13-43 《赤》と《白》vs混色
空間に広がるひび割れ。
覚醒した魔神が現れた時に起こる現象。
空だけでなく、大地も、海も、全てがガラス製だったようにひび割れて、そこから漏れ出る赤と青と黒の光―――その光の中に、突然眩く輝く白い光が混じった。
どーゆー事? なんて一々誰かに確認を取るまでも無い。
分かっている。
後ろの方で≪無色≫と向き合っていたカグの纏っていた≪白≫の魔神の気配が、ドンっと膨れ上がり、爆発したように周囲にエネルギーの波を放ったから………。
つまり、それは―――カグが≪白≫の魔神になった事を意味している。
不安が冷たい汗になって背中を滑り落ちる。
カグが魔神になった事自体もそうだが…もし仮に、カグの意識が≪白≫喰われて居たら―――もっと言えば、ルナと同じように≪無色≫の精神支配の影響下に置かれて居たら…。
現状水野1人の相手で一杯一杯どころか、押されてる状態なのに、カグの面倒なんてみれるような余裕は爪の先程も無い。
2対1になったら、冗談なしに死ぬ覚悟を決めなければならない。
水野の奴も≪白≫の魔神が現れた事に気付いたようで、攻め手が止まる。
「おや? 1人乱入者が来そうだね?」
「………」
返答に困って無言で返す。
≪白≫の気配が俺達に近付いて来る。……って事は、≪無色≫はどうなったんだ? カグが倒した……なんて都合の良い展開だったらとっても嬉しいが…まあ、その可能性は絶望的だろう。っつー事は、カグがコッチに来る事を≪無色≫が見逃した…と言う事になる訳で…。
近付いて来る≪白≫に、いきなり攻撃されてもいい様に警戒心を強くする。
だが、予想に反して拳も、蹴りも、風の砲弾も、雷撃も、何も攻撃は飛んで来なかった。
代わりに―――
「リョータ!」
いつも通りに声をかけられた。
全身に魔神の刻印を纏ったカグが、地面から体を20cm程浮かせて飛んで来た。
原初の火を手前に撒いて地面を焼き、水野の動きを牽制しておく。
「大丈夫?」
俺の隣にストンっと着地するや、俺の状態を確認する―――特に左手を重点的に。
……いつも通りのカグ…に思えるが、どうだろう? 精神がどうなってても、確認のしようがねえしな…?
「何よ、変な顔して…?」
「カグだよな?」
「当たり前でしょ、何言ってんの?」
一応確認してみたが、どうにも不安が消えないので、もう少し確認を続ける。
「俺等が初めて会った公園は?」
「陽の見公園…って、その質問意味あんの?」
言われてみれば無いかもしれない…。別に記憶喪失になる訳じゃねーしな。
「マジでカグか?」
「マジよ」
「ゴリラじゃなくて?」
「アンタ、後で全力で蹴るからね」
目が笑っていなかった。
無事に戦いを終えても、コイツに蹴り殺されるかもしれない……。いや、でも、まあ、カグが正気である事は間違いなさそうだ。
色々言いたい事はあるが、とりあえず―――怒っておこう。
「馬鹿か!? お前、何魔神になってんだよ!?」
魔神になれば、最強とも言うべき超絶な力が手に入る。だが、引き換えに意識が魔神に近付き、体には消えない浸食の刻印が浮き出て身体機能を食われる。
正直…永続的に背負うリスクが相当でかい。実際、今俺も左腕が使い物にならなくなって来てて難儀しているし、いつ浸食が心臓に届くか気が気じゃない。
ウチの幼馴染には、そんな物背負って欲しくない。出来る事なら危ない事にも近付いて欲しくない……と言うのが俺の偽らざる本音だ。まあ、コッチの世界だと、多少の危険は呑み込まないと生きていけないけども…。
「仕方無いじゃない!? 急がないとリョータの体危ないのに、全然勝てそうにないし! 私が助けに行かなきゃって!」
「必要ねえっ、さっさと戻れ!」
「イヤ! リョータ1人じゃ全然ダメダメじゃない!」
ダメだコイツ……言う事聞く気配がまったくねえ…。
元々人の言う事を素直に聞く奴じゃねえけど、今回は更に輪をかけて聞きやがらねえ。なんか妙に必死っぽいし……なんか、これ以上言ったら泣き出しそうな雰囲気だし…。色々謎だわ…。
説得するより、協力して水野を倒す方が早い……かな?
「あークソっ、分かった! いいか、無理するな、無茶するな、ヤバかったらすぐ逃げろ! 以上を守れ!」
「アンタは私のママかっての。言われなくても無理も無茶もする気はないし、危なくなったら、ちゃんとリョータを囮にして逃げるわよ」
ちゃんと囮にするって凄いパワーワードですよね……。
……まあ、とりあえず理解してるならそれで良いや。
俺の撒いた原初の火を警戒して、俺とカグに近付いて来なかった水野が、待つのにウンザリしたように舌打ちをしながら地面を爪先で叩いて居た。
「話纏まったかなぁ? 待ちくたびれたんですけど?」
「ああ。そんじゃ、コッチは2人で相手するから」
「構わねえよ。どうせ、≪白≫なんて物の数にも入らないからねえ」
「リョータ、あの人かなり腹立つわ。全力でぶん殴っていいかしら?」
「近付くの危ないから、野郎が大人しくなった後にして」
っと、戦闘再開の前に重要な部分を聞いておかないと。
「カグ、≪無色≫は?」
「分かんない。気付いたら居なくなってた」
分かんないてお前…。戦闘してる時に相手から意識離してたのかよ…?
まあ、ツッコミはさて置き、≪無色≫が無事って点は間違いないらしい。
予想していた事とは言え、宜しくない話だ…。戦っている最中に乱入されると、アイツはマジで洒落にならん。……とは言え、ぐだぐた悩んで手が出なくなったら、それこそ本末転倒だ。だったら、野郎が手を出してくるより早く終わらせるくらいの気持ちで居た方がいいな。
「分かった…。とりあえず≪無色≫の事は一旦横に置いておこう。とにかく目の前の≪青≫に集中な」
「うん。つっても、この人もう≪青≫っぽくないけどね」
そうね。当初は刻印の色も青と黒で分けられていたのに、水野の能力が上がるにつれて色が混ぜ合わせられ、今では全身が藍色になっている。
「俺が近接担当。カグは出来るだけ近付かねえようにな? それと野郎のスピードとパワーは洒落にならんから気を付けろ。緊急回避は【事象改変】使って野郎の動きを止めてしろ。多分普通の反射じゃ対応出来ない」
「うん」
水野を牽制する為に燃やしていた原初の火を消して、カグと2人で混色の魔神と対峙する。
状況的には2対1で有利になったように思える。だが、相手が魔神2人分の能力である事を考えれば、これでようやく互角。カグが魔神の力に慣れていないって点を考えれば、むしろ1歩足りていないくらいだ。
原初の火が消えて、攻めれると判断した水野が地面を一際強く足で叩く。
途端に、俺達を取り囲むように地面が“立ち上がり”、巨大な人型となって襲いかかって来た。
「「土の巨人!?」」
俺達が驚きの声を上げると同時に、何かの始まりを告げるように水野が叫ぶ。
「それじゃー、魔神大決戦といこうかぁ!」
走り出した水野に向かって、剣を抜刀して【空間断裂】を発動。
目の前に居た3体のゴーレムの体を両断したが、水野にはアッサリと飛んで回避された。
クッソ、早過ぎて追い切れねえ…!
しかも、両断したゴーレムの体が、上半身と下半身でそれぞれ一回り小さいゴーレムとなって動きだした。
このゴーレムも基本不死身って事か…!
「リョータは≪青≫の人に集中、取り巻きはコッチで対処するから!」
カグにトンっと背を押される。
一瞬心配になって振り返りそうになるが、今のカグは≪白≫の魔神だ。心配は心配だが、過保護にするような対象ではない。
だから―――信じて足を前に出す。
「任せる!」