14-18 幼馴染みとの最後の夜
少しだけ顔の赤いままフィリスが村へ戻って行き……今までの流れだと誰か来るだろうなぁ…と思いながら待つ。
まあ、あと来そうな奴は1人しか居ないが。
とか考えながら待って居たら、本当にその最後の1人が来た。
「リョータ」
「カグ?」
やっぱりお前も来たか…。
振り返ると、見慣れた幼馴染が立って居た。
「何よ、その微妙な顔…?」
「いや、さっきからウチの女性陣が取っ替え引っ替え来るから、お前も来るかなぁと思ってたら本当に来たからさ」
「ああ、うん、それね…」
気まずそうに言いながら、スカートの汚さないように気を付けながら右隣に腰を下ろす。
「実はね、パンドラさん達と相談したの。『明日は決戦だから、リョータに言いたい事を今日言っておこう』って」
「え…? それで皆入れ替わり立ち替わり来てたの?」
「うん。ちなみに順番はジャンケンで決めたわ」
その情報は俺には要らなかったと思うの…。
ってか、皆して“らしくない”話をしだしたのはそう言う事だったのかよ。
「あっ、別に明日が最後だからって悲観的な意味合いじゃないわよ? むしろ、明日の戦いに心残り無く臨めるようにって事ね」
「いや、まあ、そら分かりますけど…」
話をされた方の俺の精神的負荷が結構な物なんだが…その部分はスルーなんだろうか?
「誰とどんな話したとか聞かねえの?」
「話の内容は詮索しないって皆で約束したからね」
なる程…。女性陣の中でのルールがあったか。そう言えば、白雪との思考接続がいつの間にか切れている。
まあ、そんな約束事がなかったとしてもプライベートな話を聞くのはマナー違反だしな。
「で? カグも何か話があって来たんか?」
「ん……うん」
おや? なんでもズバッと言うくせに…。最終決戦前夜の“らしくない”話パート4か。
まあ、カグなら放って置いても勝手に話し始めるだろう。他の面子の様に気を使う必要もない。
暫く無言の間が続き、若干その空気に息苦しさを感じ始めた頃、突然カグが言った。
「逃げちゃおっか?」
「ぁん?」
逃げる? 何からだ? いや、今の状況で逃げる対象は1つしかねえだろう。明日の決戦からだ。
「何言ってんだよ…逃げれる訳ねーだろうよ」
昼にも話した事だ。
ジェネシスの狙いが俺な以上、他の誰が逃げたとしても俺だけは逃げる訳にはいかないし、逃げられない。
「もう、良いじゃない…。全部投げちゃってさ、そいでアイツに見つからないどっかに逃げちゃおうよ…」
どっかって何処だっつうの…。俺が行かなきゃ世界中の生物皆殺しにするっつってんのに、逃げる場所なんて世界中どこにもねえよ。
らしくない話をするのは予想してたけど、カグがこんな後ろ向きな話をするのは流石に予想外過ぎる。「当たって砕けろ」とか言われた方がしっくりくるのに…。
ここまでいつもと違う方向に向いていると心配になる。
「カグ…なんかあったか?」
「だって!!」
突然の大声にビビる。その声が…涙声だったので更にビビる。
カグは―――泣いて居た。
「だって……明日戦ったら、リョータが死んじゃうかもしれないじゃない…!」
「心配してくれんのは嬉しいけど、コッチの世界に居る以上死ぬかもしれないのは日常茶飯事だろう?」
「そうだけど! …そうじゃなくて……」
泣いているからか、精神状態ガタガタで言いたい事が纏まらないらしい。
急かさず待って、カグのタイミングで話を再開させる。
「……リョータがコッチの世界に来たのは私のせいだから…」
「その話は、だから別に良いって。カグが悪い訳じゃねえんだし」
「…そうだけど、あの事故の日に私と一緒に居たから巻き込まれたのは事実じゃない」
「そら、そーだけど…それこそ事故の不可抗力だろうよ」
流れる涙を必死に拭いながらカグが続ける。
「コッチの世界に来なければ、リョータがこんな戦いに巻き込まれる事はなかったし…元の世界で幸せに暮らしてたかもしれない…」
確かに、そうかもしれない。
こんな時、本当に格好良い男なら「俺は負けねえから心配要らねえよ!」とか自信を持って言う事で相手を安心させるのかもしれない。けど、俺には―――少なくても今の俺には出来ない。
けど、カグの言葉を否定せずにはいられない。
何故か?
仮に俺がコッチの世界に来なかったとしても、カグがコッチの世界に来る事は1週目でも確定事項だ。
カグの居なくなった世界で俺がちゃんと幸せになれるか? それは分からない。もしかしたら、居なくなった幼馴染の事を過去の思い出と一緒に忘れて、見知らぬ女性と結ばれたりしていたかもしれない。
だが、問題なのは俺の事ではない。コッチの世界の事だ。
俺が居なかった場合のこの世界では明弘さんが≪赤≫の継承者だ。しかし、その結末はバッドエンドが待つ。そしてそれは絶対に回避出来ない。そのエンドを回避出来る唯一の可能性が俺であり、その為の“2週目”なのだ。
そこで、ふと思った。
なんで俺がそこまでコッチの世界の心配をしてるんだろうか?
良心として、俺が助けられる物なら助けたい……それは当然だ。だが、ここまで固執する理由としては弱い。
使命感や責任感とは違う……もっと自分の内側から湧き上がる“戦わなければならない”という強い衝動。
何故戦うのか?
考えるまでもない問いだった。
その答えに辿り着いた途端に、憑き物が落ちたように気分がスッキリした。今まで悩んで居たのが馬鹿らしくなる程迷いが無くなった。
「カグの言う通り、コッチの世界に関わらなければ良かったって…元の世界で静かに暮らして居たかったって何度も思ったよ」
「……うん。当たり前よね…」
「でも、きっと、それは幸せじゃない」
「え…?」
「だってさ、俺は―――」
今なら、ハッキリと言う事が出来る。
「この世界が好きだから」
単純な事だった。
俺が旅した1年にも満たない短い時間。その間に出会った人々が、街並みが…何もかもが何時の間にか大切で、愛おしいモノになっていた。
なんだったら、元の世界よりもこの世界の方が大切になっているかもしれないぐらいだ。
何故あんな化物と戦うのか?
決まっている、この世界を護りたいからだ!
「カグがこの世界に来る事になった原因だっつうんなら、俺はお前にこう言わなきゃならない。“俺を連れて来てくれて、ありがとう”」
「リョータ……」
「お前のお陰で、俺は大切な物を自分の手で護る事が出来る」
俺がジェネシスを恐れていたのは、その強さにじゃない。奴が明確なこの世界の滅びその物だからだ。
でも、だからこそ俺は奴を戦わなければならない。
「リョータは…それで良いの?」
「うん、それで良いんだ。誰かに押しつけられたからでも、巻き込まれたからでもない。俺が、俺の意思で戦うって決めたんだ」
大丈夫、もう怖くない。
ジェネシスの強さはまったく変わらないが、奴を恐れる気持ちはもう無い。
俺の覚悟は決まった。
今まで決めたつもりになっていた“覚悟”が、本物になって心に刻まれた。だから、俺はもう大丈夫。
……とは言え、片付いたのは俺の内側の問題だけだ。カグが俺を心配する事は何も変わってない。
むしろ、カグは俺が戦う事を決めた事にどこか寂しそうな顔をしている。
「心配すんな……って言っても無理だよな…」
「…うん」
どうすっかな…。少しでもカグを安心させたいのだが、上手い事言葉が出て来ない。
だから―――行動する
右手でカグの手を握る。
緊張の為か、不安の為か…カグの手は氷のように冷たかった。
「あ…」
「大丈夫だ」
言いながら更にグッと力を込めて握る。
「絶対に勝てる…とは、言えないけど…きっと何とかする。だから、大丈夫だ」
いつだってそうして来た事だ。
ガキの頃、カグをいじめっ子から護った時も、携帯落として泣いて居た時も、何時だって何とかして来た。
今回だってそうする。それだけの事。
「良ちゃん…」
「大丈夫」
もう1度言う。
すると、少しだけカグの手に体温が戻った。
「何とかするって言うのは、勝つって事じゃないからね? 良ちゃんが無事でいるって事だからね?」
「分かってる。俺だって死にたい訳じゃねえからな? キッチリ生き残って、元の世界に戻ったらナインズの新譜聞きたいし、漫画の続き気になるし、クリアしてないゲームもあるし」
元の世界の事だけじゃない。コッチの世界のやり残しも盛りだくさんなのだ。
死んでる場合じゃない…!
「約束…だからね?」
縋るような言葉と共に、カグの手が指先を絡めるように握り返して来た。
「うん」
俺は、力一杯頷いた。