14-30 最終決戦
俺とジェネシスが睨み合うだけで空気が弾ける。
不自然な空気の流れが俺達を取り巻くように渦巻いて、アスファルトを融かす様な熱が周囲を飛び回る。
「まずは招待に応じて来てくれた事に感謝を」
「アホかテメェ。来なけりゃ生物皆殺しとか脅しかけといて、何謙虚な態度とってんだ」
言いながら、動きが重い左腕を【魔装】で作った黒い籠手で覆う。それでもまだ若干のぎこちなさが残るが、まあギリギリ許容範囲だ。
「確かに、もっともな話だ」
夕焼けに照らされた影が、肩を揺らして心底楽しそうに笑う。
いや、実際楽しくて仕方ないのだろう。ジェネシスが精霊王達に砕かれてからどれだけの月日が流れただろう? その間に奴は元の姿となる為に様々な策を弄し、暗躍し、人を操り世界の裏側で糸を引いて居た。
どれだけの労力と時間が消費されたのかは知らないが、その全てがようやく実を結ぼうとしているのだ。コイツじゃなくても楽し過ぎて、血管切れるくらいにテンションが上がるだろう。
「この街はどうかな? 君達の記憶の中にある“繁栄の象徴”たる街を模して造ってみたんだが、気に入ってくれたら嬉しい」
「ふざけんな」「ぶっ殺すわよ」
記憶の中を勝手にいつの間にか覗かれて居た事も腹立つし、コッチの世界の決着をつける場所をわざわざ異世界の街にする事も腹立つ。
ジェネシスは俺達の怒りをも楽しそうに受け取っている。
が、その楽しそうな顔が急に怒りに歪んだ。
「精霊共の力を手にしたのか?」
俺、パンドラ、カグ、フィリスの順番に視線を刺して来る。
カグだけが少しだけ怯えたが、パンドラとフィリスはむしろがんをくれていた。
「人に縋るとは、余程必死とみえる」
俺達の中に居る精霊達を嘲る笑い。
精霊を入れている俺達は特に何か思う事は無いが、笑われた精霊達は御立腹らしく、体の奥底で「奴を倒せ!」と、精霊の力が湧き上がってくる。
っつか、世界が終わるかもしれない瀬戸際なんだから、そら精霊じゃなくたって必死になるだろうよ。
「だが、貴様等精霊との因縁も今日で終わりだ」
手すりから腰を下ろし、ジェネシスが地面に足をつけた途端、薄氷のようにアスファルトに放射状のヒビが走る。
「さあ、始めようか?」
その言葉を受けて、皆の殺気と闘志が膨れ上がるのが分かった。
このままおっ始めてもいいが、1つ…いや2つだけ気になっていた事があるので殺し合いが始まる前に訊いておこう。
「その前に訊きたいんだが?」
「構わないよ、どうぞ」
ジェネシスが俺に向かって放って居た殺気と闘気を一旦引っ込める。
「俺の体は?」
「心配しなくても無事だよ。安全な場所に保管してある」
「さっさと返せよ。来たら返すんじゃなかったんかい」
「返すとは言ってない。『来れば殺さない』と言ったんだ。それに、返した途端に逃げられたら興醒めだからねえ」
「逃げるかボケぇ。テメエこそ、最後の最後でまた人質にするつもりじゃねえだろうな?」
「ご心配なくそんなつもりはないよ。やったところで、今の君は自分の体ごと我を殺しそうだしな?」
大正解。
多分そんな状況になったら、俺は間違いなくやる。
「それで、訊きたい事は終わりか?」
「もう1つ。この世界に居るたくさんの異世界人…………あれはお前の仕業か?」
後ろに居る皆が俺を見たのが分かった。
ずっと気になっていたんだ、何故こんなに大勢の異世界人がコッチの世界に居るのか。
コッチの世界に来る方法は誰かが“召喚”をするしかない。って事は、魔神と関わりのない生活をしている月岡さん達のような異世界人も、全員誰かによって召喚されたって事になる。
そして、異世界人は例外なく魔力を持たない……つまり魔神の継承者の器になる可能性を持っている。
って事は…だ。全ての魔神を受け入れる特異体質を探していたコイツの仕業ってのが1番しっくり来る答えになる。
「その通りだよ」
悪びれる事無く、それどころか種明かしをする手品師のように得意気に言う。
「魔神の器たる者をコチラの世界で探すのは骨が折れるのでね? ある時気がついたんだ。『だったら、魔法の存在しない世界から器を呼べばいい』とね。だが、強い器を呼び出そうとすれば、必然大きな力が必要になる。流石にそんな力は我でも用意出来なかったのでね、略式の小さな召喚術でコツコツと器が来るまで繰り返していた…と言う訳さ」
「数撃ちゃ当たる戦法かよ…」
「いやいや、それだけではないよ? 大きな儀式召喚を色んな国に伝え、その上で追い詰める事で異世界から“勇者”を呼ばせたり、ね?」
ああ、なんてこった…。
コイツはアレだ、自分は狙いのSSRが出るまで無課金の異世界人ガチャを回し、他国には課金ガチャを強いて、狙いの物が出たらそれを横から掻っ攫おうとしてたってか…。
なんつー達の悪いアホが居たもんだ…。
そんな事情に巻き込まれてコッチの世界に引っ張り込まれた異世界人達はたまったもんじゃない。っつか、かなり腹立つ、全力でぶん殴りてえ! いや、けど抑えろ…頭に血が上って勝てる相手じゃねえ。
「おい、言っとくぞ」
「おやおや、戦いの前に随分訊きたい事の多い事じゃないか」
「これは訊きたい事じゃねえ、言っとく事だっつってんだろうが」
今から殺し合いをするのに、こんな呑気に会話をして良い物かとも思ったが、どうしても言っておかなければならない話がある。「もしかしたら、少しは穏便に済ませられるんじゃないか?」と言う淡い期待もある。
ジェネシスも一応話を始めた以上最後まで聞く気はあるらしく、まだ戦闘態勢には入らない。
「お前が何者で、世界をどうしようとしているのかも精霊達に聞いた」
「それで? まさか、この期に及んで『やめろ』などと言うつもりではないだろうな?」
「そのまさかだよ」
「……理解出来んな? 我との戦いに恐れをなしたようには見えんが……戦いが怖くなったか?」
「そうじゃねえ。お前がしようとしている事は絶対に失敗する。だから止めとけ」
これは確信だ。
1週目の世界の終わらせたのは、ジェネシスによる“創世の種”の発芽が原因とみて間違いない。そして1週目にはジェネシスの絶対的に邪魔な存在となる俺は居なかった。つまり、障害が無い状態で失敗した物が、障害のある状態で成功する訳が無い。
「それで我が止まるとでも?」
1オクターブ低くなった声。
俺を嘲いるのではない、ジェネシスが憤って居るのだ。
「それだけの力を手にし、古き世界最強の剣となってなお、言葉などと言う形なき物で我を止めるつもりか?」
やっぱり無駄だったか…と内心溜息を吐く。
「いや、止まるとは俺も思ってない。ただテメエがこれからやる事は“何の意味も無い独り相撲”だって事をテメエに理解させたかっただけだ」
「同じセリフを言わせないで欲しい物だな? 扉の先に興味はない。新しき世界の扉を開く事が我が目的であり存在意義だ。その先で世界が、我が、貴様等がどうなろうとも知った事か!」
ジェネシスの周りの空気が膨れ上がり、暴風となって俺達に襲いかかる。だが、攻撃をして来た訳じゃない。ただ、怒りのままに無意識に力が放出されただけ。
「さあっ、剣を抜け!!」
ビリビリとした殺気が俺を貫く。
だが、ビビるな! こんな事で足を止めてたらこの先なんてねえ!
「貴様等が磨き上げた全ての力を出せ! 知略の巡らし、死力を尽くせ!」
ヴァーミリオンを握る。
身体強化と感知スキルを全開に。
「我はその全てを捻じ伏せてやる!! かかって来い、古き世界の守護者共!!」
ジェネシスの吐き出す1音1音が、物理的なエネルギーを帯びているかのように俺達に当たる。
負けじとヴァーミリオンを勢いよく抜き放ち、大きく1歩踏み出しながら叫ぶ。
「行くぞ!!」
「「「「「「おう!!」」」」」」