14-38 世界の命運を賭けて7
都庁前―――。
目が眩むような空中戦をしていたアーク、ガゼル、そしてジェネシスの3人はすでにその姿はない。
ガゼルはジェネシスの竜巻球と重力波により地下へと叩き落とされ、アークは謎の攻撃で駅の方に向かって吹っ飛んで行った。ジェネシスもアークを追って消え、その場に残されたのはパンドラ達と相対するジェネシスの呼び出した3つの巨腕。
「リョータ…」
かぐやは吹っ飛ばされて消えたアークを心配する。
アークが負ける訳ないと信じたいが、相手はジェネシス―――アークの強さの根っ子である“魔神”の根源たる存在。
ジェネシスが追って行った空…新宿駅の在る方向に目を向ける。
「余所見をするな!」
ビクッとなって視線を目の前の敵―――雷の巨腕に戻す。
視界の片隅で、フィリスがジロッと睨んで居るのが見えた。
「ご…ごめんなさい…」
「アーク様の事が気になるのは私達とて同じだ。だが、あの方を信じるしかあるまい」
フィリスの言葉にパンドラも頷く。
「ショタ君なら大丈夫だろう。【シャイニング・フレア】」
真希は特に心配した風もなく言いながら、コチラに向かって来ていた氷の巨腕に最高レベルの炎熱魔法を叩き込んで足止めする。
氷の巨碗を呑み込むように閃光が走り抜け、空間を焼き切るような熱が氷を砕こうと襲いかかる。
「ショタ君より今はガゼルの方が優先だ。いくら頑丈だって言っても流石にあの攻撃は助けに行かないとまずそうだ。腕は私と特撮オタクが足止めするから誰か助けに行って貰えると有り難い」
真希の神器<楽園の知恵の実>は攻撃魔法、支援魔法のみならず、回復魔法も全て網羅している。
ガゼルが自力で這い出て来ないところを見ると、おそらく相応の酷いダメージを受けている事は確実。であるなら、助けに行くのならば真希が1番適任なのだが…根本的な話として真希は運動がそこまで得意な人間ではない。
穴の中に入るのだけでも一苦労しそうな上、もし瓦礫に埋もれて居たらそこから掘り出すのも更に時間がかかる。
万能魔法使いである真希ならば、移動は【浮遊魔法】、助け出す時には【重力魔法】等で対処すればいいかと思うかもしれないが、基本的に浮遊魔法等でも飛ぶ時は身体感覚の延長で飛行するので、真希は正直苦手で出せる速度もそこらの魔法使い以下だった。
仮にガゼルが地下ではなく目に見える場所に落ちていてくれれば、どんなに遠くても【魔法範囲拡大化】を引っかけて回復魔法を届ける事が出来たのだが…仮の話は意味が無い。
「でしたらフィリスが」
パンドラが真希の言葉に即応した。
真希とアスラの2人が行けないのなら、残った3人の中で回復魔法の使えるフィリス意外に選択肢はないと判断したからだ。
言われればフィリスは応じてすぐに行動してくれるのだろうと誰もが思ったが、意外にもフィリスはその場から動く事を躊躇っていた。
「しかし…大丈夫か?」
フィリスの「大丈夫か?」に誰も即座に「大丈夫だ」とは答えられなかった。
場に残っている敵は巨腕3体。数的にも能力的にも自分達が上回っている…と言う確信めいた物は感じている。
確かにどの腕もパワーもスピードもある。死ぬ事もなく無限に蘇る特異性も脅威ではある。しかし……あのジェネシスが生み出した取り巻きにしては、攻撃が単調過ぎる気がする。
もし、今の状態が“手抜き”で、戦力を分散させた途端に今まで使わなかった能力を振り回して来たらどうなるか分からない。
かと言って、ダメージを受けて動けないであろうガゼルを何時までも放置しておけない。
素早い決断を求められるが、その決断に皆が迷う。あるいは、いつもの彼女等であれば即決出来たかもしれない。だが、世界の命運を決める決戦と言う極限状態が「失敗は許されない」と言う思考が決断を鈍らせる。
しかし、その中に入って決断の声を上げる者が1人。
「だったら、私が行きますわ!」
パンドラのエプロンドレスからピョコッと顔を出した白雪だった。
「白雪、貴女では無理です」
パンドラは即座に返す。
助けに行くと言う事は、一時的に単独行動になると言う事だ。当然敵に狙われる可能性があり、それは自身の力で対処しなければならない。しかし、白雪は妖精族で元々戦闘力が低く、パンドラやフィリスのように精霊の力を貰っている訳でもない。
パンドラの言葉に他の3人も頷く。
「白雪ちゃん危ないよ…」「そうだ、もし襲われたらお前ではひとたまりも無いぞ!」「妖精ちゃん、勇気と無謀は別物なんだよ?」
いつもなら素直に従うだろう白雪も、今回ばかりは譲らない。
「ですけど、私以外は動けないのでしょう? 私は戦いでは何の役にも立ちませんから適任ですわ!」
白雪も回復魔法は使えないが、決戦の準備としてパンドラ達が即効性のポーションや、フィリスが様々な魔法を込めたスクロールを大量に持たせてある。
「そうかもしれないけどさ…」
「それに、私は戦えませんけど、素早っこさには自信が有りますの! ガゼルさんが瓦礫に埋もれてるとしても私の小ささなら隙間を通れますし、瓦礫を収納空間に入れて助ける事も出来ますわ」
白雪の言う事は確かに一理ある。
飛行速度は極端な速い訳ではないが、少なくても人の足よりは格段に早い。
ガゼルがどんな埋まり方をしていても、白雪ならばそれ程苦戦する事無く助け出す事が出来るだろう。
それでも迷っていると、珍しく白雪が声を荒げる。
「迷ってる時間があるんですの!? 皆が命がけで戦っているです、私だってそう言う覚悟を持ってここに居るんですの!!」
白雪の言葉に、頬を引っ叩かれた気分だった。
白雪は小さい。人型になったと言ってもまだまだ妖精の中では子供だ。そして何より戦闘力を持たない妖精族。だからこそ、いつだって白雪は“一緒に戦う仲間”である前に“護るべき対象”であった
だが、それでは今この戦場において白雪は何の為に存在しているのか? ただの足手纏いでしかないではないか。
白雪は確かに子供だ。幼体からようやく人型になれるようになったばかりで頼りない。しかし戦場に居るからには白雪だって誰にも負けない程の覚悟を持ってここに居る。…いや、戦えない白雪だからこそ、その覚悟は他の皆よりも大きいかもしれない。
誰も白雪のそんな決意は知らなかったし、そんな覚悟をしてるなんて思いもしなかった。
白雪の見た目の小ささと幼さで、その心すら侮っていた事をかぐや達は恥じた。だからこそ、「ここは白雪を信じるべきだ」とも思ったのだ。
「分かりました。では、救出は白雪に任せます」
パンドラの宣言に誰も異を唱えない。その様子に白雪は力強く頷き、すぐさまパンドラのポケットから飛び出して行動を開始する。
「じゃあ妖精ちゃんが狙われないように私等で頑張りますか」
「そうですね」
真希とかぐやがやる気を出す。
ガゼルの落ちて行った穴に向かって急いで飛ぶ白雪。そちらに攻撃が向かないように、もし攻撃されてもすぐにフォローに回れるように魔法や雷を巨腕に向けて放ち続ける。
しかし―――白雪が残り10mの辺りまで辿り着いた時、予想外の方向で敵が動いた。
アスラとボクサーの如く正面からの殴り合いを続けていた岩石の巨腕が突然距離を取り、そして
――― 20階以上あるビルを引っこ抜いた
まるで棒きれでも放ろうとするような動作で、軽々とビルを持ち上げ、今まで戦っていたアスラではなく、穴に近付く白雪に向かって振り被る。
「白雪!」「白雪ちゃん!!」「逃げなさいっ!!」
巨大な―――巨大過ぎる攻撃が、人形のような小ささの白雪に襲いかかった。