14-35 世界の命運を賭けて4
≪赤≫の原初から必要なスキルを慣れた手順で引っ張り出し、戦闘準備は一瞬で整う。
そして―――抜刀!
即座にヴァーミリオンに付与されている【空間断裂】が発動。
ジェネシスの立っている空間ごと真っ二つにする。いや、した筈だった…! それなのに、実際に切れたのはジェネシスではなく、その背後にあったビルの根元が両断された。
外した……ではない、ジェネシスが何かして俺が斬ろうとした空間座標を外しやがったのか!?
「ははははっ、さあ古き世界の終わりを祝おうじゃないか!」
根っ子を両断されたビルが傾き、ズズンッと凄まじい振動と地響きを轟かす。地盤が沈んだのかと勘違いするような大地のお祭り騒ぎ。
だが、そんな物に構っていられない。
ジェネシスが笑いながら、倒れて来るビルに向かって飛び上がる。
「待て!」「逃がすか!!」
即座に【浮遊】で体を上空へ持って行きジェネシスを追う。
ガゼルも6枚の翼を広げて俺に続く。
「怖い顔してないで、もっと楽しめ」
笑いながら、自分に向かって倒れて来る10階以上の巨大なビルに向かって無造作に氷の剣を振る。
すると―――豆腐でも切ったようにビルが割れる。
音も無く、衝撃も無く、なんて恐ろしい程の切れ味と技…!!
家のような大きさのブロックが俺達に向かって降り注ぐ。
「なっめんなやッ!!!」
直撃コースの1つ目のブロックをヴァーミリオンで斬り落とし、【浮遊】で体勢を整えながら2つ目、3つ目とブロックを足場にして飛び上がって加速しながらジェネシスを追う。
一方ガゼルは羽ばたきながら、進路上にあるブロックを埃でも払うようにどかして真っ直ぐ突っ込んで行く。
忍者にでもなった気分で空中の足場を音も無く渡り歩く。
「ようやく戦いらしくなったじゃないか」
ブロックの雨の先から聞こえるジェネシスの声。
そして吹き荒れる暴風。
避けて落下して行ったビルのブロックが風で巻き上がって俺達に殺到する。
「邪魔くっせぇ!」
原初の火を撒いて3分の2を焼き消す。
ブロックに隠れて見えなかったジェネシスの姿が見えた。その瞬間を逃さず、突っ込んで来たブロックをボレーシュートでガゼルがジェネシスに向かって蹴る。
「シっ!!!」
ゴガンッと凄まじい音と共に、蹴られたブロックが砕け、散弾銃のようにジェネシスに襲いかかる。
「面白い事をする」
ブロックの弾丸がジェネシスの目の前で止まる。いや、止まっただけではなく時間が巻き戻るように弾丸がガゼルの足元に戻って来る。
ガゼルの攻撃が“無効”にされた―――!
【事象改変】かよ!?
魔神の持つ唯一絶対の力。
魔神が創世の種の欠片である事を証明する神に等しい権限。
「させるかよ!」
対抗して【事象改変】を発動。
“無効にされた事実”を無効にした事実を現実に上書きする。
再びブロックが散弾になってジェネシスに向かう―――が、1度無効にされた事で間が空いて、すでにジェネシスの姿は攻撃の線上にはない。
元々気を抜いて居た訳ではないが、更に締め直す。
横で、攻撃がアッサリと処理された事にガゼルが舌打ちしているのを聞きながら空気を蹴って一気にジェネシスとの間合いを詰めにかかる。
俺以外の遠距離攻撃は、【事象改変】で処理されるからほぼ当たらないと思って良い。だからと言って近接なら攻撃が当たる…なんて都合の良い話でもないが…。
集団で挑んでいるとは言え、結局のところ「魔神の相手は魔神にしか務まらない」と言う根本的な問題に行き当たる事になる。それを考えると、俺はジェネシスに張り付いたままなのが1番良いだろう。ジェネシスも俺からの攻撃だけは【事象改変】で回避出来ないし、少しでもそれがプレッシャーになれば、他からの攻撃に対しての警戒が浅くなるかもだし。
空中でジェネシスと視線が交差する。
10m以上有った距離が、瞬き1つする間に無くなる。
刹那―――お互いの刃がぶつかり火花と共に衝撃波が奔る。
魔神と魔神の殴り合いは音よりも速い。
相手が剣を振ったのを視認した時には攻撃を食らっている。そう言うレベルの斬り合いになる。
攻撃は見て反応するのではなく、相手の動きから次の攻撃を先読みして先手を打って回避なり防御するなりし、即座に反撃する隙間を狙う。
2つ、3つと剣戟を重ねる度に体が軋む…!
魔神対魔神って言っても、こっちは≪赤≫1つなのに対しジェネシスは自身の≪無色≫含め4つ。能力値に差が有り過ぎる!!
精霊から力貰って、真希さんからの強化魔法も貰って、それでもこの能力差ってバカかよ!? どんなクソ仕様だっつうの!!
「どうした? まだ此方は6割程度しか力を出していないんだが、もう余裕が無いように見えるぞ?」
絶対判ってて言ってんだろこの野郎!!
腹立つ……腹立つけど、押し切れねえ! 力もスピードも、技も読みあいも、どこをとっても完全に俺が負けてる…!!
剣が圧し折れるかと心配になる程の衝撃を受けては返す。
そこへ―――
「俺を忘れちゃ困る…ぜッ!」
俺の脇の下を通すように槍がジェネシスに襲いかかる。
ガゼルの奴、俺を壁にして…。感知能力で動きは見えていたけど、流石にちょっとビビった。
「心配には及ばん、忘れてなどいないさ」
当たり前のように、不意の1撃を素手で横に払う。
竜王状態のガゼルの槍を素手で払えば如何にジェネシスと言えどノーダメージでは済まない。だが―――ジェネシスの手は無傷。
手に斥力を纏わせて、触れずに軌道を逸らしたのか…!?
「アーク、手ぇ休めるなよ!!」
「言われるまでもねえ!」
俺1人じゃ届かなくても、2対1なら活路はある……筈だ。多分。
ジェネシス目掛けて俺の剣とガゼルの槍が舞う。
事前の打ち合わせ無しの即席コンビネーションだが、お互いに感知・探知のスキルを極めていると言っても良い程の領域に上り詰めている俺達だ。お互いの動きや次の攻撃も手に取るように分かるし、そこから更に「コイツはどう攻めるか?」と思考を回せば必然コンビネーションがカチリと噛み合う。
≪赤≫の魔神である俺と、竜王となったガゼルの連撃は隙がない。
剣と槍による近接攻撃だけではなく、相手の攻撃を遮るように俺が炎を撒き、少しでも相手の防御が崩れればそれを狙ってガゼルが出の早いの簡易ブレスみたいな技を叩き込む。
何発かは直撃させている……のに、思ったよりダメージが少ない。その上、即座にダメージが回復する。しかも、焦っている様子も動揺している様子もない。多分、まだ手を抜いてやがるな…!
「良いぞ、少しは楽しくなって来た。そのままもっと研ぎ澄ませろ」
全然崩れねえ! コッチは禿げる程限界出してるっつうのに…!!
ガゼルも一杯一杯のところまで力を出している。それなのに……届かねえ!
「ではコチラも少しは真面目に戦わなければな?」
「!」「!?」
ジェネシスの気配が変わる。
噴き出した殺気がどす黒いオーラとなって辺りに満ち、ガラスが割れるように空気が震える。
今まではどちらかと言えばジェネシス自身は受け身だった。だからこそ俺達も好き勝手に攻撃する事が出来た。それが攻勢に出たら、どんな事になるのか―――。