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14-17 エルフの女戦士との最後の夜

 不服そうなパンドラは、あの後すぐに村に戻っていた。

 正直、ああ言う事をした後にまともに話せる程コッチも女性との経験値は高くないので有り難かった。

 今更パンドラ相手に緊張してどうすんだ…とは自分でも思うんだが、してしまうんだから仕方ない……。いや、だって改めてみるとアイツむっさ美人じゃない? 今まで良く平気だったな俺…? 意識したらドキドキしちゃったんですけど…。

 そら(ちまた)の冒険者や男共が放って置かない訳だわ。

 しかも去り際に「では本当のキスは明日の戦いの後にお願いします」とか言われたら……うん、まあ、アレですよね、うん。いや、別に違うよ? 期待してる訳じゃねえよ? 男としてそう言う事を言われるのが嬉しいって点は否定しないけども。

 パンドラが去って1人悶々としていると、誰かが近付いて来た―――って、この展開3人目だな…。

 取っ替え引っ替え来過ぎじゃない? とは言え、俺1人で居るとしょうもない事を考えて、また明日への不安を感じる事になるだろうから有り難いっちゃ有り難い。


「アーク様…」

「フィリス?」

「はい、少し御一緒して宜しいですか?」

「どうぞ」


 パンドラにしたように右隣の地面をトントンっと叩く。


「ありがとうございます」


 少し遠慮して、1人分の隙間を空けて地面に座る。

 どうにも座る姿が硬いな…? まあ、フィリスは俺の前ではいつもこんな感じって言ったら、そらそーなんだが…。


「何をなさっていたんですか?」

「いや、特には何も。ぼんやり星を観てた」

「そうでしたか」


 俺の視線を追って、フィリスも星空に目を向ける。

 

「綺麗な星空ですね」

「だな。明日世界の命運が決まるとは思えんわ」


 フィリスが苦笑気味にクスクスと笑う。


「そうですね。ですが、私達の空気を感じ取って空が涙でも流したら、それはそれで困りますが」

「そりゃそうだ」


 鍋パーティーも雨でお流れになってたかもしれんしねぇ。

 明日の決戦を知っている俺達の空気がお通夜気味だからこそ、お天道様(てんとさま)くらいは元気に晴れていて欲しいわな。

 2人して笑いながら気持ちのいい夜風に吹かれる。


「長い…ですね?」

「ん? 何が?」

「あ、はい失礼しました! アーク様と出会ってから長いな…と思いまして」


 言う程長いか? まあ、時間で言えばそれ程じゃない……けど、確かに…


「そうだな、長かったなぁ」


 ここを旅立ってから色々あったけど、フィリスと出会ってからは更に輪をかけて密度の濃いイベントが満載だった。そのせいか、やけに長かったような…あっと言う間に過ぎたような…。

 過去を振り返っていたら、初めて会った時のフィリスの事も思い出した。

 今の礼儀正しい姿からは想像出来ねえくらいに粗暴、とか乱暴って言葉が似合うバーサーカーみたいな奴だった。

 グラムシェルドで手合わせした時の姿と、今隣で硬くなってるのが同一人物かと思うと、妙におかしくて笑ってしまった。


「あ…えっと、なんでしょうか?」

「はっはは、いや、スマン。フィリスと出会った時の事を思い出したら、今の姿からは想像できんなぁと思って」


 言うと、フィリスが耳の先まで真っ赤にして恥ずかしげに俯く。

 どうやら、フィリスにとって黒歴史らしい。しかも、かなり高レベルの奴。


「そ、それは言わないで下さい!」


 羞恥ゲージが振り切ったようで、赤くなった顔を手で隠してしまった。

 そこまで!? とは思うが、まあ、アレだな? フィリスにとっては俺の根っ子にあるのは憧れの“≪赤≫の御方”だからな。


「悪い悪い、そこまで気にしてたとは思わなかった」

「はい、いいえ、そこまで気にしてる訳ではないのですが…! やはりアーク様にあのような態度をした事は忘れていただけると嬉しいです!」


 フィリスの顔色が戻るまで5分程かかった。

 チラチラと俺を見る度に赤さがぶり返すので、一生このままなんじゃないかと心配になったが、まあ良かった。

 顔色が戻ると、照れ隠しなのか少し世間話をする。


「今日の鍋はとても美味しかったですね」

「そーだな。あれってエルフ達の味付けだよな?」

「あ、はい! とは言っても作ったのは違いますが」

「エルフの料理って結構ピリ辛が多いし、やっぱフィリスは辛い物が好きなのか?」

「辛い物は好きですよ? でも甘い物も大好きです」


 暴食(グラトニー)さんは、口に入る物ならなんでも美味しく食べてしまうんじゃなかろうか……とは口が裂けても言えない。

 まあ、辛い物も甘い物もコッチの世界じゃそこまで調味料の文化が発展してないから、極端な味付けの料理は存在しないだろうけども…。

 フィリスが俺等の世界に来たら、食文化が発展してる事に歓喜の涙でも流しそう…。

 その後も、「人の世界には見た事もない料理がいっぱいあって楽しい」だのと食べ物の話で盛り上がった。

 一頻り喋り終わった後、ふとフィリスが静かになる。


「…?」


 突然静かになった事が気になって様子を窺う。

 何かを決意した様な…それでいてどこか迷っている様な、なんとも言い難い複雑な表情で地面を見ていた。


「フィリス?」

「はい…」


 俺に名前を呼ばれて、ユックリと顔を上げて俺を見る。

 どこまでも真っ直ぐな目―――それでいて、思いつめたような潤んだ瞳。

 ほんのり赤くなった顔はどこか鬼気迫る雰囲気を纏っていて、思わず気押(けお)されてしまう。

 大きく息を吸い込んで、ゆっくりとそしてハッキリとフィリスは言った。



「好きです」



 頭が真っ白になった。

 いや、え? ん? 好き…って。


「ああ、仲間として好きって事?」

「違います! あの…ですから……男性として、好き…です」


 マジか…。

 いや、まあ、フィリスの事は勿論嫌いじゃない。好きか嫌いで言えば圧倒的に好きに天秤が傾く……けど、フィリスの「好き」はそう言う事ではないだろう。

 フィリスの言う「好き」は「私を1番にしてくれますか?」の好きだ。そう言う意味で「フィリスを好きか?」と問われると……正直よく分からん。

 元々恋人なんて出来た事ねえし、女の子に告白された事もねえような恋愛経験値が最低辺の俺だ。

 ………告白された時にどう対応すれば良いのかなんて本当に分からん…。情けないが、若干泣きながら誰かに助けを求めたい。いや、馬鹿か俺は! フィリスは俺を好きだって言ってくれてんのに、誰かに助けを求めるなんて可笑しいだろうが!

 っつっても、本当にどう答えて良いのか分かんねえから……まあ、正直に言おう。


「あの……どう、でしょうか…?」


 答えを期待するような…逆に怖がっているような。

 俺は告白した事もされた事もないが、想いを伝える事がどれだけの勇気とエネルギーが必要なのかは分かる。その答えを聞くのが怖いってのも…。


「ああ…うん。ありがとう」

「それでは…!」

「あっ、いや、違くて! ……ええっと、俺を好きだって言ってくれたのは凄い嬉しい。今までそんな事言われた事なかったし」

「そんな! アーク様が見向きされない訳が…」


 買い被りだっちゅうの。

 時々、皆の思い描く俺の姿と、実際の俺の姿が噛み合ってなさ過ぎて笑えなくなる。でも、それも仕方無い…と思う俺も居る。

 だって、皆の見ている俺は“アーク”であって“阿久津良太”ではない。

 本当の俺は、授業中に眠気と格闘するような人間で、人を庇って不良と喧嘩出来る程の度胸もない。その程度の小さな人間だ。

 元の世界での俺の姿を見たら、コッチの世界で俺を知っている大多数の人間が幻滅する事は間違いないだろう。


「けどさ…ゴメン。答える事は出来ない」

「……!」


 フィリスがショックで固まり、血の気が引いて目に見えて顔が真っ青になる。


「私の事が…お嫌いですか…?」


 声が泣きそうなくらいに震えていて、今にも心が折れて泣き崩れてしまいそう。

 罪悪感で心が痛い。…けど、だからって自分の気持ちもハッキリしてねえのに、頷く方が失礼だろう。


「いや、嫌いじゃないよ」

「では…私が……その、エルフ…だからでしょうか?」


 フィリスの震える問い掛けに首を横に振る。


「エルフだから、人間だから、魔神だから、異世界人だから……そう言う事じゃなくてさ、問題があるのは俺自身なんだ」

「どう言う意味…ですか?」

「俺もフィリスの事は好きだ」

「えっ!!!?」


 青褪めていた顔が一瞬で真っ赤になる。


「でも、この“好き”が仲間に対してなのか、女性に対してなのかが俺自身にもよく分かんねえんだ」

「………」


 フィリスが複雑な顔をした。

 「好き」とは言って欲しいけど、中途半端な気持ちで言われるのは納得できない…って事かな。


「今の俺は人の体を借りている身分だし、人と恋愛出来るだけの余裕が心にないからってのもある」

「……それは、はい…分かります」

「だから…ずるいけどさ、答えは保留にさせて貰えないか?」


 言ってみて、本当に我ながら失礼でずるいと思う…。だが、どうしても現状で答えを出す事が出来ない。


「保留…ですか?」

「うん。俺が元の体に戻って、それでもフィリスの気持ちが変わって無かったら、その時にきっと俺の答えを聞かせる。だから、その時まで保留にさせてくれ」

「……それは、私には望みがない訳ではない…と言う事ですよね?」

「うん」


 俺の答えを噛みしめるように目を閉じ…2秒待つ。

 少しだけ晴れやかになった表情で、フィリスはハッキリと言う。


「分かりました。では、その時まで期待して待たせて頂きます」


 月明かりに照らされて、フィリスは柔らかく微笑んだ。


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