13-29 戦端は開かれ…
キュレーアの1km手前辺りまで転移で飛び、そこからは徒歩で向かう。本当に水野が東天王国に与しているのなら、町へ直接転移するのは危険過ぎるからな。
そして、すぐ近くまで町に近付いた事で、ぼんやりと感じていた魔神の気配をしっかりと感じる様になる。
――― 間違いなく、キュレーアに≪青≫の気配
この距離なら、相手も俺とカグの気配に気付いて居る筈。
先に進めば、戦いは避けられない。避けるつもりもない。
むしろ、変に逃げられる方が面倒な展開だ。だが、それはないだろうと踏んで居る。
アッチだって、俺がアステリア王国の冒険者だって知っているだろうし、ガゼルがグレイス共和国の人間だって事も承知の上だろう。って事は、東天王国の行動は、俺達に対する挑発って意味もあった様に思える。
だとすれば、逃げるなんて選択肢はねえだろう。
………ただ、前に手酷く俺にやられた水野が、俺を呼び込むような真似をしているって点が少々気にかかるけど…。まあ、そこは悩んでも仕方無いと割り切る。
キュレーアに近付く程、津波の爪痕のように地面の湿り気が増して行く。
300m辺りまで近付くと、町の残骸が周囲に広がっていて目を背けたくなる…。まあ、返す波にさらわれて、海の方はもっと酷い事になってるだろうけど……。
「どうよ? ≪青≫は居そうか?」
グチャグチャと泥のようになっている足元に難儀していると、ガゼルにそう問われた。
「ああ、間違いないな。ただ≪無色≫が居るかどうかは分かんね」
≪無色≫の奴は気配感じねえからなぁ…。野郎が魔神の気配を消せるのか、そもそも気配を纏っていないのか……まあ、どっちにしてもコッチが≪無色≫を発見出来ないって点は変わらないか。
俺の口から≪無色≫の名前が出て、カグが少しだけ不安そうな顔をする。……転移して来る前に話した事、やっぱり気にしてんのか…?
「≪青≫はともかく、≪無色≫は面出してから考えるしかねえか?」
「だな。ただ、出来れば1人づつ相手にしてえけど……」
≪無色≫の能力は得体が知れな過ぎる…。
前に魔神状態の最強の攻撃である【事象結界】をアッサリと破られた。けど、奴はあの時魔神になっている感じはなかった。って事は、アイツは常時魔神に匹敵する能力を発揮できるって事だ。
正直……能力の底が見えないって事が恐ろしくて堪らない。
話している間に町の様子が見えてくる。
津波で家屋がほとんど無くなり、辛うじて残っている石造りの頑丈な家や灯台。すでに町は水抜きされた後らしく、水浸しではあるが普通に船が港にいる。……まあ、船と言っても漁船ではなく、東天王国の武装された船だが。
東天王国の連中がこの町に来てからさほど時間が経っていないので、現在絶賛荷降ろし中らしく、皆様慌ただしく船の上を行ったり来たり……。
「マスター、どうなさるのですか?」
「どうって言われてもねえ…」
東天王国の方達も、トコトコと町に近付く俺達にいい加減気付いたようで、鎧で固めた連中を先頭に、砲撃役の術師や弓兵が続く。
「おーおー、この少人数に随分な歓迎だこと…」
荷降ろしの最中だから警戒レベルが強いのか…それとも、俺達がキング級の冒険者だと気付いたから警戒したのか……まあ、どっちでも良いか。
弓の射程が曲射で約200m、直射で100mくらいだっけ…? 魔法の射程はフィリスクラスの魔法使いでも頑張って精々120m。
これ以上近付いたら撃って来るな。
矢も魔法も、俺が先頭を歩いて居る限りは後ろの皆には1つも通さないけど、敵が攻撃行動に入る前に足を止める。
「止まれ」
そして右手を横に出して皆も制止する。
「はい」「どうかしたのですか?」「ですの?」「何よ? もしかしてビビったの?」
女性陣に対してガゼルは無言でジッと俺を見て来る。妙に視圧がすげぇ…。
「ここで水野が出てくるのを待とう」
「怖気づいた…って訳じゃないよな? お前に限って」
「当たり前だろうが…」
ここまで来て怖気づく様な人間だと思われて居た事に少し脱力する。
「水野との戦闘になれば、嫌でも周囲の地形を変えるくらいの被害を出る。これ以上近付いて戦うと、俺にその気が無くても東天王国の連中を皆殺しにしちまう可能性が高い」
「マスター」「アーク様…」「父様…」「リョータ…アンタ、そんな事まで考えてたの?」
自国の港をこんな惨状にされて、占領されている真っ最中のガゼルは納得しないかもしれないけど……。
「不満か?」
「いや。連中に腹が立っているのは事実だが、殺さずに済ませられるなら、それに越した事はねえよ」
良かった。ガゼルも俺と同じタイプの考え方の人間だった。
東天王国の連中は、≪無色≫に精神支配されている可能性があるから出来れば傷付けずに済ませたい。……まあ、元々侵略国家だったらしいから、全部が全部魔神のせいって訳じゃねえだろうけど。
もし仮に≪無色≫とは無関係の侵略行為だったなら、その時は全力で殴りに行けば良い。
「東天王国の連中は、魔神の件が片付いてから適当にお帰り願って、しかるべき手続きを踏んで賠償金なり何なりをガッツリ請求してやれば良いさ」
そしてニヤリを笑う。
うわぁ…悪そうな顔してる…。東天王国はどう転んでも痛い目を見る未来しか見えなくて、本当にご愁傷様です。国が傾くくらいの金を請求されたら、まあ、頑張って下さい。
「ってか、待つのは良いけどさぁ…。ねえ、リョータ? 本当に≪青≫の人出てくるの? 来なかったらこのままここで睨み合いじゃない?」
カグに言われて、確かにそうだなぁ…と納得。
でも、まあ、その心配はねえだろうと確信している。
カスラナで会った水野は、すでに心が魔神に壊されかかっていた。魔神に精神を食われれば、湧き上がる破壊衝動に抗えず、強い力を求めて底無し沼に沈んで行くように戦いでしか満たされなくなる。
認めたくはないが、魔神へと肉体を変じる事が出来るあの野郎はすでに世界最強に限りなく近い位置に居る。
そのアイツが、勝てない相手が俺だ。
魔神として更なる力を求め続ける以上、自分の上に居る俺の存在は絶対に容認できない筈だ。だからこそ、俺が目の前に現れれば、手を出さずにはいられない。
「そーだな」
「そうだなってアンタ………あれ?」
カグも気付いたらしい。≪青≫の気配が、俺達が止まった事に反応して動きだした事に。
魔神の気配の分からない皆が、カグが何に反応したのかと不審がる。
「なんですか?」
パンドラに問われて、カグが目をこらせて魔神の気配に集中しながら答える。
「≪青≫が動いた」
「そうですか」「なんだとっ!?」「来るんですの!?」「やっぱり来るだろうねえ」
視線の先―――何重にも並んで俺達を牽制していた東天王国の兵士達。それを飛び越えて1人の男が俺達の前に降り立つ。
いちいち確認するまでもない。これが4度目の邂逅。
「水野…!」
黒い髪に黒い瞳の異世界人。
見間違える筈もない神経質そうな顔。初めて会った時と同じ、どこを見ているのか分からない生気のない目。
その目がジロッと俺達を睨む。
睨まれた。ただそれだけの事なのに、何故かゾクッとした悪寒が背中を滑り落ちる。
なんだ……? 雰囲気が前と違うからか?
カスラナでエンカウントした時には、近くの物全てを食い殺そうとするような獣のような雰囲気を纏っていたのに………今のコイツは変だ。
落ち着いて居る…と言うのとはちょっと違う。底の見えない暗い穴を覗き込むような…ヤバい感じ。そう、≪無色≫と相対した時のような……。
「やあ、皆々様。こんな場所までよくいらっしゃいました~、なんてね?」
そう言ってヘラヘラ笑う姿が不気味で仕方無い。
その得体の知れない気味悪さを俺以外も感じているようで、「水野とは俺が戦う」と先に決めてあったにも関わらず、パンドラは銃に手をかけ、フィリスはユグドラシルの枝を握りながらいつでも詠唱を始められるように臨戦態勢になっている。
白雪は怖がってパンドラのエプロンドレスに隠れ、ガゼルは水野に関しては完全に俺に任せる気のようで、探知・感知スキルで観察する事に徹している。
そしてカグは―――怯えていた。
そんな姿を見つけて、水野は久しぶりに会う友人にするように片手を上げた。
「ああ、誰かと思えば≪白≫のお嬢ちゃん? ≪赤≫の所に行ったと聞いたけど、元気そうじゃないか」
「……どうも…」
声をかけられてビクッと更に怯えるカグを背に隠す。
「そして愛おしい≪赤≫…! 会いたかったよ」
「気色悪いからヤメロ」
鋭い口調で返しながら、左手に【魔装】をかけて戦闘準備を整える。
「テメェ、なんのつもりで東天王国に手を貸してやがる?」
「別に意味なんて無いよ? ただ、もっと世界が荒れたら面白いってだけさ? それに、どこの世界でも人の歴史は闘争の歴史さ。平和なんてクソ喰らえだ! もっと殺し合って、もっと壊し合うべきなんだよ……この世界はっ!!」
ダメだコイツ、完全に魔神に食われてるわ。ルナの時のような救える要素がまったく見当たらない。
「君とそっちの“トカゲ人”には借りがあるからねえ? 戦争をするなら、まず最初にどっちかの国にしようって決めてたんだ」
「っ…!」
って事は、アステリアとグレイスが狙われたのは、俺達の責任かよ…!
だが、まあ、これで踏ん切りがついた―――。
「リョータ……大丈夫?」
「ああ。カグ、それと白雪、お前達は目を瞑ってろ」
「え…なんで?」「ですの?」
少しだけ不安そうな声。だが、それでも言われた通りに目を瞑る。
パンドラとフィリスはその意味が分からずクエスチョンマークを浮かべているが、ガゼルだけは俺が何をしようとしているのか気付いたらしく、周りに気付かれないように小さく「気を付けろよ」と呟いた。
俺達の微妙な会話を気にする事もなく、水野はペラペラと喋る。
「ずっとリベンジの機会を窺ってたんだよ…! アイツはもう2度と≪赤≫は戦えないとか言っておきながら、数日経ったら≪赤≫を警戒しろとか言いだすしよぉ」
水野の言葉を全て聞き流し、静かに呟く。
「【反転】」
髪と瞳の色が黒く塗り替わり、腰に差していたヴァーミリオンが鞘ごと日本刀に形状を変化させる。
「なんだ? そのすが―――」
自分の知らない魔神の力を使った変化。
水野の意識が驚きで乱れる。
その虚を突く―――!!
【オーバーブースト】で体が耐えられる限界ギリギリまで一気に加速。
――― 抜刀
【空間断裂】が発動。
水野が常時纏っている防御スキルを全て素通りし、その首の有る空間を両断。
「―――た」
空間ごと切り離された水野の首が宙を舞い、一瞬遅れて―――真っ赤な、生温かい血飛沫が上がる。
しかし、首が飛んでも水野は死んでいない。
奴の【輪廻転生】が発動し、首を巻き戻し再生のように元通りの姿にしようとする。
それは織り込み済みだっつうの!!
【空間転移】で首を再生させようとする水野の直上に飛ぶ。
普段ならもっと警戒してから転移を使うが、首が取れて何も出来ない…反応すら出来ない相手にならその必要はない。
「消え失せな!」
未だ首の繋がらない水野に向かって、上から原初の火を叩き込む。
ドンッと急激に膨れ上がる熱量と、真っ黒に燃え盛る炎が一瞬で離れている首と胴体を呑み込む。
身動き出来ない体が、黒い炎の向こう側でもがく。
しかし、もう何をしても無意味だ。
原初の火に食われた瞬間に全て終わり。この炎は“そう言う物”だからな。
ストンっと着地して、血振りをしてヴァーミリオンを鞘に収める。
敵を逃がさず、横槍を入れさせない確実な方法―――それは、初手で仕留める先手必勝に尽きる。
「地獄でテメエの奪って来た命に詫び続けろ。魂まで燃え尽きたテメエが、地獄なんて高尚な場所に行けるかどうかは知らねえがな」