14-39 世界の命運を賭けて8
岩石の腕がビルを抛る。
巨大過ぎる質量と攻撃範囲。
白雪自身には、この攻撃を避ける事も受ける事も出来ない。妖精の収納空間を持ってしても、こんな大質量は入れる事は出来る訳無い。
パンドラ達は勿論白雪が狙われた時の為に、すぐフォローに入れるように準備をしていた。だが―――こんな大規模で、乱暴で、力任せな攻撃は予想外過ぎた。
白雪を助ける為の手を皆が脳味噌をフル回転させて考える。
白雪に支援魔法をかける。それでも耐えられないし、攻撃範囲から逃れる事も出来ない。
風を操作して白雪をビルの落下地点から逃がす。間に合わない。それに強い風は白雪自身が耐えられない。
≪黒≫の力でビルを砂にする。地面に接地して居なければ地形操作が出来ないので無理。
考える。いっぱい考える。
しかし、ビルが白雪に届くまでの時間は短過ぎた。
白雪が千切れるほど背中の羽を動かして逃げるが、それを嘲笑うかのように凄まじい風切り音を響かせてビルが迫る。
頭の片隅で死の言葉がチラつく。
だが―――その中において動く者が1人。
「スノウはやらせんぞっ!!」
アスラだった。
雷光が煌めくような速度で、白雪と高速で迫るビルの間に割って入る。
走り込んだその瞬間には、弓を引くように拳を握っている。
「ジャスティスパンチ……」
強く握った右拳に光が集まる。
闇を吹き散らすかのような強い光を拳に宿し、目の前まで迫ったビルに向かって振り被る。
踏み出していた左足へ、流れるような過重移動。
足から腿へ、腿から腰へ、腰から胸へ、胸から肩へ、肩から―――拳へ。己の持つ筋力の持つエネルギーの全てを右拳へ集約させる。
足元のアスファルトがバキンッと悲鳴を上げて捲れ上がる。
「エヴォリューション!!」
地面を滑るような軌道に乗ったビルに光る拳を叩きつける。
接触の瞬間、光が溢れる―――…。
ロケットのように突っ込んで来た大質量の砲弾が、光に喰われる。
拳に接触した部分から後ろに向かって光が貫通し、ビルを人間の拳が押し返す。ビルが前に進もうとする力と、拳が押し返そうとする力。前後からの力に耐え切れずにビルが真ん中でへし折れ、次の瞬間には前部分は拳から伝わる凄まじい衝撃に負けて砂利のような小さな破片となるまで破砕されて道路に飛び散る。
轟音。
振動。
拳が放って居た光が花火のように辺りに四散し、アスラは残心の深い息をゆっくりと吐き出した。
「ふぅぅ…」
一方、それを見ていた女性陣は呆気に取られる。
自分達が対処に困った大規模で大質量な攻撃を、拳1つで文字通り砕いて見せたその力に。感心するよりも先に、平然とこんな反則染みた力技を行使するアスラに呆れ混じりの溜息を漏らしてしまう。
「ただのパンチであんな火力を出されると、魔法で頑張って火力上げる自分がバカバカしくなる…」
真希の言葉にフィリスが頷く。
「…確かに。認めたくないが、あんな威力は私ではどう頑張っても出せん…」
魔法使い2人が若干落ち込むのを見兼ねてかぐやがフォローに回る。
「ええっと……あの人が特殊なだけなので気にしない方が」
「そうね」「そうだな」
今の状況を思い出し、さっさと復活する。
そんな真希達を余所に、アスラに護られて動きを止めていた白雪がハッとなってお礼を言う。
「あ、ありがとうですの!」
「礼は要らないぞスノウ。何と言っても俺はジャスティス・リボルバー! 正義の味方だからな、全てを護るのは俺の使命だ! そして急ぐんだっ、ジャスティスドラゴンを助けに行くんだろう!」
「は、はいですの!!」
再び穴に向かって飛ぼうするが、それを妨げるように岩石の巨腕がアスファルトを割って地面から生えて来た。…が、次の瞬間には閃光のように踏み込んだアスラに殴り飛ばされて、
「だァあらっしゃぃ!!!」
巨大な腕がゴムボールのように3度バウンドしてアスファルトに転がった。
「ここは俺に任せろスノウ!! くぅ~、このセリフ言ってみたかったんだ!!! テンション上がるッ!!」
「ですの!!」
白雪が穴の中に飛び込むのと同時に岩石の腕が起き上がる。
「俺を倒さんうちは、他の連中に手は出させんよ」
静かに構えを取り直し向き合う。
岩石の腕もアスラを放置して白雪を追いかける事は無理と判断したようで、不気味に手を開閉させながら叩きつけられた殺気を受ける。
* * *
俺達以外誰もいない新宿駅に、甲高い剣戟音だけが響き渡る。
俺の放つ赤い光と、ジェネシスの放つ3色の混じった禍々しい光。残光が躍るように軌跡を描きながら、改札を越えて山手線やら中央線やらの様々な乗り口の並ぶ通路を駆け抜ける。
「らぁああッ!!」
高速―――いや、光速での斬り合い。
地面を、あるいは壁や天井を走りながら三次元機動で、ジェネシスの視界と読みを外しながら振っているのに…!
「ふむ」
ギィンッと小気味好い音を立ててジェネシスの剣に阻まれる。
止まるな、攻めろ…!
「まだ―――!!
視界を埋め尽くす真っ赤な炎の壁。
こんな近距離で出すと俺諸共だが、俺は炎熱完全シャットアウト出来るから気にしない。しかし、気にも留めないのはジェネシスも同じ。この程度の炎では【全属性究極耐性】を抜けない。
原初の火であれば違ったかもしれないが、ここは出し惜しんで行く。
もし…仮に、原初の火が本当はコイツに効くのだとしても、防御を何とか潜り抜けなければ当てられない事実は変わらない。
出来る限り使わずに、奴の警戒心を削ぎ落としてからが勝負だ。
「無駄だよ」
炎のカーテンを横合いから吹き抜ける風が吹き散らす。
「いや、無駄じゃねえよ」
炎が効かない事なんて最初から織り込み済み。目眩ましにすらならない事も、な。
では、何の為の炎だったのか?
決まってます。
「ゴールド!」
ウチのワンコを呼ぶ為だ。
空気中に散った炎が再び燃え上がり、通路を呑み込む程の巨大な爆発を起こし、撒き散らされた炎熱と爆風を切り裂いて炎を纏う神狼が飛び出す。
「ガルルァアアアア!!」
地面に着地するや否や高らかに吠えながらジェネシスに襲いかかる。
俺と絶賛斬り合い中だというのに、突然現れたゴールドへの対処が早い。熱風と共に突っ込んで来るゴールドを重力で地面に縫い止める。
「邪魔だ獣」
それで潰したつもりだろうが、ウチのゴールドを甘く見んなよ!
重力に押し潰されたと思ったゴールドが炎となって掻き消え、ジェネシスの背後に現れる。
「ほう」
感心したような息を吐く。
瞬間―――微かに俺から意識が逸れる。
ゴールドは何故自分が喚ばれたのかを知っている。少しでも俺から意識を引き剥がす為だ。
撹乱の一点に置いては間違いなくゴールドは最強、その速度と手数を遺憾なく発揮する。
即座に分身を生み出してジェネシスを多方面から走らせ、その間を縫うように自身も雷光のような速度で走る。
「そんな木端が増えたところで、何の意味が有る?」
意味なんてない。
ゴールドの直接攻撃も、分身の起爆もジェネシスに対しては通じないだろう。それはゴールド自身も理解している。
実際、分身体はジェネシスから放たれた空間を切り裂く様な雷で焼かれ、あるいは地面から突き出された刃で両断さて一瞬にして全滅した。
ゴールド自身も凄まじい冷気を浴びて足が止まる。あと数秒もすれば体が粉々になるだろう。
俺が攻撃する為の隙を作る為―――ただその為だけの捨て石になろうとしている。
そして、俺もその為にゴールドを呼んだ。ジェネシスへの攻撃を通す布石にする為に。
どう取り繕っても捨て石は捨て石。けど―――ウチの可愛いワンコを捨て石に使うのなら、それ相応の結果を出せ!!
ヴァーミリオンで氷の剣を押さえ、片手を剣から離してジェネシスに向かって伸ばす。俺の動きに気付いて逃れようとするが、反応が一瞬遅い! サンキューゴールド!!
ジェネシスの右腕を掴む。
「む…!」
「捕まえた!」
振り払われるより早く、ジェネシスを掴む手の平に黒い炎を灯す―――。