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14-56 全てに終わりを

 腹に穴の開いた衝撃で、ヨロヨロとジェネシスが後ろに下がる。

 痛みはない。喪失感も無い。それなのに、確実に体が削り落ちている。

 精神が超越者の領域に至っているジェネシスでさえ、微かな不安が心に吹きこんで来る。


「いったい…なんだ、これは?」


 良太に訊いた訳ではない。独り言を呟きながら、恐る恐る自身の顔に触れる。頭の右半分がスプーンで抉られたように綺麗に無くなっていた。失った断面が鏡面のようにツルリとしていて気味が悪い。

 ジェネシスの手持ちの中には当然最高レベルの再生、回復、修復効果のスキルがいくつも積まれている。それらが1つも機能していない。

 防御能力にしたって、原初の火ならともかく、ただのパンチでこんなに簡単に突破されるのは異常だ。良太の中で創世の種が芽吹いたのだとしても、ジェネシスも条件は同じ。ならば一方的に押される展開は有り得ない―――筈だった。

 だが、今事実としてやられているのはどう言う事なのか?


「だから言ってんだろうが、テメエと俺は“同等”じゃねえんだよタコ」

「…何?」

「1つ。テメエは1度精霊達に砕かれて粉々になった…にも関わらず、その欠片である魔素や神器を回収する事を放棄した。その時点でテメエは100%になる事はなくなった。どこまで高めようと99.9%の創世の種でしかない」


 その通りだった。

 「種の発芽はそれで事足りる」とジェネシスは敢えて残りの神器や、世界中に振り撒いた魔素の回収は放棄した。

 ジェネシスの読み通り、それでも世界を滅ぼす事も、創る事も可能だった。

 しかし―――同じ“創世の種”の力とぶつかり合うのであれば、そんな半端な状態では力負けするのは必然。


「2つ。テメエの創世の先にある世界はどんな世界だ?」

「知らぬ。興味も無いな」

「そうか。まあ、俺もどんな世界かはどーでもいいんだ。問題なのは、テメエの“世界”はこの世界の為に用意された物だって事だ」

「…それが?」

「俺の“世界”はそんな大層な物じゃない」

「何?」

「『世界を()くする為』とか『争いの無い平和』とか『誰もが幸せな』とか、そんな物俺の世界には何もない。何故なら、俺の世界はただ1つの目的の為にのみ存在するから」


 再び良太がジェネシスを指さす。

 真っ直ぐ。迷い無く。


「俺の世界は―――テメエを殺す為の世界だ」

「!」

「テメエを殺す為に創られ、テメエを殺す為に存在する。それが、今俺の中で形になっている“俺の世界”さ」


 世界を壊す事も、世界を創る事も、そこには途轍もないエネルギーが必要となる。創世の種は、その2つを瞬時に可能とする力を持つ。しかし、良太はその全てのエネルギーをジェネシスを滅ぼす事に使っている。

 普通の人間にとって魔神は―――ジェネシスは常識の通じない何でもアリの怪物だ。しかし、今の良太はその怪物のジェネシスにとっての“常識の通じない怪物”となった。

 「それがどうした」と笑い飛ばす事は簡単だ。だが、ジェネシスにはそれが出来ない。

 目の前の人間が―――目の前の子供が―――目の前の化物が…自分にとっての死神である事を理解してしまったから。


 生まれて初めて味わう恐怖、だった。


 ジェネシスが創世の種と言うただのシステムであったなら、そんな物は感じずに済んだ。しかし、精霊王の力を取り込んで精神が生まれてしまったジェネシスには、その重く、苦しく、心臓を掻き毟るような心の痛みから逃れる術がない。

 今まで生きて来て、本当の意味でジェネシスを脅かす存在は1人も存在した事はない。常に魔神こそが世界の天辺であり、その上には神たる種蒔く者以外には居なかった。だから、ジェネシスは始めて味わうその恐怖心への抗い方が解らなかった。


「……ひっぐ…!」


 小さな悲鳴のような息を吐いて大きく後ろに飛ぶ。

 少しでも良太から離れるように、少しでも恐怖から逃げるように。

 理性は「良太と戦う以外に道はない」と理解しているのに、恐怖がそれを全力で否定し、勝手に逃げだそうと体を動かす。

 そんなジェネシスの姿を冷やかな目で良太は見詰める。


「どこに逃げるんだ? テメエに逃げ場所はねえし、鬼ごっこに付き合うつもりもねえぜ、俺は」


 良太が自身の中で芽吹いた創世の種から創った力はたった2つ

 【我は世界を否定する(ジエンドオブワールド)

 自分の設定したルールを強制的に相手に強いる、魔神の【事象改変】と同等…もしくは上を行く異能(チート)

 そして、もう1つが―――


 【神殺し(すべてにオワリを)


 その力は、良太が認識出来る物であれば、なんでも“殺す”能力。

 ジェネシスを殺す為に用意された2つの力。そこからは、何人も逃れられない。

 大きく飛び退いたジェネシス。一足飛びで100m近く距離が開いた。

 良太は無造作に空間を横殴りにする。

 何も無い空間―――普通ならば、拳が空を切って空振る。それなのに、良太の拳は“空間”を物理的に捉えていた。


―――バキンッ


 良太の殴った部分から、放射状に空間にひびが入る。

 そして、ジェネシスの体の時同様に、ガラスのように空間が砕け散る。

 次の瞬間100m先に居たジェネシスが目の前に現れる。


「―――は?」


 驚いたのはジェネシスだ。

 恐怖心に駆られて距離をとった。良太も自分もそこから一歩も動いていない筈なのに、いきなり距離が0になったのだ。

 転移ではない。空間置換でもない。良太が、2人の間にあった100mの空間を【神殺し】によって“殺した”。

 驚いてからのジェネシスの反応が遅い。

 動きだけの話だけではなく、思考速度も反射速度も明らかに落ちている。それは恐怖心に縛られた事だけが理由ではない。空間の支配権が良太に向きつつある為、ジェネシスの使っている全ての異能(スキル)が力を失いかけているのだ。

 対して、良太の能力は増して行く―――。

 肉体強化の異能が無くても、思考加速の異能が無くても、その肉体能力はすでにジェネシスを軽く凌駕していた。

 だから、呆けているジェネシスに全力で拳を振る。


「―――ふッ!!!」


 ジェネシスの胸に拳が突き刺さる。


―――バキンッ


 胸に穴が開き、腹の穴と繋がって胴体のバランスが保てなくなり、左半身が崩れ落ちる。辛うじて首は胴体に残ったが、左肩から腹、そして左腿にかけての部位をゴッソリとガラス片に変えられて失った。

 相変わらずジェネシスに痛みはない。ただ、体がまともに動かなくなった。


「テメエの抱えてる“世界”の質量も尽きたな」


 今のジェネシスは1つの世界その物だ。

 言いかえれば、1つの星と言っても過言ではない。そのジェネシスを、良太はたった3発の拳で沈めた。

 これが、ジェネシスを殺す為だけに全てを注ぎ込んだ創世の種の力。


「ジェネシス、これで終わりだ」


 良太は手の平に原初の火を灯す。

 敢えて【神殺し】の拳でのとどめではなく、原初の火で燃やす最後を選ぶ。しかし、それは最初から決めていた事だ。

 ジェネシスには精神が存在する。それが魂と定義されるかは良太には判らなかったが、少なくても転生してまた世界に生まれ落ちる可能性があると言う事は決して無視できない。

 だからこその原初の火。体のみならず、精神も、魂も、全てを焼き尽くして消してしまう黒い炎でジェネシスを文字通り跡形も無く消す。

 【我は世界を否定する】の制限を1部解除して、炎熱のダメージを有効にする。


「逃げねえのか?」


 目の前で動かないジェネシスに静かに訊く。

 まだ足は健在であり、多少はスキルも生きている。それなのに、ジェネシスは今から叩き込まれる原初の火を受け入れるように、その場に立っている。


「ふっふっふ…いや、よくよく考えれば、逃げる必要もないと思ってな?」


 先程までの怯えた姿と声が嘘だったかのように落ち付いた声だった。死期を悟った者の境地……と言うのではなく、目的を果たした者特有のやり切った、全てを出し切った落ち付き方。


「逆転の一手が有るならさっさと出せよ」


 例えそんな物があったとしても、全て良太に捻じ伏せられる事はすでに確定事項だが。


「いやいや、そんな物はもう無いさ。そもそも、君とはもう戦う必要すら無かったのだ」

「…どう言う意味だ?」

「我の目的は、世界を新しい姿へと変じさせる事」


 ジェネシスにとっては―――創世の種にとってはそれが役目であり目的であり、自身の意味の全て。その為に何百年の年月をかけて精霊達に砕かれた力を取り戻し、魔神を宿した者達が成長するのを待ち続けたのだ。


「そうさ、そうなのだよ! 君の中で創世の種が発芽した時点で、どちらでも良かった(・・・・・・・・・)のだよ!」


 自分の言葉に酔ったように、ボロボロの体でヨロヨロと一歩踏み出す。


「我が死のうとも、君が目的を果たしてくれる。……いや、むしろ完全なる姿の種である君の方が上手くやれるのではないか? と、そう思う訳さ」


 良太に手の届く距離に辿り着くや否や、(おもむろ)に手を伸ばし―――原初の火を灯す良太の手を自ら掴む。


「!?」

「ふっくく…そんなに驚く事はないだろう? もうすぐ我の望みは叶うのだ。こんなところで君の足を止めさせるなんて無駄な事だ」


 原初の火を掴んで居たジェネシスの右腕が焼滅し、途端に肩から胴体に向かって黒い炎が一気に燃え移り、あっと言う間に全身が炎に呑まれる。

 今のジェネシスには【消滅耐性】も【事象改変】も無い。

 原初の火に抗う術はなく、数秒で燃え尽きて消える事だろう。

 その数秒で良太に最後の言葉を残す。


「さあ……後を頼んだぞ…“世界の道標”よ。世界…を新しい……す、がた………へ……と…………み…ち………びい………て…………」


 燃え尽きる―――。

 何も無かったように、誰も居なかったように、巨大な暗闇の空間の中には良太1人だけが立って居た。




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