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14-16 機械乙女との最後の夜

 「父様はやっぱり(わたくし)の父様だったんですの!!」と全力で抱きついて来た白雪は、えらいご機嫌にユグリ村へと飛んで帰って行った。去り際に「父様はもう暫くここに居るんですの」と言われたのが気になったが…。

 まあ、言われなくてももう暫くここでノンビリするつもりでしたけど。

 白雪が居なくなって静寂が戻る。

 夜風が気持ちいい。

 1人で思考すると、きっとまた碌でもない事を考えてしまう。白雪が来てちょっとは恐怖心が紛れたけど、泥のように心にこびり付いた痛みは流れる事無くまだ張り付いている。

 変な事を考えずに、腹が軽くなるまでボーっと星空を眺めて待つ事にする。

 

 …………


 ……


 …


 5分程そうしていると、誰かが近付いて来た。

 またか……と思いつつ、上体を起こす。誰が来たのかはやっぱり確認するまでもない。人の形の熱源だが、熱の溜まり方が明らかに人ではない。


「パンドラか?」

「はい」


 振り返ると、仮面でも被ってんじゃないかと思いたくなる程の無表情な金髪のロボメイドが佇んでいた。

 白雪の次はお前かい。


「お隣、宜しいですか?」

「どうそ」


 ポンポンっと右隣の地面を叩いてみせると、服が汚れる事を気にする事もなく、若干重めの音を立てて膝を折って座る。


「失礼します」

「ああ」

「………」

「………」

「………」

「………」


 え? 何? 何か用があるから座ったんじゃないの? 何で無言なのウチのメイド?

 チラッと横目で見てみると、何か言う雰囲気は欠片もなく、さっきの俺と同じように黙って星空を眺めている。

 ……まあ、話す事が無いなら無いで別に良いんだけどさ。

 パンドラの口数が少ないのは今に始まった事じゃないし、旅してる間も何も話さない無言の時間は結構多かった。ただ、まあ、それを気まずいとか、苦痛とか感じた事はない。

 パンドラは、静かな空間に居るととても自然だから…だろうか?

 もう1度、月明かりに照らされた美しい横顔を盗み見る。すると、俺の視線に気付いてパンドラが俺を見る。


「なんでしょうか?」

「いや、『なんでしょうか?』はコッチのセリフなんだけど? なんか用があったんじゃねえのか?」

「はい」


 じゃあ早よ話を始めんかい! と言うツッコミは呑み込む。

 俺の様子を窺うように、マリンブルーの瞳が俺だけを映す。

 ……? なんだろう? 微妙に話するのを迷ってますか? なんでもズバッて言うのがパンドラなのに……珍しいな。

 うーん…何の話をするつもりか知らんが、話しづらいと言うのならコッチで話しやすいように話を振ってやろう。


「明日は決戦だなぁ」

「はい」

「まあ、勝算まったくねえんだけど…」

「はい」


 いつも通りの淡白な返事。

 なんか、明日世界が終わるかもしれないって緊迫感とか不安感とか、それが俺次第って言う重圧もゴリッと削がれる。

 やっぱり、コッチの世界で1番付き合いが長いからかな? パンドラと話すと妙に気持ちが落ち着く自分が居る。


「マスターならば問題無いのではないでしょうか?」

「……その信頼はどこからくんだっちゅーの…」


 コッチは奥の手すら通じなくて絶望しかねえよ…。

 俺が溜息を吐く情けない姿を見せても、パンドラが俺に向ける絶対の信頼は揺るがないようで、躊躇い無く言う。


「マスターが逆境の戦いなのはいつもの事では?」

「まあ、そらそッスね…」


 言われてみれば、今までの大きな戦いだって楽な展開で勝った事なんてない。正直、「こんなん勝てるかボケぇ!!」と思えるような相手ばかりだった。勝因は、まあ、それぞれだけど、結局は“最後まで悪足掻きしたから”だろう。

 じゃあ、「今回も悪足掻きしたら勝てるか?」と言ったら………答えはNOだろう。

 ジェネシスは、多少足掻いてどうなるような力の差ではない。


「不安なのですか?」

「…………」


 答えに困る。

 パンドラに対しては強がる必要も、取り繕う必要もないとは思うのだが…っつか、実際色々ヘタレな姿見せてるし……それでも全部を吐露する気にはならん。


「……いや、不安って訳じゃねえけど」


 疑うような眼差(まなざ)し。

 パンドラはロボメイドなのに、変な所で勘が良いからな…多分俺の強がりに気付いた。


「御慰めしますか?」

「気持ちだけ貰っとく」


 具体的にどう“御慰め”するのかは気になるところだが…。いや、別にエロイ展開を期待してる訳じゃない、断じて。


「もしもの時は、私がマスターを御守りします」

「有り難いけど、ほどほどにな…? 俺を護ってお前が死んだら、それはそれでダメージがでかい…」

「…私は、マスターに大事にされているのでしょうか?」


 何かを期待するように、マリンブルーの瞳の奥でカメラのレンズが動く。


「まあ、そうだな…。ちゃんと大事にできてんのかは疑問だが、大事なのは間違いない」


 気のせいか、少しだけパンドラの顔が綻んだような…? いや、気のせいじゃねえ! 珍しく…本っ当に珍しく、パンドラの口元が少しだけ笑っている。


「はい。とても大事にされている、と評価します」

「なら良かった」


 パンドラに「ぞんざいに扱われている」と文句を言われたらちょっと凹んでたわ。

 まさか、その辺りの話をしに来た訳じゃねえよな?

 俺の返事を聞いてからも、パンドラは小さな笑みのまま俺を見つめ続けている。どこか、“恋する乙女”的な空気を出しているのは…俺の気のせいですよね?


「マスター?」

「ん?」


 俺に視線を固定したまま、1度立ち上がって体を俺に向けて座り直す。

 どうやら、俺の所に来た本題を話す気になったらしい。

 わざわざ座り直したって事は、それ相応の内容だと判断し、俺もパンドラと向き合うように座り直す。


「どうした」

「はい。マスターが以前に「欲しい物はあるか?」と私に尋ねた事を覚えていらっしゃいますか?」

「ん? ああ覚えてる」


 確か、アルフェイルに呼ばれてエグゼルドを倒した後だっけか?

 パンドラに頑張って貰ってるのに、何も返せてないのを気にして言ったセリフだったと記憶してるが…何故に今その話題を?


「あの問い掛けは、私が何か欲しいと要求した場合それをマスターが用意してくれた、と判断して宜しいでしょうか?」

「ああ、それで合ってる」


 あれ? もしかしなくても、これってアレですか? “おねだり”な話か?

 俺等の世界では子供が親に何かを買って欲しくてやるアレですな?

 パンドラが何かを欲しいと言うのなら俺としては困るどころか、むしろ嬉しい話だ。いい加減パンドラへ何か返さんと、コッチの負債が膨れ上がって抱えきれんくなってしまう。

 しかし、それ以上何か言わない。何かを要求しようとしているのは多分間違いないだろうが、パンドラの機械的思考がそれを妨げているのかもしれない。

 だから、俺の方から訊いてやる。


「何か欲しい物でもあんのか?」

「…欲しい物と言うか…はい。そうです」

「とりあえず言ってみーさ? 金で買える物なら大抵の物は買ってやれるぜ」


 元々結構小金持ちだった俺達だ。

 ウチの暴食(グラトニー)さんの食費でゴリゴリ財布の中身が消えて行くと言っても、近頃のキング級としての討伐依頼のお陰で、王都の一等地に屋敷を1つや2つ構えられるくらいには貯えがある。


「怒りませんか?」

「怒られるような(もん)を要求する気なのかお前は……」


 俺が怒るような買い物ってなんだ…。

 奴隷とか買いに行ったら流石に怒るかもしれないが、それが“正攻法で奴隷を助ける方法として”って事なら別に怒らない。むしろ率先して金を渡す。


「何かを買って欲しい訳ではありません」

「あ…そうなの?」


 ありゃ? 違ったかな?


「マスターはあの時に「何かして欲しい事はあるか?」とも訊きました」

「ああ、言ったね」

「はい。ですので………」


 パンドラが少し表情を硬くする。いや、まあ、硬くするっつっても、いつも通りの無表情に戻ってるだけなんだが…。


「抱きしめて下さい」

「…………………ぅん?」


 落ち着こう。

 一旦落ち着け俺? ちゃんと言われた言葉を呑み込もう。

 ええっと…どう言う事だ? 抱きしめる…うん、アレですよね? 知ってます知ってます、ハグですよね? 海外じゃ挨拶代わりの事です、うん。

 日本人の俺としては、挨拶代わりのハグつっても緊張してしまう事だが、パンドラを作ったのはどう考えたって日本人ではない。つまり、まあそこまで大きな意味の物ではなく、簡単な親愛の表現の1つとしてって事だろう、うん、そう言う事にしておこう。


「ダメでしょうか?」

「ええっと…いや、いいよ大丈夫」


 何が大丈夫なのかは俺自身もよく分からない。


「そうですか。では、お願いします」


 パンドラが座ったまま待つ姿勢になる。

 うー…パンドラを何度か抱っこした事はあるが、それは止むにやまれずな状況によりだ。単純な愛情表現として抱きしめた事は1度もない。

 いや、ちゃうよ!? 愛情ってもアレよ!? 仲間に向ける友愛的な物よ!? もっと言えば家族愛的な奴だよ、きっと!?

 少しドキドキしながら、膝立ちになってパンドラの体を右手だけで抱き寄せる。


「……ぁ」


 息を吐く様な小さなパンドラの声で更に鼓動が早くなる。

 アカン、落ち付け俺! 童貞か! ………あ、童貞だわ……。

 パンドラが両腕を俺の背に回し、ギュウッと力一杯抱きついて来る。


「力一杯、抱きしめて下さい」

「うん」


 動かない左手の分も、パンドラの望む通りに力一杯抱いてやる。

 パンドラ―――機械文明の中で生まれた俺にとっても未知の技術が盛りだくさんの、未来のオーバーテクノロジーの結晶。けど、今腕の中に居るのは、疑う余地もなく細い肩の1人の女の子だった。

 5分程そうして抱き合っていると、パンドラが満足したのか体を離す。


「もう良いんか?」

「はい。ですが、もう1つ良いでしょうか?」

「ここまで来たら、もう全部言ってくれ」


 なんか、よく分かんない方向に俺も腹が括れてしまった。


「キスをして下さい」


 それはアカンだろう! と喉まで出かかった言葉を何とか胃に戻す。

 さっきまでのパンドラの様子から、かなりの覚悟を持って言ってるだろう事は間違いない。パンドラの初めて“お願い”だ…ちゃんと最後まで聞いてやりたい。


「分かった。目、(つぶ)れよ…」

「はい」


 パンドラが素直に目を閉じる。

 そう言えば、目を閉じてもセンサーが有効になってるからあんま意味無くね? と気付いたが……まあ、アレだ、雰囲気だろう。

 とは言え、流石にロイド君の体で勝手に口と口を合わせてキス…なんて、する訳にもいかん。

 パンドラの前髪を掻き上げて、額に唇をつける。

 離れた俺を、パンドラが若干不満そうな視線で見て来た。いや、多分不満そうなのは気のせいだな、うん、間違いない。


「額なのですか?」

「それが限界です」

「もう1度要求します」

「勘弁して下さい……」

「今度は“ちゃんとした”キスを要求します」

「いや、もう本当にダメだから…」


 その後3分かけて説得し、最後はむっさ不服そうにパンドラが折れてくれた。


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