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14-54 絶望の先に

 原初の火は全てを焼く事が出来る。

 それは物質的な物だけに留まらず、冷気や熱、重力に至るまで視認出来ないエネルギーの流れも燃やす事が出来る。

 故に、ジェネシスがどん能力で攻撃しようとも、原初の火で防御すればそれだけで相手を一方的に焼き殺す事が出来てしまう―――のだが、原初の火を灯していた右腕は、ジェネシスの腕を受け止めきれずに弾け飛んだ。

 良太の腕が宙を舞う。

 正確に言えば、宙を待って居るのは良太の右手。原初の火を纏っていた部分だけが残って宙を舞い、それ以外の右肩から先は―――消し飛んでいた。

 確かに原初の火は無敵の能力である。しかし、それを使う良太の肉体は常人並みであり特別な部分は一切無い。

 今のように原初の火を使った防御も、原初の火を纏っている部位は無傷でも、それ以外の部分がジェネシスの攻撃の衝撃に耐えられずに千切れ飛んでしまうのだ。

 今回片腕だけで済んだのは運が良かっただけだ。

 ジェネシスは確実に殺す気で攻撃していたが、伸ばした腕が原初の火を纏った良太の右手に当たったせいで力が右側に逸れて片腕を抉るだけに留まった。

 右腕を失った良太の体から血液が噴き出す。


「―――ぁ…ぐッッ!!?」


 反射的に右腕の無くなった傷口を左手で押さえる。

 自身の体の欠損と言う、普通に生きていれば味わう事の無い痛みと精神的衝撃。耐えられず、足から力が抜けて地面に膝を付く。


「っくっそ……マジ…かよ!!?」


 右肩から滑った生温かい液体が止め処なく溢れて来る。

 その液体一滴一滴が、良太の命をカウントダウンする砂時計の砂だった。血液の3分の1を失えば人間は出血性ショックを起こし、半分を失えば心停止する。その程度の知識は一般人の良太にもある。

 だからこそ、自分の死がすぐそこにあるのだとすぐに理解した。理解はしたが、それは理性の話しであって、感情が震えるような恐怖感が無くなった訳ではない。

 今までの旅でも死を覚悟した事はあった。だが、今回は決定的に違う事が1つある。それは、今は良太自身の体だと言う事。良太が16年間生きて来た肉体だからこそ、それが滅びる事への恐怖心はロイドの肉体の時とは比べ物にならなかった。


「ぅ…ぁあああッ!!」


 右腕から脳に上って来る痛みに耐え切れず、狂ったように何度も地面に頭を叩きつける。

 少しでも右腕の痛みを別の痛みで誤魔化さないと、本当に頭がどうにかなってしまいそうだった。

 痛い。

 痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い―――。

 まともに思考する事が出来ない。

 血を失って体から力が抜ける。頭が働かなくなる。近付いて来る死の恐怖だけが大きくなり、心を黒く塗りつぶす。


「30秒どころか、10秒も持たなかったな?」


 ノイズのようなジェネシスの声。

 だが、良太には聞こえていない。それどころではない。血が止まらない。気を抜いたら意識が飛んでしまう。今意識を失えば死は確実だ。だからこそ、死に物狂いで意識を保つ事だけに集中している。外に事に割くような余裕は爪の先程もない。

 良太は今にも死にそうなダメージを受けた訳だが、ジェネシスも原初の火に触れている為無事でない。

 ジェネシスの右腕の先で燃える黒い炎。今にも全身に燃え移り、存在全てを食い殺そうかとしているかのように激しく燃える。

 しかし、ジェネシスは特に慌てる事も無く燃えている右腕を切り捨てる。何かしらの力で斬ったのではなく、蜥蜴の尻尾のように勝手に自切したのだ。


「とは言え、やはり原初の火は防御しきれんな。まあ、これ以上食らう事もない故、どうでも良い事か」


 自切した分の長さを補うように右腕が伸びて元通りの姿になる。

 ジェネシスにとっては何の痛痒もない。

 肉の器から離れ、“創世の種”その物である現在のジェネシスは、1つの世界その物と言って良い存在だ。腕の1本2本失ったところで、伸びた爪を切る程度の話であり、ダメージと表現する程の事でも無い。


「次は逃がさんよ? いや、“逃げられない”かな?」


 別れを告げる様に再び手を構える。

 先程よりも、更に力を溜めている。

 回避しようにもジェネシスの速度に対応出来ない。仮に出来たとしても、良太は、もうまともに動けない。

 原初の火で防御したとしても、またそれ以外の部位が吹き飛んで結局死ぬ。


 もはや、どうしようもなかった。

 

 良太の死と、ジェネシスの勝利が確定した。そして、その後に訪れるであろう世界の創り変えも。

 全てが終わった。

 ここから先に、先程のような切り札は無い。助けも無い。未来も―――無い。



*  *  *



「良ちゃんッ!!!!!」


 ひび割れの向こう側の世界で、片腕を失って膝を付く幼馴染に向かってかぐやは叫んだ。その声に対する良太の反応はない。聞こえていないのか、反応する余裕が無いのか。

 かぐやにとって阿久津良太は幼馴染であり、初めて恋心を抱いた相手であり、どこにでも居るごく普通の男の子だった。

 1年前までは、確かに普通の日常の中に2人は居たのだ。退屈な程代わり映えしない高校生活を、それなりに楽しく過ごしていた。

 それなのに―――なんで、なんで……今、良太はたった1人で、あんなに血だらけになって苦しんでいるのだろう。

 分からない。かぐやには解らない。何も分からなくて、涙が出た。

 自分達はただ、あの穏やかな日常に戻りたいだけなのに、何故それがこんなにも困難なのか。何故、あんな神にも等しい化物に良太が狙われるのか。

 このまま、あの怪物に大切な―――かぐやのたった1人のヒーローが殺されてしまうなんて嫌だった。

 今、この瞬間に助けてくれるなら、神だろうと悪魔だろうと構わない。


(誰でも良い、良ちゃんを助けて!! お願いッ、誰でも良いからっ!!)


 願っても、祈っても、助けなんてこない。

 神なんて居ない。悪魔なんて居ない。都合良く現れてくれるヒーローなんて存在しない。

 助けはない。

 慈悲も無い。

 だから、かぐやは泣く事しか出来ない。


「良ちゃああぁぁぁんッ!!!」


 祈るような叫びは、ひび割れの向こう側の世界に響き渡った。



*  *  *



 声。

 泣き声。

 良太が良く知っている声だった。

 小さな頃から何度も何度も聞いて来たかぐやの泣き声。

 今でこそあんな幼馴染だが、良太にとってのかぐやの印象はやはり子供の頃に植えつけられた“泣き虫”の姿が第一だ。

 子供の頃は、事あるごとに泣くかぐやの事を鬱陶しいと感じる事も多かったが、いつからか、そう言う感情が無くなり、むしろ「泣いているカグを護らなければ」と思うようになっていた。

 きっかけは、そう、子供の時の他愛も無い約束だ。


『カグは泣き虫だからな、僕が護ってやる』


 そんな約束をした日から、かぐやは良太にとって護るべき相手になった。

 それからは、かぐやが泣く度に護ったり慰めたり…それが、良太にとっての日常だった。


 だから―――良太は立った。


 ()くなった右腕の痛みを、血が出る程歯を食いしばって我慢して立ちあがった。

 “立つ”という意識は良太にはない。

 かぐやの声に体が無意識に反応した。それはもう本能だったのかもしれない。


「……カグ…」


 幼馴染の愛称を呟く。

 知っている。

 良太は知っている。

 護らなければならない。

 その泣き声を止めてやらなければならない。それは自分の仕事だから。

 強く、強く、強く、心の奥底にある、良太の根っ子の部分が震える。


 護らなければならない。


 幼馴染を。無表情なメイドを。大食らいのエルフを。娘の妖精を。兄貴分の竜人を。ショタコンな姉代わりを。熱血な特撮オタクを。心優しい相棒を。相棒の幼馴染を。相棒の姉を。

 他にも居る。

 アルトさん、レイアさん、ヴェリス、ババルのオッサン、アネルの姉ちゃん、シスター、リーベルさん、ルリ、ルリの親父さん、ターゼンさん、マーサさん、マールさん、姫様、王様、団長さん―――アステリアの皆、冒険者仲間達。

 護らなければならない。


 全てを―――世界を――――護らなければならない。


 良太の内に存在する【無名】と呼んでいた力。

 正式名は【       】。

 読めなかった―――視えなかったその名が、良太の脳裏に浮かび上がった。


 【名も無き世界】


 強い願いが、“種”を発芽させる。


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