13-44 かぐやの力
「ど、きなさいっ!!」
カグが両腕を振ると、取り囲んで居たゴーレム達を烈風が襲い、軽く50トン以上有りそうな土と岩の巨人が葉っぱのように吹き飛ぶ。
ただ吹き飛ばすだけではなく、砲弾のように飛ぶゴーレム同士が衝突するように風の流れを操作している。
空中で巨体が何度もぶつかり合い、拉げて、潰れて、粉々になる。
飛び散った破片が小さなゴーレムへと形を変えるが、ある程度の小ささになったゴーレムは、チカッと一瞬光って消える。
とてつもない精度と威力の雷撃で焼き消しているようだ。
あの調子なら、カグは大丈夫そうだな? 俺は俺の仕事をするか!
【オーバーブースト】で肉体と依存する感覚器官を超加速。
時間が逆行するような、本来では有り得ない―――存在しない光を越えた速度。
かつて1度、生身の状態で踏み込んでしまった速さの極致。あの時は、一瞬で体がぶっ壊れるかと思う程の負担をかけてしまったが、今のこの体は魔神―――神の領域。降りかかるダメージは、生身の時よりずっと小さいし、回復スキル積んでるからある程度は我慢できる。
ただ、呼吸が全然できないのはキツイ…!
色の無い速度の世界を―――水野が走って来る。
コッチはかなり無理してこの速度の領域に踏み込んだっつうのに、こんなにアッサリ付いて来られるとか、マジでこのスペック差が腹立つわ!
「―――」
「―――!」
お互いの声は聞こえない。
空気の振動が伝わるよりも、体の動きの方が早くなっているせいだ。
深紅の刀と氷の剣が光の速度でぶつかる。音も無く空間が爆発した様な衝撃だけがその場に残り、水野の剣戟で弾かれた俺を追って、狂ったような血走った目で水野が距離を詰めて来る。
――― 追撃はさせねえ…よ!
相手の視界を潰すように原初の火でカーテンを引く。
「―――!」
馬鹿みたいな速度でステップを踏んでそれを横に躱す。
チッ―――反射がいよいよ極まってやがる…! 真っ当な方法じゃ炎が当たらねえ!
【空間断裂】もいい加減見せ過ぎて、抜刀からの発生なのを見抜かれている。それじゃなくても、発動に納刀を挟まなければならないから避けられやすいと言うのに…。
パワーとスピードも、まだ若干だが伸び代を残してるっぽいし、こりゃいよいよスペック差がヤバい―――!
思考ごと断ち切るような氷の剣の斬撃。
1つ、2つ、と振られる度に動きと剣の鋭さが増して行くような錯覚。
一撃剣で受ける度に腕が痺れ、足の踏ん張りが利かなくなる。
呼吸がままなら無くて苦しさが急激に増す。
「リョータ、離れて!」
声の聞こえない筈の速度の世界に、聞き慣れた声が“俺にだけ”届く。
空気を自在に操る≪白≫だからこそ出来る芸当。
空気の振動の光速化。そして、それをピンポイントで俺の耳にだけ伝える、針の穴を通すような神業。
水野の防御し、吹っ飛ぶふりをして距離を取る。
勿論水野がそれを追ってこようとするが―――それを遮るように飛んでくる雷撃。
雷鳴はなく、大蛇がのたうつような雷光が無音で水野に襲いかかる。
だが、光速の世界では、雷光ですらユックリに見える。
当然のように水野もその攻撃に反応し、氷柱と土壁の2枚で荒れ狂う雷の嵐を防ぐ。攻撃を一旦凌いだ事で動きを止めた。
それを受けて、俺も加速状態を解除。途端に、肺が空気を求めて動き、聞こえなかった雷の奔る轟音が耳に届く。
腕と足がビリビリと悲鳴を上げているのが自分で分かる。かなりギリギリだった。カグのフォローのタイミングが絶妙だったな。後でお礼言っておこう。
当然の事とは言え、光速まで体を早くすれば、水野も俺と同じ状態になる。肉体への負担はどう考えても無理してる俺の方が大きいだろうが、呼吸に関しては同じ条件だ。
と言う事は、俺が苦しい思いをしていたのと同じように野郎も苦しかったって事で…。
カグの雷撃を防いで、文字通り“一息吐いた”水野。
カグは―――そのタイミングを狙っていた。
「ご自慢のゴーレム、返すわね!」
降り注ぐ、ゴーレムの体。
途轍もない風力で撃ち出された、亜音速の10トンを越える巨大な砲弾。
水野の―――魔神2人分の反射なら当然回避出来る。
しかし、水野は動けずに、悔しそうな視線で飛んでくるゴーレムを睨み、【事象改変】を使う事でその攻撃を無効にした。
≪白≫の大気を読む力によって、水野がまともに呼吸して居ない事を知り、酸素不足で苦しくなって呼吸をする一瞬の隙を突いた―――って事か!?
え? 何? ≪白≫ってそんな事まで出来るもんなの!? もしくはカグが凄いのか!?
水野の【事象改変】により、ゴーレムの砲弾が“無かった事”にされて巻き戻される。
「させない!」
カグも【事象改変】を使い、無かった事にされた事を“無かった事”にする。
地面に巻き戻されかけたゴーレムが、再び風に押されて砲弾と化し、水野に群がる虫のように襲いかかる。
しかし、1度無効にした事で、水野に立て直す時間を与えてしまった。
超速で向かって来る巨岩に、今度は欠片も慌てた様子もなく、一言呟く。
「“自壊しろ”」
次の瞬間、ゴーレムがただの砂になって辺りに散らば―――らない。風が飛び散ろうとする砂を掬いあげて、空気の渦の中に取り込み、更に速度を上げる。
「避けづらくしてくれて、どーも!」
ただの砂が猛る荒波のように水野を呑み込む。
あの速度まで加速されれば、砂粒1つ1つが銃弾のような威力だ。しかし、それだけならば水野にとっては脅威ではないだろう。野郎には≪黒≫の能力の【肉体硬化】がある。あの能力ならば、体をダイヤモンドなんて目じゃない程の硬度にする事だって可能だ。そうなれば、ガトリングだろうがスナイパーライフルだろうが、傷1つつけられない。
しかし―――その砂粒の間を高圧電流が走っていればどうか?
「チッ…鬱陶しい手を…!」
当然、雷撃は体を硬化した程度では防げない。
水野の体から冷気が噴き出し―――風に巻かれる砂を全て氷塊の中に閉じ込める。自分を取り囲む砂を全部凍らせたせいで、水野自身も氷の檻の中に入った事になるが……まあ、あっちは水と冷気の専門家だ、特に不都合はないんだろう。
「邪魔クセエ女だなぁ!」
平静を装ったイラついた声。
ヤバい…水野の意識が、俺よりもカグの排除に向いた…!?
慌ててカグを護ろうと動こうとするのと同時に、俺の耳にだけ届くカグの声。
「リョータ、行って!」
次の瞬間―――ドンッと背後で音がして、カグが重力に押し潰されて地面に這いつくばっていた。
「カグ―――!」
助けに行きそうになったが、カグの視線がそれを許さない。
――― グズグズしないで、さっさと行け!
……まさか、カグの奴始めからこの展開を狙ってたのか?
自分に注意を向けて、敵の攻撃を受ける事で、俺の攻撃のチャンスを作る。
今のカグは≪白≫の魔神だ。
2色の魔神抱えている水野とのスペック差があるのは当然だが、それでも野郎と真っ当な戦いの土俵に上がる権利を持つ強者だ。
だが、水野には多次元の自分と命をリンクさせる妙なスキルがある。そのせいで、ほぼ死ぬ事がない不死の超狂戦士となっている。
カグは気付いて居るんだ。自分ではその不死性を突破して、水野を倒す事が出来ない…と。
だから、俺に託したんだ。
奴の不死性をぶち壊して、殺す事の出来る可能性を持つ俺に―――!
【オーバーブースト】の加速で踏み込む。
背後でカグの呻き声が少し聞こえた気がしたが、血管ブチ切れそうになる怒りと一緒に呑み込んで無視する。ここで振り返ったら、それこそカグに合わせる顔が無い。
今の俺の仕事は、敵を討つ事1つだ―――!!