14-41 世界の命運を賭けて10
新宿駅(偽物だけど…)の中央改札の中でジェネシスと睨みあう。
……いつまでも睨み合ってる訳にはいかんな…。都庁前に残して来た皆の事も気になるし、睨み合ってる間に野郎が何か仕込んで居る可能性だってある。
無暗に突っ込むのは危ない……なんてのは分かってるが、だからと言って及び腰になって勝てる訳もない。
ジェネシスが右手を失って戦力ダウンしてるのは間違いないのだし、迷うな…行けッ!
【オーバーブースト】で限界以上まで加速、踏み込みの一歩目で最高速。
ゴールドが俺に続くように分身体を10体生み出す。
閃光の速度で距離を詰め、ヴァーミリオンの間合いに捕まえる。
「ぉッらああっ!!」
空間を割くくらいの気合を入れ1撃。
が、下からせり上がって来た土とコンクリートの混じった壁に阻まれる。ただの土壁なら切り裂けた…のに、異常に硬い…! 知ってたけど、≪黒≫の防御性能がクッソ高くて泣きたい…!!
ゴールドの分身体が攻撃を防がれて動きの止まった俺を追い越し、土の壁を左右に回り込むように走る。
俺自身も回り込もうと思ったが、その行動は恐らくジェネシスに読まれている。だから―――中央突破だ!
原初の火を叩きつけて壁を砕く。
一瞬視界が真っ黒な炎に塗り潰され、次の瞬間には壁が焼き消えて視界が開ける。
よっし、これで―――…と再び剣の振りに入ろうとしたが、自身の甘さに気付いた。
ジェネシスが氷の剣を手放して、手首を回して空間を巻き取って居た。
――― 読み越された!?
この攻撃は―――ヤバい!!
振りに入りかけた体に全力でブレーキをかけ、バックステップで1mでも1cmでも離れようと筋肉が千切れる程のパワーでその場から逃げる。
「逃がさんよ」
分身体が一斉に躍りかかるが、虫に向ける程度の警戒も注意も無く、ポツリと呟くと同時に腕を振る。
空間が軋む。
バックステップで少しだけ開いた俺とジェネシスの距離。
その空間がグニャリと歪に曲がる。
空間を捻じ曲げる何かが、凄まじい速度で迫って来る。
さっき食らった時は何百m吹っ飛ばされた上に床ぶち抜いて地下に落ちた。……まあ、吹っ飛んでる時の意識はないけど…。
次食らったらどうなるか分かったもんじゃない…! けど……逃げ切れねえッ!!
ダメだ―――と思った瞬間、何かが俺の前に飛び込んで来た。
大きな体の―――炎を纏う狼。
「ゴールド!?」
分身体ではない。ゴールド自身が俺の盾になろうと飛び込んできたのだ。
ゴールドを止める間もなく、ジェネシスの攻撃が襲いかかった。
瞬間、体が方向を見失う。上も下も右も左もない。
視界から色が消える。
音が聞こえない。
俺の前に居たゴールドの体が、恐ろしいまでの威力の直撃を受けて崩壊する。
大きな体が縦に一回転している間に前脚が1本千切れ飛び、もう一回転する間に切り裂かれたように全身から血の代わりに炎が噴き出す。
吹っ飛んで来たゴールドの体に押され俺も足が浮く。
ゴールドの体を貫通した攻撃が俺にも届き、意識が飛ぶような痛みが襲って来る。だが、ゴールドが盾になってくれたお陰でさっき食らったのに比べればダメージが格段に少ない。
方向感覚がなくなったせいで分からないが、ジェネシスが離れて行っているって事はどうやら吹っ飛ばされているらしい…。
ゴールドの大きな体が、鑢で削り落とされるように炎を撒き散らして小さくなって行く。それでも、俺を最後まで庇おうとする執念なのか、攻撃が止むまで消える事は無い…。
吹っ飛んでいた時間は1秒か2秒。
体を立たせる事が出来ずに冷たい床に転がる。
「ゴールド!!?」
辛うじて頭だけが残って居た黄金の瞳の狼は、俺が無事な事に嬉しそうに弱々しく鳴いて、炎となって消えた。
でも死んだ訳じゃない。俺の体の中に戻って来ただけだ。
ゴメンなゴールド…いや、「ありがとう」だな。お陰で助かった!
体の調子を確かめながら素早く立ち上がる。
足、手、頭…よし、大丈夫だ。ジェネシスは―――!?
「………あれ?」
視線を前に向けると、そこにジェネシスの姿はなかった。
【魔素感知】で辺りを窺うが近くに誰かが居る様子はない。
「どこだ!?」
急いで近くの乗り場へ続く階段へ駆けだそうとした瞬間―――地鳴り…そして縦に揺れる振動。
何が起こったのかは考えるまでもなかった。
天井が崩れ落ちた。
俺を生き埋めにするつもりか!
降って来た瓦礫を音より早く避けながら1番近くの階段………は流石に罠臭いので、あえて2つ先の階段まで走って上る。
崩落してる時に何余裕かましてるんだと思うかもしれないが、実際崩落事態には何の危険も感じていない俺だ。
天井が落ちて来ようが、その気になれば光速まで踏み込める魔神にとっては何の危険もない。だが、そんな事はジェネシスだって知っている……って事は、この崩落は誘い水で逃げた先に本命が有ると考えるのが当然。って感じの考えで2つ先の階段な訳です。
階段は中央線の乗り口へと続いていた。まあ、つっても電車が来る訳じゃないが…。
下の方で重い音をたてて道が塞がるが、そんな事を気にしている余裕はない。
都庁の方の空にジェネシスの姿―――!
「そっちに行くのかよ!」
全力全開の速度で空を飛ぶ。
陽は完全に沈み、夜の闇が満ちている。
本当の新宿の街であれば、絶える事の無い明かりが街を照らし続けているのだが、偽物の街には小さな光1つ無い完全な暗闇……って事も無い。俺とジェネシスが魔神になった事により、空には不気味なひび割れが走り、そこから漏れ出す光が不吉に偽物の新宿の街を照らしている。
音速のジェット機すら追い越す速度で飛びながら少し考える。
……ジェネシスの奴はなんでアッチに…?
原初の火にびびって俺から逃げた……って事は流石にないよな?
先に皆を仕留めようとしている? だったら、俺を都庁前から吹っ飛ばした時にそうしてるだろう。
思考は一瞬。
都庁前に舞い戻るのも一瞬。
飛んで来た速度が丁度良い感じだったので、カグ達と向き合っていた氷の巨碗をブレーキ代わりに蹴り飛ばす。
「ぅらぁああッ!!」
山を削るようなパワーで蹴られ、ガシャンッと盛大な音をたてて吹っ飛びながら、粉々になった氷の破片が辺りに四散した。まあ、どうせすぐに復活するんですけどね…。
「リョータ!!」「マスター」「アーク様!!」「あ、ショタ君」「レッド! 悪の大総統と一騎打ちなんてずるいぞ!!」
「皆無事っぽいな?」
あれ? パンドラの引っ付いてた筈の白雪が居ない?
感知能力を辺りに走らせると、ガゼルの落ちた穴の中に白雪の姿があった。もしかして、ガゼルを助けに行ったのか白雪の奴…?
心配になると同時に、あの小さい白雪が行動をしてくれた事を少し誇らしく感じる。
白雪が助けに向かったと言うのならアッチは信じよう。
「リョータこそ無事なの!?」
「なんとか」
俺は無事だけど、引き換えにゴールドがやられた……。俺の中に戻って来ているから死んではいないけど、再び呼び出すにはかなりの時間がかかりそうだ。
「マスター、それで敵対象はどこに?」
“エネミー”がジェネシスを指しているのは分かるが……何言ってんだ? 目の前に、
「あれ?」
またジェネシスが居なくなっていた。
確かに俺が飛び込んできた時には空中に居た筈なのに…! ジェネシスは感知能力に引っ掛からないからすぐに姿を見失っちまうな…クソ!
五感を研ぎ澄ませてジェネシスを探す。
道路上――居ない。
ビルの上―――居ない。
建物の陰―――居ない。
どこだ!? どれだけ目を凝らして探しても見つからない。
もしかして、またどこかに移動したのか? そんな風に一瞬気を抜いた瞬間、まるでそのタイミングを待っていたかのように奴が姿を現せた。
奴は―――岩石の巨腕と殴り合うJ.R.の背後で、剣を振り被っていた。
「後ろだッ!!!」
俺の叫びは虚しく響き、鮮血が舞った―――…。