13-32 混色の魔神
水野が首を落とし、≪無色≫が持ち去った≪黒≫。
いったいどこの誰の手に渡って居るのかと不安に思っていたのだが……このクソッ垂れが新しい持ち主になっていたとは……。
俺に見せつけるように、≪青≫と≪黒≫の刻印が入り混じる左手を俺に翳して来る。
「どうよ? これぞ最強に相応しい力!! これぞ最強に相応しい姿!!」
……最強…ね。
「プッ、クク」
思わず吹き出してしまった。
迷い無く、真っ直ぐに、胸を張って、堂々と、己を“最強”と宣水野の姿が―――あまりにも滑稽過ぎて。
俺が笑ったのが相当気にいらなかったらしく、青筋を立てて怒る。
「何が可笑しいッ!!!? 俺の力を恐れろ!!」
「ククク…ああ、失礼」
コホンッと小さく咳払いして、憤怒の目を向けて来る水野を睨み返す。
「いや、正直言えば、次の≪黒≫の持ち主がどんな奴になるのかとずっと不安だったんさ。もしかしたら、ルナみたいな戦闘能力だけじゃなく分析力のある奴が持ち主になったら凄ぇ面倒臭え事になるしな。だから、お前が持ってると知って安心したんだ―――」
≪赤≫の光を纏う右手で水野を真っ直ぐに指差す。
「テメエのような無能が持ってるなら安心だ、ってな?」
どの道≪青≫は原初の火で焼くつもりだったし、ついでに≪黒≫も焼けるってんならその手間も省ける。
俺の挑発に乗って水野が声も出ない程キレる。
駄々をこねる子供のように地団太を踏み、なんとか怒りを散らして自我を保とうとしている。まあ、子供がそれをやったら可愛い物だが、大の大人がやると見ているコッチが居た堪れない気持ちになる。
しかも、地面を踏む度に≪黒≫の力が漏れ出て振動が起こったり、地面に放射状のヒビが走ったり、まったくもって居るだけで災害のような野郎だ。
「く…ぅがっ!!! 糞餓鬼がっ…!? 毎度毎度、俺を見下しやがってぇッ! 殺してやる…グチャグチャにぶっ壊して、お前の取り巻きにテメエの肉片を食わせてやる!!」
言う事が急にバイオレンス。とか余裕こいてる場合じゃねえな…!
水野が無能なのは本当だが、振り回す魔神の力は本物だ。しかもその力を2つ持っている。
善悪の区別もつかない子供が、核ミサイルの発射ボタンを持っているような危うさ。
差し詰め俺は、核ミサイルを迎撃する為のミサイルって立ち位置かな?
「“大海の如く―――”」
水野が魔神に至る為の言葉を並べ始めた。
ルナと戦った時は、≪黒≫の魔神を相手に俺は【魔人化】で対応した。だが、それはルナを殺さないように戦う為であり、ロイド君の体への浸食をさせない為だった。
けど―――今回はそんな事を言っていられない。
全力全開で殺しに行かなきゃ、コッチが殺される……!
………ロイド君ゴメン、またこの体で無茶する!
「“烈火の如く―――”」
俺が自分に応じて魔神になろうとしていると思ったらしい水野が嬉しそうに口を歪める。
「“大地の如く―――”」
「“灼熱の如く―――”」
「“世界の全てを我が色に染め上げる”」
「“世界の全てを赤く染め上げる”」
「「“我に力を”」」
――― 【オリジン:赤】と接続します ―――
魔神覚醒
今まで展開していた【赤ノ刻印】が勝手に解除され、代わりに魔神を示す別の刻印が全身に広がる。
水野にも同じように、≪青≫と≪黒≫が入り混じる歪な魔神の刻印が現れる。
周囲の空間が音もなくひび割れ、その先から赤と青と黒い光が、まるでこの世界に浸食してくるように輝いている。
肉体が魔神へと変化した途端―――意識が暗闇に落ちる……いや、正確には落ちそうになる。
目の前が真っ赤になり、何も考えられなくなる。
左腕の浸食の刻印から、波紋のように魔神の声が全身に響く。
『壊せ! 殺せ! 世界の全てを憎み、己1人になるまで世界を燃やし続けろ!』
……ああ、そうだ。俺は、この世界を、壊さなきゃ―――…
「リョータ! 何してんの!!」
ハッとなって我に帰った。
自分の現状を確信する。
恐怖心も何も無く俺達に向かって来る東天王国の兵士達、その行軍に向かって、俺は原初の火を構えていた。
………今、この炎を放とうとしていた…のか? 全然意識がない。
たった数秒だったけど、完全に≪赤≫の魔神に意識を食われていた…! あっぶねえ…!!? カグが声をかけるの後1秒遅かったら、間違いなく東天王国の兵士達を全員灰も残さず焼き殺してた……。
「カグ、サンキュー!!」
「気を付けなさいよね!?」
マジでありがとー…! 今のはマジで洒落にならないヤバさだった…。
いつもだったら抗えたのに、今日は抵抗の余地もなく一気に意識を食われた。理由は2つ。1つは何度も魔神になったせいで、体の浸食が進んでいるから。もう1つは……いつもなら精神的な負担を軽減するフィルターになってくれていたロイド君が居ないから…。
頭の奥がズキズキと痛む。
ロイド君は、俺のところまで届かないように、いつもこんだけの負担を受けててくれたのかよ…!?
今更ながら相棒の有り難さを理解して泣きたくなった。俺1人じゃ、魔神になるのもままならねえじゃねえかよ…!
まあ、でも、1度安定してしまえば魔神状態維持しても大丈夫っぽいな…。とは言え、チンタラやってたら浸食の刻印が広がって心臓に届いてしまう。早く終わらせられるなら、それに越した事はない。
「ふぅ…」
深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
意識を戦闘モードに戻す。
水野―――は、動いてねえな? 無表情に虚空を見つめたまま一時停止している。コイツは魔神になって意識を完全に喰われたら静かになりやがる…。
とりあえず、先に向かって来ている兵士達の足を止めて置くか。
【事象改変】を発動。兵達の“前進”を無効にする。
途端に、百人以上の兵士がその場で直立不動の体勢で止まる。無効にしているのは前進だけなので、カニ歩きやムーンウォークでなら近付いて来る事が出来てしまうんだが…意識を≪無色≫に握られている兵士達に、そんな応用性はねえだろう。
大分近くまで来ちまったけど、まあ気を付けて戦えばギリギリ巻き込まれない距離だろう。
さて、と。
俺が魔神の力を行使した事で一時停止していた水野が反応した。
「…………≪赤≫の魔神…!」
ジロッと見られた。
睨まれた訳でもないのに、冷たい汗が背中を流れ落ちる。
改めて水野の姿を観察すると、なんとも不気味だ……。
全身に鎖のように絡まる≪青≫と≪黒≫の刻印。そして瞳の色が左右で違う…右が黒くて、左が青い。言いたくねえけど、日本人にオッドアイは似合わねえよ。
「……殺してやる…!」
「はっ、俺への殺意だけはちゃんと残ってるってか?」
随分都合の良い事だねぇ…。
心の中で少しだけ愚痴りながら、いつ飛びかかられても良い様に戦闘準備を整える。
――― 【オリジン:赤】より一時的に【空間認識】【生命感知】【フィジカルブースト】【パワーペネトレイト】【全属性究極耐性】【属性超強化】【超速反応】【自己治癒】【治癒力超強化】【魔炎】【レッドエレメント】【バーニングブラッド】【異能解析】を取得 ―――
【反転】使った時に置き換えで失ったスキルも手持ちに入れたから、これで普通の炎と原初の火を使い分けられる。
コチラの準備が整うと同時に―――冷気が襲いかかって来た。
【熱感知】で見えていた物が一瞬で白くなる。
多分だが、マイナス200度ってところかな? 液体窒素の風呂に浸かってるのと同じような状態って事だ。5秒もすれば肉体の端々が壊死し始める。
地面の中の水分が凍りつき、微かな振動と共に大きくひび割れる。
更に、俺をその場に縫い止める為の重力が降りかかる―――。
だが―――俺には効かない。
この冷気は【ブルーエレメント】による自然干渉で生み出した物。重力は【ブラックエレメント】の効果。つまり両方とも俺の【アンチエレメント】で無効に出来る。
ただし、地面が凍って歩き辛いって点だけは注意。
「―――行くぞ!」
半端に踏み込むと足をとられる。地面を踏み砕く勢いで行ったら、本当に凍った地面が爆発したように砕けた。
少しだけ「やっちまった」って気持ちが生まれたが、砕け方が凄い派手で、いっそ気持ち良いくらいだったので「まあ、いいか」と流す。
冷気の檻を抜けて、左右に小さなフェイントを入れて突っ込む。
間合いの外から足を滑らせてヴァーミリオンを振る。
「むっ…!」
水野が振りに合わせて移動しながら姿勢を低くする。必殺の攻撃である【空間断裂】への対応だろう。
ヒュンっとその後ろ髪をかすめるように【レッドペイン】で射程を拡張された斬撃が通り過ぎる。
上手い事釣られてくれてありがとさん!!
水野が回避の動作で体勢を崩したその隙を、逃さねえよっ!
【オーバーブースト】で通常の8倍まで加速。光速の納刀―――からの、即座の抜刀!
完璧なタイミングでの【空間断裂】。だが、相手は魔神2つを持つ、スペック的には俺の上を行く化物―――容易く落とせない。
ギリギリのところで【浮遊】で空に逃げる。が、逃げ切れずに靴ごと右足のどこかの指が斬れて宙を舞う。
「……………」
足の指が落ちたと言うのに、欠片の痛みを感じている様子がない。
仕留め損ねた―――と思っただろ?
相手が血を流した時点で、コッチの思惑通りだ―――
「ぜッ!!」
【バーニングブラッド】―――魔神の状態で発動すれば、一々血に触れずとも見るだけで発火出来る!
指が切れ落ちて、赤い血が滴る足。
「もう1度、燃えて貰うぞ!」
滴り落ちようとしていた血液がジュワッと気化したように見えた……次の瞬間、ドンっと燃え上がる。
――― しかも、黒い炎が。
「ぐ……がぁ!?」
無駄だ。魔神になったって、【バーニングブラッド】と原初の火のコンボはかわしようがない。
全身の穴と言う穴から黒い炎を噴き出し、水野の体がボロボロと焼けて崩れ落ちた。