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14-49 皆の悪足掻き

 絶望に足を突っ込みかけていた皆の心に、少しだけ希望の火が灯る。

 アークが≪赤≫を奪われた時点で「全てが終わった」と言う、どうしようもなく逃れようのない気持ちが生まれてしまっていた。特に、ヴァーミリオンがアークの手を離れた時に受けた衝撃はかなりの物だった。


 本当に終わってしまう―――


 だが、少なくてもアークは諦めていない。

 そして、“原初の火”と言う最後の切り札がまだアークの手の中に残っている。

 今皆の動きを止めている【事象改変】さえ抜ける事が出来れば、まだ希望はある。アークはそれを信じている。だから、皆もそれを信じる。


「アーク様から離れろ!!」


 フィリスの叫びにジェネシスが少しだけ不快そうに視線をやる。

 何かを言おうとして、少し何かを考える顔―――そして、笑う。何かを思い付いた顔……アーク達にとっては碌でもない事を。


「では、こうしよう」


 ジェネシスが指を鳴らすと、拘束していた力が解ける。


「わ、っと…」


 今までどんなに力を込めても動かなかった体が突然動きだして、揃って前に転びそうになる。が、すぐさま体勢を立て直して、攻撃に入れる状態に持って行く。しかし、そのまま飛び込んで行こうとする愚はしない。

 ジェネシスとアークの距離が近過ぎる。今攻撃したところでジェネシスにダメージを与えられる可能性は低く、逆に下手に(つつ)いてアークを殺されたらそれこそだ。少なくてもアークがもう少し近くに来てくれないと攻撃に移れない。

 アークならば、そう言う事情を読み取って素早く動いてくれるだろうとかぐや達は信じていた―――のに、アークはその場で倒れたまま動かない……いや、動けない。アークだけが未だに【事象改変】での拘束を受けている。

 パンドラ達もそれに気付いた。


「マスターを放して下さい」

「今更言葉で取り戻せるとでも? グチャグチャ言わずに、黙って力付くで取り返したまえ」


 全員がそれで気付く。

 ジェネシスは遊んでいるのだ。唯一ジェネシスを殺せる可能性を持つアークを殺されたくないのなら、代わりにお前達が死に物狂いでかかってこい、と。

 だが、この遊びの申し出は、心の“余裕”ではあっても“油断”ではない。

 パンドラ達がどれだけ死力を尽くしても、アークが戦闘に参加出来ないのであれば万に1つ……億に1つの勝ち目もないからだ。

 ようは、アークの目の前で仲間を嬲り殺し、地べたに這いつくばらせて、唯一の希望であるアークの心を圧し折り、その様を仲間達に見せて絶望させよう…と言う事だろう。

 ≪赤≫を取り戻した時点で、その先の戦いはジェネシスにとって消化試合でしかない。だからこその最後の遊びだった。


「では、そうさせて貰いましょう」


 パンドラが踏み込む。

 ≪黒≫の大精霊の力を借りて地面を蹴り出す力を爆発的に上げ、更にスカーレットの【タイムキーパー】で加速。

 向かって行ったところで、今更自分の力でどうなる相手でも無い…それはパンドラにも分かっている。

 だが、そんな事はどうでも良い事だ。

 パンドラの思考回路は機械的であり単純明快だ。

 自分はアークを護る為の存在であり、その敵が居るのなら全力を持って排除する。敵が神だろうと魔王だろうと関係無い。


「それで良い」


 ジェネシスは1歩も動かない。

 様々な属性の魔弾が被弾しても、そよ風に吹かれたようにまったくダメージはなく、高速で振られたスカーレットを光速で斬って返す。

 1撃目でスカーレットを上に跳ねあげられ、パンドラがそこから立て直しをする間もなく、残像すら見えない2撃目で深く袈裟を斬られる。

 体を構成する機械部品と、血のような濁った色の液体が辺りに飛び散る。


「―――!」


 辛うじて両断されてはいない。だが、決して浅い傷でもない。

 体の7割が機械であり、≪黒≫の大精霊の力により高い耐久力と硬度を獲得しているパンドラだからこそ死ななかったが、他の人間だったら即死だった。勿論真希がかけてくれた最強の防御魔法【アースガルズ】の効果もあればこその結果でもある。


「パンドラ!」「パンドラさん!?」「メイドちゃん!!」


 パンドラを心配してエプロンドレスのポケットから出ようとした白雪を、残っていた力を振り絞ってパンドラの手が押し戻す。

 フィリスと真希が同時に回復魔法を唱え始めるが、魔法が完成するよりも早くジェネシスが動く。


「煩わしい真似は止めて欲しい物だな」


 倒れかかったパンドラの腹を無造作に蹴り、詠唱中の2人を狙う砲弾の代わりにする。


「ッ!!」


 パンドラの体が引き千切れそうな程の衝撃に襲われて吹き飛ぶ。

 このまま真希達に激突すれば双方無事では済まない。特に、体が皮一枚で辛うじて繋がっているような状態のパンドラは間違いなく衝撃で壊れる。

 だから、かぐやが割って入った。


「パンドラさん!!」


 吹っ飛んで来るパンドラの体を風で減速させ、一瞬の同速の並行飛行からパンドラの体を抱きかかえ、極力パンドラの体に負担をかけないように気を使って推進力を殺して安全に着地。


「大丈夫ですか!?」

「……機能…低下…。戦闘行動……に……支障を……」

「あっ、いいですっ、やっぱ言わなくても分かります!! 喋らなくていいですから!」

「………はい…」

「出来た【フェアリーヒール】」「【ヒールライト】」


 2つの回復魔法の光がパンドラの体を包むが、傷が消えない。パンドラがサイボーグだから普通の魔法では回復しないと言う事ではない。光は傷口周りを中心に集まっているが、表皮さえ再生していない。それに、パンドラ自身の【自己修復】も機能している様子がない。


「回復しない!?」「くッ、どうして…!?」

「回復、治癒、修復行動は無効にさせて貰った」

「なっ!」「くッ…」


 ジェネシスが静かに、落ち付いた口調で告げる。

 動けるようになったと言っても、未だ【事象改変】の効果範囲に居る事は変わり無い。戦場のルールは全てジェネシスの手の中にある。


「のんびりと君達の輝きを見る時間はもう終わっている。事あるごとに回復、復活なんぞされては無駄に長引くのでな? ここからは手早く終わらせていこう」


 回復魔法やスキルが使えないと言う事は、ここから先は1ダウン制。1度戦闘不能になれば戦闘への復帰は出来ない。もっとも、ジェネシス相手の“1ダウン”で生き残れるのかどうかは、また別の問題なのだが。

 この時点でパンドラは脱落。

 こうなれば必然慎重に成らざるを得ない―――1人を除いては。

 隻腕の男が飛び出して行った。


「ぉっしゃらあああッ!!」


 アスラだった。

 真希達が静止の言葉を口から出す前に、すでにその姿はジェネシスの目の前まで踏み込んで居る。


「片腕となってなお動きのキレが鈍らんか? まったく……人間がここまでやれるとは驚きだな」


 称賛の言葉を無視してアスラは拳を振る。


「フんッ!」


 右腕こそ無いものの、ゆったりとした“いつも通り”の構えから放たれる拳打。迷い無く、淀みなく、何千何万と反復し続けた動きを体は最適な過重移動と最小の動き(モーション)で実行する。

 片腕となって崩れた重心や反動をあっと言う間に修正するそのセンスは、間違いなく万人に誇れる才能。

 しかし、それだけだ。

 どれだけの素晴らしい動きであろうと、どれだけの威力の拳であろうと、ジェネシスの光速の動きに着いて行けないのなら全て無意味だ。

 氷の剣で振り被った拳を切り裂かれ、炎熱の剣で右脇腹を貫かれる。


「ァがっ!!?」

「人としては最優良だろうが、所詮は“人として”か」


 脇腹に突き刺さった炎熱の剣(ヴァーミリオン)が【炎熱吸収】を発動してアスラの体温を一気に奪いにかかる。


「………ぐぅッ…!」

「寒かろう? まあ、すぐに何も感じなくなるさ」


 氷の剣を刺突に構え、アスラの喉元を狙う。

 その瞬間、微かな振動と共にジェネシスの足元が崩れ、白い槍が突き出されてその心臓を狙う。


「シッ―――!!」


 ガゼルだった。

 銀竜の姿のまま地下に落とされたが、その後直ぐに目を覚ました。しかし、体は人に戻り、竜化の負荷を体が受けて暫く身動き出来なくなっていた。

 アスラのピンチのタイミングで動けたのは、凄まじい精神力の成せる業としか言いようがない。


「君は地面から出て来るのが好きだな?」

「テメエのせいだ!」


 突き出された白い槍を、難なく構えていた氷の剣の剣先で横に払い除ける。


「首から血が出ているぞ、大丈夫か?」

「それもテメエのせいだ!」


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