13-34 竜王の戦い
3つの瞳に、5本の角。その背には3対の翼を持ち、全身に纏う究極の竜の装甲たる竜の波動。
その姿―――正に全ての竜種の上に立つ、竜王の姿。
「ほっほ…なる程、目の前に立つだけでこの威圧感…。竜王なんぞと大層な呼び名をされて居たが、これは納得じゃわぃ」
「確かにな。何の備えも、情報もなく戦えば敗北は必至。エメルが手も足も出なかった訳だ」
ガゼルの姿を見て、感心と納得の顔の2人。並みの相手ならば、竜王の気を真正面から受ければ気絶するか呼吸困難にでもなるが、そう言った異常は欠片も見られない。それどころか、恐れや萎縮すらない。
「さあ、いい加減始めようか?」
地面に刺してあった槍を抜き、手元でクルッと回す。ただそれだけの何気ない行動で風が巻き起こり、土埃が舞う。
「仕方ない」
「やれやれ…では仕事をしようかのぉ」
応じたわりに、構える様子がない。だが、決して油断をしている訳でもない。痛い程の警戒心がガゼルの行動全てを見張っている。
だがガゼルは気にしない。
相手が自分を観察して手を出さないと言うのなら、遠慮なくその間に殴りに行くだけだからだ。
6枚の翼を畳み、槍を振り被る。
「―――しッ!!」
竜巻のような衝撃波が広がり、それを貫いて白い槍が放たれる。
閃光と見間違う投擲。
速過ぎる攻撃。
槍が放たれたのを視認した時には頭をぶち抜かれている。そう言う落雷と同レベルの速度。
魔素体2人も動けない―――いや、動かない。
「な、に…?」
必殺の投擲。
片方の首が弾け飛んでいる未来が約束されていた攻撃の筈だった―――だが、届いていない。
“効かない”や“避けられた”ではない。2人の立っている場所まで、槍が届いて居ないのだ。
――― ガゼルと魔素体2人の間の空中で、槍が静止している。
より正確に言えば、静止しているのではなく、今もずっと敵に向かって進み続けている。まるで槍の先に無限の空間が広がっているように…。
ガゼルの動揺は一瞬。
素早く気持ちを立て直し、即座に目の前の異常を解析する。
(空間を押し広げて、距離を開けているって事か…!)
視覚的にはたった10mの距離。
だが、敵の何らかの能力によって実際には100万km以上の距離がお互いの間には存在している。
「…チッ」
舌打ちをして槍に戻ってくるように命令を出す。ヒュンっと無限の距離を進み続けていた槍が消え、2秒程経ってガゼルの手元に戻る。通常ならば瞬時に転移で戻ってくるのだが、遠くに行き過ぎて転移ですら遅延が発生した。戻ってくるまでの時間を考えると、20万km程進んで居ただろうとボンヤリと予想しつつもう1度舌打ちをする。
“攻撃が届かない”なんて防御法を取られたのは始めてだった。
回避も防御も出来ないから、そもそも攻撃を届かせない―――実に理にかなっていて頭に来る。
「随分面白い事してくれるじゃないか? そっちのデカイ方の能力か?」
「ほう…一瞬で何故攻撃が届かなかったのが見抜いたか? 戦闘力だけでなく、ちゃんとした目と耳を持っているとは、これはますます気が抜けんな」
長身の魔素体、ブランゼは静かに頷く。
「空間使い…とでも呼べばいいのか? こんな特殊な能力は流石に見た事も聞いた事もねえぜ」
「褒められて悪い気はしないな。だが、驚くのはまだ早い。グリフの能力はもっと君を驚かせてくれるだろう」
妙に自分からハードルを上げてくる。
だが、ただの爺ではない事は明白。警戒心を上方修正するが、警戒し過ぎて縮こまらないようにする注意も忘れない。
「ほっほほ、ブランゼよ、あんまり持ち上げんでくれ。これで竜人に『期待はずれだ』なんて言われたら、ワシは傷付くぞ?」
「ふむ、そうか、スマンな」
グリフがわざとらしく腰をトントンっと叩いてから滑るような足取りで前に出る。
「では、行くぞ竜人?」
お互いを阻む無限の距離―――その能力が解除されたのと同時にグリフが先程までの老人らしい動きを捨て、凄まじい速度で突っ込んでくる。
ロケットの撃ち出しの如き速度―――だが、それだけだ。竜王となったガゼルにとってはスローモーションに感じる遅さ。
……にも関わらず、ガゼルはグリフの攻撃への反応が一瞬遅れた。何故なら―――
「…アーク?」
自分に向かって走って来るグリフの姿が、アークだったから。
一瞬前まで、確かに真っ黒な魔素で形作られた人…のような物体だった筈。だが、瞬き1つする間に、その姿がよく見慣れた銀色の髪の少年になっていた。
だが本物ではない。
本物は今も≪青≫の魔神と、神の領域の戦いを繰り広げているのだから。
つまり、目の前に居るアークは、グリフが姿形を映し取った偽物。
ならば、叩き潰す事も、殺す事も躊躇う理由はない。
(仲間の姿なら、油断するとでも思ったのか…?)
確かに、いきなり目の前で姿を変えられたのは驚いた。だが、それだけだ。迎え撃とうと槍を握る手に力を込める。
次の瞬間―――
目の前で炎が弾けた。
「!?」
魔法やスキルを使うような動作は無かった。それなのに、炎がガゼルの眼前20cmの所で爆発して視界を奪う。
無動作で振り回される炎、ガゼルはそれをよく知っている。グリフが姿形を真似している本物の方がいつも使っているからだ。
そう、事実、グリフは今【魔炎】を使って炎を操った。
本来なら、≪赤≫を宿すアーク以外には使えない魔素を燃焼させる炎を…。
炎でガゼルの視界が真っ赤に染まる。いつものガゼルならば、視覚以外で素早く相手の行動を捉えていた。だが、一瞬……ほんの一瞬、アークのスキルを使う敵に思考が混乱して反応が遅れた。
その一瞬の遅れ突いて、炎の壁を突き破って深紅の刃が迫る。
ヴァーミリオン。
勿論本物な訳が無い。ヴァーミリオンは≪赤≫用の神器であり、世界に2つと存在せず、ましてそれを無から作り出す事なんて出来る筈がない。
究極の装甲である竜の波動を纏っているガゼルには、並みの攻撃は通じない。だからそのまま攻撃を食らって、即座にカウンターに繋げようと考えた―――…のだが、
悪寒
研ぎ澄まされたガゼルの戦士のとして直感が、「この攻撃を避けろ!」と言っている。
咄嗟に槍で受けようとしたが、間合いの内側まで踏み込まれた状態で槍を振り回すのは愚策もいいところ。
背中の翼を広げ、一羽ばたきして体を後ろに向かって引っ張り、同時に羽ばたきの風圧でグリフを吹き飛ばす。
「っふん!!」
緊急脱出完了。
再び両者の間には10mの距離。すかさず、その空間をブランゼが“引き延ばし”お互いの攻撃が再び届かなくなる。
無意識にガゼルは小さく安堵の息を吐く。
竜王と変じた時点で、圧倒的に自分の方が有利な状況だと確信していながら、たった1度の攻撃をかわせた事に安心している自分に気付いて苦笑する。だが……その笑いはすぐに消えた。
右頬に微かな痛みを感じ、触れてみると血が流れていた―――。
「…傷…!?」
先程の攻撃を避けきれずに掠っていたらしい。
攻撃を避け切れなかった点は仕方無い。ガゼル自身も、かなり無茶なタイミングの回避だったと自覚している。だが、竜の波動をこんなに簡単に突破された事は納得できない。
そんなガゼルの驚きを見透かして、魔素体2人が笑う。
「ちゃんと驚いてくれたようで良かったよ」
「期待に応えられたようで何よりじゃよ」
笑っているうちに、グリフの姿が元の真っ黒な魔素の人型に戻る。
「ただ姿を真似るだけの曲芸って訳じゃねえらしいな?」
「ほっほっほ、ワシの能力は【スタイルコピー】。姿や声は元より、その能力を我がものとする事が出来るのじゃ」
先程のアークの姿での炎にも納得。
「能力まで真似られるのは確かに驚いたが、格上の能力をそのまま使えるって訳じゃなさそうだな?」
さっきの攻撃も、アークの能力をそのまま使えるのであれば、もっと速く、もっと強かった筈だ。
「ご明察じゃ。流石に≪赤≫の魔神の能力を全て映し取る事は出来ん」
(そう言う事なら、大した脅威じゃない……と思いたいが…)
頬の小さな痛みが、老人のような魔素体がただの“物真似”ではない事を教えてくれる。
「顔から余裕が消えたな竜人? グリフ、どうやらお前の能力の本当の恐ろしさに気付いて貰えたようだぞ?」
「ふむ。ワシの能力は他人の能力の映し取り…じゃが、別に姿と同じ能力しか使えん訳ではないのじゃよ」
「………何?」
「つまり、ワシは能力を映し取った者達の必要な物だけを無制限に発動させる事が出来る、と言う訳じゃな。例えば、先程の≪赤≫の姿で【竜殺し】を発動したようにのぉ」
「チッ………そう言うカラクリだったか…」
グリフの能力は理解した。警戒が必要な事も。
特に、相手のストックしているスキルの中に、天敵とも言える【竜殺し】がある…と言うのはガゼルにとって最悪な話だった。
竜は最強の生物である。
だが、決してこれまでの歴史の中で“無敵”ではなかった。時々、神の気紛れで生まれる強者に倒される事もあれば、天敵たる異能…【竜殺し】によって討たれる事もあった。
【竜殺し】。
竜と戦う時以外には、まったく役に立たないスキル。
だが、一度竜と見えれば、その能力は圧倒的。
竜の持つ特性、スキル、攻撃の一部を完全に無効にしてしまう、まさにその名の示す通りの“竜を殺す為の異能”。
それはつまり―――ガゼルにとって最悪にして最凶の天敵である事を意味していた。