14-15 Re:最後の星空
「うぇえ……流石に食い過ぎた…」
ユグリ村から離れた草原で俺は寝転がっていた。
村の方ではまだ鍋パーティーなる謎の宗教のような…儀式のような…うん、よく分からん物が盛り上がっている。
人も亜人も料理を味わい、酒を飲み交して笑い合っている。その姿は、紛れもなく600年前の亜人戦争で先代の≪赤≫の継承者が夢見た光景だったに違いない。
ユグリ村1番の力持ち、村の大工仕事を請け負っていたバラバのオジさんは亜人の代表の1人であるドワーフの頭に気にいられ、あれやこれやと技術指導を受けているうちに師弟のような関係になったらしく、2人で「ガハハ!」と大笑いをしながら周りを巻き込んで酒を飲んでいた。
エリヒレイテ様と村長は、今後村の長を誰がするのかと小難しい顔をしながら話合っていたが、結局人と亜人の魔法形態の違いやらの話で盛り上がっていた。
ウィンディアや妖精達はイリスとそれぞれの暮らしやら女子トークで楽しそうだったし、鍋パーティーの効果は絶大だった。いや、本当に馬鹿に出来ないよね? “同じ釜の飯を食う”的な共同意識行動は。
……まあ、人と亜人が仲良くなるのは良い。大変良い。
問題なのは俺だった。
皆何を勘違いしたのか、鍋奉行(俺)と話す為には鍋を一杯献上しなければならない的なルールだと思ったらしく、俺の所に来る奴来る奴全員が山盛りの御椀を持って来る。それが1人や2人なら良いんだが、亜人の皆が引っ切り無しに来なさる…。
元奴隷だった亜人の方達なんて、俺への感謝を量で表しているのか、御椀から零れそうな程持って来るし……。
10杯までは頑張って食べました。いや、もう、正直8杯目の時点で胃が「あ、もう無理ッス。これ以上入れたら吐きます」って言ってたけど、100%俺への善意で持って来る皆に「もう要らない…」とは言えず、なんとかそこから2杯は詰め込んだ。しかし胃が「あ、もう芋の一欠片でも入れたら死ぬわ」と限界を訴えて来たので、仕方無く鍋奉行代理をライオン顔の代表に押しつけて中座して来た。
腹が重くて、詰め込み過ぎたせいか気持ち悪いを通り越して胃が痛い…。
夜風に当たりながらフラフラと歩いてれば少しは軽くなるかなぁ…と村を出たのが10分前の話。
鍋パーティーの喧騒が聞こえないくらい村から離れた辺りで、流石に腹がしんどくて原っぱに横になった。
………………
…………
………
……
1人になると、鍋の騒ぎで忘れていた明日の緊張感や恐怖心が体の奥から湧いて出てくる。
ウダウダ考えたって無駄だって事も、どうやっても逃げられないって事も分かってる。……分かってるけどさ…。
「はぁ…」
何度目か分からない溜息。
溜息をすると幸せが逃げると言うのが本当なら、俺の幸運は今頃底をついて居る。今おみくじを引いたらきっと大凶しか引けないだろう。
「明日……どうすっぺ…」
戦う。
それは分かってる。だが、どう戦う? あの怪物と……原初の火さえ通じない、あの化物と…。
ヤバいな…考えれば考える程不安が積もって来る。
回れ右したい後ろ向きな感情が体を満たそうとする。頭の天辺までこれに浸かっちまったら、俺はきっと戦えなくなる……。分かっているのに、自分の意思でそれを止める事が出来ない。
………こんな時に、ロイド君が居てくれれば…と甘えた考えが浮かんでしまう。
今の俺は、前の様にロイド君を間に挟んで≪赤≫の力を使っている訳じゃない。俺自身が≪赤≫と繋がってるから、ロイド君が居たから何かが変わるって事は無い。でも、敵に立ち向かう時に自分が1人じゃないと言う確信は、自分で思ってる以上に心強かったらしい。
ロイド君の精神の再生は、多分順調に進んでいる……と思う。
昨日、ジェネシスに捕まって≪赤≫を引っ剥がされそうになった時、【無名】のお陰で奪われずにすんだ。…けど、【無名】が発動する前にロイド君の声が聞こえたような気がするんだよなぁ…。俺の気のせい…だったのかな…?
色々考えていたら、満腹の体に引っ張られて意識がウトウトして来た。
もう、このまま寝ちまうか? ここら一帯はこの前魔物を倒したついでに魔素を吸って置いたから、暫くは魔物は生まれない。まあ、生まれたところでここらの魔物なんて最下級のポーン級だから、無防備に寝てても何の問題もないけど。
意識が眠りの海に引っ張り込まれそうになった頃、小さな熱源が近付いて来た。
誰かは確認しなくても分かってる。
「父様ー」
暗闇の中を、ほのかに光りながら白雪が真っ直ぐ俺に向かって飛んでくる。
寝転んだまま右手を上げてヒラヒラさせると、その手に導かれるように俺の上でクルンッと一回りしてから俺の胸に着地する。
「ここに居らしたんですの? 皆探してたんですのよ」
「ああ、腹いっぱいで苦しかったから、ちょっと散歩してた」
「寝ているのを散歩とは言わないんですの」
もっともですな。
白雪がストンっと腰を下ろす。
体勢的に、俺の視線の下の方白雪が座っているような状態で…ちょっと落ち付かない。
「少し、お話してもいいんですの?」
「ん? うん、いいけど」
白雪が現れて眠気もどっか行っちまったしな。
自身の光でボンヤリと辺りを明るくしながら、人形のような小さな瞳がジッと俺を見つめる。
「父様と出会ってから、色んな事があったですの…」
「そうな…。出会った時は光る球だった白雪が、こうして人型になってるし」
指でツンツンっと白雪の顔を突くと、くすぐったそうに頭を振る。
「父様…私は役に立てたんですの…?」
「なんだ急に?」
聞き返すと、シュンっとなって顔を伏せる。体の光が心なしか悲しみの青色に染まっている。
「だって、私はパンドラさん達みたいに戦えないんですの…」
「そりゃあ、仕方ねえだろうよ? 元々妖精は戦い不向きだし、魔法が得意って訳でもないし」
その上白雪はまだ子供で、妖精の中でも輪をかけて体が小さい。この条件で戦おうなんて無謀以外の何物でもない。
「でもでも! 私だって父様を護ったり出来るようになりたいですの……」
よっぽど悔しいのか、鼻を鳴らしてポロポロと涙を流しだした。
「泣くなっつうに」
「だって…だってぇ…!」
拭っても拭っても涙が溢れて来る。
これだけ泣くって事は、最近思ったような事じゃなくて、ずっと白雪の心の中にあった事なんだろう…。
そりゃ、戦いとなれば白雪はどうやったって護る対象に入れてしまう。それは俺だけの話じゃなく、戦いを一緒するパンドラやフィリスだってそうだ。けど、白雪本人はずっとそんな自分が嫌だったのか…。
そんなの、全然気付かなかったな…。
まあ、だからと言って「じゃあ戦って」とは絶対にならないが。
「白雪…お前が戦いで俺を支えてくれようとするのは素直に嬉しいけど、お前に戦わせるわけにはいかねえよ」
指先で緑の髪を撫でると、少しだけ体から放出されていた青い光が淡くなる。
「妖精だからとか、お前が小さいからとか、そう言う話じゃなくて……うーん、なんつうかな…?」
自分でも上手く言葉に出来ないが、敢えてこの気持ちを言語化するのなら…父性…だろうか。
白雪は俺の事を「父」と呼ぶが、俺との関係は突き詰めれば“名前を付けただけ”だ。血縁関係なんてないし、絆と呼ぶには出会ってからの時間はあまりにも短い。
でも、それでも、思ってしまうのだ。
――― 娘が出来たら、こんな感じなのかな?
白雪には、危ない事をして欲しくないし、危ない事に首を突っ込んで欲しくもない。もしするのなら、俺の目の届く所……俺の護ってやれる範囲でやって欲しい。
言葉にすると難しいけど、思ったままを伝えよう。
こう言う時に白雪との親子関係は便利だ。言葉に出来なくても、心の中で思っている事をそのまま伝える事が出来る。
「…ですの!」
俺の思考が伝わって、白雪が顔を赤くする。
今度は白雪の方から「嬉しい、大好き」と思念の波が俺の中に流れて来た。
「大好きですの!」
俺の体から飛び上がると、いつものように顔にギュウッと抱きついて来る。
「はいはい」
さっきまで青かった光が嘘のように楽しい感情を表す黄色になっている。
苦笑しながら必死に抱きついて来る白雪の体を撫でてやる。