14-27 力を託されて3
「それで、残りの精霊達を誰に宿すのかは決まりましたか?」
「はい」
≪白≫はカグで確定。
これで残りは≪青≫と≪黒≫の2人。
コッチで精霊の力を最低限渡しておきたいのはパンドラとフィリスの2人。
フィリスもパンドラも満遍なく属性を使えるから、ぶっちゃけ組み合わせは何でもいいっちゃいいんだが…。ただ、パンドラは手持ちの神器とスキルの関係で近接に突っ込んで来る可能性が高い。だから、どちらかと言えば近接効果の高い≪黒≫をパンドラに持たせたい。
決戦の参加メンバーで治癒魔法使えるのがフィリスと真希さんの2人だけだから、回復魔法や治癒スキルの効果を底上げ出来るらしい≪青≫をフィリスが持ってるのも都合が良い。
まず、始めにカグと向き合う。
いつも通りの平気そうな顔をしているが……精霊王を体に入れて得た力【精神感知】がカグの感じている不安を教えてくれる。
「大丈夫か?」
「へ、平気よ!」
いや、全然平気じゃねえだろ…。むしろ不安がどんどん大きくなってるぞ幼馴染。
まあ、そりゃあ精霊なんて得体の知れないエイリアン的な物を体に入れるのは、そら抵抗があるわな。
『エイリアンが何かは知りませんが、貴方がとても失礼な事を言っている事は分かりますよ』
『王の言う通りだ。我等はともかく、王への侮辱は許さんぞ』
……むっさ心の中で抗議された。
はい、スマンセンッした!
今度っからは、白雪だけでなく精霊王と≪赤≫の大精霊にも心の中駄々漏れになる訳か…気を付けよう。
「カグ、不安なら素直にそう言っていいぞ?」
「う、うん…ちょっとだけ…」
いや、ちょっとじゃねえだろ。大分不安だろ。
とは言え、どれだけ不安を感じててもカグが決戦に参加するのなら大精霊の力は必須なので我慢して貰うしかないんですけどね。
でも、この状態のまま精霊を入れさせていいものかねぇ…。少しだけでも不安を取り除いてやれればいいんだが……うーん。
「カグ、手握るか?」
「え?」
我ながら何を言ってるんだとちょっと思ってしまった…。昔…カグがまだ泣き虫で事あるごとににグスグス泣いて居た頃、俺が手を握ると泣き止んで居た……なんて事を思い出したからの提案なんだが。
「う、うん」
カグがオズオズと差し出した手を握る。
少しだけ平熱より高い手の平。指先が甘えるように俺の指をなぞる。
そして―――背後からのパンドラとフィリスの視線がクソ痛い…。あと微妙に遠くからイリスの視線も痛い。白雪まで対抗するように全力で頬っぺに抱きついて来るし…。
「父様、カグヤさんばっかりずるいですの!」
「いや…ずるいと言われても…」
なんで幼馴染の手を握るだけでこんなにしんどいの…?
……まあ、カグが落ち付いたようだからヨシ。
「じゃあ、始めるか?」
「このまま、手握ってて……やっぱり、ちょっと怖い…から」
「ああ」
人前で幼馴染と手を握ってるって、結構恥ずかしいですよね…。緊張と不安でいっぱいいっぱいのカグは気にしてないが、俺の方は何かの罰ゲームかと…。
カグが色々我慢して頑張ってるんだし、俺も恥ずかしいの我慢しますけども…。背後から感じるアイスピックみたいな痛い視線も我慢しますけども…。
「≪白≫の大精霊、頼む」
「はいはーい」
透明小僧がふよふよと風を泳いでカグの前に立つ。
軽く返事をしたから今はご機嫌なのかと思ったら、クワっといきなり怖い顔になりズビシッとカグを指さす。
「おいっ、このバカ! ≪無色≫に魔神を奪われて!! あの力は元々僕の力なんだぞ!!」
叫ぶように責められてカグがビビり、俺の手を握り潰す勢いで力が入る。
「ご、ゴメンなさい…」
ショボんっと凹んだカグを見て、流石に不憫に思ったのか≪青≫がユラユラと体を構成する水を揺らしながら助けに入る。
「そんなに責めるのはお止めなさいな。そもそもの話、私達が“原初”を欠片に奪われた事が原因なのだから」
「ぅ……それは、そうだけどさぁ…」
そこを突かれるとぐうの音も出ないのか、騒いでいた≪白≫が黙る。
すると消えかけの精霊王が≪白≫に優しく頷き、子供を諭すように優しく言う。
「この世に魔神なる存在を生み出したのは私達の罪。なれば、今その厄災から世界を護ろうとする者達に私達は全力を持って応えなければなりません」
「………はい」
透明小僧が少しだけ躊躇ってから納得の意味で頷く。
微妙に空気が重いので、一応空気を読んで訊くだけ訊く。
「あの…もう始めて良い?」
「ええ、どうぞ」
黙ったまま答えない≪白≫の代わりに、上司の精霊王が答えた。
精霊の方は良いようなので、握っているカグの手を少し揺らして「おい、お前は?」的な事を言葉にはせず訊いてみる。すると、「大丈夫よ、多分」的な視線を返して来た。
まあ、大丈夫だろう。
「それじゃあ≪白≫の大精霊、コイツの事頼むわ」「よ、宜しくお願いします」
「仕方無いなぁ」
何か言いたげだったが、言葉は呑み込んでカグの肩に触れる。
「一気に全部渡すからな、ちゃんと受け止めろよ!」
「は、はい!」
透明な体が一瞬チカッと光ったと思ったら、その白い光が腕を通り、触れているカグの体の中に流れ込む。
大きな力が急に自分の中に流れ込んだのが怖かったのか、カグが更にギュッと俺の手を握って来る。
何も言わずに握り返してやると、カグの恐怖心がちょっとだけ和らぐ。
そんな無言のやり取りが5秒程続き、≪白≫の体の光が全部カグに譲渡される。同時に元々透明で視認しづらかった≪白≫の大精霊の体が、輪郭があやふやになって輪をかけて見えなくなる。それに先の精霊王や≪赤≫と同じく気配や存在感やらも焼失し、その場に居るのか居ないのかも分からなくなる。
「よし、終わり!」
風に乗って飛ぶ事すら出来なくなったのか、カグから手を離して歩いて一歩下がる。
「カグ、どうよ?」
「うん、大丈夫。≪白≫の力とはずっと付き合ってきたから、使い方も分かるわ」
「僕の全部を渡したんだから、ちゃんと活躍しろよな!」
「は、はい…頑張ります」
カグはこれで大丈夫かな。自身で言ってる通り≪白≫の力の使い方は1から10まで分かってるようで、体の中に注がれた力に微かな揺らぎもない。
もう手を握ってなくてもよさそうなので離す。
「……あ…」
カグが寂しそうな声を出したが、流石に後ろからの圧力が本気で背中にブスブスと刺さり出したのですまないがスルーさせて貰う。
「次は―――パンドラ、こっちゃ来い」
「はい」
カグと入れ替わりでパンドラが俺の隣に来る。
「お前には≪黒≫の大精霊の力を持って貰おうと思うんだが、いいか?」
「はい。マスターの判断に従います」
コクっと何の躊躇いも不安もなく無表情に頷く。
カグと違ってさっさと話が進んで、ウチのメイドが本当に優秀だなあ。と安心していると、パンドラが手を差し出して来た。
「え? 何その手は?」
「はい。精霊の力を受け取る時にはマスターが手を握ってくれるようなので」
そんなシステムねえよ……って、このツッコミ2度目だわ…。
断るとまた話が進まなくなる雰囲気なので、もうさっさと俺が折れて話を進める事にする。
「はいはい」
差し出されたパンドラの手を取る。
「そんじゃあ≪黒≫の大精霊、そんな感じで頼むわ」
「………うむ…」
そんな感じってどんな感じだ…と言った後で自身にツッコミを入れてしまう。まあ、言われた≪黒≫の奴が気にしてないので俺も流す。
見るからに重そうな岩の体をズシンズシンと重苦しい音を立てながら近付いて来る。
改めて見ると威圧感が半端じゃねえな…?
他の精霊は人型だから、炎や水で形作られてるってもそれ程じゃないけど、≪黒≫だけは岩の塊にしか見えない上にやたらとでかいからな。
「…………用意は……いいか……?」
「はい」
パンドラの返事を聞くや、腕と思われる岩の部位が動いてパンドラに差し出される。腕が大き過ぎて自分からは触りづらいので、パンドラの方から触れに来い、と言う事らしい。パンドラもすぐにその意図を読んで、巨大な岩の腕に触れる。
黒い光が精霊からパンドラの体に流れ込む。
パンドラの中には今までにない程の強力なエネルギーが入ってきている筈だが、不安そうな気配は欠片もなく、いつも通りの無表情に受け止めている。
『貴方の従者は、とても強い心を持っていますね』
精神を司る精霊王から、そっと太鼓判を押された。
まあ、俺の自慢の仲間ですからね。フフンッと俺も鼻が高い。
心の中で精霊王との会話をしている間に黒い光の流れが止まり、巨大だった≪黒≫の大精霊の体がボロボロと崩れて見る間に小さくなる。
俺とパンドラを避けて岩が地面に落ち続け、最後には手の平に収まる程の小さな石だけが残った。……よく見れば、辛うじて人型っぽく見えなくもない……。どうやらこの小さいのが≪黒≫の大精霊らしい。
……なるほど、お前の弱り方はそんな感じなのか…。
「パンドラ大丈夫そうか?」
「簡易セルフメンテナンスを実行―――はい、問題ありません。しかし新しいスキルの取得により、戦闘行動の最適化に若干の誤差が発生。また、新しい戦闘プログラムの組み立てに少々時間がかかります」
「どれくらいで終わる?」
「予定終了時間は3時間23分15秒です」
「なら決戦には間に合いそうだな」
「はい。問題ありません」
世界の命運を決める戦いの前だってのに、コイツは本当に気負いも緊張もなくて、淡々といつも通りの事をしてくれるので頼もしい。
手を離すのを少しだけ嫌がる素振りを見せたパンドラだったが、それ以上の事は何もなく素直に下がり、黙って電子頭脳をフル回転させ始めていた。
さってと…残りは1人っと。
「最後になっちまったが、フィリス」
「はい」
賞状を受け取りに校長の前に出る生徒みたいな……大きな緊張と、少しの誇らしさの混じった顔。
「お前には≪青≫の大精霊の力を持って貰おうと思う」
「…はい」
フィリスにしては珍しい、俺に対しての返事への微かな躊躇。
まあ……気持ちは分からんでもない。フィリスにとっては≪青≫は色々と因縁深い力だからな…。大精霊と魔神は別の物だって言っても、根っこの部分は同じ存在だ。
里を襲われたり、亜人の仲間をたくさん殺されたり……フィリスとしては≪青≫の力に思う事は色々あるだろう。
いつもなら「無理そうなら止めるか?」と聞くところだが、
「フィリス、多分≪青≫の力に関してはお前も色々思うところあるだろう」
「……はい、そう…ですね」
「うん、それは俺にだって分かる。けど―――それは全部呑み込んで我慢しろ」
今回はそんな悠長な事を言ってられない。
「ジェネシスとの戦いには、きっとお前の力が必要だ。だけど、今のお前じゃ連れて行けない。だから、≪青≫の力を一時借りろ」
「………」
俺の言葉を自身の中で噛み砕いてなんとか呑み込もうとしているのか、何かに迷うような少しの間。
「はいっ、分かりました!」
ちゃんと迷いはふっ切ってくれたか。こう言うところはフィリスの美徳だな。
「って訳だ、≪青≫の大精霊よろしく」
「ええ、承りました」
地面を氷上のように滑って移動しフィリスの前に立つ。
フィリスがちょっと緊張した様な面持ち―――って、お前≪青≫の胸凝視し過ぎじゃね? 親の仇のような目してんぞ…。今にも飛びかかるんじゃないかとハラハラする。
いや、え? うん、ちょっと待って? もしかして、フィリスが≪青≫に対して微妙な反応だったのって因縁とか恨みとかじゃなくて、ただ単にプロポーション的な話だったってオチじゃねえよな?
「……あの胸が私の物に……!」
「フィリス、ステイ」
夢遊病者のようにフラフラと≪青≫の大精霊の胸に向かおうとしたフィリスの手を掴んで止める。
「正気に戻れっ、精霊を受け入れても体形は変わらんぞ!?」
「可能性はあります!」
いや、ねえよ。
どこにその可能性を見出したのかを聞きてえよ。
「…守人のお嬢さん、初めても宜しいかしら?」
フィリスがまだ正気に戻り切っていないようなので、腕を掴んだまま俺が答える。
「押さえとくから気にせず始めて」
「そうですか? それでは」
花の匂いに誘われる虫の如く≪青≫の大精霊の胸に吸い寄せられるフィリスを俺が止めている間に滞りなく全ての精霊の力の受け渡しは終わった。
そして俺は無駄に疲れた……。