14-8 すべての真実を語って
「で、早速だが話聞かせて貰っていいか? あんまりノンビリしてる余裕ないんで」
本当ならお茶と茶菓子の1つでも出して出迎えたいところだが、時間は有限……明日の夕方がタイムリミットである以上呑気に構えてられない。
しかし、≪赤≫の大精霊もその辺りの事情は分かっているようで、「うむ」と小さく頷いて返してくれた。
「そちらの事情は理解している。≪無色≫が他の魔神を取り込んだのだろう?」
「おう…正しくその通り」
どんな方法かは知らないが、精霊はコッチの世界を見ているってのは本当らしい。じゃあもうちょっと何か手を打てよ……とツッコミたいが、それはグッと我慢する。
「≪無色≫の手に、≪青≫≪黒≫≪白≫の魔神が渡った事は残念であり無念だが……うむ、済んだ事を言っても仕方あるまい」
「そう…だな」
出来れば、こうなる前に決着をつけたかったが……確かに≪赤≫の言う通り、済んだ事をウダウダ後悔しても仕方無い。それよりも、この先を考える方が建設的だ。
「それで、何が聞きたいのだ?」
「全部だ。“完全なる1”ってのは具体的に何だ? 魔神が1つになると何が起こる? お前達はどうしてそれを砕かなければならなかった? 今まで起こった事、これから起こる事、俺達に話さなかった部分も全部だ」
「ふむ…」
炎の顔面に開いた2つの目の代わりの穴。迷っているのか、穴の周りの炎が揺れる。人で言うなら、目を閉じて黙考している……って感じの状態だろうか?
「精霊王に口止めされてるか?」
前に精霊王が敢えて口にしなかった部分も聞かせろと言っているのだ。それを勝手に話せってのは流石に無理だろう。であれば、直接精霊王に聞きに行くしかないのだが…。
「いや……王は、お前達に全てを話して構わないと仰っている」
「精霊王は、コッチの切迫した状況を理解してくれているようで助かるよ」
この期に及んで隠し事をするようなら、本気で半殺しにして真実を吐かせなければならなかった。……いや、別に俺だって好き好んでそんな事したくねえけどさ…。
≪赤≫の大精霊が、溜息を吐くように炎を吐く。
「少し、長い話しになる」
「ああ」
女性陣も「望むところ!」と気合の入った聞く姿勢になる。
「この世界の誕生の話だ」
「創世の話…? お前達が生まれた時の話?」
「そうでもある。この世界は何時、どのようにして生まれたか知っているか?」
「どのようにって…」
そりゃ、アレだろ? 宇宙で何やかんやして、惑星の形になった塊が何やかんやして生命が芽吹いて、何やかんやあって世界になったんだろう。
あれ? でもそれだと、どのタイミングで精霊は生まれたんだ?
いや、そもそも世界の概念って何だ? この星の中だけを指すのか、銀河系を指すのか、もっと先の…宇宙全てを指すのか?
「ふむ、分からんか?」
「分からんな」
俺の即答に、静かに頷いてから続ける。
「この世界は、一粒の種から始まった」
「種?」
「そうだ。種蒔く者が何も無い虚無に蒔いた世界創世の種―――ジェネシス」
「ジェネシス……!」
この場でその名前が出るってのは、ただの偶然じゃねえよな?
俺同様に、その名前に引っ掛かったパンドラ達の表情が険しくなり、白雪が何かを怖がって俺の頬に寄って来る。
しかし、それ以上の追及はせずに先を促す。
「創世の種が発芽した瞬間に、この世界は生まれた。これは比喩ではなく事実。そして、世界が生まれ瞬間に私達精霊も生まれた」
精霊…この世界の守護者として、監視者としての役割を持つ存在。
精霊王と四大精霊はそのトップたる者達。故に強大な力“原初”をその身に宿していた。
「人、獣、魚、そして草木、様々な命が溢れて、穏やかで、静かな平和な世界だった」
遠い過去の姿を思い出しているのか、少しだけ遠い目をする(目って言っても穴だけど…)。
それに“だった”と過去形で言葉を結んだのが気になった。
確かに今の世界は、とてもじゃないが穏やかで静かな平和な世界ではないけども…。
「しかし生き物とは常に変化を求めるものだ。より良く、より強く、より自由に、より楽に、より優れたい。そう言った変化を進化と呼ぶのなら、進化を求めるのは生物の性なのだろう」
「まあ、そうだな。それは否定出来ん」
人がより良い生活を送れるように―――それは、コッチの世界でも俺等の世界でも変わらない。誰しもが多かれ少なかれ持っている物だろう。
「私も、他の精霊達もそれを否定するつもりはない。だが―――その進化への欲求が、呼んでしまったのだ…」
「……何、を?」
いきなりトーンダウンした≪赤≫にちょっと驚く。
「2つ目の創世の種を―――」
「2つ目…?」
「そう2つ目だ。そして、この“2つ目”が世界にとっての厄災だった」
「厄災? でも、世界を創生する力なんだろ? なんか、人にとっては良い方の力っぽく聞こえるけど…」
「いや、創世の種はそんな生易しい物ではない。生物の望む通り、世界に進化を齎す―――そう言えば聞こえは良いが、実際に行われるのは世界の上書きだ。砂の城を崩す様に、今存在する壊し、そこに新たな世界を創り出す」
新たな世界…ね。
引っ掛かる単語だった。なんたって、今絶賛世界を脅かしている最中の“ジェネシス”が言っていた。
「この世界を存続させる為には、“2つ目”が発芽する前に排除する以外の選択肢がなかったのだ」
話が繋がった…!
精霊達が“完全なる1”と呼んだ物の正体…それが“2つ目”の創世の種。その欠片が魔神、故に持つ【事象改変】の力。現実を書き換える力―――言い換えれば、“世界を作り変える力”。
「なるほど…ジェネシスの言葉の意味が理解出来たわ…」
何を言ってんだと思っていたが全部腑に落ちた。
『古き世界に幕を下ろし、新しき世界を開く―――』
全ての魔神と取り込み、創世の種へと戻る事でその力を発揮。そして……世界を作り変えようとしているって事か。
後ろで聞いて居たカグにもそれが分かったらしい。
「え? え? じゃあ精霊王様の言ってた“完全なる1”って創世の種って事?」
予想以上に相手が規格外の存在だった事に皆動揺している。唯一パンドラだけが「そのようです」といつも通りの無表情で返していた。
「ふむ、私達がどうして奴を砕かねばならなかったか、理解して貰えたようで何よりだ」
「いや…うん、まあ……お前達が魔神を生んだ件の行動の正当性は分かった。それで聞きたいんだが、奴が“発芽”すると、具体的にこの世界はどうなる?」
ジェネシスが途方もない存在だと言う事は分かった。この世界に許容できない者だと言う事も。しかし、俺が聞きたいのは奴が居る事で実際にどんな被害が出るかって点だ。
新しい世界を創るってのが、どの程度で発揮されるのかが分からない。
「それは……私達にも分からん。何しろ、創世の種の発芽など1つの世界で1度しか有り得ない事だ。2つ目が発芽した時、どんな結果になるかは……何とも言えん」
「………」
ふざけんな! と責めたい気持ちはあるが、確かに≪赤≫の言う事ももっともな話だ。
「しかし、予想する事は出来る」
「え? そうなの?」
「うむ。お前達人間が北の大地と呼ぶ大陸を知っているか?」
「ああ」
知ってるも何も、明日のジェネシスとの決戦に指定された場所だ。
それじゃなくても、知っていない訳ない。だって、北の大地は600年前の亜人戦争で魔神の継承者が決着をつけた場所だからな。
「では、あの場所の現状も知っているな?」
「草木も生えない不毛の地…だろ? 俺も直に見た事有るけど、ありゃあ酷い…」
「それが、奴が発芽した時の予想だ」
「は?」
意味が分からん。あれは、魔神の継承者が戦った影響…って奴だろ? まあ、ルナの奴はそんな戦いがあったのかって疑ってたけど。
「≪無色≫は600年前……人間が亜人戦争と呼ぶ戦いの最終局面で―――全ての魔神をあの地で手にしているのだ」
「は?」「え?」「何?」「意味不明です」「ですの?」「うん?」
全員揃って首を傾げてしまった。