14-14 鍋奉行(闇の儀式ではない)
鍋奉行。
それは、鍋の支配者にして食事の空気を一手に担う王様。
ちなみに関係無いが、俺の家の鍋奉行は父さんだった。基本的には食事は母さん任せなのに、何故か鍋となると張り切って仕切り出すよく分からん人だった。
言っておくが俺に鍋奉行の経験はない。具材投入のタイミングやらアク取りやら、そんな事は全部人任せだった俺だ。
この新しいユグリ村で初の大きなイベントである鍋パーティー…失敗は許されない! この鍋には人と亜人の未来がかかっていると言っても過言ではない! ……多分。
とか1人で重圧を感じていたのだが、実際に俺に任された仕事は―――
「何これ?」
何やら1人だけ木組みの祭壇のような場所に座らされ、めっさ良い匂いのする鍋を囲む皆を眺めている。
え? 本当に何これ?
さながら置物の様にジッとしているしかない俺…。
人も亜人も、初めてのイベントでワクワクしているのが伝わってくる。って言うか、パンドラやフィリス達も輪の中に混じっているので、本当に俺1人だけ置物なんですけど…。
俺はこの置物モードから何をすればいいの? それは誰にも分からない。だって、そもそもコレ鍋奉行じゃねえもん!!
謎の鍋奉行としてどうすればいいのか分からず脂汗を流していると、亜人の代表の1人であるダークエルフのエリヒレイテ様が鍋の最初の一杯を掬って俺の元へと恭しく持って来た。
「≪赤≫の御方……いえ、今はナベブギョウ様」
「あっ……はい」
口が裂けても言えないけど、これ鍋奉行ちゃうよ?
しかし、異世界の本当の鍋奉行の姿を知る由もないエリヒレイテ様は、俺の前に盛られた器を置くと、小さい体に似合わない美しい動作で頭を下げる。
「日々の恵みと、ナベブギョウ様の御力に感謝を」
祈るように俺に対して手を合わせて目を瞑る。
すると、鍋を囲んでいた亜人達も同じように俺に向かって両手を合わせて頭を垂れる。イリスを始めとしたユグリ村の皆は若干「なんでロイドに…?」と頭を傾げているが、ボンヤリと亜人達が俺に対して絶対の信頼を寄せているって事を理解したようで、静かに見守っている。
場が静かになり、皆が俺の反応を待って居る。
……いや、待たれても……。
俺の方がどうすりゃ良いのか聞きたいくらいなんスけど…?
こんな状況を作り出しやがった現況の幼馴染に「おい、どうすりゃいいの?」的な視線を送ると「なんとか誤魔化して」と視線が返って来て、更に周りに気付かれないように親指を立てられた。
…アイツ、あとで覚えとけよ…!
この場は何とか自力で誤魔化せっ! 頑張れ俺! やるんだ俺!!
「鍋奉行の名において、今宵の火と食材に感謝を。そして今日は神聖な鍋パーティー、皆心ゆくまで食べ、語らってくれ」
あっ、ヤベ、ちょっと我に返って「俺…何してんだ?」とか思って泣きたくなっちゃった。だいたい何だ神聖な鍋パーティーって? 超絶俗物的な鍋パーティーに神聖もへったくれもねえだろうが!!
皆鍋パーティーが初めてだからか、俺の言葉にどんな反応をすればいいのか困っている。
そして俺もこの微妙な空気に死にたい気分になっている。
この場を救ってくれたのは、パンドラだった。
無表情のまま、パチパチと手を叩いて俺の言葉に称賛を送ってくれる。すると、皆もそうするのが鍋パーティーの正しい反応だと思ったようで、喝采の拍手を送ってきてくれた。特に亜人達は力一杯手を叩いていて……ええ、まあ、はい、ありがとうございます。
「では、いただきます」
一応鍋奉行として献上された一杯目をいただく。
俺が食べないと皆も食べなさそうな雰囲気だしね…。
しかし、左手が動かないので食べづらい……身内の前で食べる分には多少行儀が悪くても良いのだが、人前だとちょっと気にしてしまう…。
少し困っていると、白雪がパタパタと飛んで来て俺の左手の代わりに御椀を持って飛んでくれた。
「父様、どうぞですの」
「ありがとう白雪」
両手で頑張って御椀を抱えて飛んでいる白雪に負担をかけないように気を付けながら木のスプーンで一口食べる。
「あっつ! あ、でも美味い…」
スパイシーな木の実を砕いて味付けされたアルフェイルで御馳走になった事のある料理だ。
どうやら、今日は亜人主動のイベントであり、余所から受け入れて貰った亜人達の感謝の意を示す場でもあるようで、亜人の料理を振る舞うって事らしい。ただ、野菜や木の実が主食のエルフの料理には珍しく、ちゃんと肉が入っている。ちゃんと人間に合わせた料理って事かな?
俺が腹が減っていた事もあり、御椀に盛られていた分をペロッと平らげる。
白雪が俺の食べっぷりを嬉しそうに笑い、空になった御椀を下ろす。
鍋を作ったらしい亜人達も、俺の口に合ったのに安堵したように顔が綻ぶ。
俺が一杯目を食べ終わったのを確認し、皆にも鍋が配られる。
皆が鍋を味わう姿を眺めながら、「もう一杯貰いに行くか」と立ち上がろうとすると、そのタイミングを見計らったように翼人のウィンディアがやって来た。
「≪赤≫の御か……じゃないナベブギョウ様、もう一杯御食べになりますか?」
ほんのり頬を赤く染めて新妻のように言いなさる。
アルフェイル襲撃の際に傷付いた羽もようやく治ったようで、リハビリに少しづつ飛び始めたとフィリスから聞いた。
「ありがとう、貰うよ」
「はい!」
嬉しそうに俺の差し出した椀を受け取り走って行く。
ウィンディアを戻るまで、献上されていた果物を白雪と一緒に食べて待つ。
ちなみに、ユグリ村は決して裕福な村ではない。今日の食糧は全て冒険者ギルド提供だそうです。流石見た目チビッ子とは言えグランドマスター、太っ腹! まあ、俺がお願いした亜人に引っ越しの全面協力の一環だろうけども。
白雪がリスのように果物を頬張っているのを笑っていると、ウィンディアが背中の羽を揺らしながら駆けて来た。
「お待たせしました!」
差し出された御椀を受け取る。
「ありがとう」
すると、口いっぱいに頬張っていた白雪が急いで咀嚼して、先程のように御椀を持って食事を手伝ってくれる。
「悪いな白雪」
「良いですの。父様のお役にたてるのが嬉しいんですの!」
先程よりモリっと御椀に入っているせいか、白雪がさっきよりちょっと必死だ。
「大丈夫か白雪? 辛いなら良いぞ?」
「だ、大丈夫ですのっ!」
意地になっているのか、忙しなく蝶のような羽を羽ばたかせている。
こんな小さな体に無理させるのもどうかと思ったが、白雪は直接的に俺に役に立てるのが相当嬉しいらしく先程から心の中にウキウキした思念が伝わって来てるんだよなぁ…。
まあ、気の済むようにやらせてやろう。
「そうか? んじゃ、改めて…いただきます」
うん、2杯目でもちゃんと美味い!
白雪が頑張ってるうちにさっさと食べてしまおうと2杯目も3分とかからずに食べ終わる。
椀が空になるのを傍で待って居たらしいウィンディアがオズオズと先程よりも更に顔を赤くしながら…
「あの…ナベブギョウ様、お味はどうでしたか?」
「うん? うん、凄い美味しかったよ」
「そうですか!? 良かった…。実を言いますと、今日はエルフの方達にお願いして私が味付けをさせて頂いたのです」
「ああ、そうだったの?」
「はい! 御口に合ったようで安心しました」
俺が不味いと言うんじゃないかと大分不安だったらしい。意識か無意識か…安堵と喜びで翼が少しだけ開いたり閉じたりしている。
最後の晩餐にするには、あまりにも賑やかで、楽しい食事だった―――。