13-28 覚悟
グレイス共和国の東端に位置する港町キュレーア。
海の玄関口とも言うべき、グレイス共和国の最も大きな港。距離的には1番東天王国に近く、当然狙われる可能性が大きい場所として警戒のレベルは高い―――と、ふらっと帰って来たガゼルに聞いて居たのだが……。
息を切らせて転移で戻って来たフィリスは―――
「キュレーアが落ちました!」
「え…? 落ちたの?」
勿論、落ちたと言っても地面が抜けて町が崩落したと言う話ではない。東天王国に奪われた…と言う事だ。
警戒していたにも関わらず落とされた事実は、俺の横で話を聞いて居た皆に不安を与えた。
「それ…大丈夫なんですか?」
とカグ。
「……父様、怖いですの…」
白雪が青く光りながら俺の頬にピトッと縋りついてくる。
「事実だとすれば、推定敵戦力を大幅に上方修正する必要があります」
若干前言撤回。パンドラだけは平常運転だった。
とは言え、俺は言う程不安は感じていないし、焦っても居ない。
そりゃ、まあキュレーアの住人達が大丈夫か? とかの心配は有るけど、今はガゼルが国に戻って居る。東天王国の軍隊の規模がどの程度かは知らんが、ガゼルが出れば即行で叩き出されて終わりだ。
「それで? ガゼルの奴が行ったから、俺は手を出すなって伝言でも頼まれたんか?」
「い、いえ…。それが、すぐにアーク様を呼んで来て欲しいとガゼルさんが」
「え…?」
なんで俺呼び出し?
大抵の状況や相手ならばガゼル1人で片が付く。つまり、ガゼル1人では対処できない何かが現れたって事か?
少しだけ意識を締めて緊張感と警戒レベルを上げる。
「アッチで何があった?」
「それが、私もよく分からないのです…。ギルドから離れていた10分程で何かが起こったらしく、キュレーアが東天王国の手に落ちたから急いでアーク様を連れて来てくれ、と…」
10分?
キュレーアのギルドが仕事をサボって居たんじゃなければ、東天王国の動きが見えた時点でガゼルの所に連絡が行った筈だ。それが無いまま、落とされたって報告だけが来たって事は……そんな暇を与えない電撃戦だったのか? いや、ここで考えてても仕方ない。さっさと行って詳細を聞く方が建設的だな。
「分かった。ガゼルの所に連れてってくれ」
「はいっ、すぐに!」
* * *
そしてキュレーアから少し西に位置する小さな町。
近くの港町が落とされて、戦争の気配が近付いて来ている事を実感しているからか、誰も通りを歩いておらず町全体の空気がズンッと重くなっている。
そんな町のギルドも、やはり空気が重い。正直、今すぐにギルドに居る冒険者が全員逃げ出してもおかしくないくらいの雰囲気だが、それを踏み止まっているのは―――受付によりかかるあの男が居るからだ。
「おう、来たぞ」
「悪いな呼び出して? フィリスちゃん、ありがとう」
ガゼルの様子がいつもの軽いナンパ師の物ではなく、絶対強者たる“竜王”の物になっている。……かなりピリピリしているのが一目で分かるくらいに余裕が無い。
フィリスが小さく頷いて答えたのを見て、少しだけガゼルの表情が和らぐが、すぐに元通りの戦士の顔に戻る。
「何があった? キュレーアが東天王国にやられたってのは聞いたけど、具体的に何がどうなったんだ?」
「東天王国にやられた……と言って良いのかはちょっと疑問だがな? まあ、実際今は連中の拠点として使われてるんだが」
俺を含めた全員が、意味が分からず首を傾げる。
「どう言う意味だ?」
「津波に呑まれたらしい」
津波? 津波ってアレですよね? 波がドンッと押し寄せてくるアレですよね?
日本で生活していた俺やカグにとっては、東北地震の時に嫌という程見せられた、心臓がキュッとなるような恐ろしい自然現象。………まあ、テレビの向こう側の事だから心臓がキュッとなるだけで済んで居るが、実際に味わった人達にとっては一生物のトラウマだろう。
「町が津波に呑まれて滅ぼされたって事か?」
「らしいな? 俺も自分の目で確かめたわけじゃないが」
まあ、津波に食われたってんなら仕方無い。あの災害はマジで洒落にならん。
俺はそれで納得しかけたが、微妙にそれだけでは納得しなかったメイドが1人。
「津波が起きるならば、その前兆として地震や海底火山の噴火、隕石の落下等があった筈ですが?」
あっ、そっか。いきなり何も無いところに津波が起きる訳ねーもんな? と、津波の起きる仕組みを理解出来る俺とカグは、パンドラの問いの答えに意識を集中する。
「いや、前兆はなかったとさ。いきなり海が襲って来たんだと」
前兆の無い津波。そんな物がある訳ない―――俺等の世界なら…。
コッチの世界には、魔法やらスキルやら、俺達の常識が通用しない物ばかりだ。そう言う力があれば、人為的に津波を起こして町を襲う事だって出来るだろう。
「ただ―――」
チラッとガゼルが俺を見る。
…? 何今の視線?
「ただ?」
「津波が来る前に、青く光る人影を見た奴が居る」
「「「「!!?」」」」
女性陣が目を見開いて驚く。
一方俺は「ああ、やっぱりか…」とむしろ納得している。
「≪青≫…っつか水野の野郎か?」
「恐らく……と言うか、それを確定させる為に来て貰ったんだ。お前なら、ここからでも魔神の気配とやらを感知出来ないか?」
「距離がギリギリ過ぎて微妙だけど…この近くに魔神が居るのは間違いねえな」
カグが「え? そう?」と微妙な顔をしながら感知能力を広げているが、まあ、多分カグでは分からないだろう。俺とカグとでは、魔神の能力を引き出している割合が違い過ぎる。
「だとすると、≪青≫が居るのは間違いない…か」
「だな」
空気が重くなる。
水野が津波を起こした。そして、東天王国が占領した後もそこに留まっているのだとすれば、通りすがって気紛れに津波を起こした訳ではない…と言う事だ。
「≪青≫の人は、東天王国についたって事?」
不安そうに聞くカグの肩をポンっと叩いて落ち付かせる。
「多分な。で、水野が居るって事は、≪無色≫も東天王国に関わっている可能性が高い」
自分で言った言葉で気付く。
東天王国が突然アステリアとグレイス共和国に戦争を吹っ掛けて来たのって、東天王国の偉い人が≪無色≫に精神を押さえられているからじゃねえのか?
――― 600年前の亜人戦争のように
「俺が呼ばれたのは、水野のクソッ垂れが居るかどうかの確認の為であり…もし居るのなら、その対策って事でOK?」
「察しが良くて助かる。正直、コッチの国の話だからな? 出来れば俺の手でなんとかしたいんだが……」
言いたい事は分かる。
ガゼルは強い。恐らく、世界中を見てもコイツに勝てる奴なんて片手で足りる程しか居ないだろう。
そして、その片手の中の1人が水野だ。
「正面からの殴り合いになれば、魔神だろうが冥王だろうが勝てる自信はあるんだがなぁ」
「そもそも魔神は、殴り合いをさせちゃくれんからねえ?」
「そう言う事だ。だから、悔しいがお前に頼らせて貰う」
【事象改変】。
魔神となって初めて使う事が出来る最強最悪の異能。
どれだけ強さを極めようと、神に手が届く程の戦闘力を持とうとも、現実を書き換えるこの力だけは対策のしようがない。
故に最強、故に究極。
戦えるのは同じ能力を持つ魔神だけ。だからこそ―――水野に殺すのは俺の仕事だ。
「まあ、お前に呼び出された時点で、どうせこんな展開だろうと思ってたわ」
「マスター、戦うのですか?」
「ああ」
妖精の森跡地。
アルフェイル。
カスラナ。
本当に野郎が居るのだとしたら、これで4度目だ。
右拳を強く握る―――。
「いい加減、あの野郎の面は見飽きた。事あるごとに出てくる鬱陶しさにもな?」
「……リョータ?」
「だから―――」
込み上げてくる怒りを抑えられずに、俺は笑った。
「ここで終わりだ…! 野郎にはもう次なんて与えない。逃がしもしない。横槍も入れさせない。ここで≪青≫を―――水野浩也を仕留める!」