14-3 道標の2人
頭の天辺にストローを突き刺され、そこからチューチューと力を吸い出されるような―――そんな不気味で、恐ろしい感覚。
俺の頭を掴むジェネシスの手がストロー、吸い出されているのは≪赤≫。
ま…ずい…! コイツに≪赤≫を持って行かれたら―――取り返しのつかない事になる…ような気がする!
くっそ、こんなギリギリまで追い込まれるなら、精霊王に“完全なる1”とやらについて、無理矢理にでも詳しく訊いておくべきだった!
……等と今更後悔しても遅い。
今はとにかく、この場をどう切り抜けるか、だ! ………いや、切り抜けるっても、もう詰んでねえかコレ?
俺は力が抜けて行き、まともな抵抗出来ねえし、周りの連中もさっきの暴風を食らって立て直せてねえし……。
「さあ、最後の我が欠片よ―――」
心臓ではない別の部分が強く鼓動を鳴らす。
意識がジェネシスに引っ張られる。
――― ヤバい! 俺ごと持って行かれる!!?
抵抗しろ!
脳味噌が全力で全身に命令を送るが、何も反応がない。
だけど、せめて抵抗の意思を示す。
目の前の顔を睨む。たったそれだけの、小さな抵抗。
それを嘲笑うように、吸い上げる力が増す―――。
「ッッッ!?」
体から急激に力が抜けてガクンと沈む。
意識が遠くなり、視界がブラックアウトしそうになる。
「抵抗しても無駄だよ? “それ”は元々我の一部だからな」
ああ、クソッ! 力の引っ張り合いじゃ勝ち目がない……。
――― 本当に?
誰かの声が聞こえた気がした。
闇に塗り潰されていた意識の奥で、どこかで見た光の粒が雷光のように一瞬輝いて―――カチンッと意識と体の接続が噛み合い、体の自由が戻る。
「…なんだ?」
ジェネシスの方も、力の吸収がもう少しで始まるってタイミングで突然吸い上げられなくなったらしく、初めて顔から余裕が消えて、困惑して目を見開いて俺を見る。
ここだ!! 動け、体!
「離せやっ!!」
【火炎装衣】を発動。全身から真っ黒な炎が噴き出し、体を半分以上呑み込んで居た岩壁が一瞬で灰も残さず焼失し、ジェネシスが舌打ちしながら俺の頭から手を放して飛び退く。
「チッ…」
ジェネシスが距離をとったのを確認しつつ地面に着地し、原初の火を引っ込める。
「………っぶねぇ…」
今のはマジ焦った!! 完全に詰みにされたと思ったわ!
っつか、あの光……精霊界で原初の火に焼かれた時にも見た。って事は、また【無名】に命を繋いで貰ったって訳か…。もどきには足向けて寝られんね。
ヴァーミリオンを鞘に戻し、抜刀―――【空間断裂】の構え。
そんな俺の姿と、さっきまで俺の頭を掴んで居た自身の手を見比べているジェネシス。
「≪赤≫が我の命令に抗った…? これはいったい、どう言う手品だ?」
困惑の目の中に、苛立ちと、俺に対する微かな怒りが混じる。
「悪ぃが、まだテメエの王手にはさせねえぜ?」
コイツには王手間近で2度も盤を引っ繰り返されてんだ、少しは溜飲が下がった。
さて、こうなれば野郎は本格的に俺をぶっ潰して≪赤≫を持って行こうとするだろう。
正直、ジェネシスの本気がどれ程のヤバさかは、魔神の力をよく知っている俺でも想像出来ない。その力が本気で向かって来るとなれば、こりゃもう、コッチも覚悟を決めんといかんだろう。
自然と鼓動が早くなる。手の平が痛くなる程強く刀を握り、湧き上がってくる恐怖心を無理矢理抑え込む。
……だが、ジェネシスは攻めて来なかった。それどころか
「はぁっはっはははは! なるほど、やはり最後は≪赤≫か」
壊れたように笑った。
そして、一頻り笑い終えると、腕を下ろして戦闘態勢を解く。
「600年前と言い、今回と言い、我の最後の1歩を邪魔するのが余程好きらしい」
「何の話だよ」
「≪赤≫の話さ」
「ぁあ?」
「最後の1つが我に逆らうと言うのは流石に想定外の事態だな? だが、これも古き世界の悪足掻きと思えば可愛い物だ」
俺に向けていた視線の中に混じっていた殺気と怒りが消え、代わりに挑戦的な…楽しそうな狂喜が込められていた。
「ここでの戦いは終わりだ」
突然の宣言。
言われた意味を理解出来ず、黙って2秒程今のセリフを反芻してしまった。
「何言ってんだテメエ?」
「我に抗う≪赤≫を宿す君は、言うなれば古き世界が選んだ標。であれば、君との決着はこのような場所でつける訳にはいかんだろう?」
本当にこれ以上戦う気がないのか、無防備に背中を見せる。
あの背中に、原初の火を叩き込んでやろうか? ―――と思ったが、手が出せない。野郎の殺気が、俺ではなく俺以外に向いている…! 動いたら、その瞬間に俺以外の皆を殺す……って事かよ…!?
今の野郎なら、俺が反応するより早く皆殺しに出来るだろう……くっそ…。
「古き世界にへばり付くヘドロのような意思であろうと、この世界最後の戦いだ。それ相応の舞台を用意しなくてはな」
いちいち野郎が何を言っているのか理解出来ないが……この場から離れようとしているのは確実。逃がしていい理由は1つも無い…!
「待て!」
「待たんよ。これ以上この場に留まる理由がないのでね」
1秒でも奴を止めようと、思い付くまま疑問を叩きつける。
「…テメエは“完全なる1”に戻り、何をしようとしている!」
「完全なる1……? ははっ、そうか、精霊共にそう説明されたのか?」
なんだ…? 違う…のか? 精霊王が嘘を教えた? いや、違う。あの時、精霊王が何か話そうとして止めていた。多分、敢えて奴の正体を言わなかったんだ…でも、なんで? いや、それを考えるのは後回しだ!
「君の質問に答えよう。我の目的は、生まれた瞬間からずっと変わらずただ1つだ」
足を止め、ユックリと俺に振り返り天を指さす。
迷い無く、揺るがず、ただ1つの曇りも無く、純粋無垢な子供が夢を語るように。
「この古き世界を終わらせ、新たなる世界の扉を開く」
静かな口調の中に紛れて聞こえる狂気のような狂喜。
コイツがただの狂人であれば、どれだけ気が楽だっただろうか?
しかし―――コイツは本物なのだ。本当に世界を終わらせる事が出来てしまう。
「新たな世界ってなんだ!? テメエは、この世界を否定して何を目指してる!?」
「さあね? 扉を抜けた先に興味はない。あくまで新しき世界に続く道を開く事が目的であり、我の全てだ」
よく分からんが、コイツがこの世界をぶっ壊そうとしている点だけは理解した。
そして確信。
1周目の世界が終わったのは、恐らくコイツが“完成”してしまったからだ。
「俺は頭が悪いから、テメエの話がイマイチ理解出来ん。だが、テメエをブッ倒さなきゃ世界が救われねえって事は分かった」
「その通りだ、分かってるじゃないか? この古き世界を存続させるのが世界の道標として君の指示す未来だと言うのなら、我を倒す以外の道はない。そしてまた、我が新しき世界の扉を開くには、君の持つ≪赤≫を取り戻さなければならない。我等は互いの目指す未来をかけて決着をつけるしかないのだよ」
言い終わると、精神の無くなって倒れたままだった阿久津良太の体を拾い上げて脇に抱える。
「おい、そりゃ俺の体だぞ? 返しやがれ!」
「返すさ、その時が来たらね?」
クスッと笑うと、フワリとジェネシスの体が浮き上がり10m程の高さで停止する。
「2日だ」
「ぁ?」
「君との戦いの舞台を用意するのに2日貰う」
「逃げんのか?」
「そうとって貰って結構だ。場所は、我等魔神にとっては因縁の地―――北の大地だ」
「それに従う理由はねえ!」
一か八かでも、この場で仕留められる可能性に賭けて原初の火を放つ。
仮にジェネシスを焼けたとしても、抱えている良太の体も一緒に焼き消える事になるが……それは呑み込むしかない!
しかし、良くか悪くか―――恐らく悪い事に、原初の火はジェネシスの手で受け止められた。
俺の攻撃なんて無かったように続きを話し始める。
「2日後の陽が落ち切った時、君が我の前に立って居なければ、その時はこの体を殺し、世界中の生物を皆殺しにして回る事になる」
「…俺の体を人質にしようってか…?」
「その通りだよ。では、2日後の黄昏にまたお会いしよう」
それ以上の会話は必要ないと判断したのか、俺達が何かを言う前にジェネシスの姿はその場から消えた―――…。