13-40 少女達の戦い2
最大加速から振るわれるスカーレット。
首を狙う―――ように見せかけたフェイント。
リューゼがそれに反応して回避行動に出たのを確認し、ナイフの軌道を素早く変えて心臓……魔晶石を狙いに行く。
確実に相手に致命打を与える為の攻撃。実直で遊びの無いパンドラらしい攻め方。
だが、紅の刃が届く直前で、上半身を捻ってそれをかわされた。
「くっ……にぃ!!?」
脅威的な、人間離れした反応と反射。しかし、人間離れしているのは当たり前。相手は人間ではなく、魔晶石を核として魔素で形作られた魔素体なのだから。
「このっ!」
回避で体勢を崩しながらも、カウンターの拳が振るわれる。
対してパンドラは、ナイフを振った体勢のまま、無理矢理横に飛んでそれをかわす。が、避け切れずに右肩を掠める。
「!」
指先が触れる程度にしか掠めて居ないのに、衝撃で右腕が跳ね上がる。ただでさえ無理な体勢でのステップだったのに、そこにそんな衝撃が加われば、どうなるか?
当然、体勢を保てなくて転ぶ。
更に悪い事に、リューゼが触れた事で体にかかっていた強化魔法が消えて、著しく速度が落ちて、反応が遅くなる。
「1人目だあっ!」
パンドラが起き上がる前に、放たれる蹴り。
追撃をかわせない―――
フィリスがパンドラを巻き込む覚悟でユグドラシルの枝を振ろうとする、が…。
「“動くな”!」
リューゼがそう叫んだ途端、フィリスの体が動かなくなる。
その言葉に従う事が正しい、と自分の意識を無視して体がリューゼに言われた通りに止まる。
(なんだ…!? 体が、動かない―――!?)
アルフェイルで真希と一緒に戦った時にも、同じ事があった。あの時は、そのすぐ後に真希が倒してしまったので気にも留めなかった。
しかし、“そう言う能力”が有る事を警戒しなければならなかった。
ハッとなって体が自由を取り戻すまで1秒もかかっていない。だが、その1秒があれば、リューゼはパンドラを蹴って体を真っ二つに出来る。
リューゼのケリを止められる人間は誰も居ない―――と思われたが、1人だけ動けた人間が居た。
パンドラのエプロンドレスのポケットから、小さな光る妖精が飛び出す。
「白雪!」
咄嗟に手を伸ばして連れ戻そうとするが、両手が武器で塞がっている上に転んだ状態からではフヨフヨと飛ぶ白雪を捕まえられず、迫りくるリューゼの蹴りに白雪が身を晒す。
妖精の戦闘力は極めて低い。
人と比べても弱く、亜人の種族で言えば最弱かもしれない。
体格が小さく、武器や道具を使う能力も決して高くなく、魔法能力もそれ程特出している訳でもない。ましてや、白雪はまだ育ちきっていない子供の妖精。
機械仕掛けで、人間よりも格段に耐久力の高いパンドラですらリューゼの攻撃は1発食らえば致命傷になりかねないのだ。白雪が食らえば、間違いなく即死。
白雪がパンドラを護ろうと、自身の体を盾として差し出した―――とすれば、それはとても美しい自己犠牲と献身ではあるが、現実は非情であり、白雪が身を呈したくらいでは蹴りの威力は欠片も落ちる事はなく、パンドラ諸共蹴り殺されて終わりだ。
それが分かっているから、リューゼは白雪を無視して蹴る。
妖精の戦闘力は無いに等しい。
だが、妖精には他の種族には真似できない、種族特性として生まれ持った力が2つ有る。
1つは、木々や草花の声を聞く能力。もう1つは―――巨大な収納空間。
「私だって―――」
白雪のポケットから何かが取り出されて、蹴りの軌道の上に放り投げられる。
「―――役に立てますわ!!」
取り出された物は―――大量の水が入った革袋。1つではない。2つ、3つと更に取り出す。
「邪魔!」
構わず蹴りを振り抜く。
水袋が蹴りの衝撃で歪み、次の瞬間には破裂する。2つ、3つと水飛沫を上げる。
液体と皮袋と言う、尋常ではない破壊力の蹴りの前には脆過ぎる盾。だが―――確実に、少しだけ、蹴りの威力と速度が死んだ。
そして、水袋が弾けた衝撃で吹き飛ばされた事で、パンドラも白雪も蹴りのリーチから逃れる事が出来た。
蹴りから逃れるや否やパンドラの行動は早い。吹っ飛ばされた事で目を回して落下して来た白雪をキャッチしてポケットに戻し、【タイムキーパー】で再加速して距離を取る。
それを蹴り終わりから、即反転して追い打ちしようとするリューゼ。
「くぬぅ…! 逃がすか!」
「“吹き荒れろ”」
リューゼの踏み出しを、フィリスが暴風を起こして潰す。
その間を貰って、パンドラが安全圏まで離脱完了。
ホッと一息つく様な不自然な間が空いてから―――魔弾を放つ。
まるで、リューゼが構えるのを待ってから撃ったような…不自然で無意味な攻撃。
リューゼは警戒する気も無くなったのか、無防備に魔弾を体に受ける―――が、体に届いた途端に打ち消されて消える。
「パンドラ、無事か!?」
「はい。白雪ありがとうございます。助かりました」
未だポケットの中で目を回している妖精を、ポンポンっと叩いてお礼を言う。
今の攻撃は、本当に白雪が居なければ殺されていた。ただ、先程の白雪の活躍は、相手が完全にその存在を警戒して居なかったからこそ出来た物であり、2度目はない。
「貴女こそ大丈夫ですか?」
先程不自然にフォローを止められた事を言っている。
「ああ、問題無い。だが、あの能力はいったい何だ…?」
「“言霊”ではないでしょうか?」
「ことだま?」
「言葉の持つ意思ある者への強制力。言葉による一時的な相手の支配。そのような力だと記憶にあります」
「アイツに言われた事に従ってしまう…と言う事か?」
「その認識で良いかと。ですが、今まで使わなかった事実から判断すると、何かしらの制限があるか、もしくは使いたくないか。どちらにしても、警戒は必要です」
(そう言えば、アルフェイルでの戦いでもギリギリまで追い込まれてから初めて使ったな?)
「しかし―――」
「しかし?」
「勝利に必要な布石は打ちました。今から作戦を伝えますので、滞りなく実行して下さい」
「何…!?」
リューゼに聞こえないように、2人でコソコソと何やら会話をして―――
「分かった。しかし、それは、大丈夫なのか…?」
「はい。問題ありません」
いつも通りの何の感情も乗っていない簡素な返事をして、今まで握っていた銃をホルスターに戻し、もう一丁の銃に持ち替える。
「何さぁ? こそこそ話して、僕を倒す方法でも思い付いたとかぁ?」
「はい。その通りです」
「はぁあ!? バッカじゃないの? 勝てるわけないじゃん!」
「それは、やってみなければ―――」「分かりません」
グッと一瞬の溜めの動作から、パンドラが弾き出されたように走り出す。
「【スピードエフェクト】【パワーアドバンス】」
フィリスがその背中に向けて支援魔法をかけ、更に力強く前に進む。
その踏み込みを「無駄だ!」とでも言うように、地面を踏み砕く勢いでリューゼが突っ込んでくる。
閃光が走るような攻撃の応酬。
斬っては受け。避けては斬り。斬っては避けて。受けては斬る。
回避と防御と攻撃の連続―――瞬間の迷いで致命打を貰う、一瞬も気の抜けない限界の動き。
リューゼに触れて、魔法の効果が切れる度にフィリスが魔法をかけ直す。
やはりフィリスの存在がどうしても鬱陶しいのか、先にそちらを排除しようかと意識が少しだけパンドラから離れる。
――― 好機
放たれた拳をダッキングで避け、転がるようにその脇を抜け―――その小さな魔素の背中にスカーレットを突き刺す。
「ィッ…がッ!?」
スカーレットから手を離し、痛みで反応が遅くなったリューゼに追い打ちをかける。
背中に刺さっているスカーレットを蹴って、更に深く突き刺す。
「ィっ…グ…この野郎っ!!」
怒りに冷静さを無くし、背中に刺さるナイフを抜こうともせず、憤怒の命じるままパンドラを殴り殺そうとする。
スカーレットに付与されているスキル【タイムキーパー】は、神器自体に触れて居なければ効果がない。つまり、今のパンドラは生身の速さと反応速度しか出せない。
リューゼの攻撃をかわすのは不可能。
だから―――
「“遅くなれ”」
――― 相手を遅くした。
* * *
【タイムキーパー】の能力は加速ではない。
その名の通り、時間の管理こそが真骨頂。
故に―――“減速”も可能なのだ。
リューゼの知覚が混乱する。
急に、周囲の動き全てが早くなった。風も、土埃も、水も、火も―――敵も。何もかもが、自分を置いてけぼりにするような速度で動く。
人間なんて足元に及ばない程の能力を与えられた魔素体が、完全に置いて行かれている。
メイド装束の女が離れて行くのを追いかける事が出来ない。
遠くで、エルフの女がワンドを振り被るのを止めようと言霊を吐き出そうとするが、一音目が口から出るよりも、ワンドが振り下ろされる方が早い。
「“破壊せよ”」
――― 爆発
リューゼの体が核ミサイルのような爆発の直撃を受けて、ジリジリと崩壊する。
高いエレメント耐性を持ってしても防ぎ切れない、極大の破壊攻撃。
血が噴き出すように黒い魔素が全身から噴き出し、終には心臓部にある魔晶石までもが外に露出する程のダメージを受ける。
だが、まだ負けていない。まだ死んでいない。
自分は1度人間と、あのエルフに負けている。もう2度と負ける訳にはいかない。それも、絶対的な主の前で…。
徐々に爆発の威力が落ちる。熱量と吹き戻しの暴風を受けながらもリューゼは勝ちを確信した。
メイドの手から神器は離れたままだ。
おそらく、今の攻撃がエルフの最大火力。だが、それも耐えた。
【自己再生】で回復すれば、仕留める事なんて楽勝だ―――。
だが―――再生が終わる前に気付く。
メイドが、その手に持った武器を向けていた。
その武器の名前が銃である事をリューゼは知らない。だが、そこから放たれる攻撃が、魔法に分類される物であり、自分には1mmのダメージも与えられない事は知っている。
だから、無視して回復に努める。
その反応を見て、メイドが呟く。
「くたばれ、阿呆め」
端正な顔立ちと、無表情、無感情なメイドには似合わない口汚いセリフ。
まるで、親の真似をした子供のようなちぐはぐさ。本人が至って真面目なのが更に滑稽さを増させる。
迷い無い瞳と手付きで―――引き金が引かれる。
――― ドンッ
何かの破裂音が辺りに響き、メイドの手元でチカッと火花が散る。
(今まで、あの武器から、こんな現象は起きなかった?)
リューゼが何事かと確認しようとした時には―――全て終わっていた。
「……え?」
露出していた魔晶石に何かが食い込み、パキンッと小さな音を立てて2つに割れる。
「あっ―――ああっ、なんでぇ!!? ああ、ああぁぁぁああ!!!」
核を失い、人型を維持出来なくなった黒い魔素が辺りに飛び散り………小さな音を立てて割れた魔晶石が地面を転がった。