14-37 世界の命運を賭けて6
「はっはは」
高笑いではなく、ただただ楽しさを放出しているだけの明るい笑い声を響かせながら、ジェネシスが斬り込んで来る。
初動を見てからの反応は間に合わない。その上ジェネシス自身は感知スキルに引っ掛からないので動きが追えないのも勘弁して欲しい。まあ、よく考えたらジェネシス自身は感知スキルで見えなくても、【魔素感知】で周囲の魔素の動きを見れば多少は野郎の行動を先読み出来る事に気付いた。……とは言っても、「無いよりまし」程度の違いしかないけど。
右からの斬撃―――見えてる!
流れるように鳩尾に蹴り―――ギリギリ回避。
「動きが良くなってきたな? 追い込まれる程力を発揮するタイプなのかな?」
「その点に関しては否定しねえ!」
言葉と同時に切り返すが、軽々と受け流されてカウンターが飛んでくる。
「―――クッ!?」
氷の剣先が頬を掠める。
ブシュッと盛大に血が噴き出したが、一瞬だけで血が止まる。治癒した訳ではなく、剣の纏っていた冷気が炸裂して傷口と周囲を凍らせてきやがった…! 痛い…っつか、凍った部分が痺れてピリピリする…。
冷気が広がって顔全体を凍らせようとして来やがる!? 急いで炎を撒いて冷気を排除する。凍結で蓋をされていた傷口が開き、再び血が噴き出すが即時回復される。
1つ攻撃を受ける度に体がビキビキ痛むが、引き換えに少しづつ体が圧倒的な速度とパワーに慣れて行くのが分かる。
空中で躍るように何度か斬り合う。
「良いな。世界を決める戦いに相応しい力だぞ!」
「グチャグチャうっせぇんだよ!」
黙って戦えねえのかテメェは!! コッチは呑気に話せる余裕はねえっつうんだよ!
ジェネシスが話しているのは、俺に対して余裕を見せて追い込む為であり、挑発やらで俺の精神を乱す為……ってところか? いや、ただ単純にこの戦いを楽しんでるだけって可能性もあるっちゃあるか…。
何にしても、素直に反応してやるだけ損だな。
「ご褒美だ、面白い物を見せてやる」
右手1本で俺と斬り結びながら、左手を空気を掻き混ぜるようにクルクルと回す。
――― ゾクッ
分からない。ジェネシスが今から何をしようとしているのかは分からないが、全身の感覚が今すぐ止めに入るか、それが出来ないなら逃げろと言っている。無意識に体が【火炎装衣】や【アクティブバリア】を発動して守りを固める。
回されてい左手の周囲の空間が歪む。
ジェネシスの左手の中に、空間が“巻き取られている”!?
「受け取れ」
歪んだ空間を纏う左手を俺に向けて振る。
左手に巻き取られた空間が弾けて膨れ上がる。次の瞬間―――ズドンッと凄まじい衝撃に襲われて吹き飛ばされる。
「ぁ―――ッッ!!!?」
視界が一瞬でブラックアウトする。
音が聞こえない。
全身の感覚が滅茶苦茶になる。
世界から体を切り離されたような錯覚。
奇妙な浮遊感と足の先から頭の天辺をぶち抜く様な痛みだけが自分がそこに居る事を証明してくれる。
「……ぅ…?」
次に視界が戻った時、俺は冷たい床の上に転がっていた。
暗い……どこだ?
いや、見覚えがあった。
「改札前……?」
京王百貨店地下……つか新宿駅西口中央改札の前だった。
新宿での待ち合わせで何度か来た事がある。
明かり1つ無く、静まり返った空間。流石に電気やらのインフラ周りまでは作ってねえか…。まあ、俺やカグの記憶から作ったってんなら、そんな部分は作れる訳ねえしな。
天井を見ると、無造作に開けられた穴から沈みかけた夕闇の空が見えた。どうやら、あの穴から地下に落ちて来たらしい。
都庁前からここまでの距離は2、300mくらいか…?
ジェネシスの攻撃を食らってここまで吹っ飛ばされたって事でいいのかな? 吹っ飛んでる時の記憶がないので何とも言えないが…。
時間にしてほんの数秒……いや一瞬だったのかもしれないが、完全に意識を失っていた。全身がクソ程痛い。しかも寝ていた俺の周りの瓦礫にも俺の血がベットリと付いていた。意識を失っている間に治癒してくれたようだが、それでも体が気だるくて重く感じる。
……にしても、さっきのあの攻撃は何をされたんだ? 受けようにも避けようにも、攻撃の分類が出来ないんじゃ対処のしようが無い。
手持ちに入れていた【異能解析】でもあの攻撃は“解析不能”となっている。どう言う事よ…。
それに……あの威力はヤバいって…!
食らう前に防御固めていた筈なのに、それを容易く貫通して意識を狩られた。あの威力をポンポン投げ込まれたら流石に死ぬ。
あの攻撃の前に手を回す動作が予備動作なのだとすれば躱せる余地はある……と思いたい。
真正面、間近で食らっちまったから、どの程度の射程なのかが全然分からんが、とにかく警戒する…っつうよりしない訳にはいかない。
ともかく、早いとこ皆の所に戻らねえと。ジェネシスが俺とガゼルの居なくなった皆に襲いかかったら流石にヤバい。
――― だが、その心配は要らなかった。
ドンッと俺の落ちて来たらしい穴のすぐ隣に倍以上の大きさの穴が突然開いた。
パラパラと粉々になった瓦礫と煙が誰も居ない地下空間に舞い、穴を通って誰かが静かに降りて来る。
誰かなんて確認するまでも無い。だって、俺の―――魔神の感知スキルでここまでの接近に気付けない相手は1人しか居ないのだから。
「居た居た、まさかあの1撃で死んでしまったのではないかと心配してしまったよ」
「ジェネシス…!」
不自然な流れの風が吹き、辺りを満たしていた煙と地面に転がっていた瓦礫を吹き飛ばす。
足場が整うと、優雅な貴公子然とした動作で軽やかに着地する。
「さあ、再開しよう」
言うや否や剣閃が煌めく。
「!?」
いきなりの攻撃ではあったが、攻撃を予想していなかった訳ではない。即応じてヴァーミリオンで受ける。
明かりの無い真っ暗な地下で、刃が交差して火花が瞬間的な明かりとなる。
その場で踏ん張って斬り合っても打ち勝てないのはさっきまでの斬り合いで理解した。
足を動かし、斬撃を避けながら素早く移動し柱の陰に隠れるようにして走る。
「逃がさんよ」
瞬間―――俺とジェネシスの間にあった柱が輪切りになって飛び散る。
「逃げるつもりはねえよ!」
柱が割れて視界が開けると同時に原初の火をジェネシスに放つ。
さっきまでは原初の火を温存していた―――訳ではないが、意図的にあまり使わないようにしていた。と言うのも、俺1人で戦っている時には気にしないが、仲間が一緒に戦っている時に振り回すと危な過ぎるからだ。普通の炎と違って原初の火は少しでも焼かれただけでも冗談では済まない。さっきもガゼルが居たから不用意に放てなかった。
原初の火は俺の手持ちの攻撃の中で最強の攻撃。……いや、俺の手持ちと言うくくりでなくても、恐らく最強を名乗って良い攻撃だ。
しかし、前回の戦いでジェネシスはそれを防いでみせた。
――― だが、本当に防げていたのか?
≪赤≫の大精霊もその事に疑問を感じているようだったし、俺もその疑問を口にされてから「もしかして何かトリックがあるんじゃね?」と思い始めていた。
だから、1対1の状況になったこのタイミングでもう1度ちゃんと確かめておきたい。
黒い炎がジェネシスに向かって走る。
宙を舞って居た柱の瓦礫を焼滅させながら真っ直ぐに敵に向かう。
少し………ほんの少しだけジェネシスの顔が険しくなる。
俺を追いかけていた足を止め、振りに入っていた剣を引き、差し出す様に眼前に右手を構え―――原初の火を受ける。
「……くっそ」
やっぱり原初の火でも燃やせない…!
何度見ても原初の火が止められる光景は精神的なダメージがでかい。
………いや、でも、コイツ今身構えた? 今まであそこまでした警戒したような素振りを見せた事なかった。
じゃあ、もし仮に、身構えてない状態で食らわせたら…どうなるんだ?