13-39 それぞれの戦い2
“空間使い”のブランゼと、“スタイルコピー”のグリフ。
難敵ではあったが、ガゼルが竜へと変じてからは速攻で終わった。
どんな異能や魔法を持ち出されようとも、単純なパワーとスピードで圧倒し、蹂躙し、踏み潰し、引き裂く。まさに、世界最強の生物である竜の姿に相応しい勝利であった。
だが、絶対強者であり、生物全ての頂点たるその姿も長くは続かない。
バキンッと竜の姿が割れ、糸が解けるように人の姿に戻る。
「ふぅ……」
目の前の敵を排除した事への小さな安堵。緩もうとする緊張の糸を、張り直したいが―――体が言う事を聞かずに膝を付く。
「ちっくしょぅ……やっぱりこうなったか…」
全身に力が入らず、指1本動かす事すら困難な程肉体が消耗している。
体温が零れ落ちて寒くて堪らない。
「だから【竜変化】は嫌いだよ……」
土下座するように頭を地面に擦りながら独りでぼやく。
【竜変化】は、原色の魔神に与えられた力の1つ、【魔人化】と似たような力である。
どちらも、“人の体”と言う限界値を、肉体の変質によって取り払う異能。
ただ、その能力の目的は少し違う。
【魔人化】は肉体のキャパシティを上げて、様々な異能を使用出来るようにする為の力であるのに対して、【竜変化】の目的はただただ肉体能力の向上のみに特化している。そして、その能力値の上がり幅が桁外れに高い。そう、相手の異能を力押しで捻じ伏せてしまう程に。
しかし、肉体を変質させる能力と言うのは、得てして支払いが高く付く物である。
【竜変化】も例に漏れず、使用後はまともに動けなくなる。
今回は短時間の変身であった為に気を失う事もないが、場合によっては肉体への負荷で死に至る可能性もある。それに、長時間竜の姿になれば、自我を失って荒れ狂う災厄となり得る可能性だってある。
そう言ったリスクを鑑みて、ガゼルは自身の竜の姿がどうにも好きになれなかった。
もっとも、1番の理由は―――
(あの姿じゃ、女の子に声もかけられねえし……ましてや抱く事も出来やしない…)
ジッとして居ても中々体が回復せず、ジリジリとした焦燥感と、体力低下による寒気の不快感だけが増して行く。
(暫く、休憩…だな…)
戦場ではあるが、「動けないものは仕方無い」と割り切って、目を閉じて回復に努める。
* * *
パンドラは走る。
スカートを翻し、【タイムキーパー】で自身を加速させて、今発揮できる限界ギリギリの速度でリューゼに肉薄する。
「りゃあああああッ!」
小さな魔素体から放たれる拳打。
直撃されれば、機械仕掛けのパンドラの体であっても粉々にされかねない威力。
しかし、パンドラも防御に回れば致命打を貰う事になるのを理解している。
素早い状況判断と反応で体を横に回避させながら、その動きを追って来る小さな拳を銃を持った手で払う。
「にぃ…っち!」
リューゼがイライラして舌打ちする。
能力では圧倒的に自分の方が上なのに、有効打の1つも食らわせる事が出来ていない事が凄まじいストレスとなっていた。
単純にパンドラが強い…と言う訳ではなく、
「【スピードエフェクト】!」
離れた場所から、パンドラに強化魔法をかけ続けるフィリスが居るからだ。
リューゼには【魔法無効】の力がある。
読んで字の如く、触れた全ての魔法と効果を打ち消す異能。故に、支援魔法や強化魔法が相手にかかっていても、体に触れさえすればその効果を消す事が出来る。だが、その度にフィリスが魔法をかけ直すのだ。
リューゼが距離を嫌って、間合いを仕切り直して更に攻め立てようとするが、パンドラは決して深追いはしない。自分とリューゼの力量差は理解している。
近接ではスキルとフィリスの支援魔法のお陰でギリギリ何とかなっているが、パンドラの本来のメイン攻撃である魔弾は完全にシャットアウトされて1ダメージも与えられない。深追いしてカウンターを食らえば、その瞬間に終わりだ。
故の慎重。
リューゼのバックステップに合わせて、パンドラも後方に退く。
2人が離れる瞬間を待っていたフィリスが、すかさずユグドラシルの枝を振る。
「“焼けろ”!」
リューゼの周囲の空気が突然発火し、巨大な炎となって、その体を食い殺そうと襲いかかる。
「ぎゃぁあっ!!?」
魔法を無効に出来るリューゼも、自然操作によって起こるエレメント効果は無効には出来ない。
「邪魔くさいなぁ!」
駄々っ子のように腕を振り回すとその風圧で炎が散り、微かに受けた炎熱のダメージが即座に【自己再生】によって回復される。
炎によるダメージが少ない。
元々魔素体にはデフォルトで全属性に高い耐性が有る為、無効に出来ずともそこまで警戒するような事ではない。ただ、それでも鬱陶しさは感じるが…。
フィリスのフォローを受けて、パンドラが安全に距離をとった。
「撃ちます」
8m程の距離をとった途端に、パンドラが銃口を向ける。
加速された超速のクイック&ドローで引き金が引かれ、雷と炎の魔弾が迸る。
「無駄なんだよ!」
小雨でも浴びるように魔弾に身を晒す。
高速で迫る炎にも雷にも、欠片の警戒心もない。
実際、リューゼの体に届いた途端に、【魔法無効】の効果を受けて魔弾はバチュンッと弾けて消えた。
パンドラの持つ“銃”がいったい何なのかは、リューゼは理解していない。だが、そこから吐き出される物が魔法に分類されるのであれば、脅威度は極めて低いどころか、自分にとっては無意味である事は理解した。
「何なんだよ、さっきからさぁ! その変な武器の攻撃は意味無いって分かれよッ!」
先程から、少しでも距離が開く度にパンドラは魔弾を撃っている。その度に無効にされ、何十発と放たれた全てが何の成果も無く消されている。
目くらましや、足止めにすらなっていない、本当に“無意味”なやり取り。
「……パンドラ、大丈夫か?」「大丈夫ですの?」
リューゼの言い方はとても腹の立つ事だが、「言う事はもっともだ」とフィリスと白雪は思っていた。
パンドラの戦い方は、常に勝利に繋がる手を積み上げる無駄や遊びのまったくない物だ。
それ故に、相手に何の効果もない攻撃を続けているパンドラの姿に違和感を感じずにはいられなかった。
「問題ありません」
いつも通りの無表情と無感情。
それなりの付き合いになるフィリス達でも、そこからパンドラの心の変化を見抜く事は出来ない。
この鉄面皮から感情を読めるのは、おそらくアークくらいのものだろう。
(焦る気持ちも…分からんでもないが…)
フィリスだって表面には出さないが、気持ちは先走ってしまいそうなくらい焦っている。
今アークが相手にするのは、≪青≫だけでなく≪黒≫を手にした怪物。そして、たった1人で≪無色≫を相手取っているかぐやの事も不安だ。
アークに関しては負けるとは思っていないが、妙に胸騒ぎがするのだ…。
≪無色≫が戦場に現れてからユグドラシルの枝が妙に怯えているような気がする。とは言っても、本当に怯えているのかどうかはフィリスには分からない。ただ、握っているとそんな気がする……と言うだけの話だ。
だが≪黒≫の言っていたらしい話によれば、ユグドラシルと魔神は何かしらの関係があるかもしれないとの事なので…ただの気のせい、と割り切る事も出来ない。
(何にしても、勝たなければ意味が無い…!)
「パンドラ、焦る気持ちは分かるが落ち付け! まずは目の前の敵に集中だ!」
「……? 特に焦っては居ませんが了解しました。目の前の敵の排除を最優先に行動します」