14-46 世界の命運を賭けて15
原初の火をジェネシスにぶち込む、恐らく最後のチャンス…!
ガゼルが動きを封じている今なら容易に叩き込める―――けど、それはジェネシスと組みあっているガゼルを一緒に焼く事になる。
それでも、やるのか?
ガゼルを犠牲にして、ジェネシスを倒すのか?
それで良いのか?
頭の中で色んな考えが回る。
光速の中で更に加速された思考。
時間にすれば一瞬よりも短い時間。
迷う。迷う。迷う。どこまでも迷う。迷っても迷っても、ガゼルを切り捨てる選択肢を選べない。
選べるわけ無い―――!
今まで背中を預けていた仲間を…! この世界の兄貴分を―――捨てられる訳ねえだろうがっ!!
炎を出そうとしても、感情が勝手にブレーキをかける。
そんな俺を叱咤するようにガゼルが睨む。
――― 迷うな!
ビクンッと意識が跳ねる。
迷っている俺とは違う、ガゼルは覚悟を決めている。
死ぬ覚悟。
死んでもジェネシスを倒す覚悟。
自身の死と引き換えにでも世界を救う覚悟。
俺は、覚悟をしたつもりだった。
いや……実際にしていた。
自分の死と引き換えに倒せるのなら…ロイド君の体を道連れにする事になってもやる覚悟はあった。だけど、仲間を切り捨てる覚悟は………してなかった。
そのツケを今食らっている。
迷っている時間はない。
覚悟を決めろ!
今、ここで!
頭を過ぎる今まで見て来たガゼルの姿。その全てを頭を振って締め出す。
やれ。
やれ!
やれっ!!!
やれッッ!!!!
仲間殺しを! その罪を背負う覚悟を! これから先ずっと背負う痛みと苦しみを、全部この瞬間は呑み込め!
ヴァーミリオンを放り投げ、空になった右手に原初の火を集める。
光速では音は聞こえない。
だから、心の中だけでガゼルに言う。
――― ありがとう
謝りはしない。
謝罪の言葉はガゼルの覚悟に唾を吐く事だ。
拳を握る。
黒い炎に包まれた拳。
振り被る―――ジェネシスへのトドメの1撃を。ガゼルを終わらせる1撃を。
あと1m―――70cm―――50cm―――20cm―――
ジェネシスの口元が動く。
声は聞こえない。だが、何を言ったのかは分かった。
「タイムアップ」
意味は分からなかった。
だが―――次の瞬間それは訪れる。
体の異変。
足が止まる。
光速の領域から弾き出されて減速、止まっているかのように見えていた世界が動き出し―――同時に胸に痛み。
心臓を鷲掴みにされたような痛みが胸から響いて全身に広がる。
力が抜ける。
握って居た拳が緩み、纏っていた黒い炎が四散する。
【浮遊】が維持出来ずに体が地面に引っ張られる。
視界が暗い。
下の方でカグ達が何かを叫んでいるが、耳鳴りで何も聞こえない。
遅まきながら理解した。
――― 浸食の刻印が心臓に届いちまったのか…
驚きはない。
来るべき時が来てしまった。と言う感覚。
ただ―――文句を1つ言って良いのなら、もう2秒……いや、ジェネシスを焼くまでの5秒くらいは待って欲しかった。
こんな見計らったようなタイミングで来られると、何かの意思を感じてしまう。事あるごとにこんな感じで……恐らくは俺の中に居る≪赤≫の魔神が邪魔してるんだろう。
ああ……だからか。
ジェネシスには、俺の限界が何時来るのか分かって居た、だからこその「タイムアップ」な訳ね…。
状況はかなり酷い。
酷いっつうかヤバい。
なんたって体に力が入らない。五感もまともに働かない。
思考に霧がかかったように、目の前の現実を自分の事と認識する事が出来ない。
銀色の竜が振り解かれ、その首に刺さっていた剣を抜きざまに地面に蹴り落とされる。俺を追い越して地面に叩きつけられた巨大な体。その体重と衝撃を受け切れなかった地面に穴が開き、吸い込まれるように落ちて行き、傷口から流れた血が蛇のように空中で後を追って落下して行く。
空中に残ったのは、竜の血でヌメヌメと赤く光る氷の剣を軽く血振りしているジェネシスただ1人。
ジェネシスは笑う。
「私の勝ちだ」
言ってから、トンっと台から飛び降りるように空中に身を投げ出すと、空中に身を留めていた力が消えて、自由落下で俺に向かって来る。
逃げなきゃ…と頭では分かっているのだが、体が動かない。
その時、中央公園の方から何かが飛び出す。
「主様!!」
エメラルドだった。
さっきジェネシスが地下に落ちた時に取り巻き巨碗が消えたようだから、それで相手が居なくなって飛び込んで来るタイミングを計って居た…ってところか。
山のような巨大過ぎる手が俺とジェネシスの間に割って入り俺を守ろうとする―――が、次の瞬間には消えた。誰かが何かをしたのではない、手の持ち主であるエメラルドが居なくなっただけ。
ヤバい…集中力を全然必要としない【眷族召喚】すら維持できなくなってるのか…。
これが、心臓の機能を奪われるって事か。まあ、いきなり心臓が止まって即死しなかっただけましだな。
ジェネシスは突然現れて即消えたエメラルドを気にする事も無く……むしろ、それが当然であるかの如く突っ込んで来るスピードを緩めない。
俺を護ろうと、下の方で皆がジェネシスを攻撃する。
パンドラが魔弾を放ち、カグが雷を飛ばし、フィリスがユグドラシルの枝を振り、真希さんが魔法を唱える。
だが、ジェネシスは止まらない。避ける事すら面倒なのか、攻撃の全てをなんの防御能力もなく受ける。だが、それでも指の先程の揺るぎも無い。
「花火のような最後の輝き、この目と身に刻んだ」
重力に引かれるまま落下する事しか出来ない俺に向かってジェネシスが手を伸ばす。
「だから、もう―――」
その手が俺の胸に届く。
「終わりにしよう」
触れているジェネシスの手が掃除機のように俺の体の中からエネルギーを吸い上げる。
≪赤≫がジェネシスに引っ張られている。
前の時には【無名】が勝手に発動して≪赤≫を体に留めて置いてくれた。だが―――今回は発動する様子がない。
体に纏っていた赤く光る魔神の刻印が、シールのように剥がれ落ちてジェネシスに吸収される。
全身から熱が溶け落ちて行く様な悪寒。
ジェネシスに命を握られている恐怖。
自分の根源に繋がって居る≪赤≫が引き摺り出される事への怒りと焦燥。
≪赤≫を奪われれば、俺達的にも、この世界的な意味でも終わってしまうのに……心の中に悲しさが広がる。
色んな感情が体の中を巡るが、それで現状が変わる訳も無く―――ズルリと胸から何かが取り出された。
ブツッとスキルの力が消えて、全身を満たしていた力が消える。
感知能力で見えていた景色が見えなくなる。
原初から意識が引き剥がされて、一瞬自分を認識出来なくなる程意識が混濁する。
腰のヴァーミリオンが元の片刃の西洋剣に戻ったって事は、【反転】の効果も無効になった。自分じゃ認識出来ないが、髪と瞳の色も元に戻った。
ジェネシスが落下を止めて空中に立つ。しかし、俺の方の落下まで止まる訳もなく、そのまま1人落ちて行く。
依然として力は入らない。魔神でなくなり、その力の加護も無くなった今、この体は普通の人間だ。地面に叩きつけられれば、それだけで確実に死ぬ。
分かっているのに、体が動かない―――動けない。
「マスター!」
パンドラの叫ぶような声と共に体を戒めていた重力が緩み、体の重さが一瞬消えたと錯覚したと同時に横から飛んで来たカグに抱きとめられた。
「リョータ! リョータしっかりして!! 死んじゃダメッ!!!」
「いや……別に死んでねーから」
カグの体から感じる体温を心地良く感じながら地面に下ろされる。
「大丈夫…なの?」
服を少し捲ってみると、浸食の刻印が左胸まで届いていた。
心臓を締め付ける痛みも、全身のだるさもまったく消えていない。これから先も消える気配はない。
何より、≪赤≫が無くなった事が痛い。精霊2人分の強化値を貰ってるからそこらの人間よりはましだが、ステータスは激減どころの話ではない。
「あんまり」
空を見上げると、どこまでも透き通る慈悲に満ちた優しい笑みでジェネシスが俺達を見下ろしていた。
「ご返却どうも」
ジェネシスが何かを持っているらしい右手を俺達に向ける。だが、その手の上には何も無い。いや…実際には俺達が知覚出来ないだけで手の上に乗っているのだ…数秒前までこの体の中に居た≪赤≫の魔神が。
「確かに返して貰ったぞ、≪赤≫の魔神を―――最後の我が欠片を!」
高らかに宣言し、ジェネシスは手の中にあった俺達には見えない“何か”を呑み込んだ―――…。