2-13 ダロス
陽が落ちる前にダロスに到着。
道中で、あの後3回魔物とのエンカウントがあったが、全部パンドラが倒した。ここら辺の魔物はそもそも最低級が多いとは言え、あんなにアッサリと処理されると俺の出る幕がない…。楽出来るから良いと言えば良いんだが…サイボーグとは言え見た目が女のパンドラに護られているのは……なんか、男として凄ぇ微妙な気分…。
まあ、それはさて置き、ダロスの話。
切り開かれた山の中腹に位置する、鉱夫達によって支えられている町。
広さで言えばソグラスの半分くらい。そこまで賑やかさはなく、鉱山の町と言うだけあって鉱夫らしき体格の良い男がそこら中に見える。煙を吐いている大きい建物も見えるが、鉱物の精錬所かな?
気になったのは、町の中心の小さな広場のど真ん中で、堂々と鎮座している……何だアレ…? ゴミか? 黒い棒状の何かが地面に突き刺さって居て、その周りに人が集まって何やら騒いでいた。
「さあさあ! 今日の挑戦は誰がするんだ!?」
人混みの中心で、陽気な男が大声を張り上げて場を盛り上げている。
そして、男の声に反応して何人かの男たちが手を上げて前に出た。
「何してんだありゃ?」
「分かりません」
でしょうね。別に答えを期待して訊いた訳じゃねえけど。
何をしているのか分からない俺等2人は、黙って成り行きを見守る。
「さあ! 今日のチャレンジャーはこの3人だ!! 無謀で勇敢な挑戦者に皆、拍手!!」
ノリが足りないのか拍手はまばらだ。
「何百年も地面に刺さったままのこの“オーバーエンド”の神器! 今日こそは抜ける人間が現れるのかああ!?」
え? 今オーバーエンドって言いました? あの黒い棒状の何だか良く分からない物がオーバーエンドって事?
俺が1人で頭に疑問符を浮かべていると、件の黒い棒に1人の男が近づいて行く。
「よおし、まずは俺様だ!! へへっ、オーバーエンドがこんな簡単に手に入るなんてラッキーだぜ!」
「そのセリフは抜いてから言ってくれ! では、どうぞ!!」
男が軽い足取りで近付く…が、残り3mとなった所で足が止まり、急に自分の体を抱きしめて震えだした。
「おいおい、抜くも抜かないも近付かないと始まらないぜ? さあ、勇気を持って足を踏み出すんだ!!」
陽気な男がケツを叩くような事を言って叱咤するが、震える男はその場から前に進めない…いや、それどころか後退りして戻って来た。
「ああ、残念…君もオーバーエンドの持ち主には認められなかったみたいだねえ!」
今のはどう言う事だ? 周りの連中が気付いたのかは知らないが、【熱感知】を持つ俺にはハッキリ見えた。あの黒い棒に近付こうとした男の体温が急激に低下し始めた。
俺の首にクラスシンボルと一緒に吊るしてある指輪に触れる。この指輪は俺にしか装備出来ない神器だ。だから月岡さんが指に嵌めようとしたらそれを拒否して指から弾け飛んだ。あの近付いた人間の体温が急激に低下したのも、もしかして同じ拒否反応なんじゃねえかな…。
でも、だとするとあの見た目が粗大ゴミっぽい棒は神器だって事になるけど…。
あ、次の挑戦者が1人目と全く同じ反応しながら戻って来た。
しかし、あれは一体どういう状況なんだ? いまいち良く分からんな。と頭を捻っていたら、丁度近くにいた野次馬のオッサン達の会話が耳に入った。
「あ~あ、今日もやってるよ」「無駄無駄。何百年あそこに刺さってると思ってんだよ」「あっ、最後の1人も戻って来ちまったよ。やっぱりな~」「毎日毎日懲りずに挑戦者が現れるけど、“剣”に触れる事が出来た奴すらいねえじゃねえかよ」
剣って言ったよな? あの黒い棒は剣なのか?
「誰も触れるどころか近付く事も出来ない」「もう伝説の剣って言うより見世物だもんなあ…」「見世物としてもあの見た目はどうなのさ?」「仕方ねえだろ? 誰も近付けないから何百年も雨風に曝されて、あの通り…」「一応巻き上がった土や砂が張り付いて剣っぽい形を保っているけど、剣自体はもうとっくに錆びて、いつ折れたっておかしくないだろ」
ゲラゲラと品の無い笑い方をする男達のお陰で、とりあえずあの黒い棒の事は分かった。
えーと…話を纏めると、何百年前から地面に突き刺さってたオーバーエンドの剣が、誰にも抜けず近付かせずで今も刺さったままになっている、と。
そこで昨日の月岡さんに「オーバーエンドを見てみたい」と口にした時の事を思い出す。あの時もあの人、悪い笑顔したよな……もしかして、あの時点でこの仕事させる事決定してたんじゃね?
クソ、考えれば考える程なんか良いように使われてる気がする。イライラするからこの件は考えるのヤメヤメ!
……しかし、あの剣(?)。近付いた人間の体温を低下させるって…冷気を操る剣だったのか? 俺の能力とは相性悪そう。仮に俺があのオーバーエンドを手にしたとして、炎熱と冷気を両方操れて最強! なんて、そんな都合の良い話はない。
「マスター、あの剣は――――」
「っと、ヤベエ! 日が暮れる前に荷物届けねえと!? あっ、そうだ宿も先に抑えとかないとマズイ!? ……ん? パンドラ、何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません」
「そうか。んじゃ、ちゃっちゃと納品してこの荷物とオサラバしようぜ」
「はい」
納品は滞りなく終わった。
俺が「月岡さんからの届け物だ」と言うと、受け取りの人達は皆「あー、はいはいありがとうねー」と特に疑う事もなく受け取った。あの人、人使い荒いし、時々目付きが堅気じゃなくなるけど、商人としては信用されてるって事かな?
まあ、あの人の評価はどうでも良いや。人がどう思ってようと、俺にとっては性格と目付きの悪い同郷の人だし。
そんな事よりさっさと宿探そう。それと、ついでに冒険者ギルドもだな。早いとこパンドラも冒険者になって貰いたいし、登録時の課題によっては今日中に終わらせられるかもしれない。
その道中、ふと一件の道具屋の前で足が止まる。
「マスター?」
「うーん…ちょっと入るけど良いか?」
「はい」
パンドラを連れて道具屋…と言うか、実際には雑貨屋のような…何でも屋のような…色んな商品が棚に所狭しと並べられている様は、どこかアッチの世界の駄菓子屋の雰囲気を思い出してちょっとワクワクしてしまう。
「いらっしゃい、坊ちゃんと……メイドさん? この町の人じゃないね」
「ああ、ちょっと用事があって立ち寄っただけなんだ」
「そうかい。こんな山の上までご苦労さんよ。それで、何かお探しかい?」
「髪留めとか置いてない?」
「髪留め? そんな上等な物は置いてないよ」
髪留めって上等な物か? いや、でもコッチの世界じゃ安いプラスチックの量産品とか作れないし、何より身なりを整える為に金使うって習慣がねえのかな? だったら、髪留めとかを買うのは必然的に金に余裕のある人間って事になるか……。
「マスター、それは」
「ああ、パンドラ用だよ。いつまでも布の切れっぱしで髪結ばせる訳にはいかねえだろ?」
「私は構いませんが」
お前は絶対にそう言うと思ったよ。
けど、だからこそこうやって無理やりにでも買ってやらないとな。
「それで髪留めが無いってんなら、皆どうやって髪纏めてんの?」
「そりゃあ坊ちゃん、布でほっかむりにしたり、結んだりだろう」
やっぱりそうなるよなあ。
しかし布かあ…。ふと、棚に置いてあった織物に目が行く。綺麗な藍色の…へえ手触りも良いし、サイズもこれくらいなら丁度いいな。
「パンドラ、色の好き嫌いあるか?」
「いえ」
「そうか。んじゃ、この織物くれ」
「坊ちゃん、そいつは隣の共和国産だ。ちょっと値が張るぜ?」
一瞬たじろいてしまうが、必要経費として割り切ろう。これから一緒に旅する仲間になるんだし、その友好費と考えれば悪くない金の使い方だ。