14-13 鍋パーティー
人間と言う物は、気持ちが焦る程落ち着こうといつも通りの行動をしようとする物らしい……。そんな馬鹿な…とは思うが、実際に俺がそうなのだから仕方ない。
と言うわけで、真希さん、J.R.のクイーン級コンビと別れた現在の俺は、キング級冒険者として仕事をしていた―――。
気持ちも気分も明日の決戦に向いていて、目の前の事はどうにもフワフワとしている。仕事をするのにこんな感じではいかんとは分かっているんだが、明日が気になって集中できないのだから仕方ないだろう…。まあ、キング級の仕事とは言え、近頃の魔物の凶暴化の影響で大抵は魔物退治なので、正直俺ならフワフワした気分のままでも問題無いってのは幸い。
そう言えば気付いた事を1つ。
魔素は、元々継承者を探す為に魔神……っつうか“創世の種”が世界に撒いた物だ。って事は、魔素から生まれる魔物も野郎の手先…と言う事になる。
思い返すと「全ての命を憎む」魔物と、「世界の全てを憎む」魔神は通じるところがある。とすると、近頃の魔物の凶暴化の原因がジェネシスの力の増大、延いては創世の種の発芽が近くなっている影響…と言う事だろうか。
ったく、要らんところで終末感を煽って来やがる…。
閑話休題。
各地でキング級として魔物を倒して回り、その度に称賛とお礼をたくさん言われるが全然耳に入って来ない。なんとか軽く手を振って答えるくらいが今の俺の限界。俺に着いて来ていたカグ達が妙に心配してくれてたみたいだけど、敢えて何も言わないでくれたのは有り難い…。正直、今は何を言われても右から左に流れてしまう。
魔物の討伐を3つ程こなした時、陽が沈みだして夕方になった。
――― 決戦まで、残り約24時間…
ギルドへの報告を出して、皆と一緒にユグリ村へと帰る。
アステリア王国西端に在る王都ルディエからほど近い小さな村ユグリ。
周囲には知られて居ないが、現在は人と亜人が混じって暮らす色々と訳有りな村。まあ、キング級の俺―――っつか、ロイド君の出身って事も少しだけその“訳有り”に拍車をかけているのだが…その点は割愛。
引越しをしてからまだたったの3日。
元々居たユグリ村の皆と亜人が打ち解けるのはもっと先だなぁ…とか考えていたら…。
「おおっ、≪赤≫の御方が戻られたぞ!」
「遅かったじゃないかロイド、もう始めるところだぞ?」
皆に出迎えに挨拶を返すが……村全体が騒がしい。
何事かと思ったら、村の真ん中のスペースに牛を丸ごと投げ込めそうな大きさの鍋が置かれ、赤い火にかけられてグツグツと何やら良い匂いを周囲に漂わせている。
「……え? 何事なの?」
俺の自然な疑問にフィリスが答えた。
「鍋パーティーなる祭事だそうです」
「鍋ぱーちーて!?」
コッチの世界にそんな習慣ねーだろ! 実際フィリスが祭りだと思い込んでるし。いや、まあ、お祭りくらい楽しいって点は概ね肯定するが。
話の出所は俺じゃないとすれば2人しか居ない。
容疑者その1のロボメイドに目を向ける。しかし、いつも通りの無表情のまま
「どうかしましたか?」
といつも通りの無感情な言葉で返された。
うーん…どうだろう? 嘘っぽい感じはしないし、恍けてる風も無い……と思う。パンドラに本気でポーカーフェイスされたら俺でも見抜けんからなぁ…。
パンドラは一旦保留にし、容疑者その2のゴリ……幼馴染に視線を向ける。すると…
「…!」
俺の視線に気付いてスッと視線を逸らし、更に何事もなかったかのように口笛を吹きだした。
……なんだろう。コイツは誤魔化す気が有るのか無いのか判断に困る。まあ、長い付き合いの俺の経験から言わせて貰えば、多分本人は必死に誤魔化してるつもりだ。
「おい、鍋パーティーの出所はお前か?」
「な、何の事か分からないわ…」
「今のセリフを俺の目を見ながら言ってみろ」
少し空中を泳いだ後、カグが俺に視線を合わせる。が、すぐに逃げるように逸れた。
「ほらぁ!! お前か犯人はっ!?」
「ちょっ!? 犯人って言い方止めてくれる!? 別に悪い事した訳じゃないしぃ、親睦深めるにはこう言うのが1番かなって提案しただけだしぃ!」
「言ってる事は真っ当だけど、相手に祭事と誤解させてる時点でギルティ!」
単純にユグリ村の人達と亜人達が仲良くなるイベントってんなら俺も大歓迎だし、諸手を挙げて賛成してやるが、そこに微妙に間違った情報が入ると色々ややこしいので怒っておく。そして誤解も解いておく。
「あー、えーっと……フィリス? あのな、鍋パーティーってのは、その…」
「はい、あの女から聞いて居ます。何でもアーク様の世界での神聖な祭事で、鍋を囲んで居る間は“ナベブギョウ”なる神聖な存在の元、嘘偽り無く心を語り、仲良く食事をしなければならないとか」
………微妙に合ってるけど間違ってるのはどーゆー事なの?
そして、何やら素晴らしい祭りだと思っているらしいフィリスの目が子供のようにキラキラしていて「ただの食事やぞ」とは伝えづらい。凄く伝えづらい。いや、まあ、フィリスの場合、ただ鍋から漂う匂いにワクワクしているだけかもしれんが…。
カグを睨むと、全力で俺の視線から逃げていた。ダメだ、犯人に自白の意思なし。かと言って…俺の口から真実を伝える勇気は……ない!
「……うん、まあ、そんな感じ」
なので、聞かなかった事にした。いえ、現実逃避ではありません、断じて、ええ、まったくそんな気はないですよ、本当に、欠片もないですとも。
あー…なんだろう。さっきまで明日の決戦で頭いっぱいだったのに、少しだけいつも通りな感じ……。
あれ? このタイミングの鍋パーティーって、もしかして俺の事気遣ってフィリスやカグが動いてくれたって事かな?
まあ、それならそれで、夕飯の間くらいは明日の事を忘れて楽しむか。
「にしても、鍋超良い匂いだな?」
「はい! 今日は亜人にとって人の世界で行う初めての祭事ですので、皆が張り切って用意しました!」
「そうなん? そりゃ期待できそうだ」
そう言えば、今日1日考え過ぎで全然飯が喉通らなかったからな…。匂いに刺激されたのか急激に空腹感が襲って来た。
「(グー)あっ、ヤベむっさ腹減ったわ」
腹の虫を撫でて落ち付かせる俺を見て周りで皆が笑う。
「そりゃあ、今日1日全然ご飯食べて無かったんだもん。お腹も空くでしょうよ」
「はい。アキミネカグヤの意見を肯定します。今日のマスターの食事量は、通常時の3分の1以下です。健康の為に必要なカロリーと栄養の補強を推奨します」
「アーク様、食事は元気の源です! たくさん食べてたくさん動く、それが人のあるべき姿なのです。明日の為にもいっぱい食べて下さい!」
「父様に元気が無いと、皆もいっぱい悲しいですの…。だから、父様はいっぱい食べて元気じゃなきゃダメですの!」
俺の食が細いってだけで、皆にこんなに心配かけてたのか…とちょっと胸が熱くなる。
皆、明日の事抜きにしても俺に対して過保護過ぎじゃねえか? とも思うけどな。
「さあさあ、アーク様御急ぎ下さい! 何と言っても、今日のナベブギョウはアーク様なのですから!」
「は…?」
ちょっと何言ってるか分かんないですね?
「神聖なナベブギョウは、最も力ある者がするのだと聞いて居ます。であれば、アーク様意外の誰がいますか!」
「なるほど、そうでしたか。それならばマスター1択ですね」
「父様が1番ですの!」
え? 何? なんでもう俺が鍋奉行な流れになってんの? そんなんやった事ねえよ? 俺は常に食う専門だぜ? 食ってるだけの簡単なお仕事だぜ?
ギギギと自分でも不自然に思える首の動きでカグをロックオンする。
「おい」
幼馴染は今まで見た事もないスピードで首を回して俺の視線から逃げた。
「おい、これどう言う事だ?」
「あっ、鍋が煮えちゃうわ!」
「おいぃい!? 逃げんなゴリラ!!?」