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14-53 最後の戦い

 闇―――。

 良太の目の前には闇が広がっていた。

 永遠に続く穴のようであり、吸い込まれそうな宇宙のようであり、沈みゆく海の中のような漆黒。

 覗き込めば呑み込まれそうな気もするが、同時に母親の子宮のような…己の還るべき場所のような気もする。

 静けさと、恐ろしさと、神聖さと、不気味さの混じった闇。

 どこまでもどこまでも続く闇の中に良太は1人で立っている。


「マジッすか…」


 その独り言に答える人間は居ない。だが―――“人間ではない者”は居た。


「ご足労願ってすまないね?」


 目の前に、異形が居た。

 テレビ画面のノイズを人型に切り取ったような姿。

 髪もなく、顔も無く、服も無く、影も無い―――。


「何がご足労だ、無理矢理引っ張り込んだのはテメエだろうが」

「ふっふふ、確かに、それもそうだな」


 機械言語を音声にしているような、耳の奥がビリビリする不快な声。

 男か女か、子供か老人か、高音か低音か、それがどんな声なのかを頭が理解しない。いいや、出来ない。目の前の異形の声を、ただの雑音(ノイズ)としか頭が認識出来ない。それなのに、何を話しているのかは解る事が不気味で気持ち悪かった。


「さっきので仕留め損ねたのは、痛恨の極みだ」


 異形の正体は確かめるまでもない。

 ジェネシスだった。

 先程、確かに良太は原初の火でジェネシスを焼いた。体表と体内の両方から焼く事で完全に肉体を焼滅させた。

 しかし、ジェネシスが生きていた事に関しては良太に驚きはない。最悪の可能性として考えては居たのだ。

 今のジェネシスは、存在を世界に固定する為のアンカーをユグドラシルから取り戻している。つまり、肉の器が無くても独立して行動する事が出来る。

 先程も、原初の火で燃やされた水野浩也の体を放棄する事で、ジェネシス自身は燃やされずに逃げ出す事に成功していた…と言う事だ。


「危なかったよ。まさか、“そちらの体”を切り札に持って来るとは流石に予想していなかったのでね」

「切り札にしたのは俺じゃなくて相棒の方だけどな」

「そう、彼の存在も予想外だった。完全に()した筈だったんだが…ふむ、精霊王が何かした……と言ったところかな」

「どうでも良いだろうが」

「確かにな。もはやそんな事はどうでも良い」


 ジェネシスの異形の手が動いて、まっすぐに良太を指さす。


「ここから先は、君の相方も、仲間も、精霊も、誰も介入出来ない。正真正銘の私と君の一騎打ちだ」


 良太は深く、深く溜息を吐く。

 この世の終わりでも見て来たかのような疲れ切った息だった。


「とりあえず、テメエ…マジでしつけぇよ!」

「そう言わないでくれ、これが本当に最後さ。この姿で原初の火を食らえば、我と言えど死は(まぬが)れない」


 一見すると正々堂々とした戦いに見える。

 だが、ジェネシスは知っている。

 良太も気付いている。

 これは戦いにはなり得ない…と。

 何故なら―――今の良太には戦う力がない。

 手持ちに有るのは、良太が【無名】と呼ぶ“種蒔く者”から受け取った正体不明の能力、そしてそこから生まれ出た原初の火を使う為の【終炎】だけ。

 精霊2人はロイドの肉体に残っている。≪赤≫の魔神の残りカスのように残ったスキルも同じ。

 武器もない、防具も無い、異能(スキル)も無い。

 原初の火を使えると言う一点を除けば、良太はそこらの村に居る一般人と同じ力しか持たない。

 原初の火が世界で唯一ジェネシスを殺す力ではあるが、それを差し引いても分が悪い。いや、分が悪いどころの話ではない。

 魔王を殺す勇者の剣を持って居たとしても、レベル1の勇者が、レベルと能力値をカンストしている魔王に勝てるかと考えれば、答えは断じてNOだ。勝ち目なんて1つもない。

 良太もそれは知っているからこそ、先程の不意打ち1撃で仕留めようとした。しかし失敗した。その時点で全ては終わっている。


「折角だ。他の者達にも見て貰おうじゃないか」


 10m程離れた闇の中に、横に大きなひび割れが走る。

 ひび割れの隙間から見えるのは元居た世界。夜の闇に包まれた、真っ黒な不毛の大地。

 そのひび割れから、良太の仲間達が慌てて覗き込んで来た。


「居た! リョータ、無事!?」「マスターの無事を確認」「アーク様、ご無事ですか!!?」「父様っ父様ぁ!!」「アークっ、おい無事か!」「元ショタ君大丈夫そうじゃない」「レッドばっかりイベント満載でずるくない!?」「リョウタさんっ!!!」


 ひび割れから何とか闇の世界に入ってこようとするが、見えない壁に阻まれて立ち往生している。武器や魔法で壁をこじ開けようと頑張っているが、ひび割れが広がる事も無い。


「我が許しなくして、外からは誰も入れんよ。勿論、君が外に出る事も…な」

「出たければ、自分を倒せってか?」

「まさしく」


 お決まりの展開に良太はウンザリする。それと同時に、この場を切り抜ける方法を必死で考える。だが―――何も思い付かない。

 それも当然の事だ。何故なら、良太がこの場から無事に脱出できる方法なんて、1つも存在していないのだから。

 ひび割れを原初の火で割って出る―――その前に殺される。

 対話で穏便に―――聞く耳を持たない。

 戦って勝つ―――不可能。

 良太に残された道は1つ。黙って殺される事だけ。

 そして、良太が死んだ後は外に居る仲間達も皆殺しだろう。いや、それ以前にジェネシスが世界の創り変えを始めて、世界その物が死ぬ。つまり、良太の死はそのまま世界の終わりであった。


「では、始めようか? 未来を指示(さししめ)す“世界の道標”が我と君のどちらなのかを決める戦いを」


 ジェネシスが無造作に右腕を良太に向ける。


「せめて30秒くらいは粘ってくれよ?」


 言い終わると同時に、構えていた右腕が―――伸びる。

 初速はおよそマッハ1。

 光の速度で動ける魔神であれば欠伸が出るような速度。しかし、感知能力も身体強化の異能を持たない良太にはあまりにも早過ぎ。

 良太の肉体が経験した事のある速度なんて、冗談混じりでやったバッティングセンターの130kmが精々だ。それだって盛大に全球空振ってかぐやや一緒に居た友達に大笑いされている。

 対して今目の前に迫る攻撃はおよそ1200km。約10倍の速度。

 しかし、その速度でもジェネシスにしてみれば手を抜いているとしか思えないような遅さだった。しかし、手を抜いている訳でも、ましてや遊んでいる訳でもない。

 伸びて来る腕、その周囲の空間が飛沫の立つ水面の様に歪み、揺れ、波打っている。

 何らかの力が付与されているのは間違いない。その力を付与、持続させる為に速度を犠牲にしている。勿論、何の力もない良太ならばその速度で十分と言う見積もりの上でだ。

 実際、良太の反応はあまりにも遅い。

 気付いた時には目の前に迫るジェネシスの腕。

 それに対し、体が硬直、行動が一瞬遅れる。

 回避に回る余裕はなくなる。

 だから…手を出す。

 突っ込んで来る右腕に向かって、半場自棄になったように手を出す。しかし、例え腕が当たったとしても良太の腕が吹き飛ぶのは明らか。故に火を焚く。

 黒色の焔。

 良太の手に有る唯一の攻撃手段であり、何者も殺す事の出来る世界最強の攻撃。

 手の平を包むように原初の火が燃える。

 その手に、音速で突っ込んで来たジェネシスの腕がぶつかり―――



 良太の片腕は弾け飛んだ。


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