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14-51 もう1度火を灯して

 闇色の髪と瞳。

 本来は異世界には存在していなかった色の髪は、異様に存在感を主張する。その人間が、黒い炎を腕に纏っていれば尚の事である。

 事態の把握が追い付かず、フィリス達は困惑する。


「……どう言う事だ?」「現状……認識…に、エラー……」「リョータ…?」「父様……どっちですの…?」


 しかし、それも当然の事。

 黒い炎は原初の火、触れる物全てを問答無用で焼き尽くす究極の炎熱攻撃。それを自在に使えるのはアークただ1人しか居ない。だが、そのアークはジェネシスに痛めつけられ、全身から血を流して地に倒れている。

 空間のひび割れから現れた少年は知っている。先日までジェネシスが使っていた肉体。アークの精神(なかみ)である阿久津良太の肉体。

 それがどうして突然現れたのかが分からない。その体がどうして原初の火を使うのかが分からない。

 そして、現状認識に難儀していたのはジェネシスも同じだった。

 突然の事に思考が乱れる。光速まで意識が加速しても、それでも冷静になるには足りない程の混乱。

 誰が背後に居るのかは多彩な感知能力で分かっている。

 それでも振り向かずにはいられない。自分の目で確かめたいと言う衝動に抗う事が出来ない。

 掴まれている首の後ろが焼け落ち始めているのも構わず振り返る。

 そこには、紛れも無く、間違いなく―――阿久津良太が立って居た。

 ジェネシスにとっては、かつて使っていた仮初めの肉体。使わなくなった今現在では、アークに対しての人質。それ以上の意味はない。


――― その筈だったのに


 詰めの一手だった。

 予想外の所から現れた予想外の敵。奇策であり奇襲。

 阿久津良太と目が合ったジェネシスの思考が、一瞬だが完全に停止する。

 一瞬―――(まばた)き1つする時間。されど、その1秒にも満たないその時間がこの戦いの結末を決定した。

 振り返ったジェネシスは阿呆(あほう)のように口を開けて一瞬止まった。その一瞬の間に、良太はもう一方の手を伸ばし、その口の中に指先を捻じ込む。

 ジェネシスが何事かと指を吐き出しにかかるが遅い。


「今度は逃がさねえぜ?」


 指先から放たれる原初の火―――ジェネシスの口の中が一瞬で黒い光で染まる。


「ゴッ―――ァがッッッ!!!?」


 黒い炎は喉を抜け、内臓に到達する。

 良太が口から指を抜き、掴んで居た首を放して離れる。

 一方ジェネシスは苦しみ悶えていた。目の前に居るアークを…阿久津良太を殺そうとするが、秒ごとに肉体が内側から焼き消えて行くのが分かる。もはや戦いどころではない。息が出来ない。眼球が焼かれて何も視えない。

 臓腑が焼かれ、骨が焼かれ、肉が焼かれ、(つい)には体に穴が開いて黒い炎が体から噴き出す。

 ジェネシスは原初の火への対策として【消滅耐性】を持っている。しかし、そもそもの話として耐性効果と言うのは体表に付く物であり、体内への攻撃を想定された物ではない。

 例えば【炎熱無効】を持った人間が煮え滾った熱いスープを浴びた場合は無傷だが、飲んだ場合は普通に口内が火傷を負う。と言うように、どんなに防御を固めているように見えても体内とは以外な程脆いのだ。そして、それは人間の体を使っているジェネシスとて例外ではない。


「ォげェああッッ!!!!」


 黒い炎に呑まれながら、何とか苦しみから逃れようと、亡者の様に手足をばたつかせる。死にかけなのに魔神の力は健在で、地団太を踏めば大地がひび割れ、手足を振り回せば空気が切れる。

 そんな姿を良太は離れた場所から見ていた。


「体の表面は肉ごと削って消せても、内側を焼かれれば消しようがねえだろうが」


 ジェネシスに良太の声は聞こえていない。すでに耳は焼け落ち、鼓膜も焼失している。それなのに、まるで導かれるように良太の方を向く。

 黒い炎に喰われた腕を良太に向かって伸ばす―――。


「ぉのれええええええッ!!!!!」


 伸ばしていた腕が焼けて地面に落ちた。


「ああ、そうだ言い忘れてた。テメエが消える前に言っとく事があったんだ」


 ジェネシスが聞こえていない事は分かっていた。だから、本当は聞かせるつもりなんてない、ただの独り言だったのかもしれない。


「ご返却どうも。確かに返して貰ったぜ、俺の体」


 燃える。

 燃える。

 燃え尽きる。

 世界を滅ぼす魔神が―――創世の力持つ種が―――破壊の意思が―――水野浩也の肉体が―――全て黒い炎の中に消える。


 やがて、悲鳴も断末魔もなくジェネシスは地面に倒れ伏す。

 それでも黒い炎は燃え続け、体の一片すら残さず食い尽す。

 黒い炎がジェネシスを食べ終わり、地面を焼き始めたのを確認し良太は手の平をグッと握って炎を鎮火させる。


「終わりだ」


 黙祷はない。終わったと言う感慨も無い。

 良太は1度だけ大きく息を吸って吐く。

 空を見上げると、空間のひび割れが塞がっていき、それに伴いひび割れから漏れていた光も収まり世界が夜の闇に閉ざされる。


――― 終わったな


 心の中で呟き、握っていた手の平を開く。じんわりと滲む汗で指が滑る。


「アーク…様?」


 皆が起き上がって良太の周りに集まって来ていた。

 ジェネシスが消えた事で【事象改変】の効果が切れ、回復魔法の効果が有効になるや否や真希とフィリスが素早く全員に回復魔法を飛ばして立て直していたのだ。

 フィリスが恐る恐る訊いた。

 目の前に居る人間が、自分の知るアークなのか自信が持てなかった。


「マスター?」


 パンドラもどこか不安そうに訊く。元々パンドラはマスター登録を肉体に対してしているので、精神が自身の主かどうかなんて明確な判断は出来ないからだ。


「アーク…か?」「レッドか? レッドなのか!?」「ショタ君…じゃない? いや、って言うかショタじゃないじゃないッ!!?」


 皆から「アークなのか?」と、問われる。

 それに対して、良太は即答であった。迷い無く、淀みなく―――


「いや」


 そして、有るべき名を“いつも通り”に名乗る。


「俺は阿久津良太、ただの高校生さ」


 名乗られて皆の戸惑いが消える。何故か、目の前に居る異世界人の少年が、自分達が良く知る“アーク”だと理解出来た。

 見かけは当然まったく違う。声だってまったく違う。喋り方だって碌に特徴なんてない。だが、身に纏う雰囲気が、醸し出す匂いが間違いなくアークだった。

 皆―――特にフィリスとパンドラと白雪の3人が安心する中、かぐやが走り出す。


「良ちゃん!!」


 そのままの勢いで良太の胸に飛び込む。

 タックルのような抱きつきで少しよろけながらも、体格差でなんとか踏ん張ってかぐやの体を抱きとめる。


「ぉっと」

「良ちゃん良ちゃんっ!!」


 かぐやは泣いていた。

 ポロポロと涙を流し、良太の胸に顔を埋める。体温を感じて、心臓の音を聞いて、そこに良太が居る事をちゃんと確認したかった。


「何? なんで泣いてんの?」


 必死に抱きついて来るかぐやの頭を軽く撫でる。

 それが嬉しくて更にかぐやは泣く。


「だって! だって、もう会えないんじゃないかって!!」

「会えないって…毎日会ってんじゃん…」

「そうだけど…! 私にとっては、やっぱり良ちゃんの体はコレだもの!」

「まぁ、そらそーだな…。っつか、サラッと人の体をコレ呼ばわりすんなや」


 なおも泣き続けるかぐやをどうしていいものか分からず、周りに助けを求める。しかし、その救援を求める視線は全員にスルーされた。


「マスター…ですか?」

「その判断はそっちに任せる」


 パンドラの確認の問い。しかし、良太はその答えを相手に丸投げした。

 かつてアークは、パンドラに自分が2人分の精神が居る事を話した時、「どちらをマスターとするべきか?」と言う質問に「自分で選べ」と答えた。だから、その時の答えをそのままこの場でも言ったのだ。

 良太に答えを丸投げされ、パンドラはかなり迷っているようだった。

 機械的に考えれば登録されている肉体の方をマスターを呼ぶべきだろう。しかし、だからこそ迷っていると言うのはパンドラの人間性の証明に他なら無かった。

 良太にもそれが分かるから、娘を見守る父のような気分で笑う。


「それでアーク……じゃない、ええっとリョウタ? で良いのか?」


 ガゼルが少し困った様に訊く。

 目の前の少年の中身がアークだと分かっていても、その体とは散々敵として向き合って来たのだから気持ちの部分で対応に困るのだろう。


「呼び方は好きにどうぞ」

「そうか? じゃあ、かぐやちゃんに(なら)ってリョウタで」

「うん。で?」

「…倒したのか?」

 

 ガゼルが地面に残った焼け跡に視線を向けると、皆も自然とそれを追う。

 ジェネシスの肉一片、血の一滴、髪の毛1本すら残っていない完全なる消滅。


「流石に逝っただろ。原初の火で心臓と脳を完全焼滅させてやったし―――」


 言葉を切って良太が空を指さす。

 真っ黒な夜空のキャンバスに散らばる宝石のような星々。


「魔神が出た時のひび割れも消えてるしさ」

「じゃあ、本当に…終わったの?」


 かぐやに念押しの確認をされて、良太は頷く。


「本当に?」「終わった…」「終わったのか」「ふむ」「そうか、終わったか」「状況終了です」


 互いに顔を見合わせて黙る。

 そして、次の瞬間、嬉しさが爆発した。


「「「「やったーーーーっ!!!!」」」」


 全力で喜ぶ。

 嬉しさのあまりアスラに腹パンされたガゼルが悶絶し、真希がどさくさ紛れに「ショタと結婚してええええ!」と叫んだり、騒ぎに乗じてパンドラとフィリスが良太に抱きついたままのかぐやを引き剥がしたり、白雪が調子に乗ってクルクルと回り過ぎて目を回したり……冷静に見るとかなりの惨状だった。

 そんな騒ぎを縫うように、静かな足取りで小さな影が良太に近付く。良太も近付いて来た人物に気付き、自分からも歩いて行く。


 歩いて来るのは、銀色の髪の、気弱そうな笑みを浮かべる小さな少年―――ロイドだった。


 良太にとって、世界で最も近くて最も遠かった存在。しかし、それはロイドからも同じだ。

 良太にとってのロイドは、精神だけになった自分に肉体を貸して生きながらえさせてくれた恩人であり、危ない時には盾となり、心が折れそうな時には支え、いつでも背を押してくれた最高の尊敬出来る相棒。

 ロイドにとっての良太は、無意味だと思っていた自分の命に意味をくれた道標だった。

 良太が体を使うようになってからの日々は、時に恐ろしく、時に悲しく、痛くて辛い事だらけだったが、それでも良太は逃げずに戦い続けていた。その心の中にあったのは、自分に体を返す為と言う強い決意だったのをロイドは知っている。良太の姿を見ているうちに、ロイドは生きて行こうと思えるようになった。彼の様に強くなりたいと願うようになった。

 それは、尊敬であり、憧れであり、感謝であった。

 2人にとって、お互いへの対面は切願だった。


「やあ」

「はい」


 短い挨拶。

 願いが叶って、2人揃って胸の奥が熱くなる。

 そんな空気を感じ取ったのか、いつの間にか周りで騒いでいた皆も静かになって良太とロイドの会話に耳を傾けていた。


「前に言った事があったけど、面と向かっては言ってねえから改めて言うよ」


 先を続けようとして、少し照れくさそうに笑う。ロイドに対して(かしこ)まった事を言うのは、弟や親戚に対して言うようで妙に照れるのだ。


「初めましてロイド君、阿久津良太です」


 対してロイドも良太と同じような少し照れたような笑顔で返す。


「こちらこそ初めましてリョウタさん、ロイドです」


 お互いに名乗り終わると、「やっと言えた」と妙な感慨が湧く。そして周りに居る皆から「何を今さら」と言う苦笑気味の視線を向けられて少し居心地が悪い。

 良太とロイド、2人共同じような事を感じているようで、それが伝わったのか同時に噴き出して笑う。

 一頻(ひとしき)り笑ったあと、良太はロイドに向かって右拳を差し出す。


「ようやく会えたな、相棒」

「はい。ようやく会えましたね、相棒」


 浸食の刻印の影響で力の入らない拳で、差し出された良太の拳にトンっと触れた。


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