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13-38 竜王の戦い2

「せぁあああッ!!」


 裂帛(れっぱく)の気合と共に、ガゼルの手から放たれる真っ白な槍。

 空気の壁を貫き、グリフに迫る槍。渦を巻く様な衝撃波が一瞬遅れて射線の何もかもを吹き飛ばす。

 桁外れの威力。

 桁外れの速度。

 相手の反応を許さず。反応出来たとしても回避を許さず。防御したとしても容易く貫通する。

 だが―――槍が敵に届く前に止まる。

 グリフから離れる事30m程の後方に待機しているブランゼの仕業だ。空間を自在に操る能力によって、槍の前の空間が約100万キロにまで引き延ばされている。つまり、実際は槍が止まっているのではなく、視認出来ない程少しづつ前に進み続けているのだ。


 何度目かの同じやり取り。何度目かの同じ結果。


「チッ、届かんか…」


 独り愚痴りつつ、無限とも思える距離を進み続ける槍をを手元に戻す。

 同時に―――グリフが右腕に持った剣を振る。

 ガゼルとの距離は約10m、当然刃が届かない。―――だが、相手には空間使いがサポートに付いて居る。

 グリフの振った剣と、ガゼルの体までの空間を“圧縮”する。


――― 剣が届く


「ッ…!?」


 咄嗟に飛び退いたが、それでも首筋が浅く斬られて血が噴き出す。

 竜王としての観察眼と、脅威的な反応速度がなければ、今の一撃で首が飛んでいた。

 ガゼルの体は究極の防御能力とも言える“竜の波動(ドルオーラ)”で守られている。しかし、グリフの攻撃には意味が無い。

 何故なら、相手は竜の能力を無効にする【竜殺し(ドラゴンキラー)】を持っているからだ。この異能(スキル)の前には、竜の鱗(ドラゴンスケイル)も竜の波動も、竜の息吹(ドラゴンブレス)も意味が無くなる。

 竜種にとっての天敵。


「ったく、(たま)らんね…」


 首筋の傷を軽く手で押さえて、少し力込める。痛みは止まないが、流血が止まった。

 6枚の羽を羽ばたかせ、空中に一旦逃げる。


(能力的には、コイツ等が組織の最強(トップ)No.2(セカンド)だな。両方とも俺に来てくれたのは光栄と言うべきか…)


 相手の力は理解した。力押しでどうにかなるような相手ではない事も…。

 冷静に頭を回転させなければならない。

 どちらも強敵ではあるが、先に排除すべきは後ろでサポートに徹しているブランゼの方。


(奴が無事な限りは、爺の方に攻撃が届かんな)


 ガゼルは先程からずっと槍の投擲のみで攻撃をしている。故に、“ダメージ反射”や“分身”はまだ見せていない。両方とも発動すれば戦況をあっさりと引っ繰り返す力があるが、決して無敵の能力ではない。

 ダメージ反射には射程範囲があり、その中にダメージを渡せる相手が居なければ、結局自分で食らう羽目になる。ブランゼが空間の引き延ばしで距離を開けられる事を考えれば、まともに食らわせるチャンスは決して多くない。

 分身の弱点は単純に時間制限だ。“別の世界の自分が複数存在する可能性”を引き出す事で、一時的に自分の体と思考を複数同時に存在させる訳だが、長時間これを世界に留めて置くと、オリジナルである自分がどれだか分からなくなり、結果的に自己意識が消失して分身と共に消えてしまうハイリスクを背負っている。


(空間使いはサポートに徹しているから大人しいが、いざ攻撃に回ったらどんな事をしてくるか想像も出来ない。なんとか攻撃に転じさせる事無く仕留めたいんだが…)


 考えがまとまらないが、それを呑気に待ってくれる程相手は優しくも、甘くもない。


「撃ち落とさせて貰うぞぃ?」


 グリフの姿が予兆もなく、神器らしい弓を持った女の姿に変わる。

 「綺麗」よりは「可愛い」の言葉が似合う、どこか子供っぽさの残る女の子。ガゼルの記憶の中には心当たりはない。知らないどこかの誰かの姿。

 静かな流れるような動作から、矢が放たれる。

 6枚羽で空中での姿勢制御をしている“竜王”のガゼルにとって、矢を避ける事なんて造作もない。

 実際、かなりの速度で飛んで来た矢であったが、ガゼルはそれを難なく避け―――そして、左腿を貫かれた。


「…なっ…!?」


 グリフが2矢目を撃った様子はない。

 つまり、足に刺さっている矢は、今、回避した矢だ。

 痛みに思考を乱されたが、それでも冷静さは失っていない。目の前で起きた事実を【龍眼】と【天上眼(トルゥゲイズ)】で見破る。


「空間置換……! こんな事まで出来るのかよ…」


 通り過ぎた矢の存在する空間を、ガゼルの足の前の空間に繋げた…と言う事実。

 未だ“空間使い”を侮っていた事を反省し、矢は引き抜いて折って捨てる。足に開いた穴は、力を込めば血止めは出来るし塞がる。ただし、痛みは消えない。


「ほっほ、毒の耐性…いや無効化まで持っておるようじゃな?」


 グリフの言葉から察するに、今の矢は毒矢だったらしい。しかも魔素体が使って来る毒だ。恐らく、並みの人間ならば体表に触れただけで死ぬようなレベルの物だったのだろう。


「ご明察」


 毒は上手い事回避出来た。だが、安堵はない。

 攻撃1つ1つが必殺を狙って来る。その上、後ろの空間使いが手を出して来るせいで、回避がままならない。

 押せないし、引けない―――。


「ほっほ、声と仕草に余裕が無くなったのぉ?」

「エメルを圧倒したと聞いたから警戒をしていたのだが、過剰に評価し過ぎたかな?」

「まあ待たんか、これだから若い者はいかん。まだ何か奥の手を隠しておるかもしれんじゃろう?」

「若い者も何も、俺達は全員同時に生み出されただろう…」


 奥の手―――有るには有る。

 まだ、誰にも見せていない……いや、見せたくない裏技とも言うべき、究極まで竜人(ドラゴノイド)の力を磨き上げた者のみが使う事が出来る力。


(使いたくないなんて、我儘言ってられねえか…)


 使った後の事を考えると気が重くなるが、この2人を倒す事が最優先。

 他の連中が負けるとは思っていない―――かぐやと≪無色≫の戦いは若干不安だが―――ので、今1番怖いのは、この場から連中が逃げる事だ。空間使いの男は、前に≪無色≫を戦場から離脱させていたし、他の連中の戦いが動く前に、早急に排除しておく必要が有る。


(ここが、俺の勝負所ってか…?)


 竜王として、キング級冒険者として、年上として(フィリスは除外)、そして何より(おとこ)として、誰よりも早く勝って見せて皆の士気を上げる。

 スゥッと大きく息を吸う。


「ふうッ!」


 吐き出された空気。

 ただ、それだけの事で、嵐のように風が巻き起こり、グリフの自由を一瞬奪う。


「せー…のっ!」


 6枚の翼で空気を叩き、体を前に押し出して推進力に。

 初速にして、マッハ3。

 普通なら内臓が破裂する加重を、竜王の強靭な肉体と耐久力に物を言わせて無視する。

 もう1度羽ばたいて、更に加速―――。

 しかし、グリフはその速度に反応する。

 ガゼルの起こした風が弱くなるや否や、弓を持った女の姿から、奇妙な複数の穂先を持つ槍を持った巨漢に変わる。


「無駄じゃよ」


 呟きながら、向かって来るガゼルに向かって槍を振る。

 振られたのは1本の槍。だが―――ガゼルに襲いかかるのは計18の刃。

 【物理攻撃増殖】。

 槍による点ではなく面を突き壊す攻撃。

 更に―――視界を覆う程の巨大な炎。


(アークの炎―――にしては迫力に欠けるな? やっぱり、アイツの炎はアイツ1人の物だろう)


 いつも近くで見ているアークの炎は、寄れば食い殺されそうなヤバさがある。だが、今目の前に広がる炎は、ただスキルで(おこ)されただけの焚火でしかない。……とは言え、【竜殺し】を絡めて放たれた炎に触れれば、問答無用でダメージを受ける。

 だから、竜の波動を切って、自身の防御力を最低まで落とす。

 白い羽が柔らかな光を放つ。

 離れた場所から見ていたブランゼが異常に気付いてグリフを止めようとするが、光速の一歩手前まで加速し、“見えない”速度の世界に突入したガゼルへの対応としては遅すぎた。

 ガゼルの体が18の槍に貫かれ、炎に全身を焼かれた―――ように見えた次の瞬間


【リアクティブアーマー】


 グリフの体が弾け飛び、魔素を撒き散らして、核である魔晶石だけが宙を舞う。


「―――やる…!」


 ブランゼが顔を歪めて舌打ちしたのが分かった。

 だが、“ダメージ反射”を見せてしまった。恐らくスキル効果を見抜かれた。次はない。

 ガゼルが魔晶石に向かって槍を投げると同時に、ブランゼが自身の手と魔晶石の間の空間を圧縮し、素早くグリフの魔晶石を回収する。


(立て直しをする前に―――仕留めろっ!)


 鉄の輝きの翼がガチンっと開くと、ブランゼを挟み込むように2人のガゼルが現れる。


「…これは―――なるほど、これがエメルを倒した力か…ッ!」


 グリフの魔晶石に黒い魔素が集まり、人型になろうとする。

 それをさせまいと“分身”のガゼルがブレスを放つ―――しかし、魔素体2人の周囲の空間は押し広げられ、100万km以上のスペースが空いて居る。

 槍の投擲と同じ。ブレスが途中で止まり、敵まで届かない。

 

(これで、動けないだろう!)


 ブランゼ1人を止めるのが目的だったが、グリフを手元に引っ張ってくれたお陰で―――両方とも仕留められる。

 大きく息を吸って、ゆっくり吐く。

 竜人の奥義とも言うべき力。


「【竜変化】」


 人の器を捨てた、竜への変化―――いや、進化だ。

 10m越す巨大な竜の体。

 背には6枚の翼を持ち、蜥蜴(とかげ)のような頭の上には王冠のような5本の角。そして額には3つ目の瞳が“横向きに”(まばた)きしている。

 全身を包む銀色の竜の鱗(ドラゴンスケイル)


――― 銀竜王ガゼル


 巨大な大木のような前脚がズンッと地面を掴み―――吼える。


「ガあああァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!」


 吐き出された声。

 鼓膜が破裂する程の爆音。

 空間が泣くように震え、音圧に耐え切れずに大地が割れる。

 ギンッと閃光が射抜いたと錯覚するような眼光が“敵”を睨む。


 背中で6枚の羽が広がり―――飛ぶ。


 次の瞬間、ブランゼの押し広げた空間にぶち当たり、魔素体2人の目の前で巨体が静止した。


「いくら巨大になろうが、強くなろうが、私の作り出した空間を抜けられないのでは、無意味だったな?」


 銀色の竜の瞳が、少しだけ嘲笑うように細くなる。


――― それは、どうかな?


 “無限に等しい距離”と言う名の絶対的な壁。

 その壁を銀色の巨大な腕が乗り越えて、ブランゼを殴り潰す。


「ごァッ―――!!!?」


 上半身が拳に潰され、圧倒的なパワーに耐え切れずに魔素を散らして消える。

 しかし魔晶石は未だ健在。すぐさま【自己再生】により、残った下半身に魔素が集まり体を再生させる。


「なん、だ…ッ」


 空間の壁を越えられた事で思考が濁る。

 理解が出来ない。そんな事、出来る訳が無い。

 アークの持つ【空間断裂】のような、空間に作用する超上な能力であったとしても抜ける事は出来ない筈だった。

 しかし、竜の姿となったガゼルは、それを当たり前のように容易に越えて来た。


(何が起こったのか分からない―――…)


 だが、ガゼルは特別な事は何もしていなかった。

 ただ―――100万km分の空間を、一瞬で飛び抜けた…ただ、それだけ。

 

 そして、ブランゼは自分のミスに気付く。

 思考が乱されて、空間の制御があまくなった。

 それはつまり、止めていた2人の分身のブレスが襲いかかる事を意味している。


「ブランゼ!」


 片方のブレスは、グリフが自身の体を盾にして防ぐ。【竜殺し】を保有する体には、竜の必殺技とも言うべき竜の息吹(ドラゴンブレス)は効かない。

 しかし、もう1方はブレスからは逃げられない―――。


「くっ…頭首、申し訳ありません…!」


 ブレスの光に呑まれ、音もなく体を構成する魔素を剥ぎ落される。そして、最後に残った魔晶石がバキンッと音を立てて砕ける。


「おのれぇ! わし1人でも―――ぎゃぁぐァッ!」


 銀の巨腕が、無言で殴り飛ばした。

 軽く撫でるようなパンチだったにも関わらず、食らったダメージが冗談では済まない。その証拠に、【自己再生】を持ってしても体が中々再生してくれない。

 そんなグリフにトコトコと分身の2人が近付く。


「【竜殺し】。俺にとっては出来れば相手にしたくない能力だ」「これから先は、この能力を持った奴とのエンカウントは出来る限り避ける事にするよ」「竜の能力を軒並み使い物にならなくさせるのはしんどいからな」「でも、まあ」「どんなに竜の力を無効にしようが」「単純なパワーやスピードが無効に出来てない時点で」「単品ならそこまでの脅威じゃないけどな?」


 スゥッと幻のように分身の姿が消える。

 残ったのは、ボロボロのグリフと銀竜王。


 一瞬だった。


 ズンッと空気が振動したと思った次の瞬間には、グリフの体と魔晶石が、銀竜の爪で粉々になっていた。

 早い―――などと言うレベルではない。


 雷が落ちる如く、気付いた時には全て終わっていた。

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