13-41 それぞれの戦い3
リューゼの体が、黒い霧となって辺りに飛び散る。
魔素体の核である魔晶石が砕けて地面に落ちる―――パンドラ達の勝利だった。
「………勝った…?」
圧倒的な強敵に勝利した事に実感が持てないのか、フィリスの緊張と解けないどころか、変に湧き上がってくる不安で体が強張る。
一方、白雪は近くで響いた銃声で飛び起きていた。
「な、なんですの!?」
両耳を押さえ、ポケットから顔だけ出してキョロキョロと辺りを見回す。
「はい。私達の勝利です」
リューゼの消滅と共に放り出されたスカーレットを回収し、持って居た銃をホルスターに戻して“魔弾の入った”銃を抜き、次の戦いに備える。
「そ、そうか…勝ったのか…」
「はい。勝ちました」
「勝った…」
「はい」
「ですの?」
フィリスと白雪が、念押しの確認をして、ようやく安堵の息を吐く。
まだ周りでは戦いが終わっていないが、それでも一旦気持ちを戦闘モードから解除してしまうと、中々スイッチが入ってくれない。それだけ、今までにない程の強敵だった。
だが、フィリスには疑問が残っていた。
相手は魔法を無効にしてしまう難敵。パンドラの魔弾は散々無効にされ続けたと言うのに、最後の1撃だけは相手の防御を素通りして魔石を砕いた。それが疑問で仕方無い。
「ところで、最後の魔弾は何の魔法だったんだ? 無効化されずにダメージを与えたようだが?」
「あれは魔弾ではありません」
「では、何なのだ?」
「…………」
答えたくない。と言う沈黙と、「訊くな」と言う抗議の瞳。
パンドラは、最後の一発が実弾だった事を言いたくない。何故なら……マスターであるアークから実弾の使用を禁じられているから。
戦いでの自身の戦力不足と向き合った時、パンドラが即席の戦力強化として導き出したのが実弾の使用であった。
スカーレットを手にしてからは、銃は一丁しかほとんど使う事はないので、都合良く一丁は空いていた。なので、もしもの時の為に片方の銃は魔弾ではなく実弾が込められていた。
内蔵火器を使う…と言う選択肢も有るにはあったが、それをすると“人間っぽくない姿”を見せる事になる。アークはパンドラが人間ではない事を気付かれるのを嫌がっているようだし……何より、その人外の姿を見せてアークにどう思われるのかと考えると、自然と内蔵火器を使用する思い付きは排除された。
とは言え、実弾の使用を禁じられている現状は変わらない。
勿論、禁止している本人に仕様を許してくれるように進言しようとはした………のだが、結局何も言えずに、実戦での無断使用となってしまった。
前のパンドラであれば、必要だと判断すれば即座に進言出来た。だが、今はそれが出来なくなってしまった。
………何と言うか、怒られるのが―――いや、嫌われる事が極端に怖くなってしまったのだ。
もし仮に……万に1つも無いと信じてはいるが、アークが嫌な顔をしたならば、その瞬間にパンドラは全機能停止してしまうかもしれないと言う恐ろしさを抱えている。
だから、実戦で無断使用した事は、出来れば知られたくない。聡いアークの事だから、すでに発砲音を聞いて気付いて居るかもしれないが、まだ気付いて居ない小さな可能性に賭ける。
「……もしかして、言いたくないのか?」
「はい」
「お前が独自に編み出した、秘中の魔法…と言ったところか?」
「はい。まあ、多分、はい、ええ、きっと、そのような、ええ、はい、多分、きっと、そのような、ええ、はい、そんな感じの物です」
フィリスは「絶対違うな…」と思ったが、聞かれたくない事を無理に訊く程無作法な人間ではないし、何よりそんな呑気な事をしていられるような状況でもないので…
「………そうか」
と、一言返してスルーした。
* * *
秋峰かぐやと阿久津良太―――の体を使う≪無色≫は睨み合う。
黙って向き合っている訳ではない。
先程から、かぐやは何の動作も無く相手に向けて放電して、行動不能にしようとしている。
だが―――届かない。
アークの【アンチエレメント】のように、攻撃が無効にされている訳ではない。相手が避けている訳でもない。まるで、雷が触れる事を嫌がるように、横に逸れてしまうのだ。
始めは体が痺れる程度の威力だったが、今では相手を4回絶命させてもお釣りがくる程の威力で雷を走らせている。
しかし、どれだけ威力を上げても、どれだけ隙を狙っても、雷は≪無色≫の体まで届いてくれない。
「無駄な事は止めにしないか?」
阿久津良太の声で≪無色≫が優しく問いかける。
幼馴染の姿と声を使われた事に、むしろかぐやの怒りは増して行く。
「リョータの体を返しなさいよ」
「断る」
「だったら、力付くだってアンタを叩き出すわ!」
かぐやの意思を受けて、周囲の風が集まり、その風に乗ってパチッと青白い雷が2人の周りを奔り回る。
「おっと、怖い怖い」
薄く笑いながら、降参するように両手を上げる。
「言っとくけど、私は本気よ? リョータの体使ってるから、私が戦えないなんて思わないでよね?」
「先程から殺す気満々の雷をバチバチ飛ばされては、そんな事思えんさ」
かぐやが本気だと言う事を知って居ながら、警戒をしている様子はなく、反撃をして来ようと言う意思も見えない。
戦うつもりはなく、あくまで他の戦いが終わるまでの足止め狙い。
「アンタ、何がしたいの? アンタが大事にしてるあの≪青≫の人だって、リョータが倒すわよ」
「ふっふ…かもね? おそらく、今の≪赤≫は歴代最強の魔神だろう。≪黒≫を手にした水野君でも勝てるかどうかは分からない」
「だったら、なんでこんな事してんのよ…!」
目の前の存在が理解出来ない。
かぐやの知っている“阿久津良太”の姿で、彼とはかけ離れた存在過ぎて、違和感よりも先に気持ち悪さが心を支配する。
「当然の疑問だね? だが、君はそんな事を気にしていて良いのかな?」
「……どう言う意味?」
「おや? 気付いて居ないのかな?」
もったいぶるような笑い。
かぐやのイラつきもそろそろ限界で
(いっそ怒りに任せて殴り飛ばしたらポロっと≪無色≫が転がり落ちないかしら?)
なんて事を考え始めているくらいだった。
「何がよ!」
「君の大事な幼馴染の入っているあの体、もう限界だぞ?」
「…………え…?」
言われたくない事を言われた。
聞かされたくない事実を聞かされた。
かぐやも気付いていたし、アーク自身も言っていた事。肉体を何度も魔神へと変化させた事により、すでに浸食の刻印が二の腕の辺りまで来ている。そのせいで、左手にはほとんど力が入らなくなっている…と。
「あの瞳と髪が黒くなった状態も大分体に無理を強いているようだし、魔神になってから無茶な戦い方をしているのも良くないね? 今は魔神になっているから浸食に気付かないだろうが、今頃浸食の刻印が肩を越えた辺りまで来ている筈だ」
浸食の刻印は、刻まれた部位の身体機能を奪う。
左腕1本使い物にならなくなっても、まだ死ぬわけではない。だが、仮に、その浸食が肩の先―――心臓まで届いてしまったら?
≪無色≫への警戒も忘れて、思わず戦っているアークに目を向けてしまう。
いつも通り……いや、いつも以上にキレのある動きで、≪青≫とバチバチやり合っている。
変なところはない。動きに不自然さもない。しかし、それは、今だけ……。もしこれ以上魔神の負荷を体にかけ続ければ、浸食が心臓に達し、人間に戻ったその瞬間に息絶える可能性だってある。
視線でも追い切れない程のスピードをくり出しているアークを見るうち、知らず不安で鼓動が早くなる。
(なんとかしなきゃ…早く……早く何とかしなきゃ良ちゃんが!!?)
気持ちが焦る。思考が空回る。
何をどうすれば良いのかが分からない。
今すぐ助けに行きたい―――けど、あんな神の領域の戦いに、自分が踏み込める訳無い。1秒でも早くこの場の戦いを終わらせなければいけないのに、かぐやには圧倒的に力が足りない。
自分の無力さを知って、かぐやは力を求めた。
そして、その願いに―――≪白≫は答えた。
『オ前ハ、力ヲ求メル者カ?』
頭に響き渡る声に、かぐやの思考が流される。
その姿を見て、≪無色≫は静かに嗤った―――…。