

「ん?」

「私達エルフは亜人の中でも特に長命ですから、アーク様ともう1度御会い出来る時まで、返事は待ちます!」


 良太としては、自分の事を忘れて別の好きな人を探して欲しかった。何故なら、どれだけの時間をかけても、2度と会う事は叶わないから…。


「そうか…。まあ、アレだ。待ちくたびれたら、俺の事はさっさと忘れてくれ」

「忘れません、絶対に! 何十年でも、何百年でもずっとずっとお待ちしています!」


 フィリスは本気で待つつもりだ。きっと有言実行で死ぬまで待ち続けるだろう。

 いや、フィリスも理解しているのだ。もう2度と会えないだろう事は。しかし、それでも、良太を待ち続けている者が居る事で、少しでも良太自身が帰ってこようと足掻いてくれる可能性があるのなら…と、その小さな、本当に爪の先程の可能性に賭けた。

 良太にもそれが伝わった。だから、そこまで信じてくれた事に素直に礼を言う。


「うん、分かった。ありがとう」

「はい。きっと、きっと御戻り下さい!」


 返事は出来なかった。

 世界を滅ぼす力も、世界を創り変える力も持っているのに、自分の帰るべき場所に戻る力は持たない。いや、それだけ強大な力を持つ故に戻れないのが現実。


「白雪」

「……ですの」


 ガゼルの手の中から飛び立ち、少しでも良太の近くに居ようと視えない壁に張り付く。


「これから大きくなっていくお前を見れないのは、正直残念だけど。ちゃんと食べて、ちゃんと大きくなれよ」

「…ですの」

「それと、風邪引かないようにようにな? 少しでも調子悪いと思ったら、無茶せず誰かに言うんだぞ?」

「…ですの」

「そいから、危ない場所には近付くなよ? 変な奴に声かけられても着いて行ったらダメだからな? あと、基本的に男が甘い言葉で誘って来ても聞くな、全部無視しろ」

「父様、心配し過ぎですわ…」

「いや、心配し過ぎって事はねえだろう」


 誰がどう見ても心配し過ぎだった。

 コレが最後だと思うと、良太の父性が覚醒してどれだけ心配しても足りなかった。なんだったら、箱に入れて仕舞っておきたいくらい心配で心配で堪らなかった。


「ガゼル」

「おう」


 男2人で見つめ合う。呼んではみた物の、特に言う事もなかった。


「お前には特に言う事ねえや」

「そうか、まあ俺も言う事ないな」

「まあ、アレだ。世話になったな」

「ああ、存分に恩に着ろよ」

「……一瞬で感謝の気持ちが消え去ったわ」


 いつも通りの憎まれ口を叩きあって、フッと笑い合う。最後とは思えない程の“いつも通り”だった。

 良太にとってガゼルの存在は面倒見の良い兄貴分であり、対等にバカをやれる悪友だった。ガゼルにとっても同じで、今この瞬間もそれは変わらず、この先も変わらない。それだけの簡単な事を確認しあった。2人にはそれで充分だった。


「J.R.」

「呼んだかレッド」

「腕、大丈夫か?」

「うむ。やはり隻腕のヒーローはアリだと思うの!」


 片腕を失っていると言うのに、悲壮感や喪失感が欠片もない。むしろそこから更に高みに登ってやろうと言う向上心で燃えている。その姿は、まさに幼いころに良太がテレビで憧れたヒーローの姿だった。


「そうな。片腕でも両腕でも、そんなの関係無くJ.R.なら最高のヒーローになれるよ」

「そうだろうそうだろう! レッド、やはり君は正義(ジャスティス)を理解しているな! 再び一緒に活躍する日を楽しみにしているぞ!!」


 どうやら、ここでお別れだと言う事はあまり理解していないらしい。


「真希さん」

「ん。私には(かしこ)まった挨拶とか別れの言葉は要らないよ」

「そッスか? じゃあ、1つだけ。クソショタコンな点だけは、どうやっても受け入れられないです」

「最後の最後にディスって終わろうとするとは良い度胸じゃない…」

「俺は1人っ子だからよく分かんねえけど、俺の姉ちゃんが居たら、多分真希さんみたいな人なのかなぁ、と」


 ロイドの姉であるリアナも、良太にとっては姉のような存在ではあった。しかし、「実際に自分に姉が居たら、絶対にあんな温和なフワフワした人間ではないだろう」と言う思いも同時に感じていた。

 その点、真希は良太にとって程良い距離感と、程良く口と態度が悪い……頼りになる姉のような相手だった。

 姉のような人だと言われて、真希が少し…いや、かなり感激していた。実際、少し涙ぐんで目が潤んでいる。


「姉ちゃん呼び…アリだわ。ね、ねえ元ショタ君? 手に入れた超パワーで、なんか、こう、いい感じに若返ったり出来ないの? 具体的には身長120cm以下、年齢は9歳くらいがベスト」

「いや、ねえよ」

「ダメなら11歳くらいまでなら許す!」

「いや、だからねえよショタコン」


 良太に気を使わせないようにいつも通りの会話をした―――訳ではなく、こんな状況でも真希はまったくブレずに自分の欲望に忠実だった。


「ロイド君―――」


 相棒の名前を呼ぶ。しかし、ロイドは黙ったまま首を振った。

 何も話す事ははない。と言う事だ。

 今まで、良太はロイドと1つの体の中で、精神が繋がって話す事はあった。だが、話していない時も、ロイドは良太の見て来た物を見て、聞いた言葉や音を体の奥で聞いていた。

 どれだけの言葉を交しても足りない程、ロイドと良太は心を通わせて来た。だから、例え別れる瞬間であっても、わざわざ畏まって言う事は何も無い。


「そうだな」


 ロイドの考えを読んで、良太は苦笑する。

 たしかに、自分もロイドに対して今更言う事は特にないな…と。

 ()いて言えばお礼と、体をボロボロにしてしまった事の謝罪をしたかったが、ロイドはそんな事を言って欲しくない、と言う事は何となく良太にも分かった。だから、良太もそれ以上何も言わない。

 それぞれに別れの挨拶のような事を言って来たが、最後の1人。


「カグ」

「………」


 返事はない。

 黙ったまま、ただポロポロと泣きながら寂しそうな目で良太を見つめている。


「これから先、お前が元の世界に戻りたいのか、それともこの世界で生きて行くのか分かんないけどさ、何かする時には皆に頼れよ?」


 「任せろ」と言うよりにガゼル達が強く頷くのが頼もしかった。


「でも―――そこに良太は居ないじゃない!」

「…そうな」

「…良ちゃん……行かないで…」


 泣き顔のかぐやにそう言われると、固めた筈の決心が鈍りそうになる。

 それでも―――どれだけ別れを惜しまれても―――どれだけ別れたくなくても、良太はここで皆と別れなければならない。

 それが、変えられない運命。


「ゴメンなカグ。俺は、ここで―――お別れだ」


 かぐやが更に泣く。

 慰めたい。もっと言葉をかけたい。

 だけど―――もう―――時間が無い。

 ひび割れが、手の平1つ分程しか残っていない。

 もっと言いたい事がある。

 皆へのお礼を。

 皆への謝罪を。

 皆への感謝を。

 皆への―――遺す言葉を。

 その全てを伝えて居たら、きっと1日じゃ足りない。

 だから、最後に1つだけ。いつも通りに別れる為の一言だけ…。


「皆―――」


 ひび割れが―――もうすぐ―――塞がる。


「―――後を頼むわ」


 空間が閉じる。

 ひび割れから差し込んで居た月明かりが消えて、空間は完全なる闇に染まる。

 良太の視界を漆黒が埋める。

 濃過ぎる闇のせいで、自分の手足すらまともに視えない。


(この闇は、まるで―――俺の未来その物だな)


 ペタンっとその場に座る。

 外界との繋がりの断たれたこの空間は、時間の概念からも切り離された場所になった。これから先、腹が減る事も、尿意を感じる事もない。

 そして勿論―――死ぬ事もない。

 良太が自分で死を選んだとしても、体に宿す創世の種が死ぬ事を許さない。この空間に居る限り、完全なる不老不死。

 文字通りの永遠の牢獄。


「はぁ…」


 本当にこれで良かったのかと1人考える。

 いや、これは良いか悪いかの話ではない。それ以外に選択肢のない1択のストーリーだった。

 

「結局…異世界に来た時点で俺には何の救いも用意されてなかったって事か…」


 阿久津良太に救いは無い。

 異世界に呼ばれた良太に与えられた役割は、ジェネシスへのカウンター―――言い換えれば、“2つ目の創世の種”の発芽を阻止する事。

 もしその役目に失敗すれば、世界諸共ジェネシスの世界の創り変えに巻き込まれて死亡。

 役目を果たした結果が、今目の前に在る…。

 死ぬか、孤独な永遠の牢獄に捕らわれるか。それが良太に用意されて居た2つの結末。3番目は無い。

 救いの無いどちらかを選ぶ事が、良太の運命だった。


「どんだけ俺は、神様に嫌われてるんだ……」


 悲しさや怒りが突き抜け過ぎて、変な笑いさえ出て来た。

 誰もいない。

 何も無い。

 何も視えない。

 何も聞こえない。

 こんな場所で出来る事は、精々思考する事くらいだ。

 色々考える事も、思う事も有る。


「やめやめ」


 暗闇の中、硬質で冷たい地面に横になる。


「…もう、疲れた……とりあえず、寝よう」


 考えるのも、後悔するのも後で良い。どうせ、これから先、時間だけは腐る程あるのだから。

 良太は、暗闇に溶けるように目を閉じた―――…。



*  *  *



「―――後を頼むわ」


 ひび割れが閉じる。

 良太の声が聞こえなくなる。

 そこには何も無い空間に乾いた風だけが吹き抜けて行く。


「リョータ……?」


 返事はない。


「マスター?」


 返事は無い。


「アーク様?」


 返事は無い。


「父様?」


 返事は無い。

 何故なら―――もう、この世界に阿久津良太は存在しないから。

 阿久津良太に救いはない。

 だから、残された者達にも救いはない。良太の事が大切であればあっただけ深く深く傷を負い、その傷が癒える事もない。

 喪失感と、大切な人を失った絶望を背負って生きて行くしかない。それが、長きに渡る魔神を巡る戦いを終わらせた代償。


 まるで―――戦いの終わりを祝福するように、空が徐々に白み始める。

 夜明けだった。

 あまりにも残酷で、そして美しい1日の始まり。

 眩し過ぎる太陽の光に目を細めながら、口々に言う。


「バッカ野郎がッ…」


 ガゼルは小さく言いながら、テンガロンハットを顔の下ろして、頬を伝う涙を隠した。


「レッド…帰って来いよ!」


 アスラは拳を強く握り、太陽に向かって拳を突き出す。あの光の向こう側に、太陽の化身の如き少年が居ると信じて。


「元ショタ君……ううん、良太君。君の事は忘れないよ、絶対に」


 真希は、眼鏡を外して1度だけ目元を拭って、空を見上げて笑う。


「……リョウタさん…」


 ロイドは、何かを決意した顔で独り頷くと、祈るように目を閉じた。

 それぞれが心の中にある良太(アーク)と別れを言う。

 しかし、かぐやにはそれが出来なかった。お別れを言うには、かぐやにとって良太の存在は大き過ぎた。

 今まで生きて来た自分の時間のほとんどは良太と共にあった。

 その背中を。

 その声を。

 その心を。

 その標を―――失った事を受け入れられる訳がない。



「良ちゃああぁぁぁあああああんッ!!!!」



 輝くような光に照らされた空に向かってかぐやは叫んだ。

 もう2度と、その呼びかけに答えてくれる人が居ない事を知って居ながら、叫ばずには居られなかった。



 世界を救う為の小さな犠牲。

 世界全てと、人間1人。どちらが重く、価値があるのかなんて天秤で量るまでもない。

 だから、これは必然の結末。

 

 たとえ―――その1人が、誰かにとって掛け替えのない1人であったとしても…。


 必然の結末に、誰が苦しもうとも結果が変わる事はない。“世界の道標”がこの結末を選んだのだから。


 だから、

 これは、

 そんな、

 小さな、

 小さな、

 たった1人の、


――― 犠牲の話




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