14-5 少しだけ日常に戻って
「他の連中はどうしてる?」
具体的にはフィリスとガゼルの2人。
2人共、あのあの戦いで結構無茶していたようだし、ちょっと心配だ。
その質問に、パンドラが俺の左手を握ったまま答えた。……いや、もう離してよくない? 動かないのは分かったでしょうに…。
「フィリスは亜人達の所に。ですが、マスターの事を心配していたのですぐに戻ってくるかと」
「そうか…」
戻って来たらフィリスにも一応「心配掛けてゴメンなさい」しておこう。
っつか、亜人達の所に行ってるって事は、亜人達は元よりユグリ村の皆にも俺がぶっ倒れた事伝わってんのかな…? だとしたら、今頃そっちも心配してるよなぁ…。亜人の皆は俺に無茶苦茶過保護だし、イリスあたりは気絶してなきゃ良いけど…。
「ガゼルの奴は?」
「グレイス共和国が東天王国と話し合い、と言う名目で賠償請求をするそうなので自国に」
あー…そう言う事ね。
東天王国も、≪無色≫と水野にいい様に使われたと思えば多少は情状酌量の余地ありかとも思うが、元々侵略国家だったらしいのでやっぱギルティ。国家予算並みの金を払って大人しくなってくれれば良いと思います。
「明日の昼前にはコチラに合流するとの事なので、『心配するな』だそうです」
「別にしてねえけどな…」
当たり前っちゃ当たり前だけど、皆戦う気なんだな……。当の俺が野郎の化物っぷりにビビっちまってるって言うのに…。
皆が頼もしいのか…俺がクソ情けないのか…。
……落ち込むのは後にしよう。時間は有限だ。特に今は…。
「これから、どうなさるのですか?」
「急ぎでやらなきゃならない事が2つある」
「2つ、ですか?」
「まずは、戦力になりそうな人間に声をかけに行こう」
ジェネシスの能力は底が知れない。
いつもなら出来るだけ人を巻き込みたくないと考えるが、今回はもう仕方無い。少しでも戦力になりそうな人には手伝って貰う―――とは言っても、あの野郎と戦える人間なんて相当な怪物級の強さでなければならない。
最低でもクイーン級冒険者。いや、でも悪いけどクイーン級でもエイルさんレベルだと、ぶっちゃけ足手纏いだな…。
とすると、当てに出来るのは現クイーン級の戦闘力トップ2の2人か。
真希さんは魔法のスペシャリスト。詠唱とディレイ無しに超高火力の魔法をバカスカ撃つらしいが、そんな事が出来るのなら確かにクソ強い。魔法の一点に絞れば、魔導皇帝さえ凌駕する。
J.R.に関しては、まあ、特に言う事はない。だって、もう馬鹿みたいに強いしあの人…。真正面からの殴り合いに持ち込まれたら、魔神になってても押し負けるかもしれないレベルだし。
明日の決戦に参加して貰えるように、早いところ2人に協力を頼みに行きたい。まあ、あの2人なら頼めば来てくれると思うから、そこまで深刻には考えてないけど。
「ジェネシスとの戦闘に参加できる水準の能力となると、泉谷真希とジャスティスリボルバーの2人でしょうか?」
「まさしくその2人。まあ、他に思い当たる奴も居んしなぁ…」
「亜人の中に数人ですが居るのでは?」
言われてみればそうかも…。
いや、でも、出来れば亜人は極力参加させたくない。戦力が欲しいのは切実だが、ユグドラシルの結界の関係で亜人は速攻で潰される可能性がある。
フィリスと白雪の2人程度ならフォローできるけど、これ以上の人数となるとジェネシス相手では手が回らない。と言うか、この2人も出来るなら戦闘に参加させたくない…つっても、無理にでも着いて来そうだから、変なタイミングで乱入されるぐらいだったら始めから連れて行くけども。
「いや、止めておこう。下手に参加して死なれると、コッチのダメージがでかい」
「了解しました」
あとは………冥王とか?
即却下。
あの骸骨は冥府に引き籠って絶対出て来ないし。っつうか、冥府での本業ほっぽり出されても困るし。そもそも協力してくれる可能性がほぼ0だし。
「父様、精霊の方達にお願いしてみるのはどうですの? 何かあったら頼れって言ってたですの」
なるほど、確かに良いかもしれない。
魔素のあるコッチ側では能力駄々下がりらしいが、それは俺が【魔素吸奪】使って無くしてやれば解決するし、元はと言えば連中が撒いた種なのだから少しは無理して貰っても罰は当たらんと思う。
「そーだな。じゃあ、ついでだから頼んでみるか?」
「ついで…ですの?」
「ああ、急いでやる事2つ目は、精霊に話を聞く事だからな」
「どうしてでしょうか?」
「精霊王は色々話してくれたけど、多分まだ話してない部分が有る。決戦目の前で慌てるのもアホらしいが、少しでもジェネシスに関する情報が欲しい」
精霊王と四大精霊は、かつて“完全なる1”を砕いて居る。って事は、もしかして何かしらの対処法とか攻略法とか、そんな感じの事を知っているかもしれない。知らなかったとしても、貰える情報から何か状況を好転させる糸口が見つかるかもしれんし。
何より、半端に情報を隠されてるってのが気に喰わん。精霊の尻拭いをする事については納得したが、それならそれでアッチも誠意を見せて貰わなきゃ割に合わん。
「では、また精霊界に行くんですの?」
「いや、適当に火やら水やらに話しかければ出てくるんじゃん? そんな感じの事を言ってたし」
そもそも精霊界の行き方分かんねえし…。
「まあ精霊との話にもフィリス居て欲しいし、そっちもフィリス待ちだな」
情報共有の手間って意味でもだし…気のせいかもだけど、フィリスに対しては微妙に友好的な気がすんだよなぁ……ユグドラシルの枝持ってるからかな?
「では、今のうちにお食事になさいますか?」
「そうだな、頼むわ」
パンドラが宿屋のキッチンを借りに行っている間にフィリスが帰って来た。
「アーク様!?」
「おう、おはよう」
時間的には「おそよう」ですが…。
「目を覚まされたのですね!」
「ああ、心配掛けてすまんかった」
「良かった!!」
そして抱きつかれた。
縋りつくように力一杯抱きついて来る。
結構筋肉質なくせに、こうやって抱きつかれてみるとちゃんと女の子らしい柔らかさなんだよなぁ…。っつか、女性らしい匂いで微妙にドキドキする…。
ハッとなる。
女子に抱きつかれたのは男として嬉しいが……嬉しいのだが、今部屋の中にはカグと白雪が居る。
白雪が机の上で花と遊びながら微妙に白い視線で見て来るし……カグは―――あれ? 気にした様子も無く窓の外をボンヤリと見ていた。
………? なんだろう、様子がおかしい。顔色が悪いわけではないし、心配する程ではない……のかな? カグは調子悪ければ言うしな。
その時、部屋の扉が開いて、トレーを持ったパンドラが入って来た。
「何をしているのですか…?」
抱き合っている俺達に、パンドラが冷やかに言う。
いつも感情を見せない奴だが、今は更に4倍くらい冷たい気がする。気の弱い奴だったらションベンちびるかもしれない。
妙な圧力に負けてフィリスをそっと剥がそうとすると、全然離れようとしなかった。それどころか、挑戦的にパンドラに言い放つ。
「抱き合っている」
「ただちに離れて下さい」
それでもフィリスが離れようとしないと、パンドラが無表情に剣呑な空気を出し始めた。
「マスターは今から食事をします。ただちに離れて下さい」
これ以上行くと、本当に殺し合いが始まりそうな雰囲気なので、若干力付くでフィリスを引き剥がす。
「ああ!?」
「……朝ごはん食べたいから」
パンドラが無言で俺を見て来る。視線がとっても痛いが、平気な振りをして席につく。変に反応すると、俺がやましい事してたみたいじゃん? 別にそんな事ねえし。ええ、本当に、まったくちっとも。
「マスター、鼻の下が伸びていますが?」
「の、伸びてねえし! 言いがかりだし!」
「……そうでしょうか?」
それ以上の追及はなかったが、飯の準備がいつもに比べて少しだけ乱暴だったように思えたのは………俺の気のせい、と言う事にしておこう。