13-31 総力戦2
かぐや、パンドラ、フィリス、そしてパンドラのポケットの中に隠れている白雪。
その前には小柄な魔素体が1人立つ。
人数的に言えば有利であるが、魔素体の戦闘力の高さを考えれば数の利なんて些細な問題だ。
「さあ、さっさと終わらせようか? 僕、君等雑魚の相手なんて興味ないんだよね? さっさとアッチのエメルを倒したって言う竜の奴と戦いたいんだよ」
「声と喋りが子供っぽいのも相まって糞餓鬼臭が半端じゃないわね」
「貴女の口の悪さもどうかと思いますが」
短くやり取りをしながら、かぐやは「“我に力を”」と呟いて白く光る刻印を展開し、パンドラは左手に魔弾の籠められた銃を、右手に神器を握る。
一方戦闘状態に入らないフィリスに気付いて、白雪がポケットからピョコッと顔を出す。
「フィリスさん、どうしたんですの?」
「いや、あの声……間違いない!」
「…ですの?」
「白雪、危ないので出ないで下さい」
出していた頭を手の甲で押されてポケットの奥に戻る。
フィリスはそんな2人のやり取りを気にした風もなく……それどころか気付いてもいなかった。
どこか不安と恐怖を混じらせて声で叫ぶ。
「貴様ッ!!! アルフェイルに居た“神器狩り”の子供か!?」
「ん? ああ、どっかで見たエルフだと思ったら、あの時の眼鏡の異世界人と一緒に居た奴か。そーだよ、だから何さ?」
「どうして貴様が…! あの時確かに殺して―――」
そこまで言ってハッとなる。確かに肉体は殺した。だが、あの時はその後魔素体になっていない。
≪無色≫の配下の本来の姿が魔素体だとすれば、あの時殺した子供の体の中にも魔晶石が有った筈だ。だが、それが砕けているかまではあの時確認して居ない。
そして、今目の前にその子供の魔素体が居るのだ。答えは1つしかない。あの時―――真希とフィリスは仕留め損ねていたのだ。
「……そうか。貴様の核である魔晶石までは砕く事が出来ていなかったと言う事か…!」
「そーゆー事だよ。まさか魔素体になる前にやられちゃうなんて、君等の事を舐めてかかり過ぎたね。まあ、頭首様が僕の魔晶石を回収してくれたから、こうして今も無事だけどさ」
自分の落ち度が目の前の敵を生かす結果を生んでしまったのだと、フィリスは自身を殴りたくなる衝動を必死に押さえる。
後悔するよりも、まずはこの敵を排除しなければならない―――!
アルフェイルでの戦闘経験から、自分とは相性が悪い事を知っている。
「気を付けろ。コイツには魔法が通じないぞ!」
前の戦闘では、魔法使い2人で戦った為苦戦を強いられた。あの時は真希の機転で勝利したが、今度は状況が違う。
相手は魔素体となって全能力が爆発的に上がって、もしかしたら未知の能力を使って来る可能性もある。
対して、フィリスは基本魔法主体である事は変わらないが、その手には自然操作の力を持つユグドラシルの枝がある。それに、今回はパンドラとかぐやが居る。
パンドラもメインウェポンは魔弾―――魔法の弾丸である為、相性は決して良くはないが、冷静な立ち回りで遠近どちらでも能力を発揮する上に、神器のスキルにより自身を加速させる事が出来る。
かぐやの能力は≪白≫。風と雷を自在に操る魔神の力を、不本意ではあるがフィリスは今回ばかりは当てにしていた。魔法の力に頼らない魔神の力は正直心強い。
「了解しました」
「私元々魔法使わないけど…気を付けるわ」
改めて敵と向き合う。
「雑魚相手に手間かけさせないでよね?」
「お前が格上なのは認めよう。だが、雑魚と侮られるのは心外だ!」
* * *
「「“我に力を”!」」
俺と水野が同時に叫ぶ。
俺には≪赤≫の、水野には≪青≫の刻印が全身に広がる。
体の奥底から魔神の力が噴き上がり、感覚器官が強化されて一気に視界が外に外に向かっていく。
「さあ、存分に殺し合おうぜっ!!」
ドンッと地響きのような轟音と共に水野が突っ込んでくる。
フェイントも何も無い、馬鹿かと思える程真っ直ぐに―――。
速い―――けど、決して俺に反応出来ない訳じゃない。それどころか【オーバーブースト】で少し加速すればその速度を容易く上回る事が出来る。
――― 抜刀
音速を軽く超える速度で振られた刃がヒュッと小さな音を立てて空気の壁を切り裂き、水野の走って来る空間を、これ以上ないタイミングで両断。
「チッ」
しかし、俺の抜刀を見て即座にステップで、振り抜いた方向に向かって逃げる。
そう簡単には届かねえか…! さっき首を飛ばせたのは、【空間断裂】が初見だったのと、相手の不意を突いたからって事ね。
抜刀からの一閃で発動する【空間断裂】は、相手の防御を無視する必殺技と言ってもいい。だが、魔神になれるレベルの相手なら反射と圧倒的な身体能力で避ける事は出来る。
「面白ぇ能力だなあ!!」
回り込むような軌道で距離を詰めて来た水野が氷の剣を振り被る。
コッチは振り終わりで回避は間に合わない。
左手を鞘から離し、原初の火を纏わせてその斬撃を受ける。
「どうも…!」
腕を覆う黒い炎に触れた瞬間、氷の刀身がジュッと燃え溶ける。溶け折れた先端部が黒い炎に包まれながら宙を舞い、柄の方に残った氷も黒い炎が徐々に燃やす。
「うっぜぇなぁ!」
原初の火の怖さは認識出来ているようで、インディゴ自体に炎が移る前に氷の刀身を切り離して飛び退く。
逃がすかッ!
お返しとばかりに【オーバーブースト】で再加速して距離を詰め、そのスピードのまま踏み込んだ足を滑らせて刀を振る。
「ふ――――ッ!!!」
常人ならば反応不可能―――だが、魔神同士の戦いに、“常人なら”なんてifは意味がない。
津波によって地面が水気を帯びているのも水野にとってはアドバンテージだった。
ステップで足が止まった一瞬を狙った攻撃だったが、地面の水で体を後ろに流してそれを避ける。が、避けながら体を反らせる動作は余計じゃねえか? ……いや、【空間断裂】の発動を警戒したからか! まだ抜刀からの一撃目にしかスキルが乗らない事を気付かれていないのなら、大事に使わないとな。
距離が開いて、仕切り直して睨み合う。
「まったく嫌になるね? その黒い髪になると攻撃力が比べ物にならないくらい高くなるみたいじゃないか?」
「それなりにな」
「それに、その黒い炎ずるくない? 食らえば回避不能の即死効果とかさぁ~」
まあ、ぶっちゃけて言えばずるいと俺も思う。
原初の火は誰がどう見てもクソチートだ。1度発火すれば確定死な上、物体だけでなく、触れる事の出来ないエネルギー的な物も燃やせる辺り、本物のインチキだ。
だが、だからこそ…そのチートに曝されて生きているコイツの存在が解せん…。
俺が原初の火を操れるのは【無名】が有るからだが、この能力の出所は恐らく神様もどきこと種撒く者がくれた光だ。って事は、水野が同じような物を持っているとは考えづらい。
野郎が原初の火に耐えるのは、もっと別の何か……?
「はっはは、それじゃあ盛り上がって来たし、戦場を賑やかにしようか?」
「はぁ?」
何言ってんだコイツ? 別に盛り上がってねえよ。脳味噌になんか湧いてんじゃねえのか? ……ああ、≪青≫が湧いてたっけ…。
俺の心の中のツッコミが届く訳もなく、水野が腕を上げる。
すると―――
「「「「「「「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」」」
港に居た東天王国の兵士達が、一斉に前進し出した。
船に居た兵士達も、今までしていた仕事を放り出してフラフラと歩き出して俺達の方に向かって来る。
俺達を警戒していた兵士達は武装しているが、それ以外の連中のほとんどは非武装。防具も武器もなく、まるで殺して下さいと言わんばかりの無防備さ。
そして全員に言える事は―――目が虚ろで、体の動きに意識が伴って居ない…!?
操られてる……って事は、やっぱり全員≪無色≫の支配下かよっ!!? クッソが、自分の意思で来たってんならともかく、操られているんじゃ無暗に手を出す訳には行かねえな……!
………いや、“それ”が狙いか?
俺とコイツが殴り合っている場所に、無防備な一般人が入って来たら、俺はどうしても大きな攻撃が出来なくなる。原初の火なんて怖くて振り回せない。
一方水野はどうだろう? どう考えてもそんな物気にせずに全開で攻撃して来るだろう。そうなったら、ハンデどころの話ではない。
先手打って、そんな展開は潰させて貰う!
「フィリスっ!! 壁頼む!」
「はいっ!!」
アッチも戦闘中で忙しいとは思うが、俺が進軍を止めようと思ったら炎を撒くしかない。だが、あの正気じゃない兵隊が炎への恐怖で足を止めてくれるかは疑問だ。その上、【反転】している状態で撒く炎は全部原初の火だ。下手すりゃ全員灰も残らない。
だからこそフィリスに頼る。カスラナで対影の指揮者の時に見せた大地を隆起させるアレが、この場では1番効果的だ。
チビの魔素体とやり合っていたフィリスが、攻撃の合間を縫って兵士達に向かってユグドラシルの枝を振る。
「“隆起せよ”!」
地盤を丸ごと引っ繰り返したような衝撃。
ドズンッと縦に地面が揺れて、兵士達の進行を妨げるように地面がせり上がって巨大で分厚い壁となる。
………なんか、カスラナの時より威力が増してない? このところ、俺等キング級の魔物退治に付き合って強めの魔物とやり合ってたからかな…。
まあ、いいや…ともかくこれで兵士達は大人しくなった。
「サンキュー」とフィリスに手を振り、改めて意識を目の前の男に固定する。
「悪いけど、お祭り騒ぎがしてえなら余所でやんな。コッチはそんなもんに付き合うつもりねーから」
水野の狙いを潰して内心安堵する。
だが、甘かった―――。
「はっはっはははははは! つれない事言うなよ! もっと楽しもうぜ!」
いきなりフワッと水野の体が浮き上がり、一気に加速してフィリスが作った巨大な土壁の上まで飛ぶ。
何するつもりだ?
野郎の水や冷気でも、あの土壁を退かすには時間がかかる。そんな事をやるようなら、もう1度【空間断裂】で首を飛ばすなり、原初の火を叩き込むなりしてやる!
しかし、水野のした事は、俺の予想を越えた物だった―――。
「“地砕き”!!」
土壁にトンっと水野が着地する。すると―――箱が畳まれるような不自然な動きで岩壁が地面に戻り、何事もなかったように平地になった。
足止めされていた兵士達が無言で行軍を再開する。
「は……?」
今、何をした?
明らかに≪青≫の力ではなかった。
しかし、その答えはすぐに目の前に現れた―――…。
「どうだ? 祭りを盛り上げる花火としては、中々の物だろう?」
静かに俺の目の前に戻って来た水野。
その体は―――魔神の力を示す刻印が、青く……そして、黒く輝いて居た……!
ああ、そうか、ずっと気になって居た≪黒≫の行方が今判明した。
「テメエ…≪黒≫を体に入れたのか!?」
「そう言う事だよ! お前ばっかりチート能力を持つなんて釣り合い取れないからねえ!! 俺もこれくらいの力を貰わないとダメでしょうっ!!」