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14-42 世界の命運を賭けて11

 血。

 真っ赤な血。

 今の今まで人間の体の中を巡って居た暖かい液体。

 雨の様に大量の血が地面に降り注ぐ。

 その赤い雨の中に紛れるように、何かが宙を舞って居る。


――― 人の腕


 ジェネシスの氷の剣で斬り飛ばされた……J.R.の右腕…!


「――――つっ!!?」


 J.R.の反応速度は人間のレベルを完全に超えている。

 感知能力ですら捉えられないジェネシスの背後からの奇襲に対し、普通なら頭から両断されたとしても何が起こったのか理解出来なかっただろう。

 しかし、J.R.は動物のような勘と恐ろしいまでの反射で回避に動いた。

 結果、頭を割られずに右腕を落とされただけで済んだ。………だが、本当にそうか? 俺だけかな……ジェネシスの奴、始めからJ.R.の右腕を狙っていたように見えたような…?

 そんな事を考えながらも、体は勝手に怒りに染まってジェネシスに突っ込んで行く。


「テメェッ!!」


 踏み込みながら、ヴァーミリオンを抜刀。

 【空間断裂】が発動―――ジェネシスの首…ではなく、その10m先に在った街灯が真っ二つになって宙を舞う。

 クッソ…! この野郎、やっぱり空間の切断面をズラしてやがる!?

 飛び込んで行く俺を確認する事も無い。

 俺に対しての警戒心がない―――訳ではない。

 巨腕達が割って入って来て、ジェネシスに近付く事を阻む。


退()け!!」


 鞘に添えていた左手を自由にし、1番手前に居た雷の腕に向かって大きく振る。

 左手から放たれた原初の火が扇状に広がり、目の前の雷を即座に喰い散らしてエネルギーの一片すら残さず焼き消す。

 雷の腕が消えるや否や今度は岩石の腕が拳を握って突っ込んで来る。

 魔神の反応速度を持ってしてもギリギリで、見事としか言いようのないタイミング。だが、甘い。俺が1人だったなら100点満点だった。

 横から貫く様な突風を受け、岩の腕の軌道が大きく逸れて都庁の中に突っ込んで行った。


「リョータ!」


 サンキューカグ!!

 踏み込む。1歩、更に1歩。

 最後の砦とばかりに復活したばかりの氷の腕が現れる。が、途端にパンドラが重力を操作して地面に落とし、更に割れたアスファルトがナメクジの様に動いて圧し掛かる。


「マスターの邪魔はさせません」


 ナイスパンドラ!

 視界の片隅で真希さんが魔法を準備している。多分J.R.に飛ばす用の回復魔法だろう。しかし、腕が斬り飛ばされた状態で回復させると腕がくっ付かなくなるから、腕を回収するまで待って居るのだろう。

 本来なら部位欠損は回復魔法で治そうと思ったら相当厳しい条件が付く事になる。だが、J.R.の右腕は神器だ。元々体ではない物がくっ付いていたのが離れただけなのだから、治せる可能性は高い。

 フィリスの奴もそれを読んで、宙を舞っているJ.R.の腕に向かって走り始めている。

 俺の役目は、アッチの動きを邪魔されないようにジェネシスを押さえておく事だな。

 ジェネシスの方も、1番の警戒対象は俺で間違いないだろうし―――と思ったら、視線すら俺に向けていない。

 なんでこんなに無防備……いや、おそらく攻撃したら十中八九防いで来るから無防備ではないが……。何を見てる?

 ジェネシスの視線の先に有るのは―――J.R.の右手。

 いや、そもそも何でJ.R.を狙った? ぶっちゃけ戦闘能力的には俺とガゼルには及ばないが3番手だ。戦力や頭数を減らしたいのならば、最初に狙われるのは能力の低い者。

 ふと、先程頭の掠めた疑問が再び泡のように浮かび上がる。

――― さっきのジェネシスの攻撃は、最初からJ.R.の右腕を狙ってたんじゃないのか?

 何故?

 カチンッとピースがはまる。


「その右腕を渡すなっ!!!」


 言いながら加速する―――だが、ジェネシスの反応が早い。

 発動された【事象改変】によって、ジェネシス以外の全ての人間の動きが停止する。


「カカカッ」


 耳の奥で鼓膜を震わせるジェネシスの笑い声が不快で仕方無い。

 血を噴きながら落下して来た右腕を、天からの贈り物のように優しく受け止める。

 一瞬遅れて俺達の行動を無効にしている【事象改変】を、俺自身の【事象改変】で無効にする。

 動けるようになるや否や右腕の確保に走っていたフィリスがユグドラシルの枝を振ろうとするが…


「邪魔するな亜人」


 鬱陶しそうにジェネシスが一瞬だけ視線を向ける。ただそれだけの事でフィリスの動きが止まる。

 フィリスが怯えて動けなくなったのではない。振り下ろしかけたユグドラシルの枝と地面が分厚い氷によって繋ぎとめられたのだ。


「くッ…!?」

「下がれ」


 足の止まったフィリスに襲いかかる雷撃と暴風。


「フィリス!」


 アスファルトが砕ける程の踏み込みで加速し、雷光がフィリスに届く前に超速で横から()(さら)いつつ、ユグドラシルの枝を縫い止めている氷を蹴り砕く。

 しかし、俺が助けに入る事こそがジェネシスの狙い―――これで奴が自由になった。


「“再構築”」


 ジェネシスが宝物のように持って居たJ.R.の右腕。一瞬だけ腕の像がボヤけて、次の瞬間には腕の長さや肌の色が別の物に書き変わっている。ジェネシスの―――水野浩也の体の新しい右腕として。

 音も無く右腕が浮き上がり、原初の火で焼滅(しょうめつ)させたジェネシスの右腕の代わりとなって繋がる。


「ふむ、良い腕だな。有象無象の肉を固めて作った腕なんぞとは比べ物にならん」


 胴体と肉の境目はすぐに分からなくなり、満足そうに右手を動かして見せる。それを見つめるJ.R.の目は親の仇を見るそれだ。


「その腕は……その神器は師匠(せんせい)のくれた物だ!!」

「そうか。後生大事にしていたようでありがとう。神器としても、新しい腕としても申し分ない、大事に使わせて貰うよ」

「ふざけるなよ!」


 J.R.からいつもの“正義の味方”の仮面が剥がれている。

 必死で、怒り狂っている。それなのに、どこか今にも泣きそうな程の悲壮感が透けて見える。

 自身の片腕を()がれたから怒っている…と言う感じではない、大切な、心を支えていた物を奪われた者の目だ。

 今にも飛びかかりそうな勢いなので、先手を打って制止しておく。


「J.R.ストップ! 落ち付くまで下がってろ!」

「止めるなレッド!!」


 言っても止まらなそうなので、ブレーキ役を用意する。


「パンドラ頼んだ!」

(かしこ)まりました」

「あと真希さん、用意してる回復魔法すぐにかけてやって!」

「はいはい」


 嫌がるJ.R.をパンドラが羽交い絞めにして後ろに引き摺って行き、その間に真希さんが血を噴き出していた右腕に回復魔法をかけて傷を塞いで血を止める。

 いつものJ.R.ならパンドラの拘束なんて軽々抜けた筈…。それが出来なかったのは、ただ単にそうしなかっただけなのか、それとも血が抜けて力が入らなかったからなのか……神器の右腕を失って弱体化してしまったからなのか…。

 最後の奴だったら結構ヤバい。貴重な戦力が1人居なくなった事を意味する。

 気合いを入れ直す。

 ガゼルとJ.R.が居なくなったなら、ジェネシスは元より巨腕達と正面から殴りあえるのは俺1人しか居ない。


「君達はもう少し自分達のしている事のバカバカしさに気付くべきではないかな?」


 突然言われてカチンとくる前に困惑してしまった。


「はぁ?」

「気付いているのだろう? 君達の持つ全ては、我がこの世界に与えた物だと言う事を」


 パンドラの持つ深紅のコンバットナイフを、続いて真希さんの本を指さす。


「人間達が神器と呼ぶそれは、かつて精霊共に砕かれた我が欠片の一片」


 俺も皆も驚きはない。口にはしなかったが、皆が気付いていた事だ。

 神器がどうして世界に存在しているのかは誰にも判らず、そしてジェネシスの手下がそれを集めて回って居た。それになにより、手にした者に異能(スキル)を与えると言う性質は魔神のそれと同じだ。

 600年前の合体の失敗の一因は、世界に散らばった自身の欠片…神器を集める事無く1つに戻ろうとした事である事は間違いない。だからこそ今度は集めていたのだ。

 だが、それにしたって全部を集められた訳じゃない。今も俺やパンドラ、真希さんが持っているし、まだまだ探せば見つかっていない神器も有るだろう。そして、その足りない分を補う為に4色の魔神の力が最大まで引き出されるのを待っていた。

 この野郎があのタイミングで魔神を回収し始めたのは、カグが魔神になれるようになるのを待って居たのはあの時のセリフからも間違いないと思われる。


「魔法とは、我が器となる者を選別する為に撒いた魔素より生み出される力」


 ジェネシスの呆れたような、それでいて悲しむような視線がスライドして俺を貫く。


「魔神は改めて言うまでもなく我その物」

「だから?」

「最後まで言わんと分からんか? 我から生み出された力で我を倒そうなどと、バカバカしいとは思わんのか?」


 一瞬の沈黙。しかし、決して俺達が答えに迷った訳ではない。この沈黙は、覚悟の沈黙。


「思わねえな!」「思いません」「まったく!」「今私達が使ってるのは精霊さんの力だしっ!!」「バカバカしいと言うのなら、ショタごと世界を滅ぼそうとする貴方の方がバカバカしいでしょう」「腕返せよ!!」


――― 絶対に負けられないと言う不退転の覚悟。


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