14-10 すべての真実を語って3
魔神の肉体…っちゅう事は?
「ジェネシスの本体って事?」
だったら、今のうちに原初の火でユグドラシルごと焼いてしまった方が宜しいんじゃなかろうか?
「……おい、今まさかとは思うがユグドラシルごと焼いてしまおうとか考えなかったか?」
鋭い。
精霊とは言え、≪赤≫のオリジナルはアッチだし、まあ、なんか、そんな感じで読まれるんだろう…多分。
そしてユグドラシルを焼く発言に、フィリスと白雪のユグドラシル信仰組が若干嫌な顔をした後に俺をジト目で見て来る…。いや、別に本気で考えてた訳じゃないし…ええ、本当に。
「……まさか」
「リョータ、今誤魔化したっしょ?」
あ、ヤベエ、ジト目の威力が2割増しになった…。
チキショウ……幼馴染め! 長年の付き合いのせいで、俺の嘘や誤魔化しがコイツにだけは通じねえ…!
「まあ、それはともかく―――」
「あ、また誤魔化した」「誤魔化しました」「ですの」
いかん。女性陣の視線がドンドン鋭さを増している気がする……いや、気のせいだ。多分気のせいだ、きっと気のせいだ、うん。
空気に耐えられないので≪赤≫に先を促す。
「本体…と言う訳ではない。肉体と言ったのはお前達に分かりやすいように言葉を選んだだけの比喩だ」
「え? 違うの?」
「まあ満更違う訳でもないが………。ふむ、“アンカー”と言うのは、世界に対して自分の存在を固定する楔のような物だ。例えば、人間にとってのアンカーは肉体だ。肉体を他者の五感で認識する事で、“そこに居る”事が証明される…と言う感じだ」
なるほど。っつう事は、≪赤≫にとってのアンカーは火って事になるのか。
突然、何かに気付いた真希さんが声を上げる。
「あっ、つまりそのアンカーってのが無いからだ!」
「え…? 何がッスか?」
「魔神が人の体を使わなければいけない理由」
「あっ!」
そっか…。アンカーが無いから、個としてこの世界に存在する事が出来ず、別のアンカーに頼るしかない…って事ね。
皆して納得の顔。≪赤≫も1度頷き、「そう言う事だ」と肯定する。
いや、でも逆に言えばアンカーを取り戻されたら、アイツは人の肉体を必要としなくなるって事じゃね?
「恐らく今お前達全員の頭を過ぎった筈だ。『アンカーを手にした奴は、人の体から離れて完成するのではないか?』とな」
頷く。
「端的に言えば答えはイエスだ。だが、問題なのはそこではない。奴が人の体を使おうが、自身のアンカーで独立しようが、大した違いはないからだ。問題なのは、≪無色≫がアンカーを手にする事で“創世の種”として完成してしまう一点に尽きる」
完成する……って事は?
「え? じゃあ、もし仮に俺が≪赤≫の魔神を持って行かれても、奴はそれだけじゃ完成しないって事か?」
「うむ。≪無色≫が創世の種の力―――世界の創り変えを行う為にはアンカーが必要だ」
「いや、でも600年前にチョビッと発動したんだろ?」
「ああ。必要とは言っても、それはあくまで“ちゃんとした形”での発動の話。事故や暴走のような形で力が表に出る事はある。しかし、その力は小さく、また規模も狭い」
うーん…つまりアンカーはミサイルの発射スイッチって事か。
何かの異常でミサイルがその場で爆発する事はあっても、目的の場所に…最大効果を発揮する爆発をさせる為にはスイッチを押さなければならない……っちゅう感じか。
まあ、アンカーとやらは理解した。それが奴にとって絶対的に必要だと言う事も…。
そう言えば……ふと思い出したが、ユグドラシルの聖域で4色の光の柱を見たっけ…。もしかして、あれが精霊達の施した封印だったのかな? 微妙に魔神がビビってたような気もするし。
「って事は、野郎はアンカーを取りにユグドラシルに向かうって事か?」
だとすると、現状がヤバくない? 亜人が少なくなって聖域の結界が弱くなってるし、魔神4つ持ってるなら封印もぶち壊されたりしちゃうんじゃないの?
「うむ。だが、それはお前から魔神を奪った後だろう」
「なんで? アンカーを先に行くって選択肢は?」
「ないな。と言うのも、封印はその特性上、赤、青、白、黒、全ての力を同時にぶつけて相殺させる事でしか解除できん」
なるほど、なら安心……って言える程でもねえか…。
「封印が有るうちは≪無色≫は手が出せんだろうが、お前が奪われればその時点で奴はそれも解除してしまう。なんにせよ、≪赤≫の魔神が最後の砦…と言う事だ」
「改めて言われると気分が重い…」
「お前1人に背負わせて済まないとも思うが、そこは呑み込んで欲しい」
……いや、そんな頭下げなくても分かってますけどね。俺が何とかするしかないって事も、誰かに投げる事も出来ないって事も…。
ユグドラシルの話が出たからか、フィリスが気になっていたらしい事を精霊に訊いた。
「600年前―――亜人戦争を起こしたのは≪無色≫だったのだろう?」
「うむ。その通りだ守人の娘よ」
「あの戦争での奴の目的は……私達亜人の殲滅…だったのか?」
「うむ。私達も≪無色≫の行動の全てを理解している訳ではないが、あの戦での奴の目的は、第1に人間と守人達の仲違いさせる事。そして、魔神の継承者を動かして守人を排除させる事」
「やはり……か」
まあ、ショックはあるよなぁ…。
戦争と銘打った戦いである以上、それが命の奪い合いであった事は亜人達も理解していただろう。でも、あの戦争が始めっから亜人を全滅させる為に始められた物だったって事実は、また別のダメージだろう…。
話を聞いて居た白雪も怖がって身を寄せて来たし…。軽く撫でて安心させてやる。
「おそらく≪無色≫の筋書きは、人間と継承者達の手により守人を全滅。結界が解除された後で全ての魔神を奪ってアンカーを手にする…と言う流れだったのだろう。だが、予想外に600年前の≪赤≫の魔神の継承者が守人を護る為に人と敵対してしまった」
「先代のお陰で野郎の計画がブッちしたってか? ざまーみろだな」
先代様マジ偉大過ぎます。亜人との関係性残してくれた事にも、野郎の計画をバッキバキしてくれた事も感謝してもしきれんな。
「結果、守人は生き残り、継承者達が殺し合う前に魔神を回収しようとした≪無色≫は合体に失敗。誰がどう見ても、600年前の≪赤≫の魔神の勝ちだろう」
「流石≪赤≫の御方…!」「ですの!」
久方ぶりに亜人2人がむっちゃキラキラした目で俺を見て来る…。10秒前までの精神的ダメージはどこに行ったん?
まあ、2人の事はともかく………。
ジェネシスの言ってた『600年前と言い、今回と言い、我の最後の1歩を邪魔するのが余程好きらしい』ってのは、そう言う意味ね…。
奴が新しい世界を創ろうとする事が運命なら、俺が…≪赤≫がそれに抗うのも運命って事かな?
「これで、お前達の聞きたい事は話し終えたかな?」
「いや、1番重要なところを聞いてない。お前達四大精霊と精霊王は1度は創世の種を砕いたんだろ? その方法って今回は使えねえのか?」
微かな希望を抱いて訊く……と言うか、言ってしまえば1番俺が聞きたかったのはここだ。
あの怪物への対抗する何か手段か、その取っ掛かりが欲しい。でなけりゃ、勝てる未来が全然見えやしない。
「使えんな」
「……マジか…」
「そもそも方法と言う程大層な事はしていないのだ。私達の持って居た原初の力で無理矢理砕いた…と言うだけの事でな」
……ダメじゃん…。
同じ方法使おうにも、四大精霊の持っていた其々(それぞれ)の色の原初は魔神の一部になっちまってるし、それだけの出力の力なんてどこにも存在しないから替えは利かない。
「ふむ、何か対抗策が有るとすれば―――」
え!? 何かあんの!? 流石精霊! 頼りになるーっ!!
とか、心の中でガッツポーズして居たら、≪赤≫の真っ赤な炎の指がゆっくりと俺を指さす。
「え? 何…?」
「お前だ」
「俺?」
「現状、お前の持つ“原初の火”…それだけが奴に対抗し得る力だ」
ちょっとだけ場が凍った様に静かになる。
いや、ねえ? だってさ……。
「あのさ…言いたくねえんだけど、すでにジェネシスには防がれたんだけど…?」
「む…? そうなのか?」
「ああ……」
聞き返されて頷いたが、それだけの事に体と心が重くなる…。
≪赤≫が少しだけ考えるような素振りをして、微妙に重い沈黙が辺りを包む。唯一真希さんだけが原初の火の詳細を知らないが、空気を読んで静かにしている。
「それは、本当に防がれたのか?」
「どう言う意味?」
「いや、深い意味は無いのだがな。原初の火はこの世界の理の外に存在する物だ。それを本当に防げるものかと思ってな」
………そりゃ、俺だって原初の火が効かなかったなんて未だに信じたくねえけども…。