14-47 BAD END直行
ジェネシスが≪赤≫を取り込んだ。
それを証明するように、その体に纏う魔神の刻印の光に赤い色が混じる。
ヤバい
肌がピリピリする。
目の前に居るだけで、攻撃された訳でも、殺気を向けられた訳でもない。それなのに、今すぐに回れ右して逃げ出したい衝動に駆られる。
理性ではなく人間としての本能が言っている。
「コイツと戦うな」と全身のあらゆる感覚が叫んでいる。
目の前に居る存在は、人間が抗ってはいけない物なのだと頭の中で何かが囁く。
「この結末は、我が生まれた瞬間に決定していた」
俺達より一段高い瓦礫の上に降りて来たジェネシス。空間のひび割れから漏れる4色の光が後光となってその姿を照らし、抗いがたい神々しさを演出している。
「嘆く必要はない。心安らかに世界が生まれ変わる瞬間を待つが良い」
神託の如く告げて、右腕を流麗な動きで天に向ける。
「“壊れろ”」
世界のひびから4色の光と共に、とてつもなく大きい何かが迫って来る。
物質ではない―――もっと強大で概念的な存在……“世界”だ。
ひび割れをこじ開けて、こことはまったく別の“世界”が這い出て来ようとしている。しかし、ひびは広がる事も無く、結果としてコチラ側に出て来ようとしていた“世界”は小さな隙間を通る事が出来ずに世界を隔てている壁にぶつかった。
――― ドンッ
揺れる。
世界が揺れる。
星その物を揺らしたかのような衝撃。
偽物の新宿の街が崩壊する。
ビルが折れて崩れる。しかし瓦礫は降り注ぐ事は無い。崩れたそばから何もかもが塵になる。
割れた道路も、倒れた木々も、街灯も、階段も、何もかもが塵になって消える。
俺達だけを残して、新宿の街並みが、最初から無かったかのように綺麗さっぱり消える―――いや、“消されている”。
辺りが何も無い更地になるのに、たった数秒……たった数秒で、北の大地は元通りの草木一本生えない不毛の地となった。
「ふむ…600年前のように肉の器が崩壊する事も無いな。この瞬間の為に用意して来たのだから当たり前だな」
ただ、試しただけ? あれだけの力を、ただの確認の為に使えるってかよ……。
知っていた。知っていたけど、力の桁が今までの比では無い。今までだって十分化物だったけど、全ての魔神が1つになった事で、どんな存在も手を出せない……本物の神に限りなく近い存在へと昇華されてしまった。
絶望的なまでの戦力差。
だけど、皆諦めていない。
瓦礫が全て無くなった事でJ.R.を助け出す手間が省け、その姿を確認するや否や真希さんが回復魔法を飛ばしている。
パンドラもカグもフィリスも戦意喪失って感じではない。むしろ、俺から≪赤≫を引き剥がした事で怒ってるくらいだ。
俺も……まだ悪足掻きしてみますか!
気だるく、反応の鈍い体に鞭打ってヴァーミリオンに手をかける。途端―――
手の平から一気に体温が抜き取られる。
「ッ!!?」
慌てて手を離すと、まるで鞘に―――俺の腰に差さって居る事を嫌がるように、独りでにヴァーミリオンが抜き放たれて地面を転がる。
そんな俺の姿をおかしそうに笑いながらジェネシスが降りて来る。そして、地面のヴァーミリオンを当然のように拾う。
「これは≪赤≫の魔神の欠片より生まれた剣。≪赤≫を失ったお前を、剣は主と認めない。使い手は我1人だ」
ジェネシスが深紅の剣を軽く振ると、今まで共に戦って来たヴァーミリオンが俺にお別れでも言っているかのような生温かい剣風が全身を撫でる。
ヤバい…自分でも驚くくらい精神的なダメージを受けている。ヴァーミリオンは、ずっと俺にとってのただ1本の最高で、最強の武器だった。その剣に拒まれた事が……敵の手に有る事が……苦しくて痛い。
そして、俺以外の皆にも多少なりともそれはダメージだったらしく、動きが目に見えて悪くなる。
「まだやる気が有ると言うのなら相手をするのは吝かではないが……その前に片付けておこうか」
ジロッと殺気に満ちた視線を俺、パンドラ、カグ、フィリスの順番で飛ばしてくる。
「精霊共、貴様等の時間稼ぎの小細工は全てこの場で粉々に砕いてやる!」
言い終わると同時に、空に向かって何かを放つ―――鈍色の光を集めて形作られた異形の槍。
その槍が何か…何の為に生み出された物なのかは俺達には分からない。だが、その槍が常識で測れない凶悪な兵器である事は全身を襲う寒気と恐怖が教えてくれる。
「境界の扉を壊せ」
上空50mくらいで放たれた槍が消える。いや、消えたんじゃない、空間を貫いて別の場所に突き抜けた……!?
次の瞬間、フィリスと白雪が苦しみ出した。
「ぁぐ…!」「うっぐ…苦しいですの……!」
2人共心臓を押さえている。
なんだ? 心臓に異常をきたしてんのは俺1人で充分だろ!
いや、待った。なんでフィリスと白雪の2人だ? 真希さんもカグもパンドラも無事って事は、異常が起きえるのは亜人―――それに心臓…命。
ユグドラシルの結界だ!!
ようやく気付く。
今ジェネシスが異形の槍でぶち抜いたのは、ユグドラシルの聖域に続く道だ!
槍の消えた空に穴が開き、メリメリと空間が悲鳴をあげる程の速度で穴が押し広げられ、視界を覆い尽くす巨大さになる。
その穴の向こう側から、ゆっくりと、徐々に、空気を振動させ―――都庁と比する大きさの大樹が、神が降臨するが如く降りて来る。
「星の大樹……!」
「まさか…」「そんな!」「これ、ヤバいよ…!」
体の奥で精霊達がザワザワしているのが分かる。
精霊王達がクソ程慌ててるって事は、マジでヤバいって事だ。
動く―――精霊達に背中を押されるようにして足が勝手に動く。
だが、止まる―――…。
正確には、踏み出した筈の1歩目が“無効”にされて巻き戻された。
【事象改変】
同じ能力を持つ者以外の全てを無効にしてしまう究極最強の魔神だけが持つ異能。
「邪魔はさせんよ? もっとも、何かしたところで止められんがね」
≪赤≫の魔神を奪われた今、【事象改変】に抵抗する術はない。唯一俺だけは【無名】が発動すれば動けるが、どう言う訳か≪赤≫を奪われた時も今回もうんともすんとも反応しやしねぇ!
「精霊共、よく見ていろ。貴様等の完全なる敗北を!」
下降を続けているユグドラシルに手を向ける。
光が弾ける。
赤、青、白、黒―――大樹を彩る花火のように色とりどりの光が散る。
何度も、何度も、光が弾けては消える。
精霊達が施したユグドラシルを護る封印が破壊されている。それが分かっているのに、指1本動かせず声も出せない。
やがて徐々に光の明滅が小さく、弱くなっていく。
ジェネシスが笑う。
勝利の笑みだった。
「さあ、砕け散ろ!」
ユグドラシルに向けていた手の平を、世界を握り潰さんとするかの如く強く、強く握る。
今まで亜人達が信仰してきた神に等しい大樹が―――
今まで魔神の封印だった大樹が―――
折れた
幹のちょうど半分辺りがグシャッと握り潰され、それで纏っていた神聖な力が消えたのか、下半分は重力に引かれて轟音と土煙を撒き散らして地面に落下し、上半分も傾いて今にも崩れ落ちそうになった。
「忌々しい封印と共に消え失せろ―――!」
炎―――真っ赤な炎が、辛うじて浮いているユグドラシルを一瞬にして呑み込む。
葉が赤く燃えながらはらはらと散る。
力無く老木は燃える。
ああ……あの炎は、俺が磨き上げて来た≪赤≫の魔神の力だ。かつて俺の力だった物が、世界を護る最後の砦を焼いている―――…。
極大の炎がユグドラシルを灰にするのにかかった時間は、たった数秒。
あまりにも早く、あまりにもあっけない終わり。
風が灰をさらっていく中、何かが残っていた。
――― 人……のように見える何か
テレビの砂嵐を人型に切り取ったような、不気味で異常な人型の何か。
だが、分かっている。あれが、創世の種のアンカーだ。
創世の力を発揮する為の最後のスイッチとも言うべき物。俺達にとっては何がなんでもジェネシスから護らなければならない物。
それを―――ジェネシスが取り込んだ。
「古き世界へのお別れの時間だ」
道端の小石を見るような、興味が極薄い視線が俺達を捉える。
「立つ鳥跡を濁さず…だな。では、君達を処理したら粛々と世界を生まれ変わらせるとしようか」
そう言って、ジェネシスが俺達に向かって1歩踏み出した―――…。