13-35 少女達の戦い
「天よ、堕ちよ!!」
躍るように風に乗って空中を飛びながら、かぐやが手を勢いよく振り下ろす。
圧縮された空気が渦を巻き、空中に逃げようとしていたリューゼの体に襲いかかる。
「…んぃぐっ!?」
上から巨大な鈍器を叩きつけられたような衝撃を受け、リューゼの小さな体が地面に叩き落とされ、それだけでは終わらず、断続的に降り注ぐ空気の壁に押し潰されて地面にめり込む。
「んぐぐ……っ! 邪魔くさいなっ、≪白≫の奴!!」
地面にめり込んだまま、なんとか首を動かして自分の動きを封じているかぐやを睨む。
「くっ……なんっつう硬さなのこのチビッ子! 岩だって砕けるくらいのパワーで押し潰してるってのに…!」
かぐやはまだ本気ではない。全力の姿になる為の【魔人化】を使っていない。だが、それでもノーマルな状態で出せる能力のいっぱいいっぱいまで出している。その風を持ってしても潰し切れない。
潰そうとする力と、それに抗う力がいい感じに拮抗している。
「そのまま押さえていろ!」
フィリスが吼えて、即座にユグドラシルの枝を振るう。
「“燃え尽きろ”!」
地面に這いつくばっているリューゼを、舐めるような炎が包み込む。
「あっちち! なんだよ、この炎っ鬱陶しいなぁ!!」
魔素体は、デフォルトで高い属性防御を備えている。アーククラスの炎でもなければ、まともなダメージが通せないのだ。
「クッ……なんて耐久性能を…!」
歯噛みするフィリスは次の手を用意する。
前回の戦いでリューゼには魔法が通じない事は心得ている。だが、“効かない”だけで“意味が無い”訳ではない。
「“沈め”!」
リューゼの触れている地面が沼になり、空気の壁に押されて一瞬にして沈む。
「わっ―――!?」
更に、リューゼの沈んだ沼に向かってフィリスは魔法を放つ。
「【サイクロン】!」
本来ならば空気の渦を作り出す魔法。それを沼の中に放った事で、沼の中に下に向かう削岩機のような流れが生まれる。
沼の中を滅茶苦茶に掻き混ぜた事により、リューゼの体は更に下に下に沈んで行く。
“動けば動く程足を取られる”の理屈だ。それを体ではなく、泥を動かす事でやっている。
リューゼの魔法無効でも、自身にかかる回転は止められても、泥の回転までは止める事が出来ない。
結果、どこまでも続く沼に落ちて行く事になる訳である。
「やった! フィリスさん凄い!」
かぐやが素直に称賛の声を上げ、出番の無かったパンドラと白雪がパチパチと手を叩く。
褒められて照れくさかったのか、プイッと顔を背けるフィリス。
「と、当然だ! ま、まあ…多少お前の力が役に立った事は認めよう」
若干照れて赤くなった横顔を同性にも関わらずかぐやは見惚れてしまった。
(本当に綺麗な人……)
今までも何度となく思って来た事を頭の中でリフレインする。
パンドラと言いフィリスと言い、なんでこんな綺麗な人達が、あんなボンクラな幼馴染にべったりなのか理解出来ない。……そして、そんな事を思う度に自分の容姿と比べて勝手にダメージを受けるかぐやであった。
だが、今はそんな事を考えているような場合ではない―――…。
沼が爆発したように泥を噴き上げ、その中から黒い人影が飛び出す。
「本っ当に鬱陶しいなぁあ!!」
沼から飛び出したリューゼが、癇癪を起こした地団太を踏む。
足が地面を叩く度に、地面がひび割れて大きな振動が地面に立つフィリスとパンドラを襲う。
「何なのコイツ……どうやって倒せっつうのよ?」
アークやガゼルの戦いを見た事のある人間の共通認識は、「凄い!」と同時に「簡単そう」である。
動画サイトで視るゲームのスーパープレイのような物だ。
視ている限りは、そのプレイヤースキルがどれ程高いのか分からず、「自分でも出来そう…」と思う。だが、実際に同じ事をしようとしてみるとまったく出来ずに、その時にようやく動画で視た物がどれ程の凄まじい技術の塊であるのかを理解する。
現在のかぐやはそんな状態だ。
なまじ、≪白≫の魔神の力なんて持っているせいで、いつも身近に居る怪物2人の戦いを「自分でも出来そう」なんて思ってしまっていた。だが、戦闘能力が自分と同じかそれ以上の存在とエンカウントしてみて、それがどれだけの驕りであったかを理解する。
………いや、理解はしていたのだ。
良太とガゼルが、自分の1歩先どころか、100歩も200歩も先を行っている事も、自分が戦闘に向いて居ない事も…。しかし、何の力も持たない異世界人であるかぐやが、魔神なんて途轍もない力を手にして、全能感を持たない方がおかしい……言ってしまえば、ただそれだけの話しだった。
「弱気になる必要はありません。攻撃が効いて居ない訳ではないのですから、倒す術はどこかにあります」
いつも通りの無表情なパンドラの言葉が妙に心強い。言葉の後に「……多分ですが」と付け加えたのは聞かなかった事にした。
「パンドラの言う通りだ。魔法が効かずとも、戦える! …と言うか、そう言う意味ではお前が1番頑張れ!」
「は、はい!」
怒られたのか激励されたのか判断が付きかねたが、元気は出たのでどっちでも良かった。
しかし―――その元気は一瞬で奪われる事になる。
「リューゼ、随分苦戦しているようじゃないか?」
静かな、だがよく通る男の声。
かぐやはその声をよく知っている。
その声を出す人物を知っている。
今まで、何度その声で「カグ」と呼ばれたか分からない。
小学校でも、中学校でも、高校でも、かぐやの人生の横には、常にその声が隣にあった。
その―――阿久津良太の声が。
恐る恐る振り返る。「どうか、居ないで欲しい」と小さく心の中で願いながら……。
だが、“彼”は居た。居てしまった。
「と、頭首!!? どうしてコチラに!?」
慌てて背筋を正すリューゼを無視してパンドラ達に向き直る。
「やあやあ、≪赤≫のお付きのお嬢さん方」
阿久津良太の顔で、阿久津良太の声で、阿久津良太らしからぬ礼儀正しいお辞儀をする。
「≪無色≫………ッ!!!」
かぐやが、今にも噛みつかんばかりの殺気で呼んだ。
その視線がグルっと舐めるような動きでかぐやを捉え、獲物を見つけたハンターのように静かに―――恐ろしい―――笑いを浮かべる。
「むしょく? ああ、無色と言ったのか。その呼び方―――精霊共の所に行ったのかな?」
どこまでも優しくかぐやに微笑むその姿が、あまりにも“いつもの”良太の姿と繋がらない。精神支配を受けていたとは言え、こんな違和感の塊を幼馴染と信じて疑わなかった自分を引っ叩きたくなる
「それはそうと、無事に目を覚ましたようで安心したよカグ」
「気安く呼ばないで!」
怒りのあまり、無意識に体が放電し、周囲の風が強くなる。
「おっと…怖い怖い」
クスクスと笑う姿は、欠片も警戒が見えない。
目の前で今にも攻撃をしてきそうなかぐやにも、ユグドラシルの枝を振るタイミングを計るフィリスにも、銃の引き金を引いたパンドラにも―――。
炎の魔弾が放たれた。
しかし、阿久津良太は―――≪無色≫は避けない。
代わりに反応した人物が居た。
「頭首に手出しはさせないよ!」
リューゼが一瞬で魔弾の射線に割って入り、虫でも払うように魔弾を手で打ち落とす。
「リューゼ、そちらのメイドとエルフは任せる。≪白≫は私が貰うぞ」
「はっ。頭首の御心のままに」
ペコリとお辞儀の後、今まで見せなかったスピードでフィリスとの距離を詰め、反応を許さぬ速度で殴り飛ばす。
「そらあああッ!!!」
「―――グッぅ!?」
≪無色≫に向かってユグドラシルの枝を振ろうと構えていたのが幸いし、運良く―――ギリギリで―――防御が間に合い直撃は免れた。だが、その圧倒的なパワーの差が埋まる訳もなく、拳の威力に負けて後ろに向かって5m程吹っ飛ばされる。
だが、フィリスはやられっぱなしで済ませる女ではなかった。
「【フラッシュ】!」
チカッとリューゼの視界を閃光が覆い尽くし、隙を作る。
直接的な魔法は効かないが、魔法による副次的な状態異常は回避出来ない。
その一瞬を、パンドラが突く。
スカーレットに付与された【タイムキーパー】の効果により、パンドラの肉体が加速され、一気に間合いを詰める。
「……」
無言で、リューゼの首にコンバットナイフを捻じ込む。
遊びも油断も何も無い、ただただ相手の命を奪う為の冷徹で正確な一撃。
「ォぐァッ!?」
血の代わりに、首の傷と、口と思われる部分から黒い魔素が噴き出す。
しかし―――魔素体にはデフォルトで【自己再生】のスキルが付与されている。そして、スキルが有効になっている限り、死ぬ事はない。
「ぐっぞぉお!」
首から魔素を吐きながら、目の前のパンドラの顔を粉々にしようと拳を振るう。だが、冷静さを失って大振りになっている攻撃をパンドラは難なくしゃがんで避け、今度は腹にスカーレットを突き刺す。
「ぐギィ!?」
リューゼが反撃するより早く、突き刺した刃を横に捩じって傷口を押し広げて抜く。
パンドラがするのは、ただ只管に相手を殺す為の攻撃。機械的な最適解を実行、そして処理。
「は、な、れろーッ!!」
空間を切り裂く様な蹴り―――しかし、パンドラは既に加速して離脱している。
距離が開き、睨み合う。
2秒とかからずリューゼの傷は消えて無くなり、失った魔素が補充されて万全の状態に戻る。
分かっていた結果ではあったが、パンドラとフィリスの精神的ダメージは大きい。
「パンドラ、白雪、無事か?」
左腕を押さえながらフィリスが横に並ぶ。
先程攻撃を受けた時に片腕を痛めたらしい。
「問題ありません」「私もですわ。フィリスさんはその腕…大丈夫ですの?」
「左腕が上手く動かん…。魔法を撃つ分には支障ないが、攻撃を受けるのは無理だな」
「では、私が前衛で敵を押さえます。パワーはともかく、スピードは私ならば対処が可能なレベルです」
3人の視線が、かぐやと…向き合う≪無色≫に向く。
大分2人との距離が開いてしまった。相手に上手い事引き離されたか……それとも偶然か…。
「かぐやさん…大丈夫でしょうか?」
白雪が、パンドラのエプロンドレスのポケットから不安そうに顔を出す。
「フォローをしたいですが、コチラも戦力が低下して勝率が大幅に低下しています」
「そうだな…。あの女が何とか堪えているうちに、コッチの決着をつけられれば良いんだが…」
「……ですの」
青く光りながら更に不安が重くなった白雪を、パンドラは優しく撫でる。
「全力を尽くしましょう」
「そうだな。勝利こそが全ての活路だ! 何としても勝つぞ!」
「はい」「ですの!」