14-25 力を託されて
全身を包み込むような力。
魔神の力は、俺達の意識を破壊衝動に引き摺りこもうとする濁流。対して、精霊王から渡された力は凪だった。風1つ無く、波一つ無い鏡のような湖面のような静かな力。
湧き上がる力がコップに水が注がれるように体に満ちる。
目を閉じる―――。
感知能力を使ってないのに、周囲に居る生物を感じる事が出来る。
気配……ではない、生物が持つ精神の輝きを肌で感じる。
何かを期待する心―――これは亜人の代表達だな。俺が強くなる事で、世界が救われる未来への可能性が広がる事を信じている。
怯えている心―――これは村長やユグリ村の皆だ。正体不明の精霊に対しての怯え、そしてその精霊から何かされている俺に対しての心配と不安。
目を開ける。
うん。大丈夫だ。
「今ので半分程を渡したのですが……異常はないようですね?」
「ええ」
「では、残りもお渡しします」
フワフワと体が浮き上がるような錯覚。
力が漲る! だが、体から噴き出そうとするような感じじゃない。もっと鋭く、刃の様に研ぎ澄まされて行く感じ。
5秒程そんな感覚に浸っていると、流れ込む力がピタッと止む。
「どうやら、大丈夫なようですね?」
精霊王の手が俺から離れた。その姿が霞んで見える。
それに、声が耳と心の中に同時に響いてくる。
そうだ……俺が今受け取ったのは精霊王の残っていた力ではなく、精霊王その物を受け取ったのだ。霞んで見えているこの精霊王は言ってみればただの抜け殻であり、なんの力も、意味もない存在。
受け取った精霊王の全てが俺の中で形になる。
――― 【精神干渉無効】【精神破壊】【精神感知】【アクティブバリア】が付与されました。
お、なんか色々付いたな?
「はい、なんかそれっぽいスキルが付いたんで、多分上手く行ったかと」
「体の異常はありませんか?」
言われて、少し自分の内側に意識を向ける。
痛いところはない。苦しいとかもない。エネルギーが暴れ出す……的な感じもまったくない。
「特には」
「………」
なんだろう? 精霊王と四大精霊の視線が少しだけ鋭くなった。敵意……と呼べるような物じゃないけど…少しの不安と警戒心って感じかな?
ガゼルの奴もちょっと面白い物を見る目になってるし……何なん?
まあ、良いや…。
とりあえず精霊王から貰った力を改めて確認。
【精神干渉無効】。
文字通り精神に直接影響を与える効果全てを無効にする異能。これがあれば、ジェネシスに操られる事はないし、キュレーアの時の様に“恐怖”を刷り込まれて体が動かなくなるなんて事もない。
【精神破壊】
ジェネシスが使っていた肉体を傷付けずに精神だけを崩壊させる防御不能技。自分で持ってみて分かったが、直接体を接触させないと発動出来ないらしい。そう言えば、ロイド君の精神をやられた時も、水野をぶち殺した時も確かに直接手で体に触れていた。
まあ、でも発動すればほぼ確殺なので凶悪な事に変わりは無いけども……いや、でも原初の火なんて上位互換が有るせいであんまり有難味が無いな…。
何よりこの異能は精神に干渉する力だから【精神干渉無効】で防ぐ事が出来てしまう。俺が防げるって事は、同じ条件のジェネシスも防げるって事だ。
【精神感知】。
人の心が見える―――と言っても、ぼんやり「喜んでるなぁ」とか「悲しんでるなぁ」とかが分かる程度だが…。ただ、使い方によってはかなり強力な異能かもしれない…が、ジェネシスに通用するかどうかはまた別問題。
【アクティブバリア】
これは……ぶっちゃけよく分からん…。
精神のエネルギーをそのまま防御壁として展開する……らしいのだが、えー…まー、アレだ、AT●ィールド的な奴だろう、多分。
自分の中で能力を改めて把握したところで、≪赤≫の大精霊が一歩前に出る。
「まだ大丈夫そうなら、私の力もお前に渡したい」
「マジで…?」
「嫌か?」
「いや、受け取れんなら有り難いけども…」
他の色の大精霊ならともかく、≪赤≫の大精霊の力は誰がどう見たって俺との相性が良い。そもそも≪赤≫の魔神の根っ子にあるのがコイツから奪った“≪赤≫の原初”なのだから、恐らく能力の強化値は他とは比べ物にならないと思われる。
ぶっちゃけくれるなら凄い欲しい。
………けど、本来1人の人間が抱え込める魔神は1つ。大精霊の力が同じ枠だとすれば、俺―――っつかロイド君の体はすでに2つ持ってしまっている。流石に許容量オーバーじゃない? パンクすんじゃない? 今だって実は表面張力的なギリギリな感じちゃいますの?
「物は試しだ」
近付いて来て、先程の精霊王のように俺に触れる。
むっさ手が燃えてますけど、触れる時に欠片の遠慮もねえの…。まあ、そら【炎熱無効】のお陰で火傷どころか服も燃えんけども…。
「物は試しって…それで600年前のジェネシスと同じ末路になったら笑い話にしたって笑えんぞ…」
決戦前に俺死亡でジェネシスが皆殺し祭り、そして世界終了なんてバッドエンドにしても最悪の部類の話だ。
俺が≪赤≫の大精霊の手を引き剥がしにかかろうかと思い始めた頃、横からガゼルが口出しをした。
「やりゃあ良いじゃねえか」
この野郎…他人事だと思いやがって…! 俺も無茶をするけど、これは失敗した時のリスクが洒落になんねえんだよ!! 下手すりゃロイド君の体が死ぬっつんだよ!!
「うむ」
炎人間が同意を得たと判断して頷きやがった!?
俺はまったく同意してないよ!? 本人の了承欠片もとってないよ!?
文句を言うよりも早く力が流れてくる。
精霊王の力を受け取った時は違う…!
血管の中を炎が走り抜けているような熱さが全身に広がる。毛穴の1つ1つから火が噴き出すんじゃないかと思う程の熱量。
こんな熱量を体の内側に流し込まれたら死ぬ―――と思うだろう、俺もそう思う。けど、俺は死なないと言う確信があった。
【炎熱無効】が有るからではない。
今、体の内側を駆け巡る熱量は不快感や恐ろしさが無い。それどころか、陽の光を浴びている時のような心地良さすら感じている。
「大丈夫か?」
「おう、多分大丈夫だ」
「では残りも渡そう」
流し込まれる熱量が増して行くに従って、≪赤≫の大精霊を形作る炎が小さく、弱くなって行く。
体を満たす熱量が限界まで達した時、それが俺の中で形となる。
――― 【炎熱究極強化】【赤を統べる者】が付与されました
熱量がスキルとなって統合されると、波が引くように熱が体から抜けて平常運転に戻る。
じんわりと全身に汗が滲む。
心なしか……いや、さっきより確実に体が軽い。
それに―――少し服を捲って左肩を確認すると、浸食の刻印が微かにだが後退していた。試しに左手を握るように命令を出すと、ぎこちない反応だったがちゃんと握る事が出来た。
おぉ、精霊の加護凄い! ……つっても、この程度の後退ならぶっちゃけあんまり大差ないですけどね…。
「ふむ、問題なさそうだな?」
精霊王と同じように≪赤≫の炎が霞んで見え、その声が耳と心の中で同時に聞こえる。
「ああ全然余裕っぽい……けど、なんで受け入れられたんだ? 人の体に入れられるのは1つだろ? 元々≪赤≫の魔神を入れてたのに、精霊王の力とお前さんの力……全部で3つって、完全にキャパシティオーバーしてない?」
俺の身の回りでは時々不思議な事が起こる。
誰にも操れない原初の火を俺だけ使う事が出来たり、ジェネシスに≪赤≫を取り上げられかけた時も本来なら抗えない筈なのにキャンセル出来たり…。
まあ、この2つに関しては“もどき”の寄越したあの光の粒…【無名】のお陰なのだが、今回は違う。【無名】が発動している様子はない。
今、目の前にある不思議な事は、何かしら特別な力が働いた訳ではない…と言う事のようだが……どう言う事だ?
俺の疑問に、ガゼルが呆れた顔をしながら呟く。
「そう言う可能性は無い訳じゃないって事だろう」
「ええ、そう言う事です」
精霊王がガゼルの言葉に頷く。
いや、2人で勝手に納得されても……。本人がまったく事態を理解してないんスけど…?
「どう言う事よ?」
「お前本当に鈍いな?」
「うるさい、ほっとけ」
俺の返しに、苦笑混じりの溜息を吐いてガゼルが答えをくれた。
「だから、お前もそうだったって事だろ?」
「そう?」
「そう」
「そう……」
「そうだ」
「………」
「………」
「……いや、意味分かんないんだけど?」
「だぁかぁら! お前の体も≪青≫の奴と同じ特異体質だったって話だよ!」
≪青≫の奴…って当然水野ですよね?
奴の特異体質―――つまり、それは……
「えっ!? ロイド君の体も、複数の魔神を受け入れられる体だったって事!?」
「そうだよ、驚くの遅いな!?」