2-10 炎使いとロボメイドの受難
小さな窓から差し込む光が瞼の上からでも分かる程眩しい。
朝…か。
結局、昨日は疲れた体に鞭打ってなんとか半分程片付け、床に寝転がれるスペースが出来たところで投げ出した。
真面目にやってられるか! ついでに置いてあった食料は残らず食い尽くしておいた。せめてもの意趣返しだ。そう言えば、食事の事で1つ。パンドラも一応飲食が出来るらしい。「バイオ燃料として消化が可能です」との事。バイオ燃料呼びは、正直飯が不味くなるので勘弁して欲しかったが、普通の人間と同じように生活出来るのはありがたい。
さて、そろそろ目を開けて起きるかと思ったが……体が重いな。昨日無理し過ぎたから体が疲れてるのかな? まるで、何かが上に乗ってるような――――…。それに、心なしか、おでこに何かが触れている感触がある気がする。
目を開けると、視界一杯にマリンブルーが広がっていた。慌てて目を閉じる。何だ今の? まだ夢見てる訳じゃねえよな…?
「おはようございます、マスター」
ん? 声が近い。
再び目を開けると、視界一杯のマリンブルーの奥で、カメラが俺にピントを合わせていた。
「パンドラ?」
「はい、パンドラです」
近い…。っつか、近過ぎる。少し体を起こしたら唇が触れてしまいそうなくらいに…。それと、おでこの感触の正体は理解した、コイツのおでこだ。理解はしたが…。
「何やってんだ?」
「はい、マスターの寝起きの体温、脈拍を計測しています」
体に感じていた重さは、パンドラが俺の上に覆い被さっていたせいだった…。でも体重はかけていないな。コイツが体重かけたら80kgオーバーの重量が寝ている俺を襲っていた筈だし。
って言うか、今俺の胸辺りにあるやたら柔らかい感触…コレって…あー…アレですよね? 知ってます知ってます…サイボーグもちゃんと柔らかいのは知りませんでしたけど、とりあえず製作者の人に言いたい。
本当にありがとうございます!
「体温、脈拍に異常を検知。今日の業務のキャンセルを要求します」
「い、良いよ! 大丈夫だから!」
「いけません。マスターの体調管理は私の使命です。体の異常が検知された状態での行動は制止させていただきます」
グッと体重をかけてくるパンドラ。
ちょっ、待て! まだ、これくらいなら重くないけど、その…胸が…! っつか、顔近過ぎて、下手に身動き取れねえんだよ!
「ちょ、良いからどけって!」
「その命令には従えません」
「従えって!? 本当に大丈夫だから!」
「病人と怪我人は皆そのような事を言うと記憶に記録されています」
「お前のデータベース、ちょっとおかしくねっ!?」
「おかしくありません。セルフメンテナンスの結果は正常です」
なおも体を押し付けて俺の行動を塞いで来るパンドラ。
メイド服の上からでも伝わって来る体の温もりと柔らかさが、寝起きの俺の脳みそを刺激してくる。っつうか、コイツ本当にサイボーグか!? 感触が完全に人間にしか思えねえぞ!? 【熱感知】で見ても体温が人間と大差ないってのが、また俺を混乱させる。
パンドラの奴は、俺が折れるまで上からどく気がなさそうだし、下の俺は俺でテンパってコイツをどかす方法が思いつかないし。この状況、どうすれば良いんだよ!?
などと俺が1人で悩んでいると、コンコンッと何かを叩く音がして、視線を音の方に向けると、倉庫の入り口の所で月岡さんが柱に寄りかかって俺達を白い目で見ていた。
「人の店の中で、卑猥な行為は慎んで欲しいもんやな~?」
「違っ!? ちょっ、おいパンドラ、どけって!」
「その命令には従えません」
「それはもう、良いっつうに!」
仕方なく体の間に手を入れて…極力変なところを触らないように気を付けながら、パンドラを押し上げ―――って、重っ!? パンドラが抵抗するもんだから87kg増しの重量が俺を襲う…って、本当に重いんだよ!!
寝起きに重量挙げみたいな真似させんなっ! と内心文句を言いつつパンドラをどかして立ち上がる。
あー疲れた……。
「坊、女に飢えたかて、ロボ娘に手を出すのはどうなん? 人として……」
「だから、出してねえから!?」
「マスター、速やかに横になって下さい」
「なんねーよ!!」
「え? 坊、さっきの続きするん?」
「だから、しねえって!? っつうか、何もしてなかったっつうに、話し聞けよっ!?」
なんで朝っぱらから、こんなグッタリするほど肉体と精神が消耗してんの俺…?
「まあまあ、落ち着きや。坊が昨日、ロボ娘相手にハッスルしててもウチは軽蔑したりせんから」
「アンタいい加減にしないと、女相手でも本気で引っ叩くぞ……」
女に手を上げるのは男としてどうなのかと思うが、この人はカテゴリー分けが“女”ではなく“闇金業者”になっているので、実際やる事になってもあまり躊躇はない。
「恐い顔しんなや、冗談やろ冗談。グッモーニン代わりの小粋な素人弄りやんか」
素人って、弄ってるアンタも素人だろうが…。と思ったが、いちいち話し拾ってたら切りが無いので流す。
「とりあえず、おはようございます。礼儀として」
「はい、おはよーさん。ほんなら、今日のお仕事やけど―――」
はい? 今、お仕事って言いました?
「ちょっと待って! お仕事って何? 遺跡探索したら情報くれるんでしょ?」
「そやね。そういう約束やったね?」
「じゃあ、何シレッと次の仕事させようとしてんの…」
無言でパンドラを指さす月岡さん。
「ロボ娘のメイド服の代金払うんやったらええよ?」
「………」
無言で見つめ合う俺と月岡さん。
負けるな俺、ここで負ければこの人の思う壺じゃねえか! 俺は金の力になんて屈しない!
「今日も1日、良い仕事しようか!」
………断じて金の力に屈した訳じゃねえよ? 目の前のヤ●ザみたいなヤバい目をした女に屈しただけだ…。
* * *
朝飯を食べた俺とパンドラは、その足で月岡さんの渡して来たお仕事を開始した。
ソグラスの北にある、鉱山の町ダロス。そこに荷物を届けに行くって、ゲームで良くある所謂“お使いイベント”か。と安心していたら…。
「ああ、クソッ! 重い…!!」
本来なら、明らかに人ではなく馬が引いてしかるべき量の荷物の乗った荷台を見せられた時には、本気で殺意が湧きそうになった。
コレ何キロ乗ってんだよ…!? 絶対100や200じゃきかねえぞ。
「マスター、やはり私が引きましょうか?」
荷台を後ろから押していたパンドラが提案してきたが却下する。パンドラがどれくらいの馬力を出せるのかは知らないが、少なくても【フィジカルブースト】全開状態の俺以下なのは確かだ。つまり、俺が限界ギリギリまで力出してなんとか動いているこの荷台は、パンドラじゃ動かせない。
平坦な道だったら代わっても良かったのだが、ダロスがあるのは山の上。直線距離なら半日とかなり近いが、実際は切り立った崖があるせいで、それを大きく迂回して登らなければならない。実質着くのに2日はかかる。つまり、2日は坂道でこの荷台を引き続けなければならないのだ。
くっそ!! ふざけんなよ、あの女!! 普通この量運ぶなら馬の1頭や2頭用意するだろうが…!!
ソグラスを出発する前の会話を思い出す。
「月岡さん…コレ、2人じゃ無理でしょ?」
「行ける行ける。坊とロボ娘ならやれるて」
「いや、行けねえだろ。何を根拠に言ってんだ…」
「そやって仕方ないやん? 馬引っ張って来ると、その分の経費掛かるで? 坊はウチへの支払い、さっさと終わらせたいんやろ?」
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる。
…この野郎、俺が頭下げんの待ってんな…。死ぬほど腹立つ! 絶対頭なんか下げるか。
「それなら良いですよ。この荷物を届ければ良いんでしょ」
「え? マジでやるん、坊? 無理しても良い事あらへんよ?」
口元に手を当ててプププっと笑うその様が、いちいちコッチの神経を逆撫でしやがる!
「問題ないです! パンドラ、行くぞ」
「はい、マスター」
「ああ、ほんまに行くん? そないに頑張るなら、坊にプレゼントでも用意して待っとるわ」
そんな感じで見送られて出て来たのが何時間か前の話。
月岡さんが用意しているというプレゼントは、どうせ借用書か何かだろうと予想しているが、あの人の場合コッチの想像の斜め上をいくので、もっとトンデモない物が出てくる事も覚悟しておこう。