2-12 戦闘メイド
昨夜はパンドラの作ったやたらと味の薄い夕食を食べたあと、警戒は当然交代制で、と思っていた俺に、自分が1人でやるとパンドラが言いだしたが、「体の30%の生身分は休息が必要だ」と説得し、なんとか納得させた。
そして、俺が寝ている時に何やらガチャガチャ物音がしていたのが気になったが、疲れた体を【回帰】のスキルが強制的に眠りの海に引っ張り込み、結局音の正体を確かめる事は出来なかった。
そんなこんなで朝。
体が重いんだが……って、このくだり昨日もやったっつーの。
目を開けるまでもなく、目の前に熱源が有る事は【熱感知】が教えてくれる。
「おい、パンドラか?」
「はい。パンドラです」
「とりあえず上から下りろ」
俺の上から暖かさと重さが消える。
目を開けると、今日も気持ちの良い晴れ空だった。
「おはようございます、マスター」
「おはようさん。っつか、昨日言い忘れたけど、さっきの止めろ。朝っぱらから心臓に悪い」
「何故でしょうか? 体温と脈拍の計測には密着度が高いほど良いと記憶に記録されていますが?」
「……そのデータベース、やっぱりおかしくねえか…?」
「おかしくありません。セルフメンテナンスの結果は正常です」
それ昨日も聞いたわ。
誰が作ったデータベースなのか知らないが、そいつの趣味嗜好が反映され過ぎじゃねえのか? 物作りには遊び心が必要だとは聞くけど、これは単にふざけてるだけだろ…。
大丈夫かパンドラ…? そのデータベースの一部、多分本気で使い物にならないぞ。
起きがけにアホな心配をしつつ、昨日は無かった物に気がつく。
パンドラの腰に皮のベルトが巻かれ、そこに回転式拳銃が2丁……。
「銃じゃん!?」
「はい?」
「その腰にあるの銃じゃん!? 銃はダメだって昨日の夜に話したばっかりじゃん!? っつうか、どっから出したんだよ!?」
「はい。実弾兵装の使用が禁じられたので、内蔵火器の一部を潰して手持ちの銃にしました」
「しましたって…そんな簡単に作り変えれる物じゃねえだろ!?」
「いえ。作り変えたのではなく、元々内蔵火器として使用できなくなった時にはこのように使うように設計されていた仕様です」
お、おう、そうなのか…。じゃなくて!
「銃はダメだって言っただろ!?」
「いえ。マスターに禁止されたのは、補充の利かない弾薬を使う銃火器の使用です」
「変わんねえじゃん!?」
「いえ。この銃は弾薬を消費しません」
回転式拳銃の1丁を抜いて、シリンダーをずらして俺に見せる。
覗き込んでみると、6個の穴に弾丸が込められていたが、その尻に良く見ると魔法陣が刻まれている。
「なんだこの弾丸?」
「≪魔弾≫です」
「魔弾? 何それ?」
「文字通り、魔法を放つ弾丸と思っていただければ良いかと」
って事は、銃から魔法が出るのか? 科学技術と魔法の融合的な? ロマンがあるんだかないんだか…。
「魔弾は消耗品ではないので、マスターの禁止された弾薬を消費する銃火器には該当しないと判断しました。また、魔法を使用する為の武器ならば良いとの事でしたので」
ああ、確かに俺の要求通りだわ…。そうだよなあ…銃その物は禁止にしてなかったもんなあ。まさか、普通の弾薬を使わない銃を持ってくるとか予想外だわ。
どうしよう…銃だけど、機能的には銃じゃねえんだよなあ…。うーん、それなら人に見られても、魔法の発動機って事で押し通せるか。
「分かった。んじゃ、それを武器として使ってくれ」
「了解しました」
「……でも、そんな物使わなくても普通に魔法使えば良くね?」
「いえ、魔弾のメリットは幾つかあります。もっとも大きいのは通常の魔法と違い、詠唱が必要ない事です。使用後のディレイもありませんので連射も可能です。ですが、魔弾に込めた魔法しか発動出来ないデメリットも存在します」
なるほど、手数重視ってわけね。説明通りの性能なら、皇帝の魔法能力に匹敵するチート武器だな…。
「武器代が掛からなかったのは有り難いな」
これから2人旅するなら、金はいくら有っても足りねえからなあ。出費が抑えられるのは大変喜ばしい。しかも、下手すれば1番金の掛かりそうな武器代が浮いたってのが素晴らしい。
「マスター。差し出がましいようですが、マスターは武器を使用なさらないのですか? 戦闘での武器使用は攻撃の観点からだけでなく、身を護る意味でも重要です。マスターの御身を護る為にも武器の装備を推奨します」
武器ねえ…。
ルディエじゃブレイブソードを借りて戦ったけど、其処等の雑魚を相手にするだけなら武器なんて有っても無くても変わんねえんだよなあ。大抵の敵は【魔炎】か【レッドエレメント】で処理しちまうし。
かと言って、武器が無くても良いとは思わないけど…。
皇帝との戦いだって、ブレイブソードが無ければどうなっていたか分からないし、これから先も強敵相手に武器が必要になる時が来ないとも限らない。
じゃあどんな武器を使うんだって聞かれると……うーん…。得意な武器があるって訳じゃないし、そもそも俺には【マルチウェポン】のスキルがあるから、剣でも槍でも斧でも、なんだったら銃だって自在に扱える。けど、何でも使えるってのは、選択肢として広過ぎるんだよなあ…。
「まあ、俺の武器の事はおいおい考えるよ」
「はい」
「朝飯食ったら、ダロスに向かうか?」
「はい」
テキパキと朝ごはんの用意をするパンドラを見ていると、長い髪を何度も掻き上げているのが気になった。
「髪、邪魔なのか?」
「……いえ」
言い淀んだ? 珍しいな。
本当は邪魔だけど、製作者がくれた物だから否定できないって感じか…?
「縛れば良くね?」
「良いのでしょうか?」
「いや、別に良いだろ。お前を作った人だって、髪結んだくらいで怒りゃしねえって」
むしろ、その程度で怒るってどんだけ懐狭ぇんだよ。
手持ちの白い布の中で使っていない綺麗な物を1枚取り出し、ある程度の大きさに裂いてパンドラに渡す。
「とりあえずコレで結んどけ」
町に着いたら、髪留めなり、リボンなり買ってやらないとな。
「はい。ありがとうございます」
首の後ろ辺りで金色の髪を一纏めにし、俺が渡した白い布をリボン結びにして留める。
布が大きかったせいか、結んだリボンがちょっと大きい………けど、その大きなリボンの子供っぽさが、無表情なクールビューディーな雰囲気とのギャップで凄ぇ似合ってる。
「どうでしょうか?」
「うん、似合ってる。髪型にバリエーション持たしたら毎日見ても飽き無さそうだな」
「バリエーションですか? 了解しました」
そんな感じで髪型を変えたパンドラの用意してくれた朝飯を食うと、さっさとダロスに向かって歩を進める。
が、今日は昨日よりも勾配が若干だがキツクなってる…。ただ歩く分にはそこまで気にならないかもしれないが、荷車を引いてる俺等には結構洒落にならない違いだ。
息を切らせて、汗を流して、アホみたいに重い荷車を引いて坂道を登る。
「…ったく、労働するって楽じゃねえなあっ!!」
愚痴りながら額の汗を拭う。
そういや、アッチに居る時はまともにバイトもした事なかったっけ。金稼ぐのは楽じゃねえな。今さら俺を育てる為に共働きしてくれていた両親の有難味が身に沁みて分かってしまった。
万が一、億が一、無事にアッチの世界に帰れたら、ちゃんと父さんと母さんに親孝行しよう。
「マスター、大丈夫ですか?」
「パンドラこそ大丈夫か? 動きにくい服な上に黒服じゃ熱籠るだろ?」
「はい。排熱に難儀していますが、オーバーヒートする程ではありません」
って口では言ってるけど、相当服の中の熱量が上がっているのを【熱感知】で知っている。そろそろ1度休憩するか。
「パンドラ、1度休憩しよう」
「はい」
荷車を道端で止めて木陰で腰を下ろす。
「あっちぃ…」
「マスター、どうぞ」
パンドラが差し出した水の入った革袋を受け取る。
「サンキュウ」
水が温いな……。現代の魔法瓶の技術が、本当にガチの魔法に思える…。
っと、近くに何か居るな。斜面の上の方に熱源3つ。体温が低い…魔物か。最下級の狼タイプ2体と…初めて見る鹿っぽいのが1体。
アレくらいなら丁度いいかな。
「パンドラ、あそこに居る魔物倒せるか?」
「はい。問題ありません」
2丁の銃を抜いて静かに構える。
迷う事なく右手に持った銃の引き金を引く。すると、銃口の前の空間に黒い魔法陣が展開され、同時に狼型の魔物の下から鎖のような物が地面から生えて来て、その足を絡め捕る。
ここでようやく俺達の存在に気付いた魔物達が行動を開始する。
鎖に囚われた狼型を残して、もう一匹の狼型と鹿っぽいのが突っ込んでくる。が、パンドラは焦った様子はなく、それどころか「予想通りの行動だ」とでも言うように左手に持った方の銃の引き金を引く。銃口から迸る雷。先を走っていた狼型の頭が消し飛び、体が四散する。
続けざまにもう一度左手の銃の引き金を引く。鹿の足元に黒い魔法陣が浮かび、地面から突き出された極太の針がその頭を貫通し、即座に息の根を止める。
銃口を鎖を剥がそうともがいている狼型に移動、魔弾を放つ。チカッと光ったと思ったら狼型の体が半分くらい消し飛んでいた。
「戦闘終了。マスター、いかがでしょうか?」
「……ああ、ご苦労さん」
予想以上に強くてビビったな…。
拘束魔法で相手の頭数を減らし、自分は一歩も動かずに足の速い敵から順番に始末する。魔法使いとガンナー…遠距離攻撃のお手本みたいな戦い方しやがる。
それに魔法の“回し”が無茶苦茶早い。皇帝の魔法も相当ヤバいスピードだったけど、魔法名の発生すらない分、多分単純な手数の速度なら魔弾使うパンドラの方が上だ。
頼りになる仲間が出来たと喜んで良い…んだよな?