14-9 すべての真実を語って2
「魔神は1度揃っていた…?」
「うむ」
俺の言葉に、≪赤≫が特に気にした風もなく頷く。
しかし、それだと色々話がおかしくなる。俺が気付いたそんな事を俺以上に頭の回る女性陣が気付かない筈も無く、パンドラがその疑問を口にする。
「その情報に疑義を申し立てます。創世の種が完成していたのであれば、その時に世界の作り変えが行われた事になり、現在のこの世界が存在している事実と矛盾します」
「いや、“完成”はしていない。あくまで揃っただけだ」
「どう言う意味?」
集まったって事は、そのまま完成するって事じゃないの?
「平たく言えば、≪無色≫が合体に失敗した…と言う事だ」
「合体に失敗…?」
え…? 何? 合体に失敗とか成功とかあんの? じゃあ、もし今回≪赤≫を取られても、その時みたいに失敗する可能性があるのか……? だとしたら、若干だが精神的疲労が減るんだが。
「しかし、その失敗はなるべくしてなった結果だ」
「と言うと?」
「失敗の原因はいくつか有るが、大きい物は2つ。1つ目は単純なパワー不足だ。私達が“2つ目”を砕いた訳だが、欠片は魔神となった5つだけではない。微かな力を持った小さな欠片となった物も無数にある。それ等を集めずに1つに戻ろうとした為、力が足りなかった、と考えられる」
ジェネシスの小さな欠片…。
それが何なのか、心当たりが1つある。魔神と同じように持ち主に力を与え、そして…精霊が嫌がっていた物。何より奴が集めようとしていた物。
……その答えは一旦保留だ、先を聞こう。
「2つ目は入れ物の脆弱さ…だな」
「入れ物?」
「うむ。その時にも≪無色≫は現在と同じように人間の体を使っていたのだが、ただの人間の体では全ての魔神を受け入れるには“容量”が足りんのだ。普通の人間では、魔神1つを体に入れるのがやっとだ。故に、全ての魔神を無理矢理体に入れようとして、肉体が耐えられずに崩壊した」
「なるほど、それで失敗した…と」
「うむ。しかし、その時に創世の種の力が少しだけ発動してしまい、結果北の大地と呼ばれるあの場所はあのような姿になった」
って事は、ルナの予想通りに魔神の継承者同士の戦いが原因じゃなかったのか。
北の大地が不毛の地になったのが“発芽”のせいだとしたら……最悪の展開として、それが世界中に広がるって事も有り得る…のか?
「今、あの野郎が魔神を3つ……いや、アイツ自身を入れて4つか…を持ってるって事は、水野―――≪青≫の継承者の体は普通じゃないって事か?」
「そうだな、かなり特別な体である事は間違いないだろう」
なるほど、ジェネシスが水野をやたらと大事にしていたのはそのせいか…。
……って事は、最初っから水野の体を全ての魔神を集める為の器にする気満々だったって事じゃん…。
「でも、その失敗したの600年前だろ? その間に同じような特殊な体を持つのを探したりしなかったんかアイツ?」
だとしたら時間の無駄使い過ぎる…。
そんな事してるから、俺のような奴にとっての“邪魔者”が現れてしまったんだろうが。
「失敗の後、暫くは≪無色≫も動けなくなっていたようだが…今から200年程前から活動を開始していたようだな。それと、全ての魔神を受け入れる体を探すのはそう簡単な話ではなかっただろう」
「どう言う事?」
「前にお前が『魔素が魔神と関係しているのか?』と私に問うた時、私は王の許し無くして語れんと返したのを覚えているか?」
「ああ」
精霊界に行った直後の話だろう。でも、なんで急にその話?
「その答えを言おう。魔素とは、魔神が世界に撒いた、魔神に適合する人間を選別する為の物なのだ」
「はぃい!?」「何だと!?」「そうですか」「ビックリ…ですの」
俺やコッチの世界のフィリスや白雪がビックリする中、あまり魔素に対して馴染みの無いカグと真希さんは反応が微妙。
「それ故、魔神とは相容れない私達精霊にとっては毒なのだ。……いや、本来であれば人を始め、全ての生物にとってもそうであった。だが、生き残る為に体が進化し、魔素を魔力へと変換する力を身に付けた」
「では、より魔力の高い人間が魔神の適合者となると言う事か?」
フィリスの質問に≪赤≫が首を横に振る。
だろうね。だって、ロイド君の体は魔力の高さとは無縁の存在だ。つまり―――魔神の適合条件は、その逆だ。
「いや違う。魔素とは魔神の力その物と言っていい。それを変質させた魔力では何の意味もないのだ。魔神の適合者とは魔力に変換する必要もなく魔素を体に受け入れる事の出来る者。人間の言うところの“魔法の使えない者”だ」
ですよねぇ…。異世界人の水野やカグも魔素を魔力へ変換する機能なんて持ってる筈もなく、当然“魔法の使えない人間”にカテゴライズされる。……あれ? でも、だとすると、異世界人なら誰でも継承者になれたって事じゃね?
「なるほど、確かにそれじゃあ探すのは大変だわな…」
コッチの世界は99.9%の人間が魔法を使う事が出来る。って事は、ほぼ全ての人間・亜人が、魔素を魔力に変換する能力を体に有している…と言う事だ。残りの0.1%がロイド君のような魔力を持たない人間な訳だが、その中から更に特殊な全ての魔神を受け入れる事の出来る人間を探すなんて、どう考えても無理ゲー過ぎる。
でも、ジェネシスは水野を見つけ出してしまった…。
「話を戻そう。お前達が北の大地と呼ぶ場所が2つ目の創世の種の力の一端によってあのような姿になったのなら、その力の全てが発揮されれば―――うむ、まあ、考えたくはないな…」
思わず溜息を吐いてしまう。
分かっちゃいたけど、≪赤≫が奪われる事はそのままこの世界の“終わり”に直結してる。その事実が心を重くする。
しかし、話を聞いて居た真希さんがポジティブな事を言ってくれた。
「でも、そうなるって確定してる訳じゃないだろう? もしかしたら、良い世界……は期待できないかもしれないが、それなりに住みやすい世界にはなるかも」
いつもなら楽観的な意見だなぁ…と呆れるところだが、今はちょっとだけ心を軽くしてくれる有り難い意見だ。
確かに、悪い方向に転がると確定した訳じゃない。
しかし、立て直された心の安定をパンドラが見事に砕いてくれた。
「いえ、その可能性はほぼ無いでしょう」
「どう言う事かな、メイドちゃん?」
「はい。ガゼルの出身島に昔流れ着いたと言う異世界人と思しき人物、それが私の製作者の1人である可能性は疑いようがありません」
「うん、そいで?」
「その人物が最後に言い残した言葉、『新しい世界には絶望しかない』が貴女の意見を否定する理由です」
なるほど…そうだった。
1週目の世界が終わった原因は、おそらく―――いや、間違いなくジェネシスが魔神を全て集めて“発芽”したからだ。とすると、パンドラの製作者達はその未来を回避する為にコッチの世界に呼ばれ、亜人戦争真っただ中の過去に行った事になる。
その人物が新しい世界……つまり、ジェネシスの創り変えた先の世界には絶望しかないと言っている。
「楽観的な意見は諦めるしかなさそうですよ、真希さん?」
「ショタ君…」
「最悪の展開を予想しときましょう。多分、その通りになる……」
「リョータ…」「アーク様…」「父様…」
そんな寂しそうな顔して見てくんなっつうの…。別に諦めた訳じゃない。
多分、昨日のジェネシスとの邂逅がターニングポイントだったんだ。1週目の世界でも、恐らく似たような展開になって、そしてあの場で全ての魔神を奪われて……そのまま世界の終わりに叩き落とされた。
俺があの場で魔神を引き剥がされなかったのは【無名】が有ったお陰。そして、その【無名】をくれたのは種蒔く者こと神様もどき。そのもどきと会う機会は、パンドラの製作者達の行動の結果生まれた物だ。
っちゅう事は、現状は2周目限定ルートに突入中な訳です。
もどきは、俺が居れば1週目と同じ終わりを回避出来る可能性が有ると言っていた。まあ、事実1度はジェネシスの手を逃れた訳だし…。
可能性はまだ有る―――と思いたい。
そんな俺に、妙に優しい声で≪赤≫が言う。
「お前の言う事はもっともだ。だが、まだ全てが終わった訳ではない。奴の“アンカー”には私達精霊の力によって最後の封印が施されているのでな」
「アンカー?」
「うむ、アンカーだ。守人達によって形成されていた結界が薄くなっているので、少々心許なくもあるが…」
守人……亜人によって形成されていた結界って事は…、
「え? ユグドラシルの事?」
「そうだ。ユグドラシルには奴のアンカー……と言っても分かり辛いか…。ふむ、少々語弊はあるが、人間に分かりやすい言葉で言うと“肉体”だな」
肉体て…え?
「魔神の肉体が、ユグドラシルに封印されてんの!?」
「うむ」
≪赤≫は当たり前のように頷いた。