14-22 軌跡を辿って4
炎の厄災。
ラーナエイトを消滅させた犯人。
悪魔のような姿をしているが、魔獣か魔物か、はたまたまったく別の存在かは謎。
炎を自在に操り、その戦闘力はキング級の魔物に匹敵すると言われている。
指定討伐対象であり賞金首でもある。その為、名を上げたい一部の冒険者や金に困った連中が血眼になってその姿を追っている―――…。
………と言うのが世間的な認識。
しかし、俺に言わせりゃ「なんじゃそりゃ…」って感じだ。
いや、だって、俺ですしね? 炎の厄災っつか、ラーナエイトを焦土にした犯人。
で、この目の前に居るアスなんちゃら王国の男達はそれを探しているって?
ぶっちゃけて言えば、声をかけた事を後悔してしまった。見なかった事にして立ち去ってしまえば良かったわ…。
等と言う俺の心の中の後悔を知る由もなく、男達のリーダーは話を続ける。
「ここに街があった事は知っているかな?」
「ああ、ラーナエイトだろ?」
周囲を見回す。
今は焦土になって草木一本生えていないが、かつてここには大きな街があった。……ただし、その街の闇は深く、文字通り子供達の血と肉で築かれた吐き気がするような場所だったが。
「では、その街には老化する事のない永遠に生きる者達が居た事は?」
「……ああ」
俺の答えに頷いた後、男が1度振り向いて他の者達の顔を見る。
俺の前だからか、声は出さずに視線で何かを相談した……ように思えた。再び向き直り、大きく息を吐いてから真っ直ぐ俺を見る。
「君は、口は堅いか?」
「…? 何を話すつもりか知らんけど、人に聞かれたくない内容なら誰にも話さんよ」
「…いや、冒険者ギルドがキング級と認めた者だ。疑うのはそれこそ失礼であったな」
もう1度気を落ちるように大きく息を吐いて男が話す。
「実は、ラーナエイトには我が国の先代と先々代の王がいらしたのだ」
「えっ!? ……それは、その人達も不老だったって事ッスか?」
「そうだ」
…………あー…なんか話が見えて来たわ。正直この先を聞きたくねえ…。やっぱりこの人達はスルーすればよかった…。
「秘密裏にではあるが、代替わりした後に2人共この街の何らかの力を受けて、老いる事のない体になったと聞いて居る。もっとも、我々の中の誰1人として国から離れた後の先代達を見た事はないのだが…」
「つまり…アレでしょ? その先代と先々代の王様の仇討ちをする為に街を焼いた犯人を探してるって事でしょ?」
「話が早くて助かる。まさしくそれなんだ」
「…あの…言いたくないですけど、探しても見つからないと思いますよ…?」
いや、「見つからない」っつうか「見つけられない」っつうか……。目の前に居てもこの反応ですし。
「ああ、正直我々も手詰まっていてね…」
男の言葉に、後ろの部下らしい者達と研究員っぽい人達が疲れた笑いを浮かべた。
「そこで、この国最高の冒険者である君に協力を頼みたい」
…ですよねぇ。その展開ですよねぇやっぱり。
「自国で起きた事件であれば、勿論君の元へ情報が集まるだろう? この国のみならず、世界に名を轟かす君ならば、そうでなくても奴の討伐の話が来ているだろうしな」
「まあ、そうですね」
炎の厄災の討伐の話は、これまで何度かギルドの方から「早めの討伐をお願いします」と言う感じで言われた。まあ、その度に「行方が分からない」的な感じの誤魔化しで流して来たが、いずれは何かしらの決着をつけなければならない話だ。
「虫の良い話しだが、奴に関する情報を持って居たら提供して貰えないだろうか? それ相応の礼はする」
男達の顔は真剣その物だ。先代、先々代の王を殺した犯人を本気で討伐しようとしている顔だ。
………俺自身の仕出かした馬鹿のツケとは言え、これだけ明確に命を狙われるとちょっと凹む。いや、凹んでる場合じゃねえよ…この場はどうするって話だよ。誤魔化す事は簡単だ…けど、本当にそれでいいのか?
これは俺の負うべき罪だと、俺は知っている。
…だが、だからと言って今この場で断罪の刃を受け入れる訳にはいかない。今日の事情がなかったとしても、ロイド君の体を道連れにするつもりはない。
「……スマンが、これと言った情報は俺も持って居ないんだ」
結局誤魔化して見逃して貰う道を選んだ。
罪から目を背けたようで、自己嫌悪と自責の念で自分をぶん殴りたくなる。
「…そうか…。キング級冒険者ですら知らぬとなると、もっと別の方法でなければ探せぬのかもしれんな…」
「力になれなくてスイマセン…」
「いや、コチラこそすまない。本来キング級に協力を頼むなんてギルドを通さねばならんのに」
「良いですよ。結果的には何も協力できてないですし。ただ―――」
「ただ?」
「アンタ達が奴を討たなくても、俺が奴には相応の償いはさせますよ」
いつ償い終わるのかは分からないし…そもそも償えているのかも分からないが、それでも生きている限りは償い続けると俺は誓った。
今日世界が終わっても、これから続いて行くのだとしてもそこは曲げないし変わらない。
「そうか」
少しだけ安心したように男達が笑った。
その後、1度拠点にしている場所に戻って休むと言うので、それを見送ってから俺達も移動した。
* * *
転移を混ぜて、ゴールドに乗って移動。10分程で森に囲まれた小さな村に到着。
ササル村。
……俺がラーナエイトでやらかして、生きてる事すら放棄しそうな精神状態の時に辿り着いた……っつか、偶然来てしまった村。
まあ、でも、ここに来たお陰で立ち直れた事を考えると、ここに辿り着いたのは偶然ではなく、何かしらの力が働いた結果の必然だったのかもしれない……等と今になって思う。
朝ごはんに丁度良い時間って事もあり、家々から美味しそうな匂いがする。そう言えば俺も腹減ったな…。
腹の虫が泣きださないように擦りつつ教会へ向かうと、大きな背中が一足先に入って行くのが見えた。
大剣を背負ったその背は見覚えがあった。探す手間が省けたな。
足になってくれていたゴールドにお礼を言ってから、命一杯撫でてやると満足な顔になったので俺の中に戻す。
「よっし、と」
教会の若干重い扉を開けて中に入ると、まるで待って居たようにシスターがそこに居た。
「あら、アークさん?」
「ども。お久しぶりですシスター」
「ええお久しぶりです。また会えるなんて、今日はとても良い日ですね? あとで虹の女神様に御祈りをしなくては」
実家に帰って来た子供を迎える母親のように俺が来た事を喜んでくれるシスターに、ちょっとだけ嬉しさと気恥ずかしさを感じてしまう。
そこへ横の扉から熊のような男……じゃない女性が出て来た。
「シスター、ご飯の準備―――って、アーク殿! これは、失礼しました!」
俺の顔を見るなり頭を下げる。あまりの勢いだったので、その風圧で窓が少し揺れた。
「お久しぶりですリーベルさん」
「あ、はい! お久しぶりです! また出会えて光栄です!!」
「……いや、あの…なんでそんな硬くなってるんスか?」
前はもっとフランクな兄ちゃん……いや姉ちゃんな感じだったのに。
今も頭を下げたまま中々上げようとしないし…。
俺が首を傾げていると、シスターがクスクス笑いながら教えてくれた。
「リーベルさん、アークさんがクイーン級の冒険者になったって話を聞いてからずっと『気軽に話しかけた』って気にしてたんですよ」
え…気にし過ぎじゃない? そんな事一々気にしねえだろ……増してや昇級前の事だってんなら尚更だ。
平社員の時に散々苛められた上司を、追い越して偉くなったから苛め返す的な小さな人間だと思われているのなら正直ショックだ。………まあ、そう言う部分が無い訳じゃないけども……世話になった人にどうこう言うつもりは欠片もない。
「そうなんですか?」
俺がリーベルさんに訊くと、ようやく顔を上げて、体に似合わない小さな頷きで返された。
マジか…。
「気にしなくて良いですよ?」
「いえ…ですが…」
「俺はシスターやリーベルさんに感謝してるんです。だから、いつも通りでお願いします」
「はぁ…そう、ですか?」
渋々だが納得して貰えたようだ…よかった。
「そもそも、俺もうクイーン級じゃないですし」
「え?」「あら?」
あんまり旅人も来ないこの村じゃ外の情報なんて入って来ないだろうから、つい最近の俺の昇級の話なんて聞いてる訳ないですしね。
首から提げたキングのシンボルを見せる。
「今は昇級してキング級してます」
熊のような巨体がバターンっと倒れた。
「「リーベルさん!?」」
驚き過ぎて完全に気絶していた…。