14-29 決戦の地
フィリスと真希さんに転移魔法を頼み、ジェネシスとの決戦の地である北の大地に飛ぶ。
傾きかけた夕日に照らされた赤く染まった景色。
「なんだ……これ?」
誰が呟いたのかは分からない。俺自身だったかもしれないし、他の誰かだったかもしれない。ただ確実に言える事は、今目の前に広がる光景を見た全員がそのセリフを吐きたかったと言う事だ。
悪い夢でも見ているかのような……そんな気分だった。
北の大地は、600年前のジェネシスによる魔神の合体を失敗した事の影響で、草木1本生えない不毛の地となった。
実際、前に俺達がここに訪れた時は物哀しい何も無い枯れた大地だけが延々どこまでも広がっていた。
その筈なのに―――
そこには不毛の大地なんて存在しなかった。
皆がそれぞれ違った不安を顔に出している中、「ここで皆して呆然としてても仕方ない」俺は歩き出す。
歩き慣れた筈のアスファルトの道路は、久々に歩いてみると硬くて違和感が半端じゃなかった。
「ジッとしててもしょうがねえべ」
言うと、皆も俺に続いて歩き出す。
カグが早足に俺に追い付いて来て、不安そうにパーカーの裾を握る。
「ね、ねえ…リョータ? ここってさ……」
「そうだな。誰がどう見ても―――」
言葉を切って空を見上げる。
本来なら、上への視界を遮る物は何も無い筈なのに、そこには巨大な建造物が空を3分の1程隠してしまっていた。
「“新宿”にしか見えねえな」
そう、俺達は今見慣れた新宿の街を歩いて居た。
場所は新宿の象徴たる都庁の前辺り。新宿駅西口を抜けて、中央公園に向かうようなコースだ。
見上げると溜息が出そうになる都庁。
懐かしいな……つっても、中学の時に都庁見学で展望台に上ったくらいしか記憶にねえけど。
後ろで真希さんが「うわっ、すごっ都庁だ! 始めて見た」と地味にテンションを上げているが、コッチの世界組はそれどころじゃない若干テンパった顔をしている。
唯一パンドラだけが興味があるのかないのか、いつも通りの無表情だった。
「巨大な塔や城がいっぱい…?」
と、帽子を押さえながらガゼルがキョロキョロと空に伸びるビル群を見上げる。
「なんだあの塔は…!? 光を集めている…のか? 太陽を信奉する者達が造った…?」
フィリスが鏡面のビルを見ながら的外れな事を言っているが……まあ、確かに異文化過ぎてあんな物意味不明だわな。
「ここが悪の首領のアジトか! なるほど、確かにこの雰囲気は悪の巣窟に相応しいな!!」
J.R.のセリフに、思わず「生活してるのは普通の人達です」とツッコミを入れそうになった。
俺の肩にチョコンと座っていた白雪が、不安で体を青く光らせながら俺に訊いて来る。
「父様とカグヤさんは、この塔や城を知っているんですの?」
「ああ」
「うん。あのね白雪ちゃん、ここ…多分私達の世界に在る街の1つだと思う」
「そうなんですの!?」「そうなんですか!?」「そうなのかよ!?」「何!? つまり、レッドと師匠は……悪のスパイ…?」
最後の事情を理解してない特撮オタクはスルーした。
「アーク達の世界って事は、マキもこの塔と城の…街(?)を知ってるのか?」
「新宿でしょ? 私、生まれも育ちも東北だから来た事はないよ。でも、有名な街だしテレビや動画でよく見てたなあ。グーグ●アースで行った気分に浸った事もあるし。ショタ君達は来た事有るの?」
「俺等は東京在住ですから、時々は来てましたよ。まあ、でもコッチの都庁方面はあんまり用が無いから来ませんけど」
俺の言葉にカグが「うんうん」と頷く。
新宿はなあ、来れば大抵の物が有るし、遊ぶには凄ぇ良い場所なんだよなあ。1日中遊んでも全然足りないって、某千葉の夢の国かっつうの。
「あ、あ、アーク様達の世界は、こ、このような天に届くような塔や城が草原の草花の様に建っているのですか!?」
「いやいやいや、新宿は俺等の世界での有数の発展した街だから。どこもかしこもこんな感じじゃねえよ?」
俺の言葉を真希さんとカグが軽く補足してくれた。
「新宿は使える土地使い切ったから、もう後は上に向かって伸びるしかないような街らしいのよ」
「ここが特別なだけで、山の中の村とか普通にありますからね」
フィリスとガゼルと白雪がホッとする。まあ、異世界がこんだけ発展した異文化だってのは流石にショッキングだろう。俺だって、車が空を飛んでたりするような超技術が当たり前に存在する異世界が有ったら正直クソビビる。いや、でも、それに該当する物がもう既に居るんだよなぁ…。
チラッと黙って皆の話を聞いて居たパンドラを見る。
「何か?」
「………いや、別に…」
苦笑しながら視線を逸らす。
「で、ここがアーク達の知ってる街……これが街なのか本当に? まあいいや…ともかく、ここはお前達の知ってる街って事は間違いないんだな?」
「ああ」「はい」
「って事は、もしかしてこの街はジェネシスがお前達の世界から引っ張り込んだって事か?」
「いや」「違うと思います」
俺とカグは即答で否定した。
正直最初はガゼルの言う「本物の新宿」の可能性を考えて青くなったが、歩いて見てその可能性は無いと確信した。
「新宿って街は、人と車が絶え間なく行き交う場所なんだ。もし仮に本物の新宿を引っ張って来たのだとしたら、人がいないのも車が無いのもおかしい」
そう、この新宿には人の気配がない。
五感の情報だけでなく感知能力で辺りを調べても人っ子一人どころか、生物さえ見つからない。
朝から晩まで人が動き続ける眠らない街新宿。そこに人も車も無いってのは、不思議なのを通り越して正直不気味だ。
歩道の柵を乗り越えて車道に降りる。
4車線道路の横切るように歩く。本物の新宿でこんな事をやったら即轢かれるかクラクションを鳴らされる。
俺を追ってカグが射線に降りながら、俺の意見に付け足す。
「それに街全体が新し過ぎるのよね。誰かが歩いたり、車が走ったりしてアスファルトが摩耗したり汚れてる感じがどこにも無いし。なんか……作ったばかりのプラモデルって感じ」
プラモデルと来たか…カグの奴面白い例えをするな。
「って事は?」
「ジェネシスがわざわざ俺等のサプライズに、せっせと2日かけて作ってくれたって事だろ?」
街1つを2日で造るなんて、普通に考えればバカバカしいが、相手は世界を創る為に産まれた“創世の種”だ。街1つなんてお茶の子さいさいだろう。
「気に行ってくれたかな?」
その声が聞こえただけで、背筋が凍るようなゾクリとした悪寒。
声の先を視線で追う。
見るまでもなく分かっている。そこに誰が居るのか。
「ジェネシス!!」
中央公園の入り口の手すりに、いつの間にやら黒髪の男が腰かけ、楽しそうに俺達を眺めていた。
異世界人水野浩也の体を奪い、3つの魔神を手にした≪無色≫の魔神ことジェネシス。
この世界に終わりを齎そうとする“2つ目の創世の種”の意思。
歴史の中で暗躍した姿無き魔神。
600年前の亜人戦争の引き金を引いた張本人であり、亜人を狩らせていた大本でもあり、神器の使い手を殺して集めさせていた―――全ての元凶。
その姿を見つけた途端、皆が俺の周りに集まってそれぞれに武器を構える。
「敵対象を確認、交戦を開始します」「あの面やっぱり腹立つわ…!」「貴様のせいで命を落とした亜人達の恨み…ここで晴らさせて貰う!!」「こ、こ、怖くない…怖くないですの!」「ダメね、全然タイプじゃないわ。うん、ボコり殺すの決定ね」「前のように軽くあしらえると思うなよ?」「貴様が悪の首領か? お前、ダメだろっ!! 首領って、もっと、こう…悪そうで強そうな感じじゃなきゃダメだろ!?」
皆の言葉を聞いて、ジェネシスが二ィっと口元を更に歪めて笑う。
「ようこそ、古き世界にしがみ付く害虫のような諸君」
「歓迎痛み居るぜ、新しい世界だのと妄言吐きやがる体の無い幽霊野郎」