14-48 悪足掻き
ジェネシスが迫って来る。
動かなければ殺られる。
今コイツを止めなければ全てが終わる。
全部分かってる―――分かっているのに指1本動かす事が出来ない!
………いや、でも、動けたところで何が出来る?
ジェネシスは俺から≪赤≫を奪い、アンカーをユグドラシルから取り戻し、創世の種としての力の全てを取り戻した。今の奴は世界を壊す事も作る事も思いのまま……まさしく“神の力”だ。
対して今の俺はどうだ?
魔神を失って戦闘能力激減じゃねえか。
≪赤≫が居なくなったせいでスキルも大部分が没収されて、今手持ちに辛うじて残っているのは【フィジカルブースト】【マルチウェポン】【眷族召喚】の3つくらいだ。と言っても、【フィジカルブースト】は魔神の身体強化無しだとかなり微妙な性能だし、【眷族召喚】に至ってはゴールド達を“省エネモード”でもちゃんと呼び出せるのか不安な有様。
それと、精霊王と≪赤≫の大精霊から貰ったスキル【精神干渉無効】【精神破壊】【精神感知】【アクティブバリア】は有効だが、【炎熱究極強化】と【赤を統べる者】は失われてしまった。使えなくなった2つは≪赤≫の魔神―――っつか魔神の持ってる≪赤≫の原初が手元にあってこそ使う事が出来たって事か…。一応引き換えに【炎熱完全耐性】と【炎熱操作】が入ってるけど……。
【炎熱完全耐性】は【炎熱無効】の下位互換。耐えられるのは精々1500度くらいだから、ジェネシスが本気出して炎をぶつけて来たら一瞬で蒸発させられる。
【炎熱操作】は、単純な発火と熱量の上げ下げが出来る最低限の炎スキルだが、ジェネシス相手じゃぶっちゃけ意味無い。
他には―――あれ【終炎】が手持ちに残ってる? ……あっ、そっか、【終炎】は≪赤≫から生じた力じゃなくて【無名】から生まれた物だからか。って事は、原初の火がまだ使えるって事……最低限ジェネシスへの対抗手段は手元に残ってくれてたか。
少しの安堵と同時に、こんな泣きたくなるような現状でどうやったら野郎に原初の火を叩き込めるのか…と悩む。
その時―――ふいに意識が遠退く―――
何が起こったのか分からない。
精神が引っ張られているような感覚。
まさか、ジェネシスの精神攻撃……!? いや、でも、精霊王のくれた【精神干渉無効】は有効な筈……じゃあ、これ………いったい……なん…だ
* * *
ジェネシス―――創世の種の意思であり、原色の魔神を統べる≪無色≫の魔神。
彼…いや、彼女かもしれないが…そもそもジェネシスに意思はなかった。
創世の種は、そもそもプログラムではなくシステムである。ただ己の役目を真っ当するだけの機械的な存在であった。だが、精霊王と四大精霊達に破壊されて別たれた際、精神を司る精霊王の力の一端を奪った為、そこに偶然意思が生まれてしまった。
それが良い事なのか悪い事なのか、それはジェネシス自身にも判断出来ない。
しかし、今現在ある結果だけを見れば、創世の種としての役目を果たす一歩手前まで来ている訳で、意思を持った事は正解だったように思われる。
ジェネシスは歩く。
すでに勝負は決している。故に、この歩みは戦場の1歩ではなく、勝利の凱旋の1歩である。
周りをユックリと見回す。
凍った様に全てが動きを止めた世界。
魔神だけが使える【事象改変】は最強であり無敵だ。唯一対抗出来ていたアークも≪赤≫を取り返した事により、他と同様完全に動きを止めている。
ジェネシスにとって、目の前の人間達を処理する意味はない。“創世の種”として行動するのであれば、人間達を無視してさっさと今在る世界を潰して新しい世界を創り出すのが正しい。
だが、生まれた意思はそれに反した行動をとっている。
ただの気紛れか、それとも今まで邪魔をされて来た事への怒りか。それもまたジェネシスには判断出来ない事だった。
しかし、どうでもいい事だ。
向かって来る事も逃げる事も出来ない棒立ちの人間を数人処理するなんて、数秒の誤差でしかない。
それが終われば、世界を創りかえて自分の使命は終了。その後の世界の事も、使命を果たした後の自分がどうなるかも爪の先程の興味も無い。ジェネシスにとってはそこがゴールであり、その結果の先はどうでもいいのだ。
「では殺して行こうか」
片腕に持つのは冷気を纏う氷の剣。
片腕に持つのは炎熱を纏う深紅の剣。
動ける者はいない。
全員の目に悔しさが―――「これで終わるのか」と言う困惑が―――「終わってたまるか」と言う怒りの目。色々な感情が、辛うじて動く視線の中に込められている。
だが、その感情の奥には例外無く……直ぐ先に有る“敗北”から目を逸らす気持ちが隠れている。
全員気付いている。
アークから≪赤≫が奪われた瞬間に、世界の終わりは決定している。戦おうにも魔神無くして魔神とは戦えない。
――― この戦いは……この世界は、もう“詰み”だ。
辛うじて心は折れていない……まだ。
だが、ジェネシスがその気になればその細く立つ心もすぐに折れる。圧倒的な力を振り回さずとも、精神に干渉して少し思考を歪めてやれば簡単に人間の心は折れる事を知っている。
しかし、その中にあって1人だけ静かな目をした人間が居た。
アークだった。
動けない事は他と変わらない。
戦う力の大半を失っているのは事実。
それなのに、その目は波一つ無い湖面のように静かで透き通っていた。
焦りや不安、悲しみも憤怒も何も見えない目。
迷いが無い。そして、まるで勝ちを確信しているかのような目。
無我の境地―――とは違う。そこには確かに人の意思があり、何か希望を抱いている者の目だ。
ジェネシスには理解出来ない。だから素直に訊いた。
「何故、そのような目をしている?」
アークは答えない…と言うより答えられない。ジェネシスの【事象改変】により、一切の行動を無効にされているからだ。
「そう言えば喋れないようにしていたのだったな、これは失礼」
口を動かせる程度に【事象改変】の縛りを緩める。
「質問の意味が分からないで……分からないな」
「何故目の奥に絶望が見えないのか? と訊いている。まさか、ここから逆転の一手でも用意している訳も有るまい?」
少しだけ、ほんの少しだけアークが笑う。
「試してみろ」
「そうか」
空気を圧縮し、炎と雷を織り交ぜて即席の多属性の弾丸を作る。そして完成と同時に放たれる。
炎と雷が残像のようにその場に残り、次の瞬間には音より早くアークを吹き飛ばしていた。
「ぁ…っグぁッ!!」
成す術もなく地面を転がる。
動きは封じているので痛みでのた打ち回る事も出来ない。
炎熱は防いでいるようだが、空気砲の衝撃と雷のダメージはほぼ素通りだ。辛うじて発動している【アクティブバリア】と、ジェネシスが小指の爪の先程度の力しか込めずに撃ったお陰で死んでいないが、もう少し力を入れていたら今の一撃で即死だっただろう。
「リョータ!!」「マスター!」「アーク様ッ!!!」「父様ぁッ!! ……あれ? 父様?」「ショタ君!」「レッド!」
悲鳴のような“その他大勢”の声を無視して、アークが吹っ飛んだ分の距離を歩いて詰める。
「安い挑発だ」
言ってから足を止める。
【事象改変】の影響下にあり何も出来ないアークだが、ジェネシスは決して触れられるような距離にまで近付かない。
「君の狙いは予想がついた。原初の火、だな?」
アークの目が少し細くなって、迷いの無かった視線が揺らぐ。
(当たりか)
≪赤≫を取り戻したジェネシスだが、その力の中に原初の火を使う為のスキルは存在しなかった。つまり、そのスキルは今もアークの手元に有ると言う事になる。
創世の種と言えど、原初の火だけは警戒せざるを得ない。魔神の力を結集しても、あの黒い炎を完全に無効にする手段は存在しなかった。苦し紛れのように【消滅耐性】なるスキルを創り出して対応しているが、それでも食らえばただでは済まない。
アークの最後の頼みの綱は原初の火1つだろう。
自分からは動けないから、挑発して近寄って来たところで原初の火を撃ちこもうとしていた―――そんなところだろう。
それを理解しているからこそジェネシスは近寄らない。
圧倒的優位にありながら、ジェネシスに油断はない―――…。