14-44 世界の命運を賭けて13
ジェネシスを殴ると言う事は、その体を呑み込んで居るガゼルのブレスを己も浴びる事になるのだが……。実際、J.R.の体はブレスの光に触れた途端に血飛沫を撒き散らし、皮膚と肉を削げ落としたような傷が全身に刻まれる。
だが、そんな物はお構いなし。
J.R.の拳が、ジェネシスの胸―――心臓を叩く。
拳の纏っていた光が割れる。
「はああああああああッ!!!!」
ジェネシスの……魔神の体が威力に負けて崩壊を始める。体が拉げ、四肢があらぬ方向に圧し折れながら胴体から捥げる。
防御スキルガン積みで耐久力がカンストしている魔神を砕く攻撃に、コンクリートの地面が耐えられる訳もなく、胴体から切り離された四肢とグチャグチャになった胴体、そしてピンクの肉と白い骨の露出した頭が割れた地面から地下に落ちて行く。
一緒に穴に落ちて行きそうだったJ.R.を俺が回収し、ガゼルのブレスが落ちて行ったジェネシスを追って地面を抉る。
「サンキューレッド!!」
「どういたしまして」
痛々しい程ボロボロになったJ.R.を地面に下ろす。
全身から血を出していて、今にも死にそうだ……すっげぇフラフラしてるし…。真希さんのかけてくれた自動回復の魔法も、竜の息吹を受けた事で打ち消されちゃってるしな。
俺が心配していると、後ろから回復魔法が飛んで来た。
「【フェアリーヒール】」「【ヒールレイン】」
真希さんがJ.R.に強めの奴を投げて、フィリスが俺やガゼルを範囲に入れた広範囲の治癒魔法をくれた。
J.R.の傷は消えて一気に全快の状態に戻る。……もっとも、奪われた神器の右腕までは治らないが…。
一方俺は元々ダメージを受けるそばから回復していたので大して変わらない…訳でもなかった。体の中にあった気だるさが足元から抜けて行くような感覚。体も気分も軽くなる。肉体ダメージは消したつもりで居ても、見えない体の内部にはダメージが蓄積されていたらしい。
「ありがとう」「サンキュー正義な仲間達!」
「御礼を言われる程の事ではありません」「どういたしましてー」
俺等の世話を焼いてくれるのは嬉しいし有り難いが、巨腕への対応は良いのか…? と心配して振り返る。
どこにも巨碗の姿がなかった。
「あれ? 腕は?」
女性陣が無言で地面を指さす。
砕けたアスファルトと土が混ざってグチャグチャになった地面の上に、割れた氷の山が出来ていた。
巨碗の成れの果て…か。女性陣が倒したって訳じゃなく、勝手に自壊したっぽいな? 皆の顔を見る限り。って事は、ジェネシスが巨碗を維持出来なくなったって事だ。
ガゼルは未だブチキレた目のまま、自身にかけられた回復魔法にも気付かずジェネシスの落ちて行った穴の底に向かってブレスを放ち続けている。魔神と言えど、防御せずにアレを食らい続ければ死は免れない。
流石に、四肢をバラバラにされた状態でこんだけしつこく放ち続ければジェネシスと言えど死ぬだろう。
後は、俺が下に降りて残っているだろう魔神の力を原初の火で焼滅させれば終わりだろう。
………にしても…。
「J.R.さぁ…、神器も無いのにあの速度とパワー出せるのな?」
「左様」
左様って…。アンタ、今完全に生身の人間やんけ!
「元々、俺は自分の肉体のスキルだけで力を強化しているからな! 神器があってもなくても根本的な能力は変わらんのだよ!」
凄いな……っつか、この人を人間のカテゴリーに入れていいのか今更ながら疑問に思えて来た。
「いや、しかし片腕が無いとやはり重心が崩れて力が上手く入らん!」
しかもさっきのパンチが100%じゃないみたいな事言ってるし…。
「でも良かったん? あの右腕……っつか神器、なんか大切な物っぽい事言ってたけど?」
「ああ、あれは師匠がくれた物だからな、大切は大切さ! 俺にとっては正義の象徴と言っても過言じゃない!!」
「じゃあ、やっぱ凄い大切だったんじゃ…」
「うむ。しかし、思ったんだよレッド」
「何を…?」
「『隻腕のヒーローって恰好良い』ってね!!!」
コイツ全然ブレねえな。そしてちょっと真面目に話してしまった自分に後悔した。
そんな会話をしている間にパンドラとカグが小走りに駆けて来る。
「リョータ、倒したの!?」
「分かんない。けど、とりあえずは終わったんじゃん?」
「では、何故ガゼルはブレスを吐き続けているのでしょうか?」
ぶっちゃけ怒りが収まらんから八つ当たりしてるだけだと思う…。ってのは流石に冗談だが…。
倒した…のか?
自問自答する。しかし答えは無い。
感知スキルで奴を捉える事が出来れば現状が判るんだが…見えない物は仕方無い。
倒したと言う確信に近い物はある。だが、それがちゃんとした物に変わらない。実際、空のひび割れから奴の色が消えてねえしな…。
戦いの終わりを感じて緩みかけていた感覚をもう1度張り直す。相手はジェネシスだ、ここからもう1波あってもおかしくない。
――― その通りになった。
ブレスの光を切り裂いて、何かが上がって来た。
それが何か―――誰かなんて考えるまでも無い。
「ジェネシスッ!!」
穴から飛び出した勢いそのままに空中へ飛び上がるその姿は、疑う余地なくジェネシスだった。腕も足もちゃんと繋がっているし、ずる剥けだった頭の皮膚と肉も張り直されて元通りの姿になっていた。
完全回復なのかよ…!
そこでハッと思い出す。
そうだよ…! ジェネシスが使っているのは水野の体じゃねえか! って事は、普通の方法で殺しても【輪廻転生】やら、パラレルワールドの自分に死を押しつける異能やらを持ってるって事だ!
原初の火以外じゃ殺し切れねえって事じゃねえかっ!!?
「良い、実に心地良い…」
呟きながら、夢見る様な焦点の定まらない目で虚空を見つめる。
次の瞬間―――全てが停止する。
世界の全てを否定する…世界の全てを無にしようとする、究極にまで研ぎ澄まされた【事象改変】。
時間が凍ったかのように誰も、何も動けない。
俺達も、弾けたアスファルトも、ガゼルの放っているブレスの光も、何もかもが止まる。
世界の上に存在する全てが“無効”にされた―――!?
「古き世界の最後の悪足掻き、確かに見せて貰ったよ」
嬉しそうに、まるで慈悲に溢れた神のように薄く笑う。
「だが、ここまでだ」
慈母のような笑顔が、凍て付いた氷のような無表情になる。
ヒヤリとした悪寒が背中を抜けて行く。
マズイ―――何がマズイって、コッチも【事象改変】で対抗しているのに、体が動けねえ!!? 俺の【事象改変】までも無効にされてるってのかよ!? そりゃ、コッチは魔神1つ分の力に対して相手は4つ分の力なんだから、本気だされりゃそうなりますけども…! 納得いかねえって!!
俺が動けないって事は、この世界の誰も動けないって事だ。
マジかよ…! 本気出されたら、ガチに封殺されるじゃねえか!!?
ユラリと降りて来たジェネシスが、散歩をする様な軽い足取りで指1本動かせないJ.R.の前に立つ。
「先程のキツイ一発のお返しだ」
――― ゴッ
無防備なJ.R.の腹に、目にも止まらぬ速度で振るわれたジェネシスの拳がめり込む。
「―――ごゥふっ!!?」
ドンッと砲弾のように吹き飛んで行くJ.R.の体。
力無く宙を舞う姿は、まるで人形のようで……俺達は身動き一つ出来ないまま、道路標識を薙ぎ倒してビル壁に叩きつけられる姿を見ている事しか出来なかった。
ヤベェ…! このままじゃ、何も抵抗出来ずに全滅する!!