14-31 vs ジェネシス
ジェネシスに向かって走り出しながら言葉を紡ぐ。
「“我に力を”!!」
微かに光りを放つ幾何学模様が全身に広がる。【赤ノ刻印】の発動によって、≪赤≫の魔神の力が全身を満たす。
踏み出す力が跳ね上がり、感知スキルによって視えていた景色が外に外に広がって行く。
2秒とかからずジェネシスを剣の間合いに捕まえる。
「ぜぁああっ―――!!」
迷い無く、容赦なくヴァーミリオンで首を獲りに行く。
「様子見でもしているのかな?」
微かな焦りもなく、さりとて笑うような余裕を見せる事も無く、片手で振った氷の剣で深紅の刃を軽々と受け止める。
金属同士がぶつかったような甲高い音と共に、鉄をぶん殴ったような痺れが手に伝わる。
くっそ…! 水野の時より氷の強度上がってない!?
「少し痛めつけなければ本気にならないのか?」
ジェネシスが空いて居た腕を俺に向けて振り被る。
腕に纏う雷撃と冷気。触れれば雷で焼かれるか、冷気で凍って壊死するか―――どっちにしてもアウトじゃん!
【火炎装衣】を発動。体から赤い炎が溢れだし、瞬時に体を護る鎧になる。
しかし、それを嘲笑うようにジェネシスの手は炎の中に突っ込んで来る。
――― ヤバい…!
【火炎装衣】で一瞬でも時間稼いで距離とろうと思ったのに、紙みたいにアッサリ抜かれた!?
しかし、俺自身も忘れていた。俺の防衛本能に反応してもう1つの盾が発動する。
【アクティブバリア】
バンっと見えない盾に阻まれてジェネシスの手が止まる。
「む…?」
あっぶな…! このスキルの存在本当に忘れてたわ。だが、意識しなくても勝手に発動してくれるのが分かったのは収穫だ。
ジェネシスの止まった一瞬の間、素早くバックステップで飛び退く。と同時に、入れ替わって2つの影がジェネシスに襲いかかる。
「1人で突っ込むんじゃねえチビ!!」
「悪の大総統相手に1番槍とはずるいぞレッド!!」
ガゼルとJ.R.だった。
左右から挟み込むような位置取りで一気に間合いを取りに行く。
「―――ふッ!!」
ガゼルが左側に回り込みつつ足を滑らせ、速度を少しだけ殺しながら槍を突き出す。それと同時に右側からJ.R.が体勢を低くしながら、氷の剣の間合いの内側まで踏み込む。
「いい動きをする」
口では褒めた割りに、ジェネシスの動きにはさっきと同様に焦りは欠片も無い。
静かでゆっくりな動作……いや、ゆっくりに見えるが、実際は凄まじい速度の反射。余裕のある動作が、必要以上に俺達にちゃんと動きを認識させている。
素手でガゼルの槍を掴み、氷の刃を瞬時に縮めて短剣に作り変えてJ.R.の顔面をカウンターで刺しに行く。
「チッ!」「野郎!?」
ガゼルは槍を一旦離し、槍の“自動手元戻し機能”の転移で槍を素早く回収。
J.R.は低い姿勢から更に低く―――地面スレスレまで頭を下げて氷の短剣を避けつつ、地面を抉るような軌道で拳を突き上げる。
「おっと」
J.R.の拳を蹴りで横に払い、再度攻撃に回ろうとするガゼルに向けて“横向きの重力波”を浴びせて吹き飛ばす。
体勢を崩されたJ.R.に向けて追撃を加えようとする。
「男共、先走んな!」
ジェネシスの攻撃より早く、砲弾のようにカグの手から撃ち出された風が、J.R.の体を吹き飛ばしてジェネシスの追撃から逃がす。
追撃を外されて、瞬間の隙―――それを、逃がすな!
再び突っ込む。
数の有利を活かせ!
「パンドラ!」
「はい」
パンドラの放った魔弾が走る俺を追い越してジェネシスに当たる。しかし、効果が薄い。魔法を無効にされている訳ではないが、圧倒的に威力が足りていない。
だが、パンドラもそれは計算の内。
魔弾は目眩ましで、本命は―――
突然ジェネシスの足元のアスファルトが砂になり、体が沈む。
「む…」
「いただき―――!!」
足元に注意を引き、体勢も崩した。
心の中でパンドラの≪黒≫の力に称賛を送る。
真っ直ぐに脳天に向かってヴァーミリオンを振り下ろす。
しかし―――届かない。
ジェネシスの頭30cm手前に氷の盾が現れ、深紅の刃を当たり前のように受け止める。
「チッ…」
未知の能力や動きをしてる訳じゃないのに、攻撃がジェネシスまで届かねえ…!
反応が早過ぎる上に、動きに無駄がない。最速、最適解な行動を最小限の動きでするせいで防御能力が信じられない程高い。
それでも体1つ。腕も足も2本しかない以上、超スピードで動くとしても手数はどうやっても増やせない。
心の中で必死に自分を納得させつつ、空中で体を半回転させて、氷の盾の側面を抜けるように蹴りを放つ。
「―――らぁッ!!」
ジェネシスの対応は早い。
さっきまで地面に沈んで居た筈の手の平が、一瞬で俺の蹴りの前に移動し掌底の要領で軽くトンっと押し返す。
それだけ…たったそれだけの事で押し返された足が捥げるかと思う程吹っ飛ばされた!?
凄まじい衝撃に股関節がミシミシと悲鳴を上げる。
「ぐッ―――!!?」
足の付け根がむっさ痛いが、ただ吹っ飛ばされるのも癪なので、砂から体を引っこ抜いて居るジェネシスに向けてヴァーミリオンを振る。
刀身に溜めこまれた炎熱を解放。
「燃えやがれっ!」
――― ヒートブラスト
視覚では捉えられない2000度近い熱量の壁。
桁外れの熱量に耐えられなくなった周囲のアスファルトが融けだし、ビルのガラスが割れる音が辺りに響く。
「まだ児戯のような攻撃を続けるのか?」
そよ風に吹かれるように、2000度近い熱の波の中を平然と歩いて向かって来る。
これでダメージが通るとは思ってなかったけど、こんな余裕ぶっこかれると流石にショックなんスけど…?
熱の放出を止めて着地。
「遅い」
ジェネシスがボソリと呟くや否や、再度突っ込もうとしていたガゼルとJ.R.の目の前に雷が降り注ぎ、機先を制す。
2人とも辛うじて避けたが、踏み込むタイミングを外されて足が止まる。
雷が狙っていたのは2人だけではない。
俺も狙われて居た―――
飛び退こうとした瞬間、股関節がビキッと痛み動きが遅れる。
天から降り注ぐ雷、その速度を相手にその一瞬は致命的。
避け切れない!?
回避を捨てて防御に切り替えようとしたが、それよりも早く雷が途中でグニャリと軌道を曲げて生垣に落ちる。
運が良い……訳じゃない。カグが雷の落下地点を別の場所に誘導して助けてくれたのだ。
「リョータ無事!?」
ほらね?
「サンキュー、助かった」
「気を付けなさいよ!」
分かってる。と返そうとしたが、「分かってないから雷食らいそうになったんだ」と気を引き締め直す。
時間にすれば戦闘開始から1分足らずの短い切り合い。だが、それで俺以外の皆も理解した。
今相対してるのは、容易に世界を滅ぼす“魔神”その物なのだ!
俺達の意識と表情が変わった事にジェネシスにも伝わったようで、イライラしたような微かな怒りを見せながら言う。
「様子見などと生温い事は止めたまえ。我を相手にそんな事をしても時間の無駄だと理解出来ただろう?」
沈黙を肯定と受け取ったのか、更に続ける。
「君達が全ての力を振り絞り、それでもなお我に勝てぬと言う現実を突き付ける……それが理想的なシナリオなのだが…其方がこの様では話にならん」
言うとジェネシスの体がフワリと浮き上がり、10m程の高さで停止する。
「であれば、我の方が力を出して貴様等を追い詰めればいいのかな?」
空を掴むように右手を振ると―――空中に冷気が寄り集まり空気中の水分を凍らせ、あっと言う間に巨大な氷の腕となる。
「これで少しはその気になってくれるかな?」
更に左手を振ると―――砕けたアスファルトや、その下の岩や土が空中で集まり氷の巨腕に並ぶように巨大な岩石の腕となる。
「死にたくないのなら」
氷の巨腕と岩石の巨腕、その横に雷がチカッと光り、雷の巨腕が現れる。
現れた3つの巨大な腕が、ジェネシスを守るようにその周囲を飛び回り始める。
「もっと力を尽くせ、もっと知恵を振り絞れ、もっと―――必死になれ」
ジェネシスの瞳が怪しく輝き、巨大な腕が襲いかかる―――。